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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


強くなりたい

 その日、アンティークショップ・レンのドアを開けたのは、最近常連になった青年だった。
 灰髪に赤い目。褐色の肌。名は、フェレ・アードニアスという。
「いらっしゃい」
 店長の蓮は例によって煙管を手にしながら迎える。
「新しい情報、ねえの」
 フェレはズボンのポケットに両手をつっこんだまま、つっけんどんに尋ねる。
「あるよ」
 蓮は言った。
 フェレは目を輝かせた。
 蓮は店の奥から、布に包んである長物を取り出してきた。
「高名な退魔師の霊の加護があるっていう剣さ。どうだい」
 包みを開いてフェレに見せる。
 フェレは、その装飾の美しい刀を受け取って、
「すげえ……力が満ち溢れてる」
「その分、使い方を間違えると自滅するけどねえ」
「これがいい! これ、くれ!」
 フェレは猛然と蓮に詰め寄った。
 ――フェレは退魔師である。だが現在は符術しか使えず、直接自分で怪魔に手を出せずはがゆい思いをしていたのだ。
 だから珍品名品の集まるこのアンティークショップの常連になっていたのだが。

 ふいに。
 フェレははっと振り向いた。
 ショップ内に、霊がたまり始めていた。
 恨めしい、恨めしいと、怨念のこもった霊――ばかり。
「その刀に宿っている霊はねえ……フェレ」
 蓮は肩をすくめた。「あまりに高名な退魔師だったものだから、恨みをたくさん買ってるんだよ。怪魔人間問わず」
「その怨念が今やってきたってのか!?」
「ちなみにその刀で斬ってもそいつらは消せないだろうよ。その刀にこそ重点を置いて蘇ってきた霊なんだから」
 フェレは引きつった。
 だがこの刀はほしい――

 1人でこんな大量の霊を祓えるか?
 フェレは懐から符を取り出しながら、緊張した。

     ++ ++ ++ ++ ++

「まあ、何の騒ぎですの!? これは」
 とアンティークショップ・レンの前まで来て悲鳴じみた声を上げたのは、金髪の豪奢な巻き髪をツインテールにしたアレーヌ・ルシフェルだった。
「見た通りの騒ぎだよ、アレーヌ」
 蓮が店の奥で肩をすくめる。こんな時でもぷかぷか煙管を吸っている蓮は、緊急事態に慣れすぎて緊張感がない。
 アレーヌの見知らぬ青年が妙に真剣な表情で大量の霊を見ている。手には符を持っている。符術師か?
 剣も持っているのに、なぜかそれを振るおうという構えではない。
「アレーヌ、この子はフェレと言ってね……その剣が欲しいんだけれど、その剣自身がこうやって霊を呼んじまったのサ」
 簡潔に蓮が状況説明をした。
 確かにこの大量の霊たちは、恨めしい恨めしいと啼きながら、他の人間を襲うでもなくただフェレだけを狙っているように見える。
 アレーヌはその整った面立ちをしかめた。
「迷惑な剣ですのね……それでも欲しいのですの?」
「欲しいから戦おうとしてんだよ」
 ぶっきらぼうな声。
「俺には武器が必要なんだ。いつまでも符術じゃおさまらねえんだよ。武器が」
「………」
 アレーヌは彼に恩も義理もない。
 けれど、彼の必死さに何となく動かされるものがあった。
「……なら、手伝って差し上げてもよろしくてよ」
「………?」
 アレーヌは素早く霊の合間を縫って店内に入る。
 そして、レイピアを取り出した。
 蓮が気づいて煙管を口から離す。
「アレーヌ、そのレイピアは――」
「ちゃんと特訓してきましたわ!」
 そしてアレーヌはフェンシングの剣のようにレイピアを優雅に操った。
 刃先から炎が噴き出し、一部の霊を焼き払う。
 フェレが一瞬見とれた。
「すげえ……」
「あなたはぼんやりしている場合ではないでしょう!」
 アレーヌに頭をはたかれ、フェレははっと我に返った。
「あ、ああ」
 符に手をかけているものの――
 店に被害を与えずに? そんな式神いるか……?
 逡巡していると。
 ふと、店の前を通りがかろうとして、立ち止まった人物がいた。
 さらりと長い黒髪をなびかせ、黒尽くめの服装をした、女性――
 フェレは嫌そうに顔をしかめる。
「なんだ、フェレ。その嫌そうな顔は」
 通りがかった人物は周囲の霊を見渡しながら、目ざとく青年の表情を見て冷静につっこむ。
「見たくねー顔見りゃ誰でもこうなる」
「……正直でよろしい。一発殴られるか」
 と、黒冥月[ヘイ・ミンユェ]は言った。
「殴りたきゃ殴れよ。今はそれどころじゃねえんだ」
「……そうらしいな」
 冥月はうっとおしそうに霊を手で払いながら、フェレが抱いている剣を見て状況を把握したらしい、
「お前も懲りんな。力を求めるのはいいが迷惑かけるな」
「……あの山の時はあんたが勝手に一緒にいただけだろうが」
 フェレはぎゅっと剣を抱え、冥月を警戒する。
「別にそれを買う気はない。睨むな」
「ちょっとあなた! そこにいたら炎が当たりましてよ!」
 冥月の存在が邪魔で、アレーヌがレイピアを使いあぐねていた。
「あー、すまんすまん」
 冥月は店の中にすべりこんでくる。「そちらさんはちゃんと武器を使いこなしているじゃないか」
 ついでにアレーヌを見て、おかしそうに笑う。
 アレーヌはひらひらとレイピアを翻して、炎をほとばしらせ霊を燃やしていた。
「でもそのレイピアは、下手をすると辺り一面を燃やすからねぇ」
 蓮がカウンターにもたれながら言う。
 そうしている間にも、アレーヌの炎をかいくぐった霊がフェレに襲いかかっていた。
「ぐ……っ」
 フェレの体をすうと霊が通り過ぎていく。次の瞬間、その部分から血がほとばしる。
「がっ」
 フェレは血を吐いた。
 霊体の攻撃方法は色々あって、だからこそ脅威だ。
 他の霊などは店の壁にかけてあった剣にすうっと滑り込み、乗り移って動く剣となって攻撃を始めた。
 フェレは剣の裏刃を手刀で叩き剣を叩き落す。がしゃん! と落ちた剣からは、しかし霊は離れずすぐ浮き上がってきた。
 振り下ろされる一閃。
 ただし剣という形になってしまえば却って避けやすいもの。
 避けて――しかしそれが隙となり、他の霊体がフェレの腕をすっと通り過ぎていく。
 腕がばりっと裂けた。
 そこを狙って次から次へと、もう片方の腕や足や靴を霊が通り抜ける。
 あちこちから血が噴き出した。
「ああ、もうっ!」
 アレーヌが血はもうたくさんと言いたげにレイピアを操って霊を除去しようとしている。
 首や頭を攻撃されることだけは、フェレも避けた。
 がくがくと太ももや足が揺れる。どくどく血を流しながら、意地でもしゃがみこまないし剣を手放さない。
 冥月も霊を避けながら呆れて、
「私は本来霊は倒せない、今回は助けてやれんぞ。蓮が只で何か貸してくれるなら別だが」
「そうだねえ……炎の剣系統はこの間まとめて売れちまったんだよねェ」
「聖水は?」
「この間シスターに」
「……光の武器とかは?」
「この間勇者パーティに」
「蓮。真面目に答えているか?」
 そんなことを言っている蓮と冥月はあくまで余裕だった。
 アレーヌが怒りを爆発させて、
「あなた方、この方の怪我が見えませんの!? 一刻も早く解決しなくてはならないのが分からないのですか!?」
「―――」
 冥月はしらっとした目でフェレを見る。
「今後も霊が集まるなら、その剣は邪魔なだけじゃないのか?」
「………」
「そうですわ、店の外に霊をおびきだしましょう。そうすればわたくしのレイピアが最大限に使えますわ」
「あ、ああそうだ……な。俺、が、外……出れば」
 フェレはがくがく震えている足をなんとか動かして店の外に出ようとする。
 ため息をついて、冥月がフェレを支え一気に店の外へ出した。
 霊たちが追いかけてきて、店の外に出てくる。
「これで――思い切りやれますわ!」
 アレーヌはレイピアを振り回した。
 先ほどまでよりも大きな炎がのたくる。霊が次々と燃え上がっていく。
 しかし強い霊はなかなか消えなかった。
「外……なら、俺の式神、も」
 フェレは手に持っていた符とは違う符を懐から取り出す。
「オン ウカヤボダヤダルマシキビヤク ソワカ……」
 式神を招く際の真言を唱え、符を空に掲げる。
「十二天将之三 ― 朱雀!」
 赤い色に包まれた女性の幻影が現れた。
 灼熱の炎が走る。一気に霊を巻き込んでいく。近場の家の積荷も燃やしてしまったがフェレは気にしていない。
 アレーヌがほっと息をつく。だが、
 しかし朱雀が消えた時、力を使った反動でフェレはまた血を吐き出しその場に膝をついた。
 そのまま倒れそうになるのを、冥月が支えた。
「……まったく……お前は愚か者だ」
 再びため息をついてフェレの耳元で囁く。
 アレーヌは慌てて店に飛び込み、蓮から治療薬をもらって帰ってきた。そしてフェレの怪我に、気休め程度の応急処置をしていく。
「救急車が必要ですわ。今、呼びます――」
「やめろ……」
 フェレが苦しげな声で制した。「病院には、行かない。自分の家……で、治療、する」
「あの喫茶店に治癒の能力を持った者がいたか?」
「あの……家は、家自体が……浄化能力に優れて……いるから。怪我の治りも早い……」
「ふうん」
 冥月はフェレが居候している喫茶店を思い出す。確かに清浄な空気に包まれていた気がする。
「なあフェレ」
 フェレを地面に寝かせ、冥月はその顔を覗き込んだ。
「お前はなぜ、そんなに力を望む?」
「その子はただの武器マニアだよ」
 いつの間にか店の戸口にまで出てきていた蓮が軽く言ったが、
「それは嘘だろう。かばってどうする? 蓮」
「……まあねえ」
 蓮は煙管をくわえてぷかあと煙を吐き出した。
 フェレは黙ったまま唇を動かそうとしない。視線だけがうつろに、薄水色の空を見上げている。
「誰だって強くなりたいものでしょう」
 アレーヌが冥月に言った。「わたくしだって、必要にかられればもっと力がほしいですわ」
「だがこいつはもう力を持っている。さっきの力を見ただろう?」
 ――式神を呼び出し、アレーヌの炎でさえ焼き殺せなかった霊体を一気に消し去った、その能力。
「フェレ」
 冥月は青年の灰色の前髪をかきあげた。
「強い武具より自身を高める方が先だろう」
 あらわになった褐色の額をつつき、「今回もそうだ。自分を高めていなかったから霊ごときにこてんぱんにやられて」
「………」
「強さの事じゃない、例えばその符を近接戦闘用に応用するとか、そういう知恵の部分だ。道具の力に頼った単調な攻撃はいずれ身を滅ぼすぞ」
 その点では、そちらの金髪の娘の方が頭がよかったな。冥月はそう言って笑う。
「わたくしはちゃんと特訓してますもの」
 ふん、とアレーヌは鼻を鳴らす。
「そうだ。そういった特訓がお前には足りない――」
「……俺が」
 ふいに、フェレの口から言葉がこぼれた。
「何人か、分かるか」
「………?」
 灰色の髪、赤い瞳、褐色の肌。
「……別に、どこの国の生まれでもいいんじゃないのか。この東京には色んな国出身者がいる」
 そういう冥月は中国人であり、
「わたくしはフランス人でしてよ?」
 アレーヌが顔にかかった金の巻き髪を払いながら言った。
 フェレは言った。
「純粋な日本人だ」
 そして、唐突に笑い出した。しぼり出すような笑い。
「は……! はは! 冗談じゃない……! この、体に、流れて、いる、血で、得た、力、なんかに、いつ、までも、頼って、られる、か……!」
 途切れ途切れに、
 途中で再び血を吐いても、
 彼は言葉をしぼり出す。
 冥月はふと思い出した。そう言えばこの青年は体術はちゃんと使えるのではなかったか。以前の山での戦いでは、自分の体が傷つくことを恐れず素手で戦っていたのだから。
「うかつですわねえ」
 アレーヌは吐息をついた。
「相手の事情も知らぬままの忠告は」
「いいや」
 冥月は断言する。「こいつはまだ修行が必要だ。自分の中に流れる血を理由にする辺りでな」
 フェレの目はまだ虚ろだった。
「愚かだよ、お前は」
 言い切って、冥月は立ち上がった。
 そして身を翻し、さよならも言わずに立ち去った。
「……厳しい方ですこと。もっともわたくしたちのサーカス団はもっと厳しいですけれど」
 アレーヌがその後姿を見送り、つぶやく。
 フェレはズボンのポケットから紙切れを取り出した。
「ここに……電話してくれ……」
 それだけ言うと、灰色の髪の青年は気絶した。

 後に喫茶店からの迎えが来た。
 長身のその男は、蓮にフェレの持っていた剣を返し、「迷惑をかけた」と頭を下げた。
「別にいいサ。フェレに渡したのはあたしだからねェ」
 蓮はフェレがその男の乗ってきた車の後部座席に乗せられるのを見ていた。
 運転席から顔を出した青い瞳の青年は、アレーヌにも礼を言った。
 エンジンをかけ、車が走り去っていく。
「純粋な日本人……ですのね、先ほどの方は」
 アレーヌがつぶやく。“色んな過去を持っていそうですわ”――
「冥月は過去に色々こなしてきた。あれはあれで過去があるから厳しいのサ」
 蓮の口からぷかあと煙が浮かぶ。
「それよりアレーヌ。なかなかいい腕前になっていたねえ――ご褒美にお寿司おごってあげるよ」
「本当ですの!?」
 アレーヌが蓮の腕にすがりつく。
「今外出の準備をするから待っていておくれ」
 2人は店内に戻った。
 ――店内にも店外にも、青年の流した血の痕が残っていた。まだ、消えぬ、生々しい抜け殻――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6813/アレーヌ・ルシフェル/女/17歳/サーカスの団員/空中ブランコの花形スター】

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■         ライター通信          ■
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黒冥月様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回はもう1人参加者様がいらっしゃったので、プレイングを大幅に順番替えさせて頂きました。
それによって余分な会話もついてきましたが、冥月さんならおそらくあれくらい言うだろうと思い……いかがでしたでしょうか。
よろしければまたお会いできますよう。