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青春の必然
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「ちょ、ちょちょちょちょ、待った!! 待ったってあんた!!!」
駅のホームで大声を発する草間・武彦は、否応無しに目立っていた。
手を眼前で振りながら、にじりにじりと後退する腰は引けている。奇異な視線は彼だけに向けられ――相対するものが、誰一人見えていなかった。
だが武彦には、そんな事に構っている余裕は無い。気を抜けば武彦の相対する【幽霊】は、腰にしがみついて揺すっても剥がれやしないのだ。
変なものに目を付けられてしまったと嘆いても後の祭り。
ここで是と頷かない限り、草間にとり憑くと囁くソレ――。
「ああ、わかったよ!! 協力する! するからっ!!」
脅しとばかりに線路に引きずり込まれそうになって初めて、武彦はまいったと手を挙げた。
「お前に頼みがある」
草間・武彦から依頼の申し込みを受けて、【アナタ】は興信所を訪れていた。苦々しく笑う武彦に先を促すと、彼は頬を掻いて視線を明後日の方向に逃がした。
「依頼主は、誤って線路に落ち事故死した奴で……まあ、地縛霊なんだが。そいつが駅で見かけたお前に惚れたらしい」
【アナタ】は武彦の言葉の真意を掴みきれず小首を傾げた。幽霊と言えど、元は人間だ。感情は残っていておかしくない。それが自分に好意を示してくれても、然りだ。
「何でもそいつは一度も味わえなかった青春を謳歌したいらしく……つまり、お前とデートがしたいらしい」
つい、と彼が指差した扉の前に、いつの間にかソイツはいた。
「ツテで人型の人形を借りた。――人間にしか見えないが、中身は死人だ。奴とデートしてくれ。依頼料もねぇ。デート代もお前のポケットマネーで!! 承諾してもらえねーと俺が呪い殺される……!」
最後には縋る様に手を伸ばしてきた武彦に、【アナタ】は的外れな事を一言だけ。
『謳歌したい青春がコレ?』
「何でも、恋愛は青春の必然らしい!!」
――半べぞの武彦は、あまりにも憐れ過ぎた。
●U●
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藤田・あやこは、額を床に擦り付けて懇願する興信所の主、草間武彦を険しい顔で見下ろしていた。
死んでも尚自身を想い、たった一度のデートを願う幽霊の望みを叶える事は吝かでは無い。
思い起こしても過去のあやこと言えば、降頻る男難に呻いていた。長身が災いし学生時代は見向きもされず、偏った男女比に期待して理学部へ進学するも、撃沈。
事情あって他人名義のエルフの身体では、うっかり行きずりの恋も出来ない。
その上、娘を持つシングルマザーの身に、世間の風は冷たい。
更にあやこの肩書きは、一時の気の迷いさえ許してくれない。ホームレスから叩き上げ、今は数多の経営者、女社長――たった一度夕食を共にしただけでも週刊誌のネタにされてしまえば大変だ。
既にその手の週刊誌に痛い目に合わされたばかりでもあったし、吝かでは無い申し出であっても、あやこは頭を悩ませた。
「頼むっ!」
自分に男運が無ければ、武彦に無いのは何だろう。何時だってオカルト騒ぎに巻き込まれ、ハードボイルドからはかけ離れた探偵は、幽霊に脅されてこの体たらく。
「……」
あやこの漆黒と紫のオッドアイが、哀れみを含んで武彦を見下ろし続ける。
真実でも嘘でも、報道が持つ力と言うのは大きい。一度人の耳に飛び込んだ情報はそのまま脳内に蔓延り、刃となって人を傷つける。
最愛の娘との血は、繋がってはいない。24歳のあやこにそぐわない年齢の娘は、いくら容貌が似ようとも、年齢的に無理がある。そんな事は誰が見ても事実であったし、それなりの事情が考えられようものだが、それでも【あの子何処の子燕の子?】なんて面白おかしく記事にされて、虐められた娘に詰られてしまったあやことしては、簡単に是と頷ける問題で無いのも確かだった。
男関係にだらしないと、娘に軽蔑されたくない。
けれど片親不在は謂われない偏見を呼ぶ。
そしてあやこは、やられっぱなしでは終われない。
「分かったわよ」
深く長いため息をついてから観念したようにあやこが言う。
しかし、涙を浮かべた面を勢い良く上げた武彦は、次に続いた言葉に絶句した。
「こうなりゃ渡りに船、結婚するわ!」
「――は?」
「ただし、条件があるの!」
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あやこの出した条件に内心ヒヤヒヤしたものの、何とか都合をつけた武彦が相手の男性・布施祐介をあやこに紹介する事になったのは、それから三日後の事だった。
条件に添う為に、人形師に彼の外観を変更してもらうために必要な時間が三日だったのだ。
元々は筋肉質で五分刈、ばりばりの体育会系、陸上一筋であった祐介は、あやこの望み通りの美白美男子エルフへと生まれ変わっていた。生前の面影は見事に無い。
それでも祐介自体はデート出来るのなら何でも、と、あやこの無謀な条件に是と頷いた。
そして外見のみならず、祐介本人は縁の無かった世界で活躍する、韓流デザイナーという肩書き付きだ。
ついでに言うならば、あやこの自社ブランド創設に携わり、闘病から復帰したという設定まである。
兎にも角にもモデル体型のあやこと並んでも遜色無い、気取った二枚目の出来上がりだ。
そんな二人が滅多にお目にかかれないリムジンに乗って都内を闊歩すれば、目立つ事この上無かった。
シックな黒いワンピースの上に毛皮のコート、ピンヒールにサングラスの出で立ちのあやこに。白いシャツに細身の黒いズボン、白いジャケットと着ている物自体はシンプルだが、腕時計やベルト、磨きこまれた靴はブランド物の祐介に。
目立つなという方が無理な装いの他に、パパラッチまで引き連れているのである。
野次馬に見守れるまま、ホテルでのランチ、乗馬と計画をこなしつつ、パパラッチを乗せたタクシーに追われながらリムジンは次の目的地へと走る。
その車内では、くつろいだ様子のあやこと、慣れない環境にそわそわする祐介の姿。
「70点」
「え?」
突然口を開いたあやこに、身体を縮めて向かい合っていた祐介は眉を上げた。
「今までの評価。ちょっと演技がかり過ぎな気もするけど、中々うまく行ってるわ」
「本当ですか!?」
「やっぱり先にあなたの情報を出して正解だったわよね。大方騙されてくれていると思うの」
祐介が準備を終えるまでの三日間、あやこはこの日に信憑性を持たせる為の根回しを怠らなかった。
旧知の仲という設定の相手でも、計画達成の為には必要な事なのである。
「後は私とあなたがどこまで親密な、恋人に見えるかどうか」
恋人というフレーズに頬を染めながら、祐介が唾を飛ばす勢いで言う。
「が、頑張りますっ!」
「うん、よろしく」
それに極上の笑顔を浮かべながら、あやこは頷いた。
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リムジンが最後の目的地、東京湾に辿り着いたのは夕刻だった。
ここからクルーザーに乗り換えて、貸切のディナークルーズへと旅立つのだ。
貸切なので、当然パパラッチはここまで。
船に乗り込んでしまえば、後はあやこと祐介、二人きりの時間だった。
「んー、いい風っ」
海の上に白い軌跡を残す船の看板で、長い黒髪を風に遊ばせながらあやこは大きく伸びをした。
それを惚けた顔で見つめる祐介は、美男子が台無しの表情になっている事には気付いていない。
綺麗だなぁと呟いては、あやこをうっとりと見つめ続ける彼に、あやこは小首を傾げた。
「楽しい?」
聞いてみれば、
「勿論ですっっ!」
の答え。
「そ、良かったわ」
はためく髪を右手で押さえながら、柵に寄りかかって真っ直ぐに祐介を見る。
思えばあやこは、祐介本人の姿は写真でしか知らない。見る前にチェンジを要求してしまったし、生前彼と関わった事が無かったので、あやこの思い出に残る彼は、今目に映る姿でしかないだろう。
写真の彼は日焼けした面で笑う快活そうな青年だった。気が付いたら事故に見舞われて今の姿、と彼は自分の境遇さえも笑って、あやこの無茶な願いも笑って承諾して。写真の彼がそうする姿は想像しか出来ない。
武彦は不憫だと嘆いていたし、自分もあんまりかなと思っていただけに、祐介が幸せそうに笑ってくれて、救われる思いがした。
照れ臭そうに頭を掻く祐介の笑顔は、見た目は全く違うのに、写真の中で輝く彼そのものだった。
黒々とした視界に瞬くは、満天の星にも劣らない美しい夜景。
その中地上に降り立ったあやこと祐介を迎えたのは、寒空の下何時間も待ちぼうけをくらった者共のフラッシュの嵐。
あやこは祐介に肩を抱かれて左手を彼らに見えるように向けた。薬指にはダイヤの指輪が輝いている。
幾つかのお決まりの質問に答えながら、波を縫うように車へと進む。
(100点、ね)
周囲からあやこを守るように、祐介の長い手は人垣を掻く。力強い腕に抱きしめられながら、あやこは頭一つ上にある祐介の精悍な顔を見上げながら思った。
これが嘘偽りであるという事を、一瞬忘れたのが悪かったのだろうか。
「っきゃっ!」
何かに躓いたというよりは、宙を浮くような感覚を感じて、あやこの身体は傾いだ。
「なっ!」
「危ない!!!」
悲鳴が。
フラッシュをたいたような閃光が。
ゆっくりと地面に近づいて行く様が。
あやこの視界にスローモーションで映った。
鋭いブレーキ音が、悲鳴に重なる。
そこで初めて、自分が車道に飛び出していた事に気付く。
実際その瞬間にそこまで考えられていたのが不思議だったが、こんなのは計画に無いだとか、運転手の顔が怖いだとか、レンタルの指輪に傷が付きませんようにだとか、後から思えばそんな場合では無い思考が脳内を巡った。
暗転した視界に、ジャージでピースする祐介の笑顔が浮かんで、消えた。
●X●
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その夜の話は、次の日には週刊誌の見出しに載って騒ぎ立てられた。
『幸せの絶頂が一転、残された家族!!』『一夜限りの結婚生活』と題付けられたページには、三つの写真が一緒に並ぶ。
一つは指輪を見せ付けるあやこと祐介の写真。
一つは――車道に投げ出された筈のあやこが、祐介に抱きかかえられて対向車にぶつかる写真。
一つは、礼服姿で涙ぐむあやこが遺影を抱えた写真。
文面は雑誌に寄って異なったが、最後にはこう終わる。
布施・祐介さんの冥福を祈って。
END
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●登場人物●
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【7061/藤田・あやこ[フジタ・アヤコ]/女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】
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●ライター通信●
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初めまして、この度は発注有難う御座いました。そして、大変お待たせいたしました。
何だか波乱万丈なあやこさんの人生ですが、そこに少しでも潤いを与えられていたら良いです。電撃結婚、即日未亡人なので更に波乱でしか無い気もしますがっ!(笑)
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。そして、またどこかでお会いできる事を祈って。
有難うございました!
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