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<東京怪談・PCゲームノベル>


夜長の出来事


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深夜3時ほどの頃。
男が一人、公園のベンチに座り煙草を蒸かす。煙草の火が一層赤く強くなり、男がふっ…と、濃い煙を肺の奥から吐き出した。紫煙は闇に紛れて消え入り、男の煙草は燻って赤色の点滅を繰り返す。もう一度、闇に白い帯を吐き出した時だ。



『―――――――!!』


微かだが、煙を掻き消すような声が聞こえた。…悲鳴の類と思って間違いはない。
男は聞こえた方向へと首を巡らせた、視線の先に止まったのは…古びた廃倉庫。

「…面倒くさそうだな」

そう言いながらも、ベンチから立ち上がり倉庫へと走ってしまうのは、男の職業病でもあるのだろう。男の名は、新垣嬰児―…大学助教授、専攻はオカルト。




場面は廃倉庫へと。
新垣の足は、重厚ながらも錆びたお陰で脆い印象も与える鉄扉の前に止まった。
軽く開かれ、新垣は思い切り扉を蹴り上げた。…こんな細い男の足から繰り出された、一撃でよろめきながら開くほど、鉄扉は疲労していたようだ。重たそうな悲鳴を上げながら新垣へと道を明ける。


『ああーっ、もう!しつこい!!』



「……何だアレ…」

「?…あ、丁度いい所に来たわね!」

新垣が倉庫内で見たものは、一人の女性が天井へと向かって叫んでいるところだった。てっきり、悲鳴かと思っていたそれは怒鳴り声だったようだ。何の問題も無いか…と、そ知らぬ顔で立ち去ろうとした新垣に降りかかってきたのは、声の持ち主からの言葉だ。

「…丁度良いって何だ…、俺は一緒に叫んだりとかしねえぞ」

「誰が一緒に叫べッつったのよ、ちょっとアイツ倒したいから手伝ってくれない?」

中々矢が当たらなくって。と、続けた女性は長い黒髪を揺らして、にこりと笑った。そして、合間をあける事無く、けたたましい何かの鳴き声が耳を刺す。思わず、新垣は耳を押さえてしまった。

「っ、何だよアレは!」

「大烏よ、見て判らないの?」

常識でしょ、と言わんばかりの彼女の対応に、頭痛を催したような表情を返すだけに留まった新垣は、視線を上へと移した。


高い天井付近に浮かぶは漆黒の塊。ばさりと、大きな翼を一扇ぎするたびに倉庫の中の埃がぶわりと、音を立てて舞い上がった。通常ならば、そこに目はないはずの場所に一つの大きな目があり、ぎょろりと辺りを忙しなく見ている。大きすぎて、瞳孔が拡がりまた収縮する様も良く判るほど。

「あれを、退治しようってのか…?」

「だからそうだって言ってるでしょ!援護でいいから」

そう言って、女性は手に持っていた象牙で出来ているのか?高価そうな弓の弦を引き、矢を飛ばす。…彼女のいっていたとおり、中々当たらない。新垣は納得しきっていないのか、口を尖らしながらも、両腕の袖をまくり上げた。…曝け出された手首に、特徴的な数珠が下がっている。新垣は右手首に下がる数珠をぐっと握り締めた。…段々と、数珠と新垣の腕が同化していく。

「アンタの方に、あいつを誘導すりゃあいいのか?」

「そうね、なるべく矢を除けたり防御したりさせなければ、大丈夫よ!」

女性は鳥の動きに合わせて俊敏に動きながら間合いを計り、矢を飛ばす。…またも、鳥が一手上回った。目に向かってきた矢を、大きな嘴から吐いた炎で焼き払っている。

「……火も吐くのかよ」

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとする!」

呟いた一言は、どうやってその耳に届いたのか、女性に一喝されてしまう。新垣は気の抜けた返事をしながら、変色した右腕を振るう。その腕は鞭のようにしなり、蔦のように伸び、先端は蛇のように…いいや、蛇の頭となっている。蛇はちろちろと赤い舌を伸ばしながら、大烏の様子を見るように釜首を擡げている。…新垣が首をくいっと、烏の方へと向けた。

シュッ

蛇らしい、俊敏な動きで新垣の右腕の蛇は烏へと大きな口を開けて襲い掛かった。しかし、蛇は烏に攻撃を仕掛ける振りをするだけだ。…それでも、烏は不意を付かれたのか、溺れたように空中で黒い翼をばたつかせ体勢を立て直そうと努力している。

「上出来よ、素敵なペットね!!」

「あ…?」

返事を返そうか、新垣が口を開いた時だった。

…耳に鋭く空気を切り裂く音が聞こえた、新垣は自分の耳まで切れたような錯覚にでも陥ったのか、軽く耳を塞いだ。勿論、なんとも無い。ソレを確かめた直後だ、酷い断末魔が倉庫の中を埋め尽くしたのは。

「…壮絶だな」

大烏は轟々と鋭く大きな嘴から真っ赤な炎を吐き出している。単眼には数本の矢が狭い的にぎゅうぎゅうと押し込められる様に、刺さっている。空中を移動し、これだけの距離を離れていようとも的は一点に絞られ、見事なまでの的中率。新垣は女性へと視線を移し、彼女の正体を見破ろうとしたが…倉庫内は無視出来ないほどに真赤に染め上げられ、烏は積み上げられたコンテナの向こうへと墜落していった。女性はソレを見届けてから、墜落したコンテナの向こうへと駆けて行く。右腕を振り人間の物に戻しながら、新垣も念のため、女性の後ろを付いていった。

「あれは、フワタリって妖怪よ。ほら、見てみてよ、酷いもんだわ!」

「フワタリ……」

何かどっかで聞いたことあるような……
そう、思いながら新垣もコンテナの向こうを覗き見やれば……、地面に墜落しのた打ち回る“フワタリ”の傍には、何とも生々しい…人間の手足で編まれた巣があるではないか。巣の中には山盛りになっているおかげでよく見えた…真っ黒く煤け、焦げた掌。

「て……うわっ!!」

思わず、新垣は何か突っ込もうと口を開いたが、それは大きな爆発音と共に悲鳴へと変わった。爆発音は2回ほど続いてから、何とか収まってくれた。…暴風も無い、と言うことはフワタリも倒せたのだろう。…生臭い、肉の焼ける匂いを含んだ煙が一掃されれば、残ったのは烏の羽の色と同色の炭だけだ。

「すげえにおいだ…な、…っと?!」

「助かったわーーぁ!!!」

急に視界が揺らぎ、新垣が声を出して体勢を整えた。揺らいだ理由がわかったのは、一呼吸置いてからの事。…首にガッシリと回された細腕の所為だ。新垣はしがみ付くように抱きついている女性を、何とか引き剥がそうと四苦八苦している。

「何なんだ!俺は名前も知らない女と触れ合う趣味は無いぞ!」

「あら、ごめんなさいね。」

ぱっと、また急に手を離されたものだから、新垣の身体は更に揺れて後ずさりをするようにして後ろへと下がった。其の様子に、女性は愉快そうに笑う。からかわれたのかと、新垣の眉間に少しひび割れが入ったが、女性の輝く紫の左目に興味が湧いたのか…、すぐに眉間の罅は修復された。

「私は藤田あやこ…IO2科学者…と、言っても名誉職なんだけどね!」

「…藤田、あやこ?どっかで聞いた事が…」

「そりゃ、結構有名だもん、私」

また物凄く大雑把な説明をされ、新垣は頭を掻いた。兎に角、少し気分を落ち着かせようと、コートのポケットに手を忍ばせて煙草を一本取り出し、ライターで火をつける。ふっ…と、煙を吐き出した其の先には、いつの間にかコンテナに腰掛け、たこ焼きをつまみにし、酒を飲む綾子の姿が映り…思わずゴホゴホと咽てしまった。その様子にあやこは一つ、たこ焼きに楊枝を刺して新垣へと差し出した。

「大丈夫〜?それより、一個いかが?」

「………」

差し出されたたこ焼きを、新垣は渋い顔で見つめたまま固まっている。…あやこはぷっと、噴出し差し出していたたこ焼きを自らの口に運んで咀嚼した。

「毒は無いわよ、これ、全部エクトプラズムだから」

にや、と、笑ったような気がしたが、あやこの笑みは全く、普通の少女のそれと変わらない。もう一度、新垣は紫煙を吐き出した。

「…で、そのIO2がどうしたんだ」

「私ねえ、傾いた企業に憑く邪悪を祓い再生する事業家なのよ」

「……また、随分と格好良い職業だな」

あやこは、まあね、と呟いて酒を一口煽った。
新垣が又、紫煙を一息吐き出し、白い帯が蛇の様にくねりながら空を舞う。

「でも、名誉職だから無給なのよねえ…やんなっちゃうわ」

口を尖らせて言うあやこの台詞に、新垣は軽く肩を竦めて見せるだけの簡素なリアクションを返した。つれない新垣の反応に、あやこは益々口を尖らせたが、はたと何か思い出したように瞬きを繰り返す。

「そう言えば―…あなたのお名前は?て言うか、何やってる人なの?」

「…遅ぇ。俺は新垣嬰児、アンタと違って大学の下っ端助教授だ」

「助教授?へえ、アタマ良いんだ…。何を専攻してるの」

煙を吐きながらの自己紹介に、あやこは笑ってまた問い返す。

「神秘学…まあ、いわゆるオカルトだ。」

「オカルト?どういう研究なの、あの妖怪の名前も知らなかったのに…」

「あんな化け物と一緒にするなよ…、俺はスペクトロンを研究してるんだ。」

すぺくとろん……

聞いた事の無い単語に、あやこは声に出さずに口の中で何度か繰り返したが…その意味を覚れるような言葉は出てこなかった。新垣に降参とばかりに、肩を竦めて首を傾げば新垣は少し笑って、煙草を携帯灰皿へと捨てた。

「聞いた事があるわけが無い、俺の造語だからな。スペクトロンって言うのは、人工霊培養機械の事」

「人工的に?じゃあ…元々魂のないようなものから、って事?凄いわね!」

「魂が無い、って言うんじゃなくてだな…霊培養機ってのも少し違うんだ。正確には、魂と呼ばれるモノを呼び覚まし、具体化する」

「…もしかして、さっきの蛇ちゃんも?」

「ああ」

その一言、返答したらばあやこの反応は新垣が思っていたよりも大きかった。一人でキャッキャとはしゃぐ、その姿は実年齢など覚りようもないほど若く見えた。

「良いわね!そう言うの好きよ!」

「…ありがとよ。…で、その研究の一環として聞いておくが、あのフワタリってのは何だ?」

「ああ…あれは、企業に憑いてたのよ。名前の通り、不吉でしょ?あれはねえ、不安が具現化したものなの」

「病は気から…みたいなもんか?」

「そうねえ…でも、今は唯心論は見直されつつあるのよ?」

新垣のたとえ話に、あやこは笑って返答をする。何時の間にやら、手に持っていた酒瓶やたこ焼きは消えていた。新垣は無意識に、消えたたこ焼きと酒瓶の行方を視線だけで捜している。

「五感は全て物理現象に頼ってるのよ?唯心論、私はよく判らないわね」

コンテナからあやこはひょいと降り、地面に見事な姿勢で着地した。

「目に見える怪奇は科学の土俵だわ、それに目に見えない怪奇なんて無いも同然だしね!」

「なるほどね、で、さっきの目に見え出してきた怪奇を退治してたって訳か」

「ま、要約するとそうなるかな」

今度はあやこが軽く肩を竦めた。…先ほどの炎の色と違う、柔らかな光が廃倉庫の中にさして来る。ビルの合間より、眩しいモノが昇って来るのが目に見えた。少し目を細めれば、明かりの残像が目の端にチラチラと踊る。

あやこは軽い足取り、スキップにも近い駆け足で倉庫の出入り口へと向かった。もう置きだした鳥が空を飛び、枝に止まっては鳴き声を交わしている。

「きゃー、朝日を浴びてハイになっちゃったわ〜!!」

…あやこは倉庫の前でくるくると、エクトプラズムの酒にでも酔ってしまったのだろうか、回っている。

「確かに、ハイだな…」

新垣はそう言い零すと、満員電車に成るだろう地下鉄の駅を目指して足を進める。

「あっ、ちょっと待ってよっ!私も行くわよー!」

ハイなあやこの言葉に、仕方ないと言わんばかりの盛大な溜息を吐いて、彼女がこちらに来るのを足を留めて待った。
長い黒髪が朝もやの中に舞い、朝陽に黒糸が煌くのは様になっている。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 7061 / 藤田・あやこ / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト 】

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■         ライター通信          ■
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■藤田・あやこ 様
こんにちは、ライターのひだりのです。此度は発注有難う御座います!
妖怪退治の方を主にしてみたのですが、如何でしょうか!
楽しんでいただければ幸いです!

これからも精進して行きますので、機会がありましたら
是非、宜しくお願い致します!

ひだりの