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<東京怪談・PCゲームノベル>


夢狩人 〜 始まりの夢 〜



1.
「できない?」
 受話器から聞こえてきた答えに、ついあやこのそう返したのを聞いて怪訝な顔を向けてきた麗香にごまかすように手を振ってからあやこはもう一度電話の相手へと尋ねてみたが答えは変わらない。
 夢をモチーフにしたデザインのTシャツ作成という企画を麗香から聞き、あやこは早速打ってつけだと思われるデザイナーへと連絡をいれたわけなのだが、普段ならば頼もしい声を聞かせてくれるその相手はあやこがいままでの取引で聞いたことがないような暗い声で断ってきた。
「だって、こういうのはあなたの得意分野だったんじゃないの?」
 しつこくなるほどあやこは再度尋ねたが、相手はやはり無理だと答え、挙句そのまま一方的に電話は切ってしまった。
「いまの電話先のデザイナー、こういうものが得意な人だったの?」
 電話が切れたことに気付いてから、麗香はあやこにそう尋ねてきた。
「まぁ、得意といえばそうなるんだけど。彼女、自分が見た夢から発想をもらうことが多いタイプなのよね」
「じゃあ、今回の企画なんてまさに打ってつけじゃない」
 麗香の言葉にあやこも頷きながら答える。
「そうなのよ。だから真っ先に私もこれは彼女しかいないと思って連絡をしたのに……」
 彼女らしくないと零すあやこの言葉を聞きながら、麗香はふと何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、最近そんな話を聞くことが増えた気がするわね。だからこういう企画を打ってみたようなものなんだけど」
「そんな話?」
「夢をモチーフとしたりアイデアの源泉にしているタイプの人が不調を訴えることが多いらしいわ」
 記事になるような噂となれば麗香が知らないはずはなく、更に話を続けた。
「それだけじゃなくて、夢が原因で悩んでるっていうような噂の数も増えてるわね。ほとんどは夢が見れなくなったっていうことらしいけれど」
 夢が見れないというだけで何故悩むまで思い詰めてしまうのかが理解できないという顔でそう言った麗香の話を聞き始めてすぐ、あやこの脳裏には様々な憶測が浮かびあがり始める。
「……なんだか陰謀の匂いがするわね」
 こういうものの気配を感じたときのあやこの行動力は早い。
 麗香とすぐに別れると、あやこは件のデザイナーの元へと急ぎ向かっていった。


2.
「……ほんとに、ただ不調なだけなんですけど」
「ただの不調じゃないでしょう。デザイナーがアイデアの源であるものを見ることができなくなったなんて死活問題じゃない」
 突然やってこられて困惑しながら言い訳のようにそう言ったデザイナーに対し、あやこは真剣にそう言い返した。
「これにはきっと何かあるのよ。最近何か変わったことはなかった? 怪しい儀式や団体に狙われるようなことに巻き込まれるとか、あるいはもっと大きな秘密組織……」
「そ、そんなことに関わるようなことしてませんよ」
 頭に渦巻いている壮大な陰謀説に関して、浮かぶまま捲くし立てるあやこの勢いに気圧され気味の顔をしながらもデザイナーは慌ててそれを止める意味も含めて否定した。
「本当に何もないの? 普段と変わったことは何もしていない?」
「何もしていないっていうことはないですけど……そういえば、試写会に行きました」
 何か思い出すか、さもなければ架空でも良いので作り出して答えなければあやこの質問の嵐からは解放されないと判断したのか、必死にここ最近の出来事を思い出していたらしいデザイナーの言葉にあやこは首を傾げた。
「試写会?」
「怪奇映画なんですけど。不気味な色をした蝶の形をした化け物が夢の中に現れて、脳味噌ごと犠牲者の夢を奪っていくっていう内容だったんです」
 説明しながら、デザイナーは何かに気付いたように言葉を続けた。
「でも、私、そんな映画に興味ないんです。試写会に応募した記憶もないし……おかしいわ」
 自分で言いながらデザイナーは困惑した顔であやこを見た。
「私、何処でその映画見たのかしら」
 そのことに気付いた途端、デザイナーの顔から血の気が微かに引いたが、あやこは真剣な顔をしたまま問いかけた。
「あなた以外にもその映画を見た知り合いはいる?」
「いた、かもしれないですけど……覚えてません」
 どんな状況でその映画を見たのか、そして何より本当にそんな映画を見たのか自分自身で確証がもてなくなっているらしい不安に満ちた声に、あやこは更に考えを深め、想像を膨らませていくことになった。


3.
 夢を奪う存在についてあやこはその日から考え始めた。
 夢を奪うとは誰も言っていないが、あのデザイナーは奇怪な試写会以来(それにいつ行ったかも曖昧だが)夢を見てはいないらしいと知ったあやこは、夢を見るという現象自体を何者かに妨げられているのではないかと考えを深めていった。
 関係者を当たろうにもデザイナーはその場に誰がいたのかも覚えていない。自分がいたことも自信が持てないのだからそれもしかたがないのかもしれない。
「夢ねぇ……そういえば21世紀には薔薇色の未来が待っているなんて空想逞しくしてた世代がそろそろ仕事から解放される時期ね」
 あやこの脳裏に浮かんだのは所謂団塊の世代、仕事一筋だった彼らもそろそろ職を離れ第二の人生を歩んでいく時期である。
 働くことのみに費やしていた思考を別のものに向ける彼らのそれはいま何処を向いているのだろう。
「……もしかすると、そんな彼らの思念が原因なのかしら」
 あの年代の者たちの思念ならばそれも可能に違いない、そうあやこは思った。
 そう、まさにその世代であるあやこの両親のように……。
 両親、という単語を頭に浮かべた途端、あやこの脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。
 確か両親には友人がいた。類は友を呼ぶの典型で、幼いあやこ自身もそんな彼らに巻き込まれていたものだ。
(あやこちゃん)
 ふと、そんな声が聞こえた気がしてあやこは顔を上げた。
 気のせいだろうか、目線が低い。
 この高さではまるで子供のようだ。
 そう思ったとき、あやこは気付いた。
 あやこがいる場所は、仕事先でも自宅でもなかった。
 両親と過ごしていた頃に住んでいたあやこの家に、あやこがいる。
 あやこちゃん、とそこでまた声がした。
 振り返ってはいけないと考える前に、あやこはそちらを向いていた。
 両親の姿がそこにある。
 その隣に、家族ではないものがもうひとり。
(……誰だっけ、あの人)
 それに気付く前に、その人物があやこに向かって手を振った。
(さぁ、いまから映画を見ようね)
 あやこにそう言っている声は両親のものにも聞こえたがまったく知らないもののようにも思えた。
 誰でもあるし誰でもないような声。
 声に促されるままあやこは両親の隣に腰かける。両親と共にいたものは反対の隣に座った。
(さぁ、楽しい映画だよ)
 いつの間に現れたのだろう、それは白いスクリーン。
 ゆっくりと、そこにひとつの映像が現れ始める。
 あやこにはそれが蝶のようにも見えたが、まったく違うものにも思えた。
 どうしてかはわからないが、あやこはそれを見たくないと感じた。
 そう言いたかったが、何故か口が動かせない。せめて目だけもと向けたとき、相手もこちらを見ているのに気付いた。
(笑ってる……)
 その顔は見えなかったが、そう感じた。


4.
「……寝るのなら、自宅にした方が良い」
 聞き覚えのある声があやこの耳に届く。
 だが、その声の主がこんなふうにやや不機嫌とも取れる声を出したことがあっただろうかとあやこは思った。
 ぼんやりする頭のままいつの間に閉じていたかもわからなかった目をゆっくり開くと、そこには黒尽くめの男があやこを見下ろしていた。
「風邪を引く気かい?」
 黒尽くめの男──黒川という名だったということを思い出すのにあやこは妙に時間がかかった──の言葉に周囲を見れば、あやこがいたのはうら寂しい公園の片隅に忘れられたように置いてあるベンチだった。
「私、どうしてたの?」
「さて、僕はたまたま通りかかっただけでね。見ればキミがベンチで眠っていたので声をかけた。それだけだよ」
 素っ気ない口調でそう答えている黒川の様子にあやこは普段と何か違うと思いながらベンチから立ち上がった。
 妙に頭がぼんやりする。何かを忘れているような何かを失ったような感覚を覚える。
 いったい、自分は何をしていたのだっただろう。確か、親しいデザイナーの元を訪れてそれから……。
 その先を思い出そうとしてあやこは考えが止まった。
 何も思い出せない。
 何かがあったような気がするのに、自分が何をしていたのか、何を見たのか、目を覚ます瞬間確かに見ていたはずのものがあやこにはまったく思い出せなかった。
「私、寝てたのよね?」
「そうらしい」
「……夢を見た気がするんだけど、何も思い出せない」
 夢を思い出せない、ただそれだけのことのはずなのにあやこには何かそれがひどく不安を呼び起こすことのように思える。だが、それが何から由来するのかがさっぱりわからなかった。
 それに対して黒川も普段のように皮肉を言うわけでもなく、彼にしては不機嫌に思えるような表情であやこのほうを見ているだけだった。
「これからは、眠るときは気をつけたまえ」
 それだけ言い、立ち去った黒川を見送った後、あやこもぼんやりする頭のままその公園を離れることにした。
 出る間際、何かが笑った声が聞こえたような気がした。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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7061 / 藤田・あやこ / 24歳 / 女性 / IO2オカルティックサイエンティスト
NPC / 碇・麗香
NPC / 黒川夢人

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■         ライター通信                    ■
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藤田・あやこ様

いつもありがとうございます。
この章においての犯人の特定などはできないこともあり、手がかりらしきものはあまり得られない結果となりましたが、相手を誘い込むような想像をするという行動を取るということでしたので、このような形を取らせていただきました。
お気に召していただければ幸いです。

蒼井敬 拝