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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 不夜城奇談〜始動〜 ■


 □

「共通点はラジオ番組…」
 その日の朝、自宅で新聞を読んでいたシュラインは、ここ最近の調査で仕入れていた情報をまとめるように、紙面の片隅で報じられていた新たな失踪者の情報を頭に入れた。
(今日は此処ね…)
 数日前、草間興信所を経由して彼女も関与することになったのは、奇妙な失踪事件だった。
 それにはとあるラジオ番組が関係しており、放送時間や番組名、DJの名だけでなく、放送局すら定かではないという奇妙なものなのだが、これを聞いたと話す人々は、夫婦喧嘩の真っ最中で家を飛び出す直前だったり、飛び降りようとした直前、人を刺そうとした直前など、ラジオで読まれた手紙の内容が自分の境遇に酷似しており、DJの優しい言葉に励まされて踏み止まったらしい。
 それだけならば、まるで天の声に人々が救われたように聞こえるのだが、問題はラジオを聴いた人間ではなく、その人々が夫婦喧嘩をしたり、自殺や、殺人を計画することになった原因の側。
 姑、いじめっ子、他人の男に手を出した女子大生――、そういった人間達が失踪していることだ。
(それだけじゃないのよね…)
 しかしシュラインには、それと同様に気になる点がある。
 それこそが彼女の不安を煽る。
(相手が失踪したことで…、ラジオを聞いて救われたと思った人達の気持ちが、沈んでいく…)
 もしかして自分のせいかも、と。
 そういった不安や、罪悪感が募っていくのが、調査のために話を聞きに訪ねたシュラインには痛いほど伝わって来たのである。
(これが狙いなら…怪しいのは、やっぱり“闇の魔物”…)
 このラジオ番組による失踪事件が騒がれるより早く、諸事情から関わることになった闇狩一族の青年達、影見河夕と緑光から聞いた話が思い出される。
 そして、あの日に聞いた魔物の言葉も。

 ――…もう間もなく…皆さんを楽しいショーにご招待しますよ………
 ――…それはそれは楽しい人間ショーに……
 ――…人間の感情とは…脆くも遊び甲斐のある玩具ですからね……

 人間の感情を操作する、それがラジオを媒体としたものの目的ならば、その正体は闇の魔物である可能性が高い。
 その先にいるのは、十二宮。
 魔物を変化させ、操り、この都で何からの計画を実行しようとしている男。
(この方のお宅に訪ねて、話を聞いたら、闇狩の彼らに連絡を取ってみようかしら…)
 そうと決まれば彼女の行動は素早かった。
 出掛ける準備を済ませ、この失踪事件に関する情報を得るのに最適な友人知人に声を掛けることで、新たな失踪者に関する確実な情報を掴んだ。


 そうして数時間後、やはり今日の新聞で知った失踪者も例のラジオ番組に関係していることを確認したシュラインは、予定通りに狩人と連絡を取ろうと携帯電話を取り出したのだが、その目の前に、彼らは現れた。
 栗色の髪の青年、緑光が携帯電話を片手に誰かと話している隣で、少なからず疲れた表情を浮かべている影見河夕。
「これは偶然かしら…?」
 それとも、魔物の関与を疑った彼女の勘が冴えていた故の必然だろか。
 どちらにせよ、シュラインは貴重な時間を一切割くことなく狩人達との再会を果たしたのだった。





 □

 シュラインが狩人たちとの再会を果たしたとき、光が電話で話していた相手は矢鏡慶一郎だった。
 それぞれに狩人と話したい事があった彼らは、目的が同じならば情報を共有した方が良いという判断のもと、敢えて人気の多い場所を選んで待ち合わせた。
 雑踏の中に埋もれた喫茶店。
 その外に設えられたパラソル席は、この季節特有の柔らかな陽射しを受けて不思議なほど心地良い空間を生み出し、何らかの術を用いたわけでもないのに他者に話を聞かせない効果があった。
 そこで最初に口を切ったのはシュラインだ。
 ラジオ番組による失踪者の件は、既に全員が知っており、更に魔物の関与も予測していた。
 彼女が知り得た情報を余すことなく伝えていけば、魔物が憑いているものの正体も見えてくる。
 怒りや殺意を的確に突き止め、ラジオ番組の音声という形で思念を逸らすならば。
 それらを生じさせた原因となる者達を攫うと言うのなら、魔物はその全てを感じ取れるものに憑いていなければならない。
「……これ、ですか」
 慶一郎の呟きは、皆の答え。
 彼らは周囲を見渡した。
 辺りに広がるのは東京の雑踏。
 老若男女問わず人間の入り乱れた魔都には、人の数だけ思念が飛び交う。
 この思念から負の感情を選び、憑くのが従来の魔物であり、狩人達が狩ってきたものならば、彼らに見つからないよう、悪意を持った人々を捉え、その原因たる“悪者”を探し出す魔物が憑いたのは、これだ。
 歩きながら携帯電話で話す会社員、メールを打つ若者。
 四方八方に広がるビル群からは膨大なデータが発信され、様々な媒体を経て人々に伝えられる。
 大気と同じに。
 それは空気のように。
 目に見えないまま人と人の間を行き来する伝道媒体――電波だ。
「魔物の憑いたものが電波なら、十二宮が私達に告げた「ショーに招待する」という言葉は、最も判り易い場所への誘い出しと考えられるの」
「ショーと言うからには大勢の観客がいるはず…、そしておそらくは、自分は一番よく見える場所で高みの見物を決めているでしょうな」
「ええ」
 慶一郎の発言に、シュラインが同意する。
「つまり、東京タワー」
 この都の、総合電波塔。
「なるほど…変化した魔物は電波という人工の波に憑いて大気に隠れたか…」
「どこまでも厄介ですね…」
 二人の狩人は難しい顔で呟き、下り掛けた沈黙を、しかし慶一郎は遮る。
「では、私からの情報ですが」
 言いながら、彼は四人で囲んだテーブルの上に数枚の書類を差し出した。
「先日の魔物が残していった黒い球体の欠片がありましたね」
「ああ」
 河夕が応える。
 二人が片方ずつ持ち帰り、それぞれに調べたのは、慶一郎を、そしてシュラインを尾行していた魔物が爆発し“十二宮”と思われる男を象った後に残していったものだ。
「矢鏡さんも尾行を?」
「僕達と関わった皆さんが監視されていたようなんです」
 シュラインの問い掛けには光が答えた。
「幸い、どなたも大きな怪我などはされずに済んだのですが…」
「俺達と関わったばかりに十二宮に目を付けられたのは確かだな」
 忌々しげに言い放つ河夕に、慶一郎は苦く笑んだ後で気を取り直すように告げる。
「さて、問題の黒い欠片の成分ですが――こちらも抱えている情報量には自信があったというのに、随分と苦労させられました」
「…と言う事は、判ったんですか?」
 一族の方では調査が難攻しているという狩人の反応に、慶一郎は頷く。
「完全にではありませんがね。分解に分解を重ねてようやく判ったのが、何らかの物質を凝縮するための圧縮装置のようなもの、ということですよ。しかも外部からの衝撃には弱い反面、内部から何かを漏らすことは無いという特殊加工を施されていました」
「何らかの物質、というと…」
 四人の視線がそれぞれに絡み、河夕が髪をかき上げた。
「あぁ…そういうことか…」
「何か思い当たる事が?」
 シュラインが訪ねると、狩人は二度頷く。
「どういう言い方が判り易いのか…、あの人型は、風船みたいに膨らんだろう」
「ええ」
「膨らみが限界に近付くと、体内から魔物を吐き出していた…、となると膨らんでいたのは、これだ」
 今は書類上のデータとなった黒い欠片を指して告げる河夕に、光が続く。
 これが膨らみ、吐き出された魔物がいて、ようやくその存在を確かめることが出来た。
「つまり、これに凝縮されているから僕達は魔物の気配を掴む事が出来なかった」
「これを造ったのが十二宮だと言うなら、奴は魔物を制御する術を知っているということになる」
「…魔物をどうにか出来るのは河夕さん達、闇狩一族だけだと言っていましたな」
「…つまり一族の関係者ということ?」
「もしくは…」
 その後を光は濁した。
 だが河夕は言う。
「始祖の郷に暮らす民にも可能だろう」
「始祖…?」
 聞き返すシュラインに目線で応えた河夕は、次いで光にどこかへ連絡するよう促し、席を立たせた。
 その後で彼は語った。
 一族の始祖は、風火水土をそれぞれに司る四人の里界神と呼ばれる神々であり、この四人が同時に能力を解放することによって一つの惑星を創造する。
 闇狩の故郷もそのように創造された。
 闇の魔物の発生を知った里界神が新たな対抗勢力を必要として興したのが彼ら一族であり、三千年という月日を経て現在の自分たちが在るのだと。
「地球にも聖書とかいう書物があるんだろう? あれと同じようなものが一族にもあって、そう伝えられている」
「それは…、…史実なの…?」
 少なくとも地球の聖書にはどこまでが真実かという疑いが常に幾つも重ねられており、全てが実際に過去にあったことだと信じている者は決して多くない。
 だから闇狩の場合はどうなのかという純粋な疑問を投げ掛けたシュラインに、河夕は軽く肩を竦めた。
「俺も最初はただの作り話だと思っていたが、実際に始祖に会ってしまっては、信じるしかない」
「会った?」
「いろいろとあってな…、それは話せば長くなるから省かせてもらうが、俺達の始祖は実在している」
「では、いま光さんがお話されている相手は…」
「ああ」
 簡素な返答、それが全てだった。
「仮に始祖の民が関わってくるようなことになれば、あんた達にこれ以上は深入りさせたくない」
 河夕は慶一郎とシュライン、二人の瞳を真っ直ぐに見返して告げる。
「ここからは人間の戦いではなくなる。…シュライン、あんたのおかげで魔物が憑いているのが電波だと判った以上は、早々にこれを狩る。今夜中には片を着けるつもりだ」
「何か策が?」
「一族を呼び集めて大気中に闇狩の力を放出する。――何に憑いているかが判れば狩ることは容易だ」
「…なるほど」
 慶一郎が返す頃、電話を終えた光が席に戻る。
「河夕さん」
「ああ」
 短い遣り取りは、しかし彼らにとっては充分な会話だったのだろう。
「ここまで協力しておいてもらいながら、…手を引けと言っても納得はしてもらえないだろうが」
「そうと判っていても、引けと言うのね?」
「これは俺達の役目だ」
 確認するようなシュラインの問いかけに、河夕ははっきりと言い放つ。
 これは魔物と狩人の戦。
 傷つかなくて良い人間を戦地に立たせることを、彼らは良しとしなかった。





 □

「十二宮(じゅうにみや)ねぇ…」
 ぽつりと呟き、口元に淡い笑みを浮かべた男は、その名に“懐かしい”と思いを語る。
「十二宮と言えば、昔の…、彼らのことですよね…?」
「君も覚えていたんだね」
 確認するように問うて来る相手に男は微笑う。
 もう何年前になるのか。
 数えるのも億劫になるほどの年月を経て、再び「十二宮」の名を聞くことになるとは流石に予想もしなかったが。
「まったく…。今生の狩人は様々な出逢いをもたらしてくれる」
 クックッ…と喉を鳴らして笑う男の頭上に輝くのは細い三日月。
 古代の人々が数多くの物語を描いた星空の中心には北極星。
 北国の山中。
 彼らの住居以外の灯りは皆無の土地で、大宇宙の輝きは何に阻まれることも無く地上を照らす。――この環境に慣れた彼らを、不夜城はどのように迎えてくれるだろうか。
「どれ…私も東京とやらに行ってみようか」
 屋内には彼を含めて四人の人物が居た。
 その内の一人、まだ学生服を着ていて然るべき年頃ながら鮮やかな金髪の少年は、男の視線が自分に向いているのを知って目を瞬かせる。
「俺!?」
「当然」
「何でだよっ、黒天獅(こくてんし)を連れて行けばイイじゃねーか!」
「明後日は朔の日だよ、彼を白夜(びゃくや)から離すわけにはいかないね」
「だからって何で俺…っ」
「雷牙(らいが)」
 問答無用という強い語調で制されて、金髪の少年は思いっきり頬を膨らませる。
「贔屓だ!」
「適材適所だよ」
 にっこりと告げた男は、雷牙を手招きして庭に出す。
「行こう」
 命じれば、少年はぶつぶつと文句を言いながらも結局はその姿を変化させた。
 人型から鳥型へ。
 男一人を背に乗せても飛行可能な大きさは、翼を動かすだけで辺りに強風を起こしたほどだ。
「じゃ、行って来るよ」
「…くれぐれも影主や光君の邪魔はしないで下さい」
「邪魔とは心外だね、俺は彼らの始祖として責任を果たしに行くだけさ」
 笑顔で返された言葉を最後に、白夜と黒天獅、二人に見送られて彼らは夜空に飛び立った。
「十二宮、か…」
 東京に向かう彼らの姿が見えなくなった頃、初めて黒天獅が口を開く。
「…俺は名前しか知らないが…、聞いた話が繰り返されなければいいな…」
「うん…」
 祈るような呟きは夜闇に掻き消されて、世界には届かない。
 人間の負の感情を糧に生きる魔物。
 それらを滅するために彼らが興した一族、闇狩。
 いま、時代は動き始めようとしていた――。




 □

 手を引けと言われて素直に引くほど、物分りが良いと思われているのなら、その方が心外だ。
 シュラインと慶一郎は顔を見合わせて薄く笑う。
 魔都の総合電波塔を近くに見る高層ビルの屋上。
 魔物を狩ると宣言した河夕に、二人が胸中で返した思いは同じだった。
 今夜の彼らの戦いで、電波に憑き、大気に隠れた魔物達は一掃されるだろう。
 しかし十二宮との戦いも同じに終わるとはとても思えなかった。
 既に彼らに目を付けられているのは二人も同じ。
「何を計画しているかは存じませんが、…十二宮が一度の戦いで決着を付けさせてくれる相手とはとても思えないのですよ、河夕くん」
 カシャン…と重々しい音を立てて弾を転送したスナイパーライフルを構える慶一郎に、シュラインも頷く。
「まったく同感だわ。それに…失踪した人達の安否も気になるの」
 攫うことにどのような意味があるのか判断はつかない。
 しかし、狩人が魔物を一掃しようとしている今、十二宮も黙ってそれを許すとは思えなかった。
 ならば、その顛末を自分の目で見届けなければ、今後の防衛策すら練る事が出来ない。
 そういう結論に至った二人は、影ながら狩人達に手を貸すべく、それぞれの力で援護出来る最長距離の先で待機することにしたのだ。
 慶一郎にとっては射程距離。
 シュラインにとっては、その特殊な聴力が発揮される範囲。
「あら…」
 不意に、河夕の元に複数の気配が集い始める。
「あらあら」
 思わず笑ってしまったのは、若い数人の男女が次々と狩人を囲んでは気持ちの良い発言を重ねたからだ。
「どうやら手を引かないのは私達だけじゃなかったみたい」
「まぁ、そうでしょうな。前線は彼らに任せて、こちらは後援に集中するとしましょう」


 ――そうしてしばらくは、誰もがその時を待っていた。
 狩人は総合電波塔から観光客が引く時間を狙っているらしく、また十二宮から何らかの行動に出てくる気配もない。
「妙だわ…そろそろ展望台も閉館する時間なのに、中から三十以上の息遣いが聞こえる…」
 シュラインが見据えた塔を、慶一郎も照準器から探った。
「ライトが落ちる」
 営業時間の終了。
 そして。
「…!」
 一瞬の変化。
 それまでは普段の見慣れた電波塔だけがあった場所に生じたのは烈しい威力を秘めた、結界という名の檻だ。
 それだけではない。
 何十にも重ねられた結界は、塔の周囲だけでなく、辺りを覆いつくした。
 もしかすると、この東京という土地全てが囲まれているのか。
「一体どれだけの狩人を集めたの…?」
「数千、数万…、いやはや闇狩も結構な組織のようですな」
 感心とも驚きとも取れる声音で呟き、直後、始まりは唐突に訪れた。
「あれは…!」
 先に気付いたのは聴力に優れたシュラインだ。
「あれが十二宮ですか」
 慶一郎が照準器を覗きながら呟く先に、河夕たちを見下ろす格好で宙に浮かんでいる男がいた。
 河夕達の会話は、彼を十二宮だと示す。
 だが。
「違う…」
 シュラインは否定した。
「あの呼吸音、私をショーに招待すると言った十二宮ではないわ」
「それは――」
 どういうことかと言いかけた言葉が消える。
 開けた視界に、いつから居たのか。
「これはまた…」
「っ…」
 若い男が、浮いていた。
 艶やかな黒髪に、巷で話題となる芸能人よりもよほど人目を引く甘い容姿。
年齢の頃は二十代後半だろうと思えるが、向けられる笑みが伴うのは、子供のような無邪気さだった。
 長身痩躯を包む衣類は黒一色にまとめられ、黒の革靴は、空に見えない地面を持つようにしっかりと自身の体を支えていた。
「この姿でお目にかかるのは初めてでしたね、シュラインさん、矢鏡さん。まさか息遣いで私とあの子を区別するとは…、素晴らしい五感をお持ちです」
 その声に。
 息遣いに、彼女は確信する。
「貴方が十二宮ね」
 彼が。
 自分たちをショーに招くと告げた十二宮は、この男。
「一つ、訂正を」
 彼は微笑んで語る。
 それはまるで愉しむように。
「十二宮は、私個人の名前ではないのですよ」
「個人でなければ、組織ですか」
「ご名答。さすが軍人さんは察しが良い」
 揶揄するような言葉は敢えて聞き流し、彼らは相対する。
 どちらも視線は外さないけれど、その表情が強張ることも無い。
 このような修羅場を幾つも掻い潜ってきた者達は、ここで怯めば後を絶たれることを知っている。
「ご自分でショーに誘っておきながら、主賓たる狩人を放って、私達のところで油を売っていて良いのですか?」
「構いませんよ」
 彼は答える。
 笑顔で。
「私は狩人と戦うつもりはありません。魔物に傾倒しているあの子が狩人を殺したいと言うので好きにさせただけで」
 あの子と言うのが、いま狩人と相対している男のことならば、魔物を操り、電波に憑かせたのも彼なのだろう。
「恐らくあの子は消されるでしょうから、せめて看取ってやろうかと思い、ここまで来たに過ぎません。短い間とはいえ十二宮の同志だった子ですからね」
「…見えた勝負だと知りながら、その子を止めようとはしないのね」
 シュラインが言うと、彼はクックッと喉を鳴らして笑う。
「闇狩は決して弱くはないし、協力者も多いようだ……、それはあの子も知っている。それでもなお戦いたいと言うのなら止める理由はないでしょう」
 それは放任なのか、無情なのか。
「そうして来てみれば、此処に貴方達が居た。面白そうなので声を掛けてみただけです」
「つまり、貴方には私達と戦うつもりもないと」
「無論。私は無駄な戦いに力を使うつもりはないんです」
「無駄…?」
 イヤな予感と共に聞き返せば、彼はやはり微笑う。
「ええ。ここで貴方達を殺さずとも、いずれ人間は死滅します。人間はそういう未来を選んで歩んでいる、…最も、完全なる死滅には少々時間が掛かりそうなので、そこには手を出すつもりですがね」
「人類の滅亡が貴方の計画ですか」
 慶一郎の問い掛けに対する返答は、深まる笑顔。
「人類を排除しようと考える人には地球を守るためと主張する人が多いけれど、貴方も同じ?」
 シュラインの問い掛けには、曖昧な言葉を漏らす。
「それはどうでしょう…、ええ、そうですね、地球の存続に人類は不要だとは思いますが」
 言いながら、彼は一言一言を噛み締めるように紡いだ。
 今までとは少なからず異なる態度に、慶一郎とシュラインの視線は強まる。
「汚染…温暖化…、様々な現象に人間は慌てふためいていますが、それはあくまでも人間のための環境が破壊されているのであって、人間の手が地球を殺すことは出来ません」
 人の何かが惑星の死を招くことはない。
「ですが、地球には“死”が近付いているんですよ」
 人間には殺せないけれど。
 殺せるものがゼロではない。
「この惑星の奇跡を、貴方達はご存知ではない。この惑星を愛する者達がどれほどいるかも気付かない。――そして私は、そんな地球人が嫌いなんです」
 わずかに目を瞠った慶一郎達に、彼は笑顔で謝る。
「あぁ…すみませんね。貴方達には、十二宮を倒せば人類が救われると信じさせてあげておいた方が親切でしたか」
「…どういうこと」
「あなた達が地球人でさえなければ、十二宮にお誘いして真実をお話しすることも出来るのですが」
「地球人でなくとも丁重にお断りしますよ」
 慶一郎の返答をも楽しげに受け止めて、彼は言う。
「それは残念。ではやはり、私達の計画をお話しする必要はありませんね」
 言いながら、彼は地上からの距離を広げる。
「そろそろあちらも終わりのようです」
「!」
 彼の指摘を受けて確かめた総合電波塔の戦いは終局を迎えていた。
 いま、そこから広がろうとしているのは白銀の輝き。
 慶一郎もシュラインも知っている。
 河夕の――狩人の、魔を退ける力の放出だ。
「さすがにアレに巻き込まれてはこの身が危うい。今宵はこれで失礼させて頂きますよ」
「――」
 危ういという、それが狩人の能力に弱い魔物であることを示すなら。
「!」
 慶一郎は素早く弾を入れ替え、ライフルを構えた。
 狙いは男の中央。
「せっかくです、もう少しお話ししませんか?」
 目の前にいる男が、あの日と同じく、黒い欠片に凝縮した魔物に皮を被せたまがい物であれば、効くはず。
「!!」
 慶一郎は持ち帰った欠片を、分解に分解を重ねてその成分を解き明かした。
 故に知る。
 その特性。
「…お見事」
 男は笑う。
 打ち込んだ弾は彼の内部で広がり、それに絡まって外側の皮を蝕む。
「皮の上からでも河夕さん達の力が効くのか――、そんな実験にお付き合い頂きたいですな」
「ふっ…」
 嘲笑は、高笑いに。

 ――…あははははは……!!

 大気を、白銀の光りが覆いつくす。
「…っ」
 彼らの視界を覆い、闇を覆い。


 いつしか戻る静けさは、魔都には珍しい星空を見上げさせた。




 □

「…収穫というには、些か不足ですな」
「ええ」
 辺りを覆っていた結界も解かれた頃、慶一郎が黒い球体すら残さず狩人の能力に消された男が居た場所を見上げて呟くことに、シュラインも静かに頷いた。
「けれど…十二宮とは別に、地球に死をもたらす“何か”があることは判った…」
 そして十二宮はそれを知った上で、地球の存続を考えている。
 それが彼らの目的であるという証拠の片鱗を、二人は確かに掴んだ。
 同時に、人類の滅亡を望むのは「地球人が嫌いだから」だとも。
「…一筋縄ではいかないようね」
 シュラインが軽い吐息と共に呟いた、そのとき。
「君達も影主に手を貸してくれた人達だね」
 不意の声に振り返ると、立っていたのは巨大な鳥を背後に控えさせた、明らかに常人とは異なる空気を纏う男。
 誰だ、という胸中の疑問を読み取ったように彼は名乗る。
「影主から話したと報告を受けているよ。私は彼らの始祖、里界神の一人」
 その言葉の羅列に、先刻の河夕との会話を思い出す。
「この世界では文月佳一(ふみづき・かいち)と」
 つまりは、十二宮と同じ郷の――。
「早速で恐縮だが」
 その言葉と共に、彼らの頭上に生じた薄青色の膜が彼らに選択の余地を与えることなく落ちてきた。
「!」
 頭から爪先まで余すことなく浸し、消えていく。
 視覚や触覚には水のように感じられたそれは、しかし彼らを濡らすことはない。
「今のは我々からの感謝の印と、お詫びだ。それで十二宮の探知能力は完全に君達を見失う。今後、狙われることも無い」
 唐突な言葉に二人は目を瞠った。
 だが狩人や、その始祖の思惑は知れた。
 十二宮が彼らの民であれば、責任は自分達が負うと言いたいのだろう。
「文月さん。しかし問題は十二宮の計画だけではないのでは?」
 慶一郎が問うと、文月佳一と名乗った里界神は肩を竦める。
「本来であれば君達の記憶を操り、全てを忘れて欲しいところだが、さすがにそこまで恩知らずな真似はしたくない。願わくは、君達が得た情報は、君達の中だけにしまっておいて欲しい。その情報は人の世に要らぬ混乱を招く可能性もある」
「では、どうしろと」
 シュラインが重ねて問う。
「地球に訪れようとしている死の原因を貴方も知っているの?」
「…それは確認中だと答えさせてもらう」
 曖昧な返答は、しかし本心。
「十二宮と呼ばれていた組織を、我々は過去に壊滅させたことがある。それが、この時代を選んで復活したことも狩人の報告で知ったばかりでね…、恥ずかしながら里界も調査の真っ只中なんだ」
 逸らされない視線が、彼の言葉を信じてもいいと思わせる。
 だが――。
「貴方も、私達にはこれ以上関わるなと?」
「十二宮が里界の民であれば、責は我々が負うべきだ。君達が進んで傷を抱え込む必要はない」
 しかしと彼は続けた。
「もし今後、十二宮の関わる異事に君達が介入したなら、里界は君達を協力者として迎え入れる他ないけれど」
「…そうしたら、過去の十二宮についても聞かせてもらえるのかしら」
 佳一は薄く笑う。
 それは、どこか痛みすら感じさせる笑みだった。




 □

 翌日――。
 新聞の片隅に、総合電波塔の展望台で起きた爆発事故と、ラジオに関わる失踪者達が全員無事に保護されたという記事が掲載されていた。
 そこに狩人達に関する記述はあるはずもなく、また「十二宮」の名が世に出るはずも無い。
 ただ、彼らは予感する。

 選択の時は、もう間近。
 時代は動き始めているのだと――……。




 ―了―

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■ 登場人物 ■
・0086/シュライン・エマ様/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/
・6739/矢鏡慶一郎様/男性/38歳/防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉/


■ ライター通信 ■
「不夜城奇談〜始動〜」へのご参加、まことにありがとうございました。
今回はお二人ご一緒のノベルとさせて頂きましたが、プレイングを拝見していますと目の付け所が一味も二味も違い、これまでの「始動」よりも少々深いところまで関わって頂いてしまいました。
どうぞ例の件は今しばらく内密に願います。

ご意見等ありましたら何なりとお申し立てください。
誠心誠意、対応させて頂きます。

それでは、狩人達と再びお逢い出来ます事を願って――。


月原みなみ拝

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