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<東京怪談・PCゲームノベル>


『応接室にて〜願いを込めて〜』

 呉家を離れて数日。
 水菜は、阿佐人・悠輔と広瀬・ファイリアが暮す家、広瀬家で1日を過ごすことが多かった。
 彼女は毎日、夢を見ているそうだ。
 東京ではない、どこかの都市。
 当たり前のように武器を携えた人々、変わった容姿――。
 だけれど、それはまだ彼女にとって夢でしかなく、現実にあった出来事という認識はないらしい。

「片栗粉を入れると、ふわふわになるんです!」
 ファイリアが、水溶き片栗粉を鍋に入れる。
「卵は、箸でこちょこちょっと混ぜてくださいね」
 卵を混ぜると聞いて、ボールと泡立て器を取り出した水菜から、ファイリアは泡立て器を取り上げた。
「今回は泡立て器は使いませんー」
「はいっ」
 元気なファイリアの影響を受け、水菜も元気な返事を返す。
 言われたとおり、水菜は箸で卵をかき混ぜた。
「そうそんなカンジです。じゃ、その卵持ってきてください」
 水菜がボールを両手で抱えて持ってくる。
 ファイリアは足を引いて、鍋の側から離れた。
「そおっと入れてくださいね。零さないようにするですよ」
 おっちょこちょいのファイリアは、よく材料を零してしまうのだ。
「はいっ」
 元気な返事をした水菜は、慎重に慎重に鍋に向い、卵を鍋の中に入れた。
 卵がぱっと広がってゆく。
「はい、軽くかき混ぜて卵スープの完成ですー。ね、簡単でしょ?」
「はい、簡単です」
 ファイリアと水菜は微笑み合う。
 火を止めたところで、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
「おっかえりなさーい」
 二人、同時に駆け出して、出迎える。
 玄関に、大好きな人の姿がある。授業を終えて帰ってきた悠輔だ。
「悠輔さん、お帰りなさい」
「お兄ちゃんも、こっちにくるです!」
 水菜がペコリと頭を下げ、ファイリアは靴を脱いだばかりの悠輔の腕を引いて、キッチンへと引っ張った。
「材料ちゃんと買ってきたですか?」
「ああ」
 悠輔が買物袋をテーブルに置く。
 中には、人参、ジャガイモ、玉葱、豚肉、そしてカレーのルーが入っている。
「それじゃ、二人でカレーを作るです。ファイはサラダの準備します!」
 悠輔の背を押して、流しに向わせる。
「俺が?」
 悠輔は戸惑いの表情を浮かべている。
 自炊の経験は殆どない。カレーなんて、随分昔に家庭科の授業でクラスメイトと一緒に作って以来である。
「大丈夫です。水菜ちゃんが作り方知ってますから」
「はい。ファイリアさんに教えてもらったことがあります。あれから、何度か家で作りました」
 ファイリアの言葉に、水菜は明るく答えた。
「そっか。ええっと、俺は何からすればいい?」
「では、悠輔さんは野菜を切ってください」
「……ええっと、どう切ればいい?」
 悠輔の問いに、水菜は野菜を取り出しながらこう答えた。
「野菜はこの包丁という道具で、このまな板という板の上で切るんです」
 その言葉に、悠輔とファイリアは笑みを浮かべた。そいった常識的なことは当然悠輔は知っている。しかし、水菜はそういう常識も最近覚えたばかりなのだ。
 そう、まだ彼女はこの世界に生まれて、たった1年しか生きていない。

**********

 家族は出払っており、今晩は3人で食卓を囲んだ。
 水菜は少し落ち着かないそぶりを見せている。
 普段呉家では、呉姉妹に仕える者として、同じ立場で食事をとることはない。同じ席についたとしても、水菜は皆の世話をすることがあたりまえだ。
 だけれど、ここでは違う。
 一緒に料理して、一緒に運んで、一緒に食べる。
 教わったり、教えたり……ゴーレムの水菜には不思議な空間だった。
「いっただきまーす」
 手を合わせてそう言った後、ファイリアは水菜を見て微笑んだ。
「いただきます」
 ぺこりと頭を下げて、ファイリアに続いて、水菜もスプーンを取った。
「うん、美味しいです」
 カレーを一口食べ、ファイリアが言った。
「はい、美味しいです」
 水菜も素直に言う。
 悠輔もカレーを食べてみる。いつものカレーとは少し違うが、なかなか美味しい。
 悠輔はここ数日、呉家に顔を出しては、水菜の状態を伝えている。同時に、呉姉妹の話も聞いていた。
 水香は、水菜と時雨の記憶を呼び寄せる契約をしたらしい。
 水菜には自覚がないようだが、時雨の方は次第に無口になっているということだ。
「水菜」
「はい」
 ファイリアと笑い合いながらカレーを食べていた水菜だが、悠輔が名前を呼ぶと、こちらに顔を向けた。
「最近、夢見てるんだってな。どんな夢だ?」
 悠輔の問いに、水菜は手を止めて首を傾げた。
 少し、考えた後、こう話しだす。
「どこだかわからないところに、いるんです。木の家じゃなくて、石の大きな大きな家です。沢山兄弟がいて、凄く楽しいんです。だけれど、厳しい人や冷たい人もいて、辛いこともいっぱいあるんです。メイドさんが沢山いるけれど、私はメイドじゃないんです。私は歌うことが好きで、一番上のお兄さんは踊ることが好きで……一番下の優しいお兄さんは楽器が得意なんです。だから、嫌なことがあった時には、いつも3人で踊ったり歌ったりするんです」
 水菜が今見ている夢は、宮廷で暮している時期の夢らしい。
 この後、優しい兄は病気で死に、水菜と一番上の兄は……。
 悠輔は目を伏せた。
 それはとても辛い記憶だろう。

**********

 夕食後、居間のテーブルに悠輔が折紙を置いた。
「水菜、折紙で鶴折れたよな? ファイリアも一緒に折ろう」
 片付けを終えた二人に、悠輔が提案する。
「二人とも、千羽鶴って知ってるか?」
 悠輔の言葉に、ファイリアと水菜は同時に首を横に振った。
「願いを込めて、鶴を千羽折ると、その願いが叶うといわれているんだ」
 そういって、悠輔は色とりどりの折紙を二人に手渡した。
「水菜、鶴の折り方教えてくれるか?」
「教えてください!」
 二人の言葉に、水菜はまた戸惑いの表情を見せた。
 仕事を教わり、物事を教わり、一方的に尽くすのがゴーレムである水菜の生き方だ。
 だけれど、何故だろう。この二人は命令をしない。
 教わって、教えて……。
 こういう関係って一体なんなんだろう。
 水菜の中に、不思議な感情が芽生えていた。
「半分に折るんです」
 水菜は、戸惑いながら、二人が注目する中、鶴を折り始めた。

 願いを込めて。
 想いを込めて、鶴を折った。
 ファイリアは水菜とずっと一緒にいることを願った。
 今日のような日を、また過ごせますように、と。 
「ファイは水菜ちゃんと一緒にいられるように、って願うですっ。もっと色々なこと教えてあげたいし、もっと一緒に遊びたいです。せっかく友達になれたのに、会えなくなるのはいやですからねっ」
 “友達”という言葉の意味は知っている。
 だけれど、水菜は二人を呉姉妹の友達と認識しており、自分が同等の立場だとは思っていない。
 大切な存在であることは確かで、自分のことをなぜか考えてくれている人たちだということも、よくわかってはいるのだが。
「私も、会えないのは嫌です」
 水菜ははっきりそう言った。

 時間をかけて鶴を折り続けた。
 翌日も、その翌日も……。
 次第に、水菜の記憶は鮮明なものとして、彼女の中に蘇り、苦しめ始める。

 それでも変わらずに、3人は鶴を折り続けた。
 時折、水菜は手を止めて、どこか遠くを見る目をしていた……。
「水菜」
 悠輔も手を止めて、彼女に語りかける。
「俺は、水菜が本当の願いを叶えられる様にと願っている。水菜とこれからも一緒にいたいという気持ちは変わらないけど、それはあくまで俺自身の望みに過ぎない。これから水菜が記憶を取り戻して、向こうの家族と一緒にいたいと心から願うなら、俺は見送ってやりたいと思っている」
「お兄ちゃん!」
 ファイリアが悲鳴のような声を上げた。
「ファイは……水菜ちゃんと一緒にいたいです」
 自分と似た存在である彼女と。
 知り合い、共に笑い合った彼女と。
 ずっと友達として、ずっと側にいたい。
「水菜ちゃんも会えないのは嫌だって言ってくれました」
 ファイリアは必死に兄に訴えた。
 ぽん。と、悠輔はファイリアの頭に手を置いて、優しく髪を撫でた。
「俺も同じ気持ちだけれど、俺の思いを押し付けて、水菜が後悔を引きずるような選択だけはさせたくないんだ」
「私は――!」
 水菜が声を上げた。
 真剣な瞳で。辛そうに目を細めながら。
「私は水菜です。お母さんと、皆さんと、悠輔さんと、ファイリアさんと一緒にいたいです。お母さんと皆と一緒で、毎日とっても楽しくて、幸せです。……だけど」
 水菜の手が震えていた。
 震えながらも、彼女はきちんと自分の言葉を二人の友達に伝えた。
「“お兄さん”達が、辛いのに。苦しい思いをいっぱいいっぱいする時に、私だけ幸せでいいのですか? お兄さん達と離れ離れで、私は幸せですか? 多分、幸せではありません」
 その言葉を聞いて、悠輔は思った。
 水菜は多分、時雨が戻るのであれば、一緒に行くと決断するだろう。
 向うの世界で彼女は幸せを掴めるのだろうか。
 廃れ、荒れ果てた国は、再び安定を取り戻すことができるのだろうか。

 現代社会を見れば分かる。
 国を短い期間で変えることなど不可能だ。

 水菜は、再び鶴を折り始めた。
 ファイリアも、目を潤ませながら、鶴を折っている。
 悠輔も、鶴を折る。
 千羽折り終えたら――。
 3人の願いは叶うだろうか。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5973 / 阿佐人・悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生】
【6029 / 広瀬・ファイリア / 女性 / 17歳 / 家事手伝い(トラブルメーカー)】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
優しいお気持ちと行動の数々ありがとうございます。水菜はとっても幸せ者です。
今後、どのような展開を迎えるのか楽しみにしております。