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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆朱夏流転・肆 〜夏至〜◆


 前方に見覚えのある鮮やかな赤い髪が見えて、千石霊祠は半ば叫ぶようにその人の名を呼んだ。
「セキさんっ!」
 呼ばれた彼女は驚くでもなく、静かな動作で振り返った。
「ああ、貴方ですか」
 その瞳は前回会ったときよりもとても静かで――そしてどこか脆さがあった。薄氷の上を歩くような、危うさ。
 彼女が消えてしまうのではないか、と。
 そんな胸騒ぎが、した。
 以前からその兆候はあったように思う。けれど、無意識に気づかないふりをしていたのかもしれない。
 セキの『弱さ』を見たことで――闇の中で1人、ただ一筋の光点を見つめながら進もうとするようなセキを見たことで、それが表層化したのかもしれない。
(ただ、憧れていたかった。……でも、それだけじゃいけないのかも知れない)
 そう思う。
 ただその強さに憧れているだけでは、彼女に近づくことなど出来ないのだ。
 これまでで3度。今回で4度。それだけ『偶然』に会うのだから、何か縁があるはずだ、出来ることがあるはずだ、と信じてこれまでは無理に彼女の事情に介入することはしなかった。
 けれど、それでは駄目だと言うのなら。
 積極的に、ならなくては。
「…? どうしたのですか。特に用事がないというのなら、私はこれから『解除』をしなければならないので失礼させていただきますが」
 怪訝そうな顔でそう言ったセキに、ハッと意識を戻す。
 彼女はそれを尚も怪訝そうに見遣り、そしてさらりと滑るように落ちてきた髪を払った。その拍子に袖口から手首が垣間見える。
 そこに見えたのは白く滑らかな肌ではなく――病的に白い、包帯だった。
「セキさん…それ、は……」
「それ?」
 半ば無意識に問うた霊祠の言葉を反復し、セキは首を傾げる。そして霊祠の視線が自らの腕へと向いていることに気づくと、ああ、と納得したように頷いた。
「この包帯のことですか。心配せずとも怪我をしたわけではありません。ちょっとした呪が刻まれているだけです。他人の目に触れると効力が落ちることもあると言われたのでこうして隠していますが…」
 確かに彼女の動きに不自然なところはない。痛みがあるわけではないのは確かなようだが…。
 霊祠は躊躇いながら、けれど感情に押されて口を開いた。
「あの…っ、セキさんにとって、僕は子供で頼りないかもしれませんけど、でもこうやって何度も会うんですし、きっと何かの縁があるんだと思うんです。だからきっと僕にも出来ることがあるんだって、信じたい。……変なことを言ってるのは分かっています。だけど、この縁を信じて――隠してることを全部話してもらえませんか?」
 霊祠が懸命に告げた言葉に、セキは珍しく驚きを露わにしていた。かと思えば、その金の瞳を伏せ、困ったように息を吐いた。
「貴方の気持ちは、その、嬉しい……と思います。恐らく、これは『嬉しい』という感情なのでしょう。けれど――いえ、だからこそ、全てを話すことは出来ません。どういう縁なのかは分かりませんが、私と貴方に何らかの縁ができたことは確かでしょう。ただ、その縁が良くないものだと言うのは分かります。これ以上巻き込むわけにはいかないのです。貴方は、まだまだ先が…未来があるでしょう。我が一族に関わることで、その未来を閉ざさせることは、私が嫌なのです」
 そこまで言って、セキは自嘲するように唇を歪ませた。
「…一族の世界は閉じています。外界と交わろうという気は微塵もありませんし、ただ自分たちの存在意義を守ろうとするだけです。私と兄は、その中で少し異端だっただけです。本当は、間違っているのは私たちなんです。何故なら、私たちは『道具』でしか在り得ないはずだったのですから。世代を重ねて、少しずつ性質が変わってしまったのでしょう。それが顕著に現れたのが私たちだった、それだけのことです。貴方が私に心を向ける必要も、心を砕く必要もないのです。だから、どうか――私のことは忘れてしまってください。それがきっと、一番いいはずです」
「そんな、」
「私と関わっても、貴方には何の益もありません。ですから――」
「だめだなぁ、セキ。そういう言い方はよくないよ?」
 セキの言葉に被るようにして、誰かの声が響いた。
 そしてセキはその声に愕然とした表情を浮かべ、声のした方を見た。
「どうして貴方がここにっ…?!」
 驚きと焦りとが交じり合った、常の彼女らしくない激しい語調でセキが問う。
 問われた人物――いつの間にか二人のすぐ傍に居た、恐ろしいほど整った顔に底知れぬ笑みを浮かべた人物は、おどけるように肩をすくめた。
「やだなぁ、私だってたまには散歩くらいするよ?」
「くだらない嘘を吐かないで下さい。不快です。貴方がわざわざこんなところまで『散歩』などするはずがありません。それなら太陽が西から昇ったなどという話の方が余程信憑性があります」
「酷い言われようだな、私は。…まぁ、散歩じゃないのは当たってるけれどね」
「何が目的です?」
 目の前の人物にセキが鋭い視線を向ける。霊祠はといえば、いきなりのことに少々置いていかれ気味だった。
「うん? そうだね、第一は――」
 そしてセキと知り合いらしいその人は霊祠に視線を向ける。
「そこの彼と一度会っておきたくてね。そして第二は…」
 言いながらセキにすっと近づき、耳元で囁く。
「君が心配で来たんだよ、セキ。そろそろ、だろう?」
「……っ!」
 その人物が言い終えると同時、セキの身体が崩れ落ちる。
「セキさんっ?!」
 思わず叫んだ霊祠に、意識を失ってしまったらしいセキを支えたその人物は、にっこりと笑った。
「大丈夫、ちゃんと生きてるよ。ただ、支障なく活動できる時間が少しずつ少なくなっててね。色々対策はしてるみたいだけど――今日は『解除』をするためにちょっと無理してるみたいだね。仕方ないから、少し休ませてから『解除』の場所に連れて行ってあげようかな」
 そう言ってセキを愛しげに見下ろし、その鮮やかな長い赤髪を優しく指で梳いた。
「あなた、は…? セキさんの、何なんですか?」
 セキを支える人物の持つ雰囲気に呑まれながら、半ば無意識に霊祠は問うた。
 それににっこりと笑って、その人は答える。
「私? 私はセキの…まあ、主というか親というか、そんなところかな。セキから聞いたんじゃないかな、セキの一族の『当主』だよ」
 確かに『当主』のことは聞いている。しかし、それにしては2人の間の空気が独特と言うか――。
 思考に沈みかけた霊祠に、当主は底知れぬ笑みを向けた。
「ねえ、千石霊祠くん?」
「!?」
 教えていないのに名を呼ばれ、驚きを隠せない霊祠に当主は問う。
「君はセキのことをどう思ってる?」
 いきなりの問いに戸惑いながら、霊祠は正直な気持ちを告げる。
「初めて会ったときはセキさんの姿に、瞳に憧れました。二度目に会ったときは、セキさんのことをもっと知りたいと思いました。三度目に会ったときには、彼女にとって頼れる人物になりたくなりました。そして、今日――憧れるだけではいられなくなりました」
 そう言った霊祠に、当主は思案気に首をかしげた。
「うーん、なんかセキをどう思ってるかっていう質問の答えになってないような気がするんだけど……まぁ、いいか。それじゃ、セキは君にとって『必要』なのかな?」
「必要です。必要なのだと信じるしかない、という感じで…奇妙なことだと思いますけど、体の底から何かが叫んでいるんです。運命を感じずにはいられないんです」
 勢い込んで言う霊祠に、当主は少しばかり面食らったような顔をした。
「何ていうか、随分熱烈な告白?だねぇ…。別にそれに関してはいいんだけど、もしそれをセキに言うなら、『運命』がどうとかは言わないほうがいいと思うよ? セキは『運命』が大っ嫌いなはずだから。セキは君を結構気にかけてるようだから、君の言葉で少しは心が動くと思うし。それは私にとっても悪いことではないからね」
 そして当主は、決して屈強には見えない外見から予想できない膂力でセキを抱え上げた。
「そろそろ移動しようかな。起こした後のセキの反応が怖いんだけどねぇ。…それではね、千石くん」
 言葉と共に、当主はセキ共々その場から消えた。
 残された霊祠は、ただ1人そこに立ち尽くすしかなかった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7086/千石・霊祠(せんごく・れいし)/男性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、千石様。ライターの遊月です。
 『朱夏流転・肆 〜夏至〜』にご参加くださりありがとうございました。
 
 全ての謎を話す、ということは無理でしたが、セキが何を考えていたのかが少し表に出た感じです。
 『セキをどう思っているか』がちょっと当主に伝わり辛かったようですが、とりあえずマイナスにはならなかった模様です。
 少しでも楽しんでいただければよいのですが。

 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 それでは、本当にありがとうございました。