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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 25 featuring シュライン・エマ 〜 Mirror Act?

 それはいつの事だったろう。
 あんまり確り覚えていない。
 ついでに言うなら結構どうでもいい。
 私がいつからここに居たかとか、草間興信所にこの面子が並ぶようになったのはいつからかだったとか。
 探偵さんに零ちゃん杉下。それから私と言う面子。
 常連と言うより殆ど身内。客と言うより茶を出す側の。
 …なのになんでか覚えていない。
 気付いた切っ掛けも大した事じゃない。
 ふと思い出そうとしたら何故か頭の中に見付からなくてちょっと驚いただけの事。
 それだけだからどうでもいい。
 どうでもいい事だとは思ってる。
 …思っていても気付いてしまえば気にはなる。
 いったいいつからこうだったっけ。
 あんまり確り覚えていない。



 顔を出したら探偵さんが居た。
 草間興信所の応接間。様子を窺うに来客が帰ったばかりのところ。空けられたカップがテーブルに置かれている。零ちゃんがそれを片付けようと手を伸ばしたところで、私がそこに顔を出した事になるらしい。
 探偵さんは煙草に火を点けている。
 私は小首を傾げ、仕草で態度でさりげなく問うてみる。
 お仕事?
 私が聞いていい事?
 手伝う事ある?
 それともお邪魔?
 …幾つかの問いを込めて答えを待ってみる。
 探偵さんは煙草の先から目を上げた。
 点火に使ったライターをデスク上に放り出し、一服。
 それから答えが返って来た。
「…別に邪魔じゃない」
「…邪魔って言ったら余計邪魔するから?」
 私の場合。
「それもある」
「『も』?」
「そろそろお前が来ると思ってな」
「ふぅん」
 そう。
 …元々手伝わせる気だったんだ?
 そう続けたらあっさり肯定。
 探偵さんは資料を数枚私の側に滑らせる。
 覗き込んだら電話が鳴った。
 受話器を取るのは探偵さん。
「草間興信所」
(杉下だ。『定時には例の女は帰っていない』。…以上)
「了解。そこで切り上げていい――次の仕事があるから帰ってこい」
(…珍しく商売繁盛らしいな?)
「…出来れば全部お前に任せたいクチのがな」
(ああ、またそっちか。…そう言うな。嫌がると余計にその手の依頼が増えるぞ。…諦めろ怪奇探偵)
「黙れ。そんな異名は要らん。謹んでお前に進呈する」
(進呈されても使えんよ。…興信所の看板は誰に聞いてもお前と言うと思うが所長殿?)
「…言ってろ。とっとと帰ってこい」
(オーケイ、ボス)
 受話器が置かれる。
 短いやりとり。
 どうやら相手は杉下らしい。
 思い、資料から少し目線を上げる。と、待っていたように横からカップが目の前に。
 零ちゃんの笑顔も付いて来る。
「どうぞ。シュラインさん」
「ありがと」
 にこり。
 受け取って口を付ける。中身は珈琲、いつもの事で。
 探偵さんのデスクにも同じカップがいつの間にやら置いてある。
 ちらりと視界に入れてから、取り敢えず確認一つ。
「電話、杉下?」
「別件でな。まぁ殆ど始末は付いてる調査なんだが」
 だから次はこの件任せようと思ってな。
「ふぅん。…まぁ、向きな内容か」
 資料の内容見る限り。
 探偵さんはにやりと笑う。
「だろ? 折角奴には女房に娘まで出来たんだ。雇い主としちゃ、稼がせてやるべきだしな」
「扱き使うにはいい口実?」
「当然だ」
「探偵さんにとっては怪奇事件回避にもいい口実」
「…」
「だよね?」
 杉下に向きと言う事は、探偵さん当人にとっても同様、向きだと言う事になる訳で。
 …つまり探偵さんは持ち込まれた依頼を杉下に丸投げして逃げたい訳になる。
 図星。
 言われて肩を竦める探偵さん。
 にやり。
 私の勝ち。



 …結局探偵さんも逃げ損ね。
 杉下が戻った後、興信所の応接間では新たに舞い込んだ依頼の話になる。…する事自体は人捜し。それだけならば充分普通。但し対象異能者となると。あまり普通で済みそうもない。
 普通に済みそうもないのはそれだけの理由でもなく。どうやら少々不安の種も。依頼者曰くそんなこんなを背負った上で、『彼』の行方は杳として知れないと言う。
 そうなって来ると厄介で。
 だから依頼がここに来た。
「…『仕事』に出たまま失踪、但しその『仕事』の標的だった魔も、『彼』の失踪と同時期から消えている、か」
「だが『彼』の能力をもって仕事が完遂されていたのなら、確実に残る筈の『祓った痕跡』が今回は現場にまったく残されていない。争った形跡すらも何も無いと依頼人から確認は取れてる」
「…『彼』は職業的退魔師だったな」
「…『仕事』振りは信頼されていたらしい。なかなか誠実な人物だとも。…だが『彼』はそんな立場にも関わらず、魔の類にも種族の別無く慕われる事が多かったらしい」
 依頼人は気付いていなかった――自覚してなかったんだろうが、依頼人の話し振りからして『彼』の人柄についてはまず俺にはそう読み取れた。
「そして引っ掛かるのが標的の魔についての事前情報」
 この文面はまず退魔師業界特有の脚色がある。それを差し引いた上で読み取るに…それは人によっては迷惑だろうし恐ろしく感じられる要素はあるかもしれんが…然程凶悪な魔とも思えない。
 と、なると。
「…同情。一目惚れ。駆け落ち――とにかく『何か他の方法』探して時間稼ぎの逃避行」
 退魔の能力で『祓う』以外の解決を。
 呟く私に探偵さんは頷く。
「そんなところか」
「まぁ、理由は知らんが標的の魔と捜索対象の『彼』は一緒だろう、って事だけはまず言えそうだな」
 杉下も同意。
 …起きた事としてはそんなとこ。
 祓う方と祓われる方の両方共に消えている。
 争った跡は無し。
 能力行使の跡も無し。
『仕事』は手堅い筈の退魔師なのに事後の連絡さえも無いと言う。
 標的の魔も消えている。
 退魔師の『彼』も消えている。
 それがこの依頼の前段階。
 …案外何処でもよくある話。
 依頼人さんは自覚無し。それは恐らく頭にないから。有り得るなんて考えもしない。全部思考の外の事――人と魔が対話し心通わせる可能性。…『祓う』以外の別のやり方を求める可能性。
 但し『ここ』ではそうでもない。結構普通で良くある事で。
 だから事情が粗方わかれば何が起きたかすぐ察しが付く。
 依頼人さんは深刻そうで。
 きっと理解の外だから。
 だから深刻に考える。
 何が起きたか見当も付かないから。
 想像さえも出来ないから。
 だから結局困ってる。
 …私たちだとそうでもない。
 私は無言で部屋を見回す。…住所録はあちらの棚で。確認してからすたすた移動。こうなるとまぁ方針はだいたい決まってる。
 二人の視線がちらりと私に飛んでくる。
 それでもあまり気にしない。
 すぐに視線は戻ってる。
 探偵さんと杉下の。
「…何処に落とす?」
 決着は。
 杉下の声に探偵さんは何も言わない。
 それでも答えは返ってる。
 見返す視線が語ってる。
 依頼通りにだけじゃない。
 収まるところに収めたい。
 …それが結局『ここ』の流儀で。
 わかっていてもいつも確認。
 確認するのも儀式の一つ。
 いつもの通りに頷く杉下。
「…ひとまず先回りが先決だな」
 失踪した『二人』の気配、もしくは何らかの痕跡が重なるところ…それぞれ片方のだけじゃなく、『二人』の力や気配が互いに影響し合った場合を特に確認。
 その確認が取れれば、『二人』の所在は早晩見付かるだろう。『二人』で居るからこそ依頼人に『彼』の足取りが掴めなかったと言う事も充分有り得る。単独行と『二人』では、気配が痕跡が違ってみえる。…依頼人の方が詰まったのは恐らくここで。
 …ここまではいい。
 問題は、その先。
 彼ら『二人』に、依頼人――延いてはその背後。どう収めるかが一番厄介――そして『そこ』こそが、探偵さんや杉下が向きと言う要素。異能はあんまり関係ないところ。…ここの仕分けが、彼らの出番。
 そこに持っていくまでには、また別の手が要るもので。
「はい。探す『当て』」
 棚から引き出した住所録。二人の間にデスクの上に。…気配を痕跡を辿れる人たち。異能の手段を持つ人たち。いつもの常連、調査員さん。人海戦術、使いどころで。
 探偵さんもこくりと頷く。
 私も勿論出るつもり。
 標的の魔に退魔師さんの『彼』。…『二人』は何を考えてるのか。
 色々面白そうだと思う。
 と。
 玄関口でノックの音が。
 杉下ですと可愛い声が御挨拶。



 現れたのは萌ちゃんで。…杉下の新しい娘さん。
 曰く、新しく奥さんになった霧絵さんからの差し入れと。焼いたクッキー持ってきた。
 …何となく杉下の様子が丸くなる。
 やっぱり新しく出来た娘さんには弱いらしい。
 萌ちゃんは皆さんでどうぞとクッキーをテーブルに。わざわざ有難う御座いますと零ちゃんが御挨拶。萌さんの分も珈琲持ってきますねと台所に。有難う御座いますと萌ちゃんの方も元気に返す。…どうも零ちゃんとは気が合うらしい。いらっしゃいと探偵さんも声を掛け。私も探偵さんと同じ意味でひらひら片手を振ってみる。
 萌ちゃんは素直にぺこりとおじぎ。
 杉下は小さく息を吐く。
「…そんなに気を遣うなよ」
「気を遣った訳じゃないよ。神居さんがサボってないか見に来ただけ。クッキーだってここに持って来る為にわざわざ作った訳じゃなくて母さんが料理教室で作ったもののお裾分けだし」
「サボってないかってな…仕事が無い時は無いだけなんだが」
「だったら営業努力だって必要でしょ興信所なんだしビラ配りとか色々出来る事ある筈っ」
「そういう事は俺の一存で出来る事じゃ…」
「神居さんっ?」
「はいはい。…萌の言う通りだ。だがまぁ取り敢えず今は調査依頼が舞い込んだところでな」
「本当でしょうね」
 じろりと萌ちゃん。
 たじろぐ杉下。…そういう姿は萌ちゃん関係以外であんまり見ない。
 …ちょっと悪戯心が出来た。
 だからすかさず同意してみる。
「本当。…これから一緒に聞き込み行くから」
 にこりと笑って杉下の腕を取る――ぺったりとくっつくように杉下と腕組んでみる。
「んなっ…と、シュ、シュライン!?」
 杉下はわかりやすく慌ててる。
 面白い。
 それを見る萌ちゃんの視線、それを受けての杉下の反応がまた面白い。
「ね?」
 私は腕を組んだまま探偵さんに振り返ってにこり。
 探偵さんは動じない。
 のんびり煙草を喫いながら。
 杉下見上げてあっさりぽつり。
「…よろしく」
「こら草間おま…っ」
 否定しろ説明しろフォローしろ。
 言葉にならない訴えがまた面白い。
「…」
 空気が俄かに停止する。
 むくれた萌ちゃんが何も言わずに部屋を飛び出して行くまで、然程時間は掛からない。



「…あれ?」
 …萌さんと杉下さんは。
 新たな珈琲を持ってきた零ちゃんが頭上に疑問符浮かべてきょとん。
 疑問の通りに二人は居ない。
 今現在の部屋の中には見当たらない。
 あの後すぐに杉下は。
 誤解を解こうと部屋の外――私が組んだ腕振り解いて大慌てで萌ちゃんを追い掛けて行ってしまった訳で。
 訳がわからず零ちゃんが途方に暮れている。
 …供されるべき相手に去られてしまった珈琲の湯気までなんだか面白い。
 笑いを噛み殺して肩を震わせている探偵さん。
 私もにやにや笑ってしまう。
 …楽しい。
 零ちゃんがいったい何事かとおどおど。…説明はするべきかしないべきか。



 暫くして。
 杉下は戻ってくるなりそのままずかずかと探偵さんの元へ移動。辿り着くなり襟首掴んで片手で捩じ上げ吊り上げて。探偵さんにずいと詰め寄り地の底から響くような恨みがましい唸り声。
「…便乗しないでフォローしろ」
 それでも探偵さんは動じない。
「いや。…あの場合これから調査に行くと言うなら止める理由もないしな。シュラインがお前と行くと言うなら俺としてはよろしくと頼むしかないだろ」
「そうそう。なんでそんなに怒ってる?」
 私はあんたと一緒に聞き込み行こうと言っただけだし?
 いけしゃあしゃあと言ってみる。
「便乗しないでフォローしろ、とだけ言った時点でその話が出るなら充分自覚ありだろ貴様ら…っ」
「…。…まぁそうだ。でもお前もいちいち意識し過ぎじゃないか? こいつはいつもこんなもんだぞ?」
 探偵さんは私を示す。
 にこりと笑って私も同意。澄ました顔で珈琲啜る。
 杉下の肩ががくりと落ちた。
 襟首掴む力も緩む。
「…頼むから萌の誤解を招くようなややっこしい真似は謹んでくれ」
「それは俺じゃなくシュラインに先に言うべきじゃないか?」
「あそこはお前が止めるべきところだろ!」
「…て言うか、シュラインに腕組まれた時のお前の反応が一番誤解招いた原因じゃないか?」
「あ、そうかも」
「…」
 再び襟首掴む力が剣呑に強まる。
 零ちゃんが慌てて仲裁に入る。
「ちょ、あの、兄さんも杉下さんもそのくらいで…! …シュラインさんもっ」
「だな。…こんな事やってても仕事は終わらん」
「はいはい。…まずは適任な調査員さんの確保」
「…。その辺は任せた所長殿。俺は『その後』に専念する」
「あ、サボりだ。後で萌ちゃんに言いに行こう」
「…。…住所録早く貸せ」
「…杉下って結構扱い易い」
「…だとさ草間」
「…何故そこで俺に振る」
「そうかわからないのか。気の毒に。そこまで無自覚か。そうかそうか」
「…待て。何が言いたい」
「それを俺に言わせるか。…『お前なら俺の言いそうな事などすぐわかるもんだろうが草間武彦?』」
「っ…て待て。それは深読みし過ぎだろうが」
 つまりは杉下が扱い易いと私が言ったと言う事は。
 その裏側で探偵さんも扱い易いと言っているも同然となる訳で。
 慌てる探偵さんの声を受け、平然と――いや少々わざとらしく杉下が私に話を振ってくる。
 …深読みし過ぎ?
「そうなのかシュライン?」
「さぁ?」
 取り敢えずしらばっくれてみる。
 否定も肯定もしない。…全然考えてなかった訳でもない。考え方は似てるから。探偵さんも杉下も。
 俄かに動揺する探偵さん。
 開き直った杉下の反撃もなかなか面白い。
 捨て身なパパは結構強か。
「ちょっと待て。そういう話になるのか今の流れで!?」
「…出来る限り広範囲の調査ができる奴に話付けた方が良いよな?」
「…霊感で気配探れるだけじゃなく過去とか記憶見れる人もまた適任」
「…こら。無視するな」
「仕事中ですが所長殿?」
「…」
 風向き変わって今度は所長。探偵さんがからかわれ。
 そんなこんなで時間が過ぎる。
 仕事の話も忘れはしない。



 やっぱり何度探ってみても。
 …思い出せない初めの面識。
 いつからここに居たのやら。
 どんな理由で集ったか。
 やっぱり結構どうでもよかった。

 ………………どうせ続くはこんな毎日。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■NPC
 □草間・武彦/草間興信所所長
 □草間・零/武彦の義妹、草間興信所調査員見習い

 ■杉下・神居(天藍)/草間興信所調査員
 □杉下・萌(茂枝・萌)/神居の義理の娘で霧絵の連れ子
 □杉下・霧絵(巫浄・霧絵)/神居の妻で萌の母、登場は名前のみ

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 今回は…結果として、鏡面存在『っぽい』あやふやな状態(?)にしていじくらせて頂きました。…いえ、PC様を明確に鏡面存在として扱うと…幾ら鏡面だとは言え、別に登録した別PC情報と言う事になってしまうので…取り敢えずそうならないような方向でPC様の描写をしてみました。
 まぁ、実を言えば当方の鏡界設定はPCゲームノベル窓口の「サンプル1」にUPしてある「Extra Track用サンプル」の設定が原型みたいなものだったりするので、今回は里帰り(?)気味な設定の話になった…とも言えそうなのですが(勿論、詳細はそちらとは変わってきてますが)
 と、何はともあれ取り敢えず、うちで想定してる鏡面世界の草間興信所では…何もなければこんな感じの日常を送っているのではと思われます。

 ちなみに。
 当方に於ける次期『The Another Edge』シリーズの一番初めは…何となく日常っぽいシーンから行きそうかも?と思っていたりしました。…まだクリエーター側にも該当イベントの具体的な情報は流れて来てないので本当にそうなるかどうか言い切れはしませんが。…ただ、『ほろびのうた』終了時点で私の頭の中を窺う限り…まず草間さんは唐突に興信所に戻ってきた上で杉下に所長代理任せたまま委細構わず勝手に部屋の奥で寝倒してそうな気がしてるんですが(何だそれ)

 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、基本的に当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。25とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝