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満月の夜の襲撃者
●深夜の尾行者
道路工事のバイトを終えた五代・真(ごだい・まこと)は、愛用のMTBを飛ばして家路に向かっていた。
「ふあぁ……早く布団で横になりてぇ……。いや、その前に一風呂浴びて、汗を流してぇ……」
秋になり過ごしやすい気温となったが、肉体労働で全身を酷使しているので体力が有り余るほどある真にとっても、体感温度は真夏の気温と大して変わらない。
今のバイトはかなりきついが、時給がかなり良いので決して贅沢は言えない。
「風呂から上がった後のビールは超美味ぇんだよなぁ。さっさと帰って、風呂だ、風呂!」
風呂上りにビールを一気飲みし、その後に布団に潜り込んでぐっすり眠るのが彼唯一の楽しみであった。
おっさん臭い? 余計なお世話だ! という真の怒鳴り声に近いツッコミが聞こえそうだが、無視する方向で。
街灯の無い公園が、現在の住居である安アパートの近道だ。真夜中と言うこともあり、人っ子一人いない。
暗いので自転車のライトだけしか灯かりが無い……はずだが、小さな灯かりが2つ見えた。しかも、金色。懐中電灯にしては、やけに暗く、とても小さい。ペンライトだろうか?
気になった真は一旦MTBを止め、辺りを注意深く見回すが、怪しい気配は何も感じられなかった。
「気のせいか……」
再びMTBを漕ぎ始めた頃、背後から何かが聞こえた。たとえるなら、動物の荒い息遣い。
――野良犬か?
そう思い素早く振り返るが、背後には誰もいない。だが、あの息遣いはまだ聞こえる。
「どうやら、厄介なヤツに目をつけられちまったようだな」
ここで相手にするのはまずいと判断したのか、真は人目がつかないビルの路地裏近くに向かった。
●路地裏での決闘
誰もいないことを確認してから、真は自分を尾行した相手を挑発する。
「俺の後をつけてる奴、出てこいよ。コソコソ後をつけているつもりだろうが、バレバレだぜ?」
MTBに跨りながら振り向き、その人物、いや、人物と呼べるかどうか怪しい存在をを見る。
彼の背後にいたのは、黒のレザージャケット、真が長年履いているジーンズ以上に破れが目立つ濃紺のジーンズ姿、四角い黒サングラスをかけた男が腕組みをし、不敵な笑みを浮かべて仁王立ちをしていた。
自分同様、戦いを好むものが放つ『闘気』が、男が只者ではないことを示している。
厄介なことになっちまいそうだぜ、と愚痴りながらも、真はMTBを路地裏の壁付近に止めた。
男は夜空を見上げると、満月を見ると野生の狼を思わせる遠吠えを始めた。
遠吠えと同時に、男が来ていたレザージャケットが破れ、筋肉が隆々と盛り上がり、体毛が異様に伸び、爪が瞬時に伸び、鉤状と化した。
顔は四角い輪郭の人間から、徐々に狼のものに変わり始めた。
「へぇ……狼男か。実際にいるんだな。初めて見たぜ。お相手できるたぁ、光栄だな。相手にとって不足はねぇ。手加減しねぇから覚悟しな!」
指をポキポキ鳴らし、戦う気マンマンの真は興奮を抑え切れなかった。
更に挑発しようとした真だったが、狼男が疾風の如く素早く近づいたかと思うと鋭い爪が真の胸を切り裂いた……かと思われたが、掠り傷程度ですんだ。
反射神経と動体視力がずば抜けているため、寸でのところで避けることが可能だった。
「くっ……!」
完全に避ける自信があった真は、悔しさを隠し切れず唇を噛み締めた。
●後味の悪い煙草
愛用のバンダナを解き、素早く念を込めて棍状の武器にして攻撃を仕掛けようとした真だったが、満月の効果もあってか狼男の動きは素早く、動きを察知するのがやっとだった。
「ちょこまか逃げ回ってんじゃねぇよ! 正々堂々かかってこい!!」
そう言っている間にも、狼男は攻撃を緩めない。真は何度も攻撃を避けたが、完全に避けきれていないので全身に多数の掠り傷が。
「畜生! 俺を舐めるな!」
今度は肉体強化を試みるが、全身の精神集中が必要となるので多少時間がかかる。
真の動きを止まったのを確認した狼男は、彼の左腕を爪で抉った。
「……っ!」
まだ完全に強化されていない左腕に、大きな裂け目ができた。そこからドクドクと血が流れ出ているが、精神集中を中断するわけにはいかなかった。
次の攻撃が繰り出される瞬間、ようやく肉体強化が施された。
「さっきはよくもやってくれたな! そのお返しだ。俺の拳、食らいやがれっ!!」
強化された拳を、真は狼男の鳩尾に何度も強烈なパンチを繰り出し、左腕の痛みを堪えながらも、攻撃の手を休めなかった。
十数発目のパンチの後、狼男は血を吐き、吹っ飛んだ衝撃でポリバケツにぶつかり、中のゴミをぶちまけた。
気絶したのを見届けた真は、バンダナで左腕を縛って出血を止めた。
「手強い相手だったぜ……。肉体強化が遅かったら完全にやられてたな、俺」
ジャケットのポケットからライターと愛煙のラッキーストライクを取り出すと、路地裏の壁によりかかり一服し始めた。
吸い慣れているラッキーストライクだったが、この時ばかりはいつもより苦く感じられた。
一服し終えると、真はMTBに跨り素早く帰宅した。
そんな彼の心配事は、バイト仲間にこの傷をどうやって誤魔化そうかということだった。
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