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◆朱夏流転・肆 〜夏至〜◆
「コウくん!」
時期的にそろそろ会うはずだとコウを探していた藤田あやこは、探し人を見つけて声を上げた。それに反応して彼――コウが振り向く。
「あ、藤田さん。そこそこ久しぶり」
「久しぶりね。…少し話があるんだけど、時間大丈夫?」
そう問えば、コウは少し考える素振りをして、それから頷いた。
「ん、用事は終わったし…けど話って何だ?」
怪訝そうな顔をするコウに後々分かると言って、あやこは彼を近くの公園に誘った。
◆
「この間、聞かせてもらってから…色々考えてみたの」
おもむろに、あやこは話し始めた。コウはただ静かに先を促す。
「そもそも、道具が人の心を持たされる事自体理に適わないと思う。……私は貴方と逆で人間に生まれ兵器にされたわ。世の中矛盾だらけで切がない…」
そこで言葉を一度切り、一呼吸置いてあやこは再び口を開く。
「今日は子供を連れて来たの。……玲奈」
あやこが名を呼ぶと、空から彼女の子供――三島玲奈が舞い降りた。
ヒトには有り得ない、尖った耳、天使の翼、鮫の鰓――。
紫と黒のオッドアイに、長いストレートヘアが神秘的な雰囲気を醸し出している。
そして玲奈はふわりと地面に着地すると、丁寧にコウへとお辞儀した。
「初めまして、三島玲奈です。母がお世話になってます。今日は母に無理を言って一緒に来させてもらいました」
「…初めまして。知ってるだろうが、俺はコウ。好きに呼んでいい」
「じゃあ、コウさんって呼ばせてもらいますね」
そう言って笑って、そして少しだけ俯いた玲奈はぽつりぽつりと話し始めた。
「コウさんのことは色々伺ってます。……人として見て貰えないって、辛いよね。母も震災の後自閉症になってしまって喋れなくなって、お化けお化けと虐められたそうです。女子高で一人お弁当を食べてたそうです。……私も強制的に自分の体を地球の為に壊されました。今はこんな身体です」
コウに自身の鰓を見せる玲奈。コウは特に何の反応も見せず、ただ静かな瞳で玲奈とあやこを見る。
そしてあやこが玲奈の話を補足する。
「…この子は、地球を脅かす敵に抗う遺伝子を持っていた為に、体を溶かされて特効薬にされたの。私は無理を言って、この子の脳を私のクローンに移植させた。……エゴよね」
そこで小さく笑って、あやこは尚も続ける。
「よかれと思ってした。私も誰かの死が耐え難かった……」
目を伏せるあやこ。そんなあやこの背に軽く手を添えながら、玲奈が一歩踏み出した。
「IO2の隠蔽工作で、私は世界を救った事を誰も知りません。この身体のせいで、皆と学校にも行けません。その事で親ともよく喧嘩します」
「……そうね。でもそれも、済んだ事よ」
2人視線を合わせて笑う。
そして玲奈はコウに向き直った。
「母から頑張ってるコウさんの話を聞いて、しんどいのは私一人だけじゃないんだなあって勇気をもらいました。ありがとう。何もお手伝いできませんけど、応援してます」
ぺこり、と礼をする。
「いや、礼言うのは筋違いだろ。っつーか応援って何にだよ…」
コウがぼそっとそれだけを言う。
しかしそれに気を悪くした様子も無く、玲奈は笑顔をコウに向ける。
「儀式に巻き込まない様に、母と距離を取ってくれていたそうですね。なのに男ゲットゲットってうちの親ったら…」
苦笑した玲奈があやこにどつかれる。けれどそれは間に信頼があるからこその、じゃれあいのようなものだった。
それを見たコウが、少しだけ笑った。
あやこは不意に真剣な表情になって、コウに言う。
「コウくん、自分を責めすぎないようにね。……私は、貴方との家庭を夢見た事があった。一緒に暮せたらどんなに楽しいかと…。でも、貴方が壊れる運命に私は干渉できない。私たちは死なない体だから。それは、他人から羨まれることもあるけれど、ある意味苦痛だわ。寿命を精一杯生きる貴方が、羨ましいとも思う」
真っ直ぐにコウを見つめるあやこ。
「私は、貴方を忘れない。……忘れた方がいい?」
コウは少しだけ困ったように笑った。
悩む素振りを見せて、それから溜息をついて口を開く。
「好きに、すればいい。そんなのは他人に訊くもんじゃねぇだろ。覚えときたきゃ覚えとけばいいし、そうでなきゃ忘れればいい。…そういうもんだろ」
「……そう?」
「少なくとも、俺はそう思う」
そう言って目を伏せたコウはしかし、次の瞬間弾かれるようにあやこたちの背後へと視線を向けた。
「何でてめえがここに居るんだよ!」
怒声が響く。出会ってから一度も聞いたことのなかったそれに、あやこは驚く。
「やだなぁ、何怒ってるのかな、コウ。私だってたまには外に出ることくらいあるさ」
コウの視線につられるように振り向いたそこには、恐ろしいほど整った顔に底知れぬ笑みを浮かべた人物が、いた。
全く気配に気づけなかった。一体いつからそこに居たのだろう。
「ハッ! 冗談も大概にしろよ。わざわざンなとこまで来るっつーことがおかしいだろうが。何となく、で来るようなトコでもねぇだろ」
「うん、まぁそうだね。ちゃんと目的はあるよ? 君の迎えだ、コウ。そろそろ『来る』頃だろう?」
「ッ……!」
言葉を投げられると同時、顔を歪め崩れ落ちるコウ。しかし地面に倒れ伏す前に、あやこたちの背後に居たはずの人物がコウを支えた。
「コウくん?!」
「コウさんっ!」
声を上げる2人に、唇に人差し指を当て、黙るようにと仕草で告げた人物は、意識を失ったらしいコウを愛しげに見下ろして、彼の鮮やかな赤い髪を指で梳いた。
「貴方、は…?」
半ば無意識に質問したあやこに、尋ねられた人物はにっこりと、見惚れるような笑みを浮かべた。
「私? 私はコウの…まあ、主というか親というか、そんなところかな。コウから聞いたんじゃないかな、コウの一族の『当主』だよ」
確かに聞いた。しかし、まさかこんなに若いとは…。
考え込むあやこに、当主は底の見えない瞳を向けた。
「ねえ、藤田あやこさん?」
「!?」
教えていないのに名を呼ばれ、驚きを隠せないあやこに当主は問う。
「貴女はコウのことをどう思ってる?」
いきなりの問いに戸惑いながら、あやこは正直な気持ちを告げる。
「寿命を精一杯生きる彼が羨ましい、と…思うけれど」
その言葉に当主は少しだけ眉根を寄せ、それから次の問いを投げかける。
「じゃあ、コウのことを『必要』だと思うかな?」
「ええ、必要よ。…彼が封印解除を完遂する勇気を、子供に見せたいの」
言って、傍らの玲奈を見る。玲奈はあやこに頷いた。
「なるほどね……」
冷たく、『当主』が笑った。
それは、見る者を凍りつかせる、冷え冷えとした笑みだった。
「貴方は、全然分かってないんだね。『偶然』の縁も、随分と酷な出会いをコウに与えたものだ」
「…どういうこと?」
意味不明な言葉に、あやこはそう尋ねる。
「だから、わかってないと言うんだよ。……貴女は、自分生きたいという気持ちを懸命に抑えて大切な人のために命を削るコウに対して、ずっと負担を強いてたに等しい。寿命を精一杯生きるコウが羨ましい? …驚いたね。寿命なわけがないじゃないか。本来ならコウはもっと生きられる。コウは選んだ。でもそれは天命というわけではない。運命なんて言葉で片付けるのは愚行だね。…少々貴女とコウの関わりを『見せて』もらったけれど――『不幸に酔える』人種なのかな、貴女は。まぁ、人間誰しもそういう要素は持っているけどね。私からしたら、同情を誘ってるか、もしくは不幸自慢にしか見えないよ。……『辛辣だ、そんなつもりはない』と言いたいかも知れないけれど、少なくとも私はそう思うね。…コウも辛かったと思うよ。自分のことで手一杯のときに、他人の『不幸』の話を聞かされるのはね。コウは優しいから、話し相手には都合が良かっただろうけれど。だって『否定』しなかっただろう? そういう子なんだよ、コウは。まだ妹の方が思ったことを口に出す方かもしれないね。……今日のことも、そうだ。励ますつもりだったのなら方向性がずれているにも程がある。感謝も然り。…コウは自分の選んだことが間違いだ、と言っていなかったかい? それを肯定されたって、コウの重石が増えるだけだよ。罪悪感、と言ってもいい。それに、コウが必要か、と私は聞いたけれど、その返答からすると貴女はコウ個人を必要としているわけでもないようだね? 『封印解除』をしないコウは必要ないんだろう? 結局コウは、貴女の子供の教育道具なわけだ」
「そんな…っ」
そんなつもりはなかった。
しかし当主は尚も冷たい瞳であやこを見据える。
「そういう風に受け取れる、ってことだよ。私はコウが大切だからね。コウの負担を増やしたり、コウを傷つけたりするのは許せないんだ。……まぁ、私がそれを言うのかって感じだけれど。『封印解除』をさせてるのも『器』のことも、私が原因だしね」
そうして少しだけ悲しげに微笑して、当主は決して屈強には見えないその外見からは予想できない膂力でコウを抱え上げた。
「ああ、こんな話をしているより先にコウをちゃんと休ませないと。それではね、藤田さんに三島さん。まあ、二度と会わないとは思うけれど」
その言葉を最後に、当主は意識のないコウ共々消えた。
残された2人は、ただその場に立ち尽くすしかなかった――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【7134/三島・玲奈(みしま・れいな)/女/16/メイドサーバント】
【7061/藤田・あやこ(ふじた・あやこ)/女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、三島さま。ライターの遊月です。
『朱夏流転・肆 〜夏至〜』に藤田さまとご参加くださりありがとうございました。
藤田さまの『朱夏流転』にゲスト参加、のような形でしたので、あまりメインっぽくはできなかったのですが…。
コウとも初対面なので、会話が弾んだりもしませんでしたし…。
少しでも楽しんでいただければよいのですが。
ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
それでは、本当にありがとうございました。
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