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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


太陽娘
●オープニング【0】
「ちょーっとお願いがあるんだけどぉ〜……」
 そんな電話が瀬名雫から不意にかかってきたのは、10月に入ったばかりの頃であった。
「あのね、今度の3連休にお友だちが遊びに来るの」
 そう雫が話し始めた所によると、その友だちとはこの春頃からゴーストネットに時折書き込みをしてくれている女性らしい。どうも旅好きのようで、旅先からその土地の心霊スポットについてやら、ちょっとした伝承などを書き込んでくれるのだという。
「その書き込み見てると、何でか幸せな気分になれるんだ〜。でね、彼女東京来るのが久々らしくって、案内してあげようと思ってるんだけど」
 ふむふむ、それはよい心掛けではないですか。でも、何でわざわざその話をこっちにしてくるの?
「……どこかいい所ないかなぁ?」
 そうきましたか。
「あ! せっかくだから一緒に行こうよ! 大勢の方が賑やかで楽しいしねっ♪」
 ああ、ああ、なるほど。最初からそういう魂胆だったんですね、雫さん?
「それに彼女、よくナンパされるって書いてたから、結構可愛いんじゃないかな〜?」
 そんなことを付け加える雫。男性陣は興味をそそられるかもしれない内容だ。
 まあ連休だし……暇があれば行ってみてもいいかな?

●待ち合わせ場所にて【1】
 連休初日、瀬名雫の姿は人々で賑わう渋谷の街にあった。正確には、渋谷のハチ公前。そこに居るのは雫1人ではない、そばに他3人の姿も一緒だった。
「やっぱ、連休だからなー……」
 溜息とともに残念そうにそう言葉を発したのは守崎北斗である。それを聞いて、兄の守崎啓斗がじろりと北斗へ視線を向けた。
「連休だと不都合でもあるのか、啓斗」
「おおあり」
 ちらりと横目で啓斗を見て、北斗は話を続けた。
「平日なら築地市場で飯食ったり、色々手はあんだけど……あー」
 右手でわしゃわしゃと髪を掻く北斗。築地で食べられなくて残念……というだけではどうもなさそうで。やっぱり、遠方から来る人に楽しんでもらうための選択肢が減ることが単純に残念であるのだろう。
「でも、今回は新潟の方から来るんでしょう? 北陸に居た間に、海産物はだいぶ食べてきてるでしょうし」
 と言ったのはシュライン・エマである。実はシュライン、雫たちと一緒に行くことを決めてから、その今日来るという彼女の書き込みを3ヶ月ほど遡って読んできていたのだ。
 それによると彼女はこの夏、福井・石川・富山と経て、先月中頃から新潟に滞在していたようなのだ。書き込みの際に、今どこに居ると書いてあったから分かることだった。
「けどやっぱ築地は色んなの集まってんじゃん。あー、ほんと残念だよなー」
「築地はまたのお楽しみに取っておきましょ」
 未だ残念がる北斗に対し、くすっと笑ってシュラインは言った。
「そうだよねー。それより、今日の東京見物をどうするか考えておかないと〜」
 うんうん頷きながら言う雫。それに啓斗が反応した。
「……東京見物なら、バスツアーとかの方が便利だぞ?」
 正論である。コースさえ決めてしまえば、後は特に考えることもないし。それに結構コースのバリエーションがあるのだ。
「ぼんやり乗っていても、山手線みたいに気が付いたら元の駅に戻ってたってこともないしな」
 ……それは何かずれちゃいませんか、啓斗さん? というか、1周したことあるんですか、あなた?
「ん〜。でもバスだと、自由度が大きく減っちゃうしぃ〜」
 難色を示す雫。どうやら雫はあれこれ自由に行きたいようである。
「バスはダメなのか……」
「ダメってことはないけどぉ」
「ただ、行く場所はその娘の年齢にもよると思うんだよな」
 これまた正論を口にする啓斗。
「若い子をいきなり巣鴨に連れて行っても嬉しくなさそうだし」
 ……そこで何でいきなり巣鴨が出てきますか。いやまあ、分かりやすい例えですけれども。
「振袖火事の本妙寺やとげ抜き地蔵があるから……俺は嬉しいけど」
 あんたの趣味かい!!
「……そういえば彼女いくつ、雫ちゃん?」
 ふと思い出したようにシュラインが雫に尋ねる。読み返した範囲の書き込みでは、はっきりと年齢は出ていなかった気がするが……。
「分かんない」
 しれっと答える雫。
「若いのは書き込み見てると分かるんだけど〜。ちゃんと年齢書いたのは見たことないかなぁ、あたしも」
「俺たちより年上だったりして?」
 冗談ぽく笑って北斗が言った。いや、ネット上での知り合いの場合、それ十分あり得るから……冗談じゃなく。
「でもナンパされるってあるんだったら、割合若いでしょうしねえ……」
 むー、と思案するシュライン。普通に考えるなら、そのはずである。
「ただ、誰にナンパされるかは書いてないんでしょ?」
 雫にシュラインが尋ねる。ひょっとしたら土地の話好きの年輩の人という可能性もある訳で。
「書いてないけど、それもナンパって言うのかなあ?」
 ごもっともです、雫さん。
「……彼女が来てから、具体的に考えよっか?」
 考えるのが面倒になってきたのか、雫がそんなことを言い出した。けれども、彼女の話を聞いて行く先を決めるというのは普通によい考えではある。
「それが一番手っ取り早いだろうな。それに、行きたい所が記憶に残るもんだしな」
 啓斗が同意の言葉を口にした。
「あ、ひょっとしてあの人かな?」
 その時、雫の視界に飛び込んできた1人の女性の姿があった。日焼けして背が高く、背中に大きなリュックを背負った金髪の女性である。駅構内から出てきた彼女は、きょろきょろと誰かを探すような様子だった。
「特徴聞いてないの?」
「大きなリュック背負ってるってメールにあったから、たぶん合ってると思うけど〜」
 シュラインに言葉を返し、雫は女性に向けて大きく手を振ってみせた。それに気付いた女性は嬉しそうに笑みを浮かべると、足早に4人の方へやってきた――。

●それは太陽のごとき笑顔の娘【2】
「こんにちはー」
 女性の第一声がそれだった。ぱっとした印象としては、柔らかい雰囲気のある口調であった。
「えっと……雫ちゃんやんねぇ?」
 雫に向かってそう尋ねる女性。その言葉はどう考えても関西の言葉であった。
「うん、正解っ☆ 沙羅ちゃん、だよね?」「うん、そうよー。うちのフルネーム、上原沙羅やけどね」
 雫の確認にその女性――上原沙羅は笑顔で返した。それから他の3人の顔を見回して尋ねる。
「雫ちゃんのお友だち?」
 それを聞いて、他の3人も口々に自己紹介を始めた。
「えーと、シュラインさん、北斗くん、啓斗くんでええんよね?」
 1人ずつ順番に指差し確認する沙羅は、人懐っこい笑顔を浮かべていた。まるで太陽のような笑顔だった。なるほど、これはナンパされても不思議ではない。
 そして沙羅はゆっくりと周囲を見回す。
「そやけどぉ……3年以上振りやと、渋谷の風景も変わったんやねぇ」
 沙羅がしみじみとつぶやく。ということは、その頃が前回の東京滞在なのだろう。
「失礼ですけど、おいくつなのかしら?」
 断わりを入れてから沙羅に年齢を尋ねてみるシュライン。
「21……あ、12月で22やよ」
 なるほど、逆算すると前回の東京滞在は高校卒業した直後だろうか。
「関西の人?」
 気になっていたのだろう、北斗がそんな質問を沙羅に投げかけた。
「うん、大阪の南の方。けど、ひいお爺ちゃんは沖縄の人やったんよ」
「そういえば、『上原』って姓の人、沖縄では多い方なのよね」
 どこかで仕入れた知織か、シュラインが何気なくつぶやいた。沙羅がこくこくと頷く。
「あ、そうだ! ねえねえ沙羅ちゃん、来て早々だけどぉ……」
 雫が沙羅に話しかけた。
「何やの、雫ちゃん?」
「沙羅ちゃんはどこ行きたい?」
 単刀直入ですな、雫さん。
「どこ……。そうやねぇ、落ち着ける場所やと嬉しいかも」
「……賑やかな場所だよな、ここ」
 啓斗がぼそっと北斗に向かって確かめるようにつぶやいた。
「いや兄貴、俺にそれ言われても」
 ぼそぼそと北斗も返す。
「うち、東京の有名な場所しかまだ覚えてへんし」
 そう言って沙羅が照れ笑いを浮かべる。なるほど、だからハチ公前ですか。
「銀の鈴とか?」
「あ、そこもうち知ってる」
 シュラインが例を出すと、沙羅は何度も頷いた。ちなみに銀の鈴は、東京駅の地下にある有名な待ち合わせ場所です。なお10月25日に4代目に代替わりすることになっているのは余談だ。
「賑やかな場所は苦手なの?」
 雫が尋ねると、沙羅は苦笑してこう答えてくれた。
「賑やかな場所やと若い子多くて、ナンパする人も自然と多いやろ? 面倒やもん」
「じゃあ、俺がさっき言っていた選択もありじゃないか?」
 啓斗が雫たちに向かって言った。さっきのとはもちろん巣鴨のことだろう。
「ただまあ、ナンパなんて兄貴には無縁だよなあ」
 何気なく言った北斗の一言だったが、啓斗からは意外な言葉が返ってきた。
「うん? 俺も『なんぱ』ってものに遭ったことがあるぞ?」
 ちょっと得意げな顔を見せる啓斗。雫やシュライン、特に北斗などはそれを聞いてびっくりした表情を浮かべていた。
「数人でやってきて『ちょっとすみませーん』って聞いてくるあれのことだろ?」
 しかし、啓斗がそう続けた瞬間に雫たち3人の表情は難しいものに変わった。それはどうだろう、ちょっと違うんじゃないかといった表情だ。
「……『絵を展示してるんです』とか、『無料で1回くじを引けます』とか、続けて言われてない?」
 ちょっと心配になったのか、シュラインがそんなことを啓斗に尋ねる始末。
「いやそれが」
 と、急に啓斗が神妙な表情になる。
「用事は何だって聞くと、すぐに怯えた顔で逃げてゆくんだが……」
 何故だか分からないといった表情の啓斗。けれども北斗には思い当たる節があった。
(兄貴は普通に笑ってるつもりでも、無意識に般若顔してんじゃねーの?)
 心の中でそうつぶやく北斗。はい、その通りです。
(けどまあ、今日みたいな機会は貴重だよな。兄貴にも、同年代との交流は必要だと思うしなー)
 さらに心の中で北斗は言う。常々北斗は思っていた、今どきの若者と啓斗は悲しいくらいずれていると。
(探偵としてそこそこいけてても、普通の生活がじじむさかったらなー……)
 ついつい遠い目になる北斗。それを気付かれぬうちに元に戻し、ふうと小さな溜息を吐いた。
(ま、どっかプラスにゃなるんじゃね?)
 そう北斗は結論付けた。

●旅人【3】
 落ち着ける所という沙羅の希望もあったことだし、一行は啓斗が言った巣鴨にまずは向かうことにした。移動はもちろん山手線だ。ちなみに東京の区域内1日をフリー乗車出来る券があるので、それを皆利用することにした。これ1枚でJRのみならず、地下鉄や都バスも乗れるのだ。
 その移動の車内にて、あれこれと沙羅に質問が行われるのは想像通りだった。
「え、じゃあ沙羅ちゃんは高校卒業してからずっと旅人さんなのっ?」
 雫が目を丸くした。
「うん、そやよ。旅に出て、その地で働いてお金を稼いで、また移動して……年に何度か実家には戻るんやけどね。でもおかげで、あちこちに知り合いが増えたんよー」
 嬉しそうに語る沙羅。いやはや、タフというか、行動力があるというか……凄い女性だ。
「桜前線や紅葉前線に合わせて移動したりもするの?」
「うん。去年から今年にかけて、そうやって全国回ったんよ」
 シュラインの質問に沙羅が頷いた。
「それで、旅先からはノートパソコン使ってるんよ。携帯とノートパソコン、それとデジカメはもううちの旅の必需品やわ」
 ふむふむ、どうりで旅先から書き込みも出来る訳だ。
「じゃあ、全国の心霊スポットとかにも詳しくなったんだ?」
 雫が目を輝かせて尋ねるが、不思議なことに沙羅は苦笑を浮かべた。
「場所は詳しくなったんやけど……」
「あ、そうか」
「……ああ、なるほど」
 沙羅の言葉にすぐに納得した雫と、思い返して納得したシュライン。分からないのは啓斗と北斗だ。
「シュラ姐、理由知ってんの?」
 北斗がシュラインに尋ねると、沙羅が口を開いた。
「あんね、うち……何か霊感ないみたいなんよぉ。そういったとこ行っても、何も分からんのよ。一緒に居た人らは見てても、うちだけ見てへんことばっかりやし」
 それはちょっと残念そうな口振りであった。太陽みたいな笑顔の娘も、この瞬間はちょっと曇ったようで……。

●連休は東京三昧【4】
 一行は巣鴨に着くと、辺りの散策を始めた。とげ抜き地蔵や本妙寺はもちろん、付近にある甘味所にも入ったりして、巣鴨を十分に楽しんだのであった。当然、一行は笑顔を浮かべる回数が増えていた。
 で、結局連休の間は皆で沙羅に付き合ってあげることにして、甘味所であれこれと予定を立てる。とりあえず明日は、北斗提案の大江戸線制覇ツアーに決定したのだった。
「東京ミッドタウン、東京タワー、上野アメ横、汐留、築地、東京都庁、江戸東京博物館、東京都現代美術館、深川江戸資料館……色々行けるぜ? と、月島のもんじゃ焼きも忘れちゃダメだよなぁ」
 さすがは北斗、食べ物の方もきっちり押さえてきた。
「あ、土産なら和菓子の美味しいとこ知ってるぜー」
 ……北斗さん、あなたもちょっとじじむさい所ありません? 渋い趣味ですな。
「何なら、地下鉄茅場町駅側の東京証券取引所の見学とか、旧古河庭園の秋の薔薇とかもあるわよ。そうそう、神田の古書店巡りも面白いかも……」
 シュラインさんも、地味なものばかり提案してきますね。
「神田はうち行ってみたいかも」
 おや、なかなかの沙羅の好感触。
「でもその前に、皇居もうち見てみたいなぁ」
「じゃ皇居見てから、その足で神田へ行ってみましょうか?」
 そうシュラインが言うと、沙羅は笑顔でこくこく頷いた。とても嬉しそうであった。
「何だか、あたしたちの方が楽しんでるかも」
 雫が笑いながら言った。いや、それはそうかもしれない。その地に住んでいる者の方が、その地についてあまり知らないというのはよくある話なのだから。
 となると今回のこれは、雫たち4人にとって東京再発見の旅なのかもしれない――。

●業務連絡【5】
 皇居へ行くため、東京駅へ戻った時のことだった。シュラインは誰かの視線を感じて振り返った。
 そこにはボディラインにぴったりした紅いシェープド・コートを羽織っていた黒髪ポニーテールの女性が1人――『東京駅の女』だ。彼女はシュラインを手招きしていた。
 そこでシュラインは他の皆に先に行ってもらうことにして、彼女のそばへと向かった。
「お久し振り、シュラインさん」
「こんにちは。でも……どうしたの?」
 怪訝そうに尋ねるシュライン。それに対し、彼女は静かにこう告げた。
「前に言ってた女性、この夏に見たわよ」
「……え?」
 一瞬シュラインは耳を疑う。それって……あの女性?
「7月頃だったかしら、東北新幹線のホームに向かったのを見たわ。何をしに行ったのかは分からないけど、あなたに知らせる約束だったものね」
 彼女はそう言うと、ふふっと笑った――。

【太陽娘 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全5場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに旅人な娘が登場するお話をお届けいたします。
・ええと、本文を読まれて、首を傾げておられる方も居られるのではないかと思うのですが……これはちょっと高原の方で意図がありまして、このようにさせていただきました。そうそう、銀の鈴の代替わりの話は本当だったりします。
・本文では書けなかったのですが、連休の東京見物を堪能した後、沙羅は大阪の実家に戻っています。まあまたすぐに旅に出るのでしょうけれども。なお、沙羅は近いうちに高原のNPCとして登録することになるかと思います。予めそうお知らせさせていただきますね。
・シュライン・エマさん、131度目のご参加ありがとうございます。沙羅の移動経路に着目したのはよかったと思いますよ。それでですね、今回のお話で条件が成立したので、本文最後のようなことが判明しています。どうぞ今後のご参考に。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。