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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


one night carnival 〜変身キャンディ〜

「びっくりさせてみたいって人、いるでしょ? ほら、親兄弟とか友達とか、恋人とかね。あ、上司とか部下でもいいかな。嫌いな人とか気になる人、いつも仏頂面のあの人とか、驚いた顔が見てみたいって人、一人や二人は必ずいるはずだよ」
 ランプの精はおしゃべりだった。
 いや、厳密に言えばそれはランプではなく、ただの小さなビンだった。ちょっと可愛らしい模様が入っていて、意外とまともそうな商品だと思ったからつい蓋を開けたのだ。するとこのありさま。どろん、と音がしたかと思うと、小さな精霊が浮かんでいて、挑戦的な目つきでこちらをニヤニヤと見ていた。
「――ホラ、いま誰かの顔が思い浮かんだ。ねえ、びっくりさせてみない? そうするべきだよ。これあげるから、なりたいキミになりなよ」
 よく分からないことを言いながら、精霊は自分がはいっていたと思われる小瓶を指差した。中にはカラフルな丸いあめのようなものが入っている。
「大丈夫、効き目は一晩限り。夜明けが来たら体は元に戻るから。依存性も中毒性も後遺症もないから安全安心。楽しんでおいでよ」
 精霊は畳み掛けるように言うと、にっこりと微笑んだ。
 ふと、ビンの蓋に書かれた文字が目に入った。

「リデル印 〜one night carnival 変身キャンディ〜」

     ★   ★

「――なるほど、面白そうね」
 その妖精の話を聞いたとき、彼女の脳裏には確かに、一人の男の姿が浮かんでいた。
 キャンディの入った瓶を買っていく藤田・あやこの後ろ姿を、このアンティークショップの女店長は狐のように目を細めて見送った。

 IO2の建物に戻り、改めてキャンディの入った瓶を取り出した。人目のない場所を探して、準備を整える。
 オレンジ色の飴をなめたが、味はどうやらマンゴーだったようだ。無駄にひねってある。
 口の中の甘い余韻も全て飲み込むと、少しからだがむずがゆくなった。ふと目の高さまであげた手に、違和感を覚える。自分の手にしては、少し骨ばっている。それはまるで、男性の手だ。
「もしかして、効果が現れたの?」
 不安と好奇心とが入り混じった心を抑えながら鏡を覗いた。そこに映る姿に思わず挨拶しかけた。それはよく知る人物だったのだ。
「――もしかして、これが、……私?」
 黒く短めの髪に黒い目、細身の長身、呆けた顔を引き締めれば、どことなく近寄りがたい雰囲気が漂う。無口だが頼りになるあやこの同僚。
 ――ディテクターの姿に、なっていたのだった。しかも、背中の羽はそのままに。

「失礼しまーす」
 声を潜めて忍び込んだのは、IO2の当直室だ。誰もいなくてよかった。ターゲットを驚かせる前に、ちょっとだけやってみたいことがあった。
「だって、こんなに別の体形なんだもの、ね」
 言い訳するような口調になりながら、向かったのはおくの洗面所だ。当直のために、大抵のものはそろっている。
 あらゆることに戸惑いながらのシャワーを終え、体を拭く。ひげも剃ってみたが、危なく怪我をするところだった。
「さて、次は服だけど……」
 何の考えもなく当直室へやってきたわけではない。部屋の奥、ダンボールが積まれている。あの中に確か、以前使った小道具が入っているはずなのだ。
「この組織も、意外と奥が深いよね」
 黒い布の端を見つけ、えいっと引っ張り出す。それは黒いマントだった。ほかに、妙に装飾の多い男性用の白ブラウスとタキシードとステッキを見つけ出す。
「――こんな感じかな」
 鏡に映った姿に、にんまりと微笑む。普段のディテクターなら絶対にしない表情だ。ハロウィンの日に吸血鬼に変装するディテクターというのもなかなかありえないが。
「――っと、喋り方もこれじゃあまずいよね。もっと男っぽく、ぶっきらぼうに……」
 深呼吸してイメージトレーニングをする。


 部屋を一歩出たときから、ディテクターだった。気分としては、ディテクターの中に入って彼の体を操縦しているような感じだ。口の中にはめ込んだ尖った八重歯に少し違和感を感じるが、今は我慢だ。
 廊下をきょろきょろしていると、すぐそこの廊下から誰かが現れた。長身であるディテクターよりもさらに一回り大きな体。そう見えるのは、その鍛え上げられた肉体ゆえだろう。コートを着たままというところを見ると仕事から戻ってきたばかりだろうか。
「……完璧すぎるタイミングだな」
 ディテクターになりすましたあやこは小さく感嘆した。
 ターゲット――鬼鮫がむこうからあらわれるとは。

「お前……その格好はどうした」
 彼、鬼鮫としてはごく普通の会話のつもりなのだろうが、普通に聞くと取り調べのような詰問口調だ。あやこは肩をすくめて見せ、
「わからないのか?」
 動きに合わせて、ビロードを模した艶やかなマントがさらさらと上品な音を立てる。いつもと違うらしいぞ、程度には感じてくれているらしいが、やはり慎重にいくつもりらしい。ならば攻めていくまでだ。
「全く分からないのか?」
 改めてたずねると同時に、一歩距離を縮める。サングラスの向こうの瞳が困惑に揺らいでいるのがかすかに読み取れた。――これは大変面白い。
 ディテクターの姿のあやこは切なげにため息をついて首を振ると、吐息混じりにつぶやいた。
「愛が足りないな……」
 本物のディテクターが聞いていたらあまりの恥ずかしさに気絶するのではないかと思われる台詞だ。案の定、鬼鮫は硬直した。やがて金縛りが解けると、先ほどよりやや気弱な口調になっていた。とはいえ、常人にはほとんど先ほどと変わらない声だが。
「任務遂行中に何かあったか。――頭を打ったり、何らかの心的外傷が」
「そんなことよりも重要なことがあるだろう」
 小難しいことを言い出した鬼鮫を遮って、あやこは重々しく断言してみた。
「ニューヨークの株価が、大暴落の兆しを見せている。大ピンチだ」
「株……」
 なぜか鬼鮫ははるか遠くの山を見るような顔になった。
「株で一山当てて新居を買おう、と約束していたはずだが、忘れたのか?」
 あやこはにやりと微笑んで見せた。多分これで八重歯が見えたはずだ。足音をさせない歩き方でさらに近付いていくと、相手の肩に手を置いて、少し寂しさをにじませて囁いた。
「それとも、気が変わったか?」
「そもそもそんな約束はしていない」
 憮然として言い放った鬼鮫に、あやこはくすっと肩を震わせ、
「約束をなかったことにしようというのか。薄情な男だな」
 外面はディテクターだが、その笑みは妖艶だ。中身が違うのだから仕方がないが、今のところ鬼鮫はその変化に気づいていない。「そこにまた、惹かれるんだが」と囁いて流し目をくれれば、相手の鼓動が大きくなるのが分かった。かなり動揺しているらしい。そろそろ新居の話は取り下げるか。舌なめずりをして、あやこは次なる話題を繰り出した。
「お菓子は持っているか」
「……何を唐突に」
「持っていないのなら、悪戯してもいいということだな」
 懐には小道具の血のりや、コウモリを呼んだり犬の遠吠えを誘うという超音波の笛もある。楽しみで顔がにやけそうになるのを必死にこらえていたが、
「ハロウィンか。なるほどな」
 鬼鮫はポケットをあさると、ほどなくして小さな包みを取り出した。ガムである。ただし甘さのかけらもないスーパーミント味の眠気覚ましのガムだが。あやこはかすかに眉をひそめて
「それはお菓子か?」
「ご飯でなければお菓子だろう。――さて、お前はお菓子を持ってるのか?」
「俺は……」
 まさか反撃がくるとは思わなかった。驚かせることばかりを考えていて、まさか自分がお菓子を渡す立場になるとは思っても見なかった。
「持っていないなら悪戯、だったな」
 今度は鬼鮫がにやりと笑う番だ。相手が少しかがんだかと思うと、あやこの体がふわりと宙に浮いた。
「なっ……!」
 ドラキュラに扮したその体を、お姫様抱っこしたのである。
「何を……ッ」
「決まっている」
 決まってない! と叫びたいのをこらえた。せっかくここまで騙し続けたのだ。うそは突き通すことに意義がある。

 もと来た当直室まで運ばれ、あろうことかベッドの上へ降ろされた。相手の真意が全くつかめないまま、演技だけはかろうじて続ける。
「あいにくだが、体調の方は万全で全く問題ない。こんなところにいる必要はないんだが」
「確かめなければいけないことはあるだろう」
 鬼鮫の余裕は一体どこから来るのか。それとも、あやこの振る舞いが彼の中の何かを呼び覚ましてしまったのだろうか。
「鬼鮫、落ち着いて……」
「落ち着いている」
 そう言いながら、鬼鮫はその巨体をしてディテクター――あやこに迫っていく。その右手があやこの腰あたりを探りだした。むずがゆさに唇が奇妙に歪む。何とかしてこの場から逃げ出さなくては。けれど、この男がまさかそんな隙を与えてくれるはずもなかった。距離が近い。これは同僚の距離ではない。吐息が鼻先にかかった。左手は肩をつかむようにして壁に押し付けている。絶体絶命だ。鬼鮫はさらに顔を近づけてきた。
「まさか――」
 後ろは壁だと分かっていながら何とかして遠ざけようと悪あがきをする。互いのサングラスがぶつかり音を立てた。鬼鮫は鼻の頭がぶつかり合いそうな距離で止まった。壁にかかった時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。肩をつかむ鬼鮫の体温は驚くほどに熱かった。少しでも体を動かせば、同じ力で押し返される。
 いつまでも続くかと思われた均衡は、鬼鮫の一言で破られた。
「においがしない」
 用は済んだとばかりに、鬼鮫はあやこから離れて立ち上がった。
「匂い、だと?」
「お前はヘビースモーカーのはずだろう。なのに、タバコの匂いが一切してこない。これだけ近付いても、かけらも匂いがしない。ポケットにも入っていないな。――お前は誰だ?」
 そういえばやつは嫌煙家だったか、と思い出す。あやこもゆっくりと立ち上がると、極上の微笑みを浮かべて鬼鮫へ答えた。
「愛ゆえの禁煙だと言ったらどうする?」

     END.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7061 / 藤田・あやこ / 女 / 24 / IO2オカルティックサイエンティスト 】