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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ムーン・チャイルド

■オープニング

 草間・零(くさま・れい)が買い物帰り、たまたま自販機のジュース代を立て替えてやった幼い姉妹。
 二人は「働いて代金を返す」といって草間興信所を訪れ、まだ7つの幼女にしか見えない姉が超人的な事務処理能力を発揮して武彦と零を驚かせた。

 時を同じくして「虚無の境界」使い魔の逢魔・冥(おうま・めい)が、配下の霊鬼兵を従え日本に潜入。今回の目的は組織の研究施設から逃亡した「月の子」と呼ばれる子供たちを連れ戻すこと。
 そして草間興信所に転がり込んだ姉妹こそ、その「月の子」だった――。

 ◆◆◆

「で? 私がお休みしていた間、こんないたいけな子供たちを働かせていたと?」
 シュライン・エマは両手を腰に当て、全身から怒りのオーラを立ちのぼらせつつ、草間・武彦(くさま・たけひこ)を睨みつけた。

 ここ2日ほど、本業の翻訳家としての仕事が多忙を極めていた。
 それでも(私がいないと、武彦さん書類と雑用の山に埋もれて大変なことに……)との一心から、殆ど徹夜で原稿を仕上げ、出版社に郵送したその足で、眠い目を擦りつつ興信所に駆けつけてみれば――。

 塵一つ残さず清掃され、デスク上の書類や資料もきちんと整理整頓された、まるで別のオフィスに変貌したかのような興信所の事務室。
 その中でハタキを振り上げ、
「わぁーい、おそうじ、おそうじー!」
 とはしゃぎながらパタパタ走り回る5つくらいの見知らぬ幼女と、
「あ! お部屋の中で走っちゃ危ないですよー」
 保母さんのごとく困り笑顔で追い回す零。
 そしてシュライン専用のデスクにはもう少し年上の、7つくらいのやはり知らない少女が腰掛け、慣れた手つきでPCを操作しながら、
「所長。報告書の清書が終わりましたので、チェックお願いします」
「おっ、ご苦労さん」
 などと、まるで古参事務員のような顔で武彦とやりとりしている。
「なっ……なっ……」
 ワナワナ震えながら、次の瞬間シュラインは大声で叫んでいた。
「何やってるんですか!? 武彦さーんっ!!」

「いやその、まあ……な。これには、色々と深いワケが――」
「言い訳なんか聞きたくありません!」
 デスクをバンッ! と叩き、シュラインが怒鳴る。
「だいいち、いくら子供とはいえ仕事の書類を見せるなんて、職務上守秘義務違反でしょう!」
「そいつは心配ない。一応臨時バイトってことで、守秘義務の同意も――」
「それはそれで、立派な労働基準法違反です! 相手は、まだ小さな子供じゃないですかっ!?」
「と、ともかくこいつを見てくれ……これが、そこいらの『小さな子供』が作ったモノに見えるか?」
 武彦が真顔で差し出す書類に目を通し、シュラインは怒りも忘れて唖然とした。
 一点のミスもない、文字通り完璧な仕上がり――あまりに完璧すぎて、まるで高性能AIが自動作成したかのようだ。
(何者なの? この子たち……)
 シュラインが振り返ると、背後のソファでは零と二人の姉妹が、まるで自分たちも一緒に叱られているかのようにシュンとなって身を縮めている。
 改めて観察すると、姉の方は腰まで降ろしたブロンドのストレートヘアに青い瞳と秀でた容貌。「可愛い」というより既に「美しい」と形容していいほど大人びた雰囲気がある。
 逆に妹の方は年齢そのまま。ブルネットの髪をリボンでお下げに振り分け、ぱっちりした紫色の瞳。マシュマロのようにふっくら柔らかそうなほっぺが、食べてしまいたくなるほど愛くるしい。
(年齢差を別にしても、何か違う……少なくとも本物の『姉妹』じゃないわね)
 とりあえず年上の少女の方に近づくと、シュラインは目線を合わせ、努めて優しい口調で尋ねてみた。
「――あなたたち、お名前は?」
「私は汀(みぎわ)。……妹は粽(ちまき)と申します」
「どこから来たの?」
「……」
 汀、と名乗る少女は俯いて黙り込んだ。
 隠している――というより、むしろ何から話せばよいのか迷っているようだ。
「だから言ったろ? 色々とワケありなんだよ、そのおチビちゃんたちは。俺と零も、一晩がかりでようやく事情が飲み込めたくらいだ」
「警察には届けたの? この子たちのこと」
「いや、まだだ。汀の方が、報せないでくれと頼むもんでな……警察にも、IO2にも」
「……!」
 非公然機関IO2の名前を知っていることじたい、この幼い姉妹が「ただの子供」ではない、何よりの証拠だ。
 シュラインは震える声で、再び尋ねた。
「お願いだから、私にも教えてくれない? あなたたち、どこから来たの?」
「……施設です」
 姉の汀が、ようやく重い口を開いた。
「研究施設から逃げて来ました……みなさんが『虚無の境界』と呼ぶ組織の」
「そんな……あなたたちみたいな、小さな子供が?」
 汀が目で合図すると、零の膝にちょこんと座っていた粽は一瞬(いいの?)といいたげに小首を傾げたが、すぐにコクンと頷くと、武彦のデスクに視線を向けた。
 吸い殻を捨てたばかりの灰皿がすーっと宙に浮き上がり、驚くシュラインの目の前を通過して汀の手に握られた。
「見かけはこの通りですが、私たち姉妹は人工子宮の中で、実際には1年足らずで促成保育された試験管ベビーなんです。ヒト受精卵に遺伝子改良と呪術的処理を加えた、現代のホムンクルス……もっとも組織では『月の子(ムーン・チャイルド)』と呼ばれていましたが」

 ◆◆◆

「現在、軍部独裁政権として国際社会から孤立した東南アジア某国――その密林地帯に、『虚無の境界』は秘密研究施設を建造したわ。莫大な軍事援助と引き替えにね」
 レンタカーの助手席に座り、棒付きキャンデーを舐めながら逢魔・冥は運転席の男にいった。
 銀色の長い髪に白い肌。対照的に漆黒のゴスロリ風ドレス。その姿だけ見れば、無邪気にドライブを楽しむ10歳の少女だ。
「『月の子』たちはそこで生まれたの。『月蝕作戦』の成否を担う、重要な戦略兵器としてね」
「『月蝕作戦』……噂は聞いております」
 サングラスで目元を隠した若い男が、巧みなハンドルさばきで成田から都心部を目指して車を走らせる。
「何でも……現在の国際情勢を根底から覆す、全世界規模のテロ計画だとか」
「計画は順調だった。早ければ年内にもフェイズ1が開始されるはずだったのに……裏切ったのよ。こともあろうに、開発スタッフのチーフだったスタインベック博士が!」
 冥は怒りで顔を歪め、口にくわえたキャンデーをガリッと噛み砕いた。
「奴は第2期育成期間を終えたMC−001『汀』と、まだ人工子宮の中で第1期育成中だったMC−002『粽』を脱出させて、自らは研究施設もろとも自爆したわ。おかげで計画はまた一から出直し――全く、ムカつくったらありゃしない」
「……しかし、なぜ彼女らが東京にいると?」
「カンよ。裏切り者とはいえ、博士はIO2を毛嫌いしてたから……たぶんあの子たちを託すとすれば、民間の退魔組織ってことになるわ。それに彼は大の日本びいきで、自分が創りだした『月の子』たちに日本の和歌からとった漢字の名を付けたくらいですしね」
「実験施設で生まれて、まだ右も左も判らない子供らですよ? そうそう都合良く、プロの退魔師連中に出会えるとは思えませんが」
「ところが、この東京にはあるのよ。一般人が、比較的たやすく退魔師や異形の連中と出会える『窓口』ともいうべき場が。たとえばインターネットの有名オカルト系サイト。怪しげな骨董品店。人と妖怪が同居する巨大アパート。それに――」
 血のように紅い少女の瞳が、ニンマリと細められた。
「『怪奇探偵』なんて呼ばれて粋がってる、どこぞのしがない興信所とかね」

 ◆◆◆

「それじゃ、あなたたちのお父さん……スタインベック博士は、組織や『月の子』の開発目的なんかについて、それ以上何も教えてくれなかったの?」
「はい。ただ『日本に人と異形の者が共存できる東京という街がある。そこへ行って、粽と二人で人として生きろ』とだけ……」
「武彦さん……」
 シュラインは顔を上げ、深刻な面持ちでパートナーの顔を見た。
「ああ、判ってるさ。『虚無』の連中だって馬鹿じゃない。いずれこの子たちの所在を突き止め追っ手を放ってくるだろう。いくら零がいるといっても、もし霊鬼兵や魔仙兵をまとめて投入されてきたら……俺たちだけじゃとても守りきれん」
「なら……汀ちゃんには悪いけど、やっぱりIO2に……」
 非情なようだが、現時点ではそれがベストの選択と思われた。
 過去、何度かIO2のエージェントと共闘したことはあるし、体を張って心霊テロと闘う彼らに敬意を払うにやぶさかではない。
 とはいえ「組織」としてのIO2には、必ずしも全幅の信頼を置けないところがある。最悪の場合、対テロ戦を大義名分に、彼らが幼い姉妹をモルモット扱いしないという保障はないのだ。
「それなんだがな……ゆうべ、ある組織からコンタクトがあった。どこから情報を仕入れたか知らないが、この件について協力したいと」
 統合異淵対策部隊(U.I.C.S)――それが組織の名称だった。
「信用できそうなの?」
「何ともいえないけどな。だが、今は助っ人が一人でも多く欲しいところだ。そろそろ向こうさんのエージェントが訪ねてくる時間だから……とりあえず、話だけでも聞いてみないか?」
 ちょうどそのとき、来訪者を告げるインターホンのベルが鳴った。

 ◆◆◆

興信所を訪れたのは、驚いたことにまだ高校生のような年頃の少年と少女だった。
「俺は乃木坂・蒼夜(ノギサカ・ソウヤ)。えーっと……」
 所内に招かれた黒髪に青い瞳の少年は、ぶっきらぼうな口調でそこまでいうと、
「あ〜、やっぱダメ! こういう堅苦しい挨拶って苦手だぜ。イシュテナ、わりいけど、あと頼むわ」
 隣に座った色白の少女が頷き、後を引き継ぐようにいった。
「U.I.C.S第12機動戦術部隊所属、イシュテナ・リュネイルと申します。このたび蒼夜と共に心霊テロ阻止任務のため派遣されてきました。よろしくお願いいたします」
 よどみない口調で自己紹介を済ませると、静かに頭を下げる。
 肩まで伸ばした金髪に緑の瞳。感情表現の希薄な、どこか人形めいた美少女だ。
「いえ、こちらこそ、よろしく――」
 武彦と共に頭を下げながら、シュラインは奇妙な既視感を覚えた。姿形は違うが、よく似た雰囲気の少女を知っている。
 ――数年前、この興信所に「妹」として引き取られて間もない頃の零だ。
「さっそくですが、こちらをご覧下さい。つい2日前、情報部の偵察衛星が撮影した画像です」
 持参したノートPCをテーブルに置き電源を入れると、モニター画面に空港で駐機するジャンボ旅客機の画像が映し出された。画像は徐々に拡大され、昇降用のタラップから降りるサングラスの若い男と、その連れと思しき幼い少女の姿が大写しになる。
「まず男の方ですが、コードネーム『チェザーレ』……『虚無の境界』のゲシュペンスト・イェーガー、つまり霊鬼兵です」
「……霊鬼兵!」
 武彦の表情が険しくなった。
「一般人を素体とした量産タイプですが、それでも油断はできません。このチェザーレは主に中東方面でテロ活動に当っていた男で、イラクの紛争地域では米陸軍一個中隊を一人で全滅させたという報告もあります。ですが……本当に危険なのは、同行しているこちらの少女の方です」
「え? で、でも、こんな小さな――」
「彼女は逢魔・冥。『虚無の境界』盟主の巫浄・霧絵が自らの魔力で生み出した、いわば霧絵の分身ともいうべき直属使い魔で……先日の西新宿大規模テロも、彼女が裏で糸を引いていたと思われます」
「……!」
 シュラインも、そして武彦や零も思わず身をこわばらせた。
 忘れられるはずもない。一人の少年の将来と罪もない数千の人命が奪われ、さらに零が破壊寸前にまで追い詰められた、あの忌まわしい事件を――。
「つい2週間ほど前、東南アジア某国の密林地帯で原因不明の大爆発が発生して以来、『虚無の境界』の動きが急に慌ただしさを増しました。我々U.I.C.Sも独自の情報網により監視を強めていたのですが……その結果、逢魔・冥の日本潜入、及び彼らが『月の子』と呼ぶ姉妹が、この興信所に保護されたという情報を得たのです」
 それを聞いた汀が、警戒するように妹の粽を抱き締める。
 イシュテナの緑の瞳が幼い姉妹に向けられ、そのまま本物の人形と化したかのように動きを止めた。
「何をやっている?」
「あー、気にすんな。ちょっと『本体』とデータリンクして、この子たちのこと分析してるのさ。一応、データだけは取っとくよういわれてるもんでね」
 こともなげに、蒼夜がいった。
「ま、込み入った事情はよく判んねーからな。イシュテナ、おまえさえよければ、俺はおまえに任せてみるよ」
「解析、終了……」
 数分後、イシュテナは軽く息を吐きながらつぶやいた。
「確かに、このお二人はただの子供ではありません。何か未知の潜在能力が秘められているようです……ですが、現時点で人類社会に敵対する危険性は確認されませんでした。私たちの任務は、あくまで人類に敵対する怪異の排除――従ってお二人は、その範疇に含まれません」
「じゃあ、この子たちを拘束するつもりはないんだな?」
「そういうこと。俺たちの敵は、あくまで『虚無』の霊鬼兵と逢魔・冥……数は少ないけど、それでも相手にとって不足は無いね」
 口の端を上げ、蒼夜が不敵な笑いを浮かべる。
「よかっった……」
 シュラインは安堵のため息をもらした。
 いざというときは、零の怨霊操作能力で姉妹の霊質に似せたダミーを造りだし、二人の死亡を演出するプランまで練っていたのだが、どうやらその必要もなさそうだ。
(となると、今夜の夕食は7人分かあ……これは、ちょっとした合宿ね)
 安心すると同時に、すぐさま思考が日常モードに切り替わった。

 ◆◆◆

 結局、その晩は人数が多いということもあり、冷蔵庫に残ったありったけの食材を使って寄せ鍋ということになった。
 事務所の中にカセットコンロを持ち込み、7人でソファに座り鍋を囲む。
 これは敵の襲撃に備えて、なるべく全員を一カ所に集めておこうという意図もあった。
 昆布のだし汁に鶏肉、魚、野菜などの具材を投げ込むと、まもなく食欲をそそる香りがぷーんと部屋中にたちこめた。
「へっへー、役得、役得。鍋なんて最近ご無沙汰してたからな」
 やはり食欲では育ち盛りの蒼夜が一番だ。箸を伸ばして火の通った具から次々平らげ、挙げ句の果ては武彦と貴重な鶏肉を奪い合ったりしている。
「ちょっとあんたたち! キチンと野菜も食べなさいよっ!」
 割烹着姿ですっかり鍋奉行と化したシュラインが声を張り上げた。
 こういう雰囲気に慣れていないのか、「月の子」の姉妹はソファの隅っこにちんまり座り、時折遠慮がちに具を皿に取った汀が、ふーっと冷まして粽に食べさせてやっている。
 そんな中、零はふと、隣に座る少女がさっきから料理に全く手を付けていないことに気がついた。
「イシュテナさん、食べないんですか?」
「ええ。私は……人造生体(オートマタ)ですから」
「あ……ごめんなさい。失礼なことを聞いてしまいました」
「いいんです。……草間・零さんですよね?」
「? は、はい……」
「情報部のデータであなたのプロフィールを拝見して、ずっとお会いしたいと思っていました」
「私に?」
「実は、私もあなたと同じなんです……組織が入手した霊鬼兵のデータを元に製造された人造生体。この体も、『本体』である機動潜水艦のAIをコピーした、いわば端末代わりのようなもの――」
「……」
「零さん、あなたは元々初期型霊鬼兵だったと伺っています。なのに人間同様の感情を持って、こうして草間さんやシュラインさんと一緒に暮らしていられる……私にも、そんなことが可能でしょうか?」
「うーん……口ではうまく説明できませんけど……」
 零はわずかに考え込み、
「たとえばイシュテナさんは、蒼夜さんと一緒にいるとき、どうお感じですか?」
 今度はイシュテナが考え込む番だった。
「そうですね……彼はご覧のとおりぶっきらぼうで、非常に感情に走りやすい性格ですが……でも、内面はとても繊細な男の子で、ただそれを器用に表現できないだけなんです。彼と行動を共にしていると……不思議にシステムの負荷が軽減します」
「そう、それですよ!」
 にっこり笑って、零は頷いた。
「いまイシュテナさんが感じてることが、蒼夜さんや、他の大勢の人たちと接していくうちに少しずつ大きくなって……『心』と呼ばれるものへ育つんだと思います」
「そうでしょうか……」
 オートマタの少女は相変わらず無表情だったが、どこか嬉しげに俯いた。
「『心』という概念はまだ解析中ですが……ただ、私もそんな風に笑えるようになりたいです。いつか……」
 そのとき、突然上がった悲鳴が二人の会話を遮った。
「やぁーっ!!」
 汀にひしとしがみついた粽が、怯えきったように泣き叫んでいる。
「なにかくるよぉ……とってもこわいの……イヤッ!」
 一瞬のタイムラグを置き、イシュテナもピクッと顔を上げた。
「怪異2体の接近を感知。距離2千、3時の方角、高度300m――脅威度92%」
「さっそく来やがったか……ちぇっ、メシくらいゆっくり食わせろってんだ」
 手元のコップに残ったウーロン茶をぐっと飲み干し、蒼夜が立ち上がった。
「行くぞ、イシュテナ!」
 傍らに立てかけてあったサブマシンガンを取り、そのまま事務所の窓から身を翻して飛び出していく。
 イシュテナもまた、無言のまま後に続いた。
「数の上ではこちらが有利だが……万一ということもある。ここは俺と零で守るから、おまえは子供たちを連れて安全な場所に逃げろ」
 武彦がシュラインに指示を下すと、汀が異議を唱えた。
「待ってください。もし冥たちが彼らの防衛線を突破して、ここに私たちがいなかったら……きっと見せしめに市街地を無差別攻撃するでしょう。それくらいやりかねません……彼女なら」
「しかし……」
「それより、この建物は屋上に出られますか?」
「ああ、たぶんな」
「それなら、私たちはそこで待ちましょう。もし、冥が来たのなら……」
 少女はしゃくり上げる妹の手を引いて立ち上がった。
「私と粽が、相手になります」

 ◆◆◆

 ズガガガガガッ!
 毎分2千発を発射する高初速弾の連射が夜の闇を切り裂く。
 が、空中に浮いた逢魔・冥を狙って撃ち込まれたその銃弾は、少女の姿をした使い魔に命中する直前でにわかに運動エネルギーを奪われ、バラバラと地上に落下していった。
「あらあら何かしら、その豆鉄砲は? どこのオモチャ屋で買ったの?」
 あらゆる物理・心霊攻撃を無効化する魔力障壁、球状のゴーストシールドに包まれた冥がせせら笑う。
「ちっ。対魔徹甲弾も効かねえかよ……何てガキだ」
 驚きと悔しさの入り交じった顔でつぶやく蒼夜。
 その後方でバックアップにつくイシュテナが、周辺空間からチャージした自然霊力を水晶型の槍に変換、無数の小型ミサイルとして冥へと撃ち込む。
 だが今度は、闇の奥からわらわらと凝集した怨霊の群に呑み込まれた。
 冥のすぐ隣で護衛につく霊鬼兵・チェザーレの仕業だ。
「あたしはあのボウヤと遊ぶから。チェザーレ、あんたは向こうにいる、霊鬼兵モドキの娘の相手をしてやりなさい」
「逆の方が有利ではないですか?」
「バカね! ここであたしが霊波ジャミングを使ったら、あんたまで戦闘不能になっちゃうじゃないの」
「……了解しました」
「なに、ゴチャゴチャいってやがる!」
 蒼夜が怒鳴った。
「お前らが何であの姉妹に拘ってるのか、俺の知ったことじゃないけどさ……ただ一つ判っているのは、姉妹をお前らの手に渡しちゃならない。それだけだ!」
「ウフッ。やっぱりあの子たち、あのヘボ探偵の所にいるのね……教えてくれてあ・り・が・と」
 ふっと冥の姿が消えたかと思うと、次の瞬間には蒼夜と数メートルと離れぬ間合いに出現した。それも一人ではなく、何十人と知れぬ数に増えた冥が、からかうような笑い声を上げながら四方八方から念動力による衝撃波を浴びせてきたのだ。
「ぐっ……分身術か!?」
「落ち着いて、蒼夜。半分は瞬間移動の残像、残り半分はダミーの幻影です」
「めんどくせえ! 全部まとめて墜としてやるっ!」
 蒼夜は体内の霊威を高め、全身から針状のエネルギー弾として放射する。
 その瞬間、烏の群のごとく周囲を飛び回っていた冥たちの姿が一斉に消えた。
「なにっ……!?」
 周囲を見回すと、眼下遙かの地上、草間興信所のあるビルを目指して降下していく冥の後ろ姿があった。
「しまった! イシュテナ、霊鬼兵の方を頼む!」
 急いで後を追う蒼夜。
 上空には、対峙するイシュテナとチェザーレが残された。

「霊鬼兵をベースにしたオートマタ・ウォリアーか……皮肉なものだな。お互い第2次大戦の遺した亡霊が、こうして敵味方で相まみえるとは」
「ハードウェア面の共通性は否定できません。否定できませんが……」
 ダークスーツに身を包み、サングラスで目元を隠した男を見つめ、イシュテナは静かに答えた。
「一緒にしないで下さい。私は、世界を……そして世界の中で生きる人々の意志を、心を確かめるために生を享受したのですから。それらを否定する以上、私の……私たちの敵と認識せざるを得ません」
「世界……か。ふっ」
 チェザーレはサングラスを外し、白濁した両眼でオートマタの少女を睨む。
 元々視力を持たぬ男は、使役する怨霊を通して外界を「視て」いたのだ。
「俺にとって、生まれつき世界は闇だった……『虚無』の力で世界が闇に沈もうとも、所詮は元に還るだけのことよ」
 イシュテナのフィールドエレメントも、チェザーレの怨霊機も、既に限界値近くまで魔力のチャージを終えている。
 星一つ見えぬ闇の虚空で、双方が放った自然霊と怨霊の群が、音もなく激突した。

「……さあ、鬼ごっこは終わりよぉ」
 雑居ビルの屋上で待機していた武彦たち一行の中に「月の子」たちを発見した冥は、邪な微笑を浮かべつつ、ゆっくりと舞い降りた。
「あれからね、お母様に頼んで……ちょっと作り直して貰ったのよ」
 彼女を球形に包むゴーストシールドの一部が屋上の床面に触れると、コンクリートの床がジュっと音を立てえぐり取られた。
「さあ、おとなしくその子たちを渡すか、それともみんな仲良く闇に呑まれるか――どっちがいい?」
「判ったわ……だから、他のみんなには手を出さないで」
 汀が引き留めようとするシュラインを目で制し、粽の手を引いて歩き出した。
「あら、案外素直なのね……でも、話が早くて助かるわぁ」
 近づいて来る幼い姉妹を、笑いながら念動力で捕獲しようとする冥。
 その笑顔が、次の瞬間困惑に歪んだ。
 手を繋いだまま姉妹の体が浮き上がり、その周囲を球形のフィールドが包み込んでいる。
「ゴーストシールド!? な、何であんたたちが――」
「忘れたの? 誕生の過程は違えど、あなたも私たちと同じ『月の子』……創られし神、『虚無』という光を受けねば輝くことのできない存在……」
 哀れむような声で、汀が告げた。
「そして、あなたが『虚無』の力を行使すれば……それはそのまま私たちの力となる」
「このっ……ガラス瓶の中で造られたデク人形の分際で!」
「そのデク人形を追って、わざわざ東京まで来たのは、あなたでしょう?」
 2つのゴーストシールドが接触した瞬間、互いの力が相殺され、それは泡が弾けるように消失した。
 それでも、手を伸ばせばすぐ届く距離まで近づいた姉妹を捕らえようと、冥が動いた瞬間――。
 連射音が轟き、使い魔の少女はバタっとコンクリート床に転落した。
 ビルの給水塔の上に、すっくと立つ蒼夜の影。その手に構えられたサブマシンガンの銃口から、仄かに硝煙が立ちのぼっていた。

「――冥様っ!?」
 配下の怨霊を通し主の危機を察知したチェザーレが、慌てて地上へと降下する。
 その一瞬の隙をイシュテナは見逃さなかった。
 体内の魔力を極限まで凝縮したカノンを発射。チェザーレも咄嗟に身をかわし直撃は免れたものの、左腕を付け根から吹き飛ばされ、大ダメージを負った。

「そ、そんな……」
 己の肉体を貫通した銃創から滴り落ちる血が、コンクリート面にゆっくり広がるのを見つめながら、信じがたいといった顔で冥がうめく。
 その傍らに、片腕を失ったチェザーレが苦しげに着地した。
「め……めい……さま」
 蒼夜が銃を構え直し、さらに上空からはイシュテナが2発目のカノンを撃つべく魔力をチャージしている。
「あなたの負けよ、冥……盟主に伝えなさい。私たちは組織に戻らないし、IO2にも与さないと」
 そういう汀の表情は、まるで自らが撃たれたかのように沈痛だった。
 魔力で生み出されたか、人工子宮で製造されたかの違いはあれど――冥もまた、彼女の「姉妹」なのだから。
「くっ……覚えてなさい!」
 悔しげに叫ぶと同時に、冥の姿は配下の霊鬼兵共々、瞬間移動で消失した。
「ちっ。俺も甘いよな……仕留めようと思えば出来たのに……」
 給水塔の上であぐらを掻き、ふてくされたように蒼夜がぼやく。
 相手が邪悪な使い魔だと判っていても――つい躊躇ってしまったのだ。
 幼い少女の姿をとった者に対し、とどめの銃撃を加えることに。
「いえ、戦略的に正しい判断でした。敵組織への牽制としては、むしろ彼女を生かして帰した方が効果的でしょう」
 すぐ隣に舞い降りたイシュテナが、慰めるようにいう。
「それに、私はそんなあなたが……」
「ん? 何かいったか?」
「い、いえ……何でもありません」
 オートマタの少女は、微かに――ほんの微かに恥じらいの色を浮かべ、顔を逸らした。

■エピローグ

「……『満月荘』?」
 手渡されたメモ用紙に書かれた住所を見て、汀が不思議そうに聞き返した。
「そっ。私の友人が経営しているアパートで……しばらくはそこで厄介になるといいわ。もう先方にも話はしてあるから」
「でも、これ以上ご迷惑は……」
「心配しないで。あそこなら『虚無』の連中もそうそう手出しできないわよ。何しろ『彼女』もただ者じゃないから」
 そういって、シュラインは意味ありげに笑う。
「本当に……お世話になりました」
 汀は粽と共に、ペコリと頭を下げた。
「興信所のみなさん、それに蒼夜さんやイシュテナさんとお会いできて……私も何だか勇気が湧いてきました。たとえ出生はどうあれ、妹と二人、人間として生きていけるんじゃないかと……この街で」
 朝霧の中、手を繋いで去っていく二つの小さな背中を見つめ、心配そうに零がつぶやいた。
「大丈夫でしょうか? あの二人……」
「なあに、何とかやってくだろうさ。何しろここは『人と異形が共存できる街』だそうだからな」
 くわえ煙草を燻らせつつ、武彦が答えた。

〈了〉

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
(PC)
0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5902/乃木坂・蒼夜(のぎさか・そうや)/男性/17歳/高校生
7253/イシュテナ・リュネイル(いしゅてな・りゅねいる)/女性/16歳/オートマタ・ウォーリア

(公式NPC)
―/草間・武彦(くさま・たけひこ)/男性/30歳/草間興信所所長、探偵
―/草間・零(くさま・れい)/女性/??歳/草間興信所の探偵見習い

(登録NPC)
―/汀・スタインベック(みぎわ・すたいんべっく)/女性/7歳/ムーン・チャイルド
―/粽・スタインベック(ちまき・すたいんべっく)/女性/5歳/ムーン・チャイルド
―/逢魔・冥(おうま・めい)/女性/10歳/「虚無の境界」使い魔

(その他NPC)
チェザーレ(ちぇざーれ)/男性/23歳/「虚無の境界」量産型霊鬼兵

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、対馬正治です。今回ご参加の皆様、誠にありがとうございました。
シュライン・エマさん、度々のご指名いつもお世話になっております(なお本作よりお名前の表記を『シュライン』に改めさせて頂きます)。姉妹逃亡を助ける替え玉作戦などについて細かなプレイングを頂きながら、後半どうしてもバトル中心になってしまい充分反映できず申し訳ありませんでした。
乃木坂・蒼夜さん、イシュテナ・リュネイルさん、どうもはじめまして。
熱血漢で、それでいて単なる戦闘バカに終わらない蒼夜さんのキャラのおかげで、短いながらも非常にカッコよく印象的なバトルシーンを描写することができました。
イシュテナさんからは「興信所の人々と交流を深めたい」とのご希望を頂き、構成上日常業務のシーンが難しかったため、鍋パーティーということで。
なおU.I.C.SとIO2の関係について、本作では「別組織」として扱っております。
では、またご縁がありましたら、よろしくお願いします!