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<東京怪談ノベル(シングル)>


少女戦艦REINA〜太陽の慟哭〜

 三島・玲奈は一人校庭に立ち、夕日を見上げていた。
 表向き、彼女の肩書きは神聖都学園高等部の女子生徒であるが、その正体はIO2所属の生体戦艦・コードネーム「シエラ27」。
 いまここに立っているスリムで長身の美少女は、あくまで戦闘や日常生活用のインターフェース・ボディであり、脳細胞を含む玲奈の「本体」は現在衛星軌道上に待機している、通称「船」と呼ばれる巨大宇宙戦艦である。
 そしてつい1時間ほど前まで、彼女はIO2日本支部の監察部に召喚され、まるで逮捕された心霊テロリストのような扱いを受けていた。
 原因は、1ヶ月ほど前に軌道上で「虚無の境界」の放った怪物を撃破した際、敵の盟主からテレパシーによるコンタクトを受けたこと。
「IO2を離反して我らの同志にならないか?」という誘惑を玲奈は敢然と蹴ったのだが、皮肉なことにIO2の上層部がそれを信じなかった。元々は普通の女子高生だった彼女を無理やり改造しておいて身勝手な話だが、IO2上層部は玲奈が自らの組織を恨み、敵に寝返るのではと疑心暗鬼に駆られたのだ。

『彼女から誘いを受けたのは確かです。でも、きっぱり断りました!』
『なぜ彼女は君に目を付けたのかね? 日頃、組織に対する不満を抱いていたのではないか?』

 丸一日に渡る拘束と尋問、さらには深層意識の奥までサーチされるという屈辱の末、ようやく嫌疑が晴れた玲奈は日没も近いこの時間になって解放された。
 当然、その日の授業は欠席扱いである。
(そりゃーこんな体に改造されて面白くないけどさ。『人類滅亡』なんて本気で企んでる連中の仲間になるわけないじゃない!)
 むしゃくしゃした時はスポーツに限る。ジャージ姿でサッカーボールを蹴って気張らししていた玲奈だが、やがて再び拘束中の嫌な記憶がぶりかえし、怒りにまかせてボールを蹴飛ばした。
 ガシャーン!
 日常生活においては極力セーブしているといえ、それでもなおプロ選手並の体力を誇る彼女のシュートはゴールポストを遙かに越え、吸い込まれるように校舎の窓ガラスを割って中へ突っ込んだ。
「あっちゃー……ヤバい!」
 本当にやばいことになってしまった。
 教室に飛び込んだボールは、運悪くその場にいた女子生徒、鍵屋・智子(かぎや・さとこ)に命中してしまったのだ。
 幸い大したケガはなかったものの、職員室に呼び出された玲奈はこっぴどく叱られ、その場でサッカー部を退部。ボールを使わない体操部への強制移籍を命じられた。
 おまけに「今後はより女らしくするためジャージの着用禁止。登校時は制服のスカート、体育の授業及び部活の際はブルマ着用のこと」という、わけの判らないペナルティまでついてきた。
(あ〜あ、ついてないなぁ……にしても、ブルマ強制ってなに!? これじゃまるっきりセクハラよ!)

 翌日の放課後、慣れないブルマに戸惑いながらも体育館に向かう玲奈を、額に絆創膏を貼った智子が廊下で待ち受けていたように手招きし、人気のない理科室へと呼び入れた。
「あの……昨日はゴメンね、智子ちゃん」
「ウフフ……いいわよ。別に気にしてないから」
 怪盗ルパンのような片眼鏡を光らせ、智子は意味ありげに笑った。
 彼女もまた、玲奈とは別の意味で浮世離れした女子生徒だ。
 小学生の頃に飛び級で博士号まで取得した超天才少女。ただしオカルトと科学を統一した彼女の学説が異端過ぎて学会に受け入れられず、やむなく一介の女子学生に甘んじているという。
 普段は殆ど学園に来ないはずの智子が、なぜか最近毎日登校し自分を監視するかのように遠くから見ていることは、玲奈も薄々感づいていた。
「しかし、昨日のアレは人間離れしたシュートだったわね。体操部でも噂になってるわよ? 今度、怪物みたいな新人が来るって」
「なっ……あたし怪物じゃないモン! 普通の女の子だよ!」
「あらそう? なら、これって何かしら?」
 妖しげな笑みを浮かべつつすーっと近づくと、智子は玲奈がカモフラージュのためはめているナノスキンの人工皮膚手袋を取り去り、指の間の水掻きを剥きだしにした。
「で、他にも鰓とか翼とかあるのよね?」
「な、何でそれを……?」
 智子は学生手帳を取り出すと、学生証の裏に隠したもう1枚のIDカードを取り出して見せた。

『IO2科学局主任 鍵屋・智子』

「隠しててごめんなさい……実は、あなたの改造オペを担当したのは私なの」
「……!」
 驚く玲奈の反応を楽しむかのように、智子は言葉を続けた。
「シエラ27」は、元々某国が遺伝子改良した人の受精卵を木星大気圏内に打ち込み自力航行可能な宇宙船に成長させた後、小惑星の資源採鉱に従事させ、将来的に恒星間植民計画の播種船にするはずだったが、「ヒト受精卵」を使うという点が倫理的問題となり計画は見送られた。
 その設計データが人類滅亡を憂うカルト組織「地球脱出教団」に流出し、彼らはシエラ27を生物兵器として密造。その後同組織はIO2により解体させられ、その際にシエラ27も船体ごと押収されたのだという。
「ヒトDNAをベースにした生体宇宙船……ロケットよりは安値だけど、漏洩すれば厄介な技術を、彼らは私に託したわ。鹵獲した宇宙船をベースに私が独自の改良を加え、さらに貴方の脳と体細胞を組み込んだ生体戦艦……それが三島・玲奈、いまの貴方よ!」
「うそ……」
「ま、改造した私がいうのも何だけど……貴方のどこが『普通の女の子』ですって? 笑わせないでちょうだい。どう見たって宇宙怪獣じゃないの!」
(……!)
 玲奈の心の中で、何かが弾けた。一見明るく振る舞っている胸の裡で、常に抱いていたコンプレックスをザクリと抉られた気分だった。
「……うわぁーん!!」
 制服に隠した翼を広げ、泣きながら窓を破って外へ飛び出す。
 ジェット戦闘機並の高加速で急上昇し、たちまち空の彼方へ消え去って行った。
 割れた窓からその姿を目で追っていた智子は、やがて携帯を取り出しIO2本部へ連絡する。
「私よ。たったいま『シエラ27』が逃亡したわ……レーダーと偵察衛星で、彼女の行動をトレースして」

 ◆◆◆

「バカ! バカ! あたしなんか、もうどうなったっていいんだーっ!!」
 軌道上で「船」とランデブーした後、玲奈はエンジンを吹かし一路太陽を目指した。
「船」は万一宇宙空間で未知の病原体に犯された際、非常手段として恒星へ突入し自爆する仕様となっていたのだ。
 そしていま、玲奈はその機能を自ら作動して、悲憤の赴くまま太陽への「投身自殺」を実行しようとしていた。
「うわあああぁ――っ!!」
 数時間の後には「船」の望遠カメラを通し、早くも太陽表面から立ち上る美しいコロナが視界一杯に広がる。
 その光景は、IO2宇宙圏防衛軍司令部のモニターにも映し出されていた。

 ◆◆◆

 司令部はほとんどパニック状態と化していた。
「おい、何とか呼び戻せ!」
「駄目です。シエラ27から応答ありません!」
「やはり、監察部のやり方が強引すぎたのでは……」
「ええい、今さら遅い!」
「大変です!『船』から発信された映像と三島・玲奈の声が放送衛星の回線に割り込み、CNNで実況中継。TV局や神聖都学園に全世界から問い合わせが殺到しているそうです!」
「ば、馬鹿な……我が軍の最高機密、生体戦艦の存在が公になったら……」
 そんな中、司令室のオートドアが開き、白衣を翻しながら智子が入室してきた。
「Dr.カギヤ! 君がついていながら、何ということを――」
「落ち着きなさい。まだ方法はあるわ」
「と、いうと……?」
「科学局主任として要請します。レイナ級生体戦艦に関する情報を、あらゆるメディアを通して全世界に公開するように」
 一瞬、IO2参謀達が呆気にとられて智子の顔を凝視した。
「正気か、君は? そんな真似をすれば、我がIO2の存在も世界に――」
「もちろん、事実そのままとはいいませんわ。『国連が各国共同で開発した次世代宇宙船』――そんなところでよいでしょう」
「……何か、考えがあるのかね?」
 奥のデスクに座った司令官が問いかける。
「お任せ下さい」
 美少女科学者は、片眼鏡を光らせ自信ありげに頷いた。

 ◆◆◆

〈玲奈ちゃん、帰ってきて!〉
「……誰?」
 それはさっきからうるさく帰還命令を繰り返していたIO2の軍人たちではなく、全く知らない若い女性の声だった。
〈自殺なんかするな! 誰も、君のことを怪物だなんて思ってない!〉
 今度は大学生くらいの若い男。こちらも全然知らない相手だ。
「え? え?」
 玲奈は「船」の速度を落とし、地球からの通信に耳を傾けてみた。
 彼女自身は知るよしもないが、その頃CNNなど各国メディアを通じ、玲奈の叫びと「船」のカメラが捕らえた映像、そしてレイナ級戦艦(表向きは次世代宇宙船)の存在が全世界に公表されていた。
 玲奈の存在とその哀しみを知った人々は、その直後可能な限りの通信手段を使って彼女に励ましと絶賛、そして帰還を求めるメッセージを送り始めたのだ。
〈れいなお姉ちゃん、死んじゃダメーッ!〉
〈宇宙飛行士になるのが子供の頃の夢だったんだ。俺に代わって夢を叶えてくれ!〉
 老若男女・国籍を問わず、中には玲奈のクラスメートまで混じっている。
 彼ら彼女らの言葉は数分のタイムラグを置き、膨大な宇宙空間を越えて少女の心に届いていた。
「みんな……」
 玲奈の紫と黒のオッドアイから涙が溢れ、それは無重力空間でキラキラ輝きながら舞い散っていく。
「船」は急減速をかけ、太陽を目前にして反転した。

 ◆◆◆

「フンフ〜ン♪」
 自室のドレッサーの前に座り、玲奈は鼻歌交じりでブラッシングに励む。
 傍らのテーブルには、彼女の写真が表紙を飾る「月刊アトラス」。
 アトラスだけではない。あの日以来、彼女は「新型宇宙船を駆って宇宙をかける美少女パイロット」としてあらゆるメディアから取り上げられ、行く先々でサインを求められるちょっとしたアイドルと化していた。
 生体改造の件も「宇宙生活に適応するためのサイボーグ化」と紹介されているので、もう翼や鰭を無理に隠す必要もない。
「やっぱり、ありのままの自分を見せられるっていうのが一番よね☆ あっそーだ、あたし将来は美人記者を目指そっと♪」
 すっかり上機嫌である。
 そんな彼女の様子を監視カメラに映るモニターで眺めながら、
「ちょっと荒療治だったけど……ま、コンプレックスを克服させるには、こういう方法もアリってことね」
 鍵屋・智子はしてやったりと、口許に微笑を浮かべるのだった。

〈了〉

■登場キャラクター
(NPC)
三島・玲奈(みしま・れいな)/女性/16歳/メイドサーバント

(公式NPC)
鍵屋・智子(かぎや・さとこ)/女性/14歳/天才狂科学者

■ライター通信
 毎度お世話になってます、対馬正治です。
 玲奈さんのPCシチュノベ第2弾。今回はバトルなし、女の子らしい葛藤と克服のドラマでした。宇宙戦艦の意外な出自も明かされます。しかしブルマ姿というのも、近頃めっきり見なくなりましたねえ。街中で見かけるのは、色気のカケラもないハーフパンツばっかり……とそれはさておき(笑)。ちなみに玲奈さんの高校が神聖都学園だというのは、公式NPC鍵屋・智子との共演からの類推です。ああ楽しいなあ、マッドサイエンティストを描写するのって。
 ではまた、ご縁がありましたらよろしくお願いします!