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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


秋の日はさんま三昧
●オープニング【0】
「何なのぢゃ、これは」
 秋10月、いつも通りのあやかし荘。その管理人室で嬉璃は呆れたような声を発していた。
「何って、さんまだけど?」
 きょとんとした表情を浮かべ答えるのは柚葉である。嬉璃が何故呆れているのか、まるで理解していないようだ。
「それは見れば分かる。大きくて美味しそうなさんまぢゃ」
「でしょ! でしょー?」
「だからといってぢゃな。……大量に買ってくるとは何を考えておるのぢゃ」
 柚葉から視線を外し、嬉璃は足元に目をやった。そこには発泡スチロールの箱にたっぷり入ったさんまが置かれている。すると柚葉がこう言い返してきた。
「えー、だってとっても安かったんだもん」
「いくらぢゃ?」
「500円」
「……高くはないのぢゃが、とても安いかどうかは知らぬぞ?」
「え、でも廊下にまだ9箱あるよ?」
「何ぢゃとーーーーーーーーーーーっ!?」
 嬉璃の絶叫が辺りに響き渡った。あと9箱あるということは、つまり10箱分のさんまが500円?
「これはのう……誰か呼ばんとどう考えても追っ付かんぢゃろ」
 そう言って嬉璃は溜息を吐いた。10箱分のさんま、とにかく適切な処置をしなければ……。

●秋の味覚が揃ってゆく【1】
 嬉璃に呼び出されたシュライン・エマは、山と積まれたさんまの入った発泡スチロールの箱をしばし見つめていたかと思うと、管理人室へ入るなりぺたんと正座をした。そして――。
「……1箱、事務所にください」
 三つ指ついて深々と頭を下げた。いきなりの『ください』宣言である。
「別にそれは構わぬが。というか、この場合は願ったり叶ったりなのぢゃが」
 すぐさまそう答える嬉璃。10箱のさんまが箱単位で消えるのなら、今回の嬉璃の目的にも合致する訳で。
「ほんと? ありがとう嬉璃ちゃん」
 シュラインはぱっと顔を輝かせると、さっそく携帯電話を取り出してどこかへ電話をかけた。
「もしもし零ちゃん? 突然あれだけど、さんまは買ってないわよね?」
 ……電話先は草間興信所でしたか。電話に出た草間零も、きっと何事かと思っていることだろう。
「俺の所も1箱もらっていきたいんだが……」
 と、ぼそりつぶやいたのは守崎啓斗である。今の嬉璃とシュラインのやり取りを見ていると、持って帰るのは非常に容易なことだと思われるが……?
「うむ、構わぬぞ。持って行くがよいのぢゃ」
 はい、容易でした。
「……それは本当に助かる」
 啓斗が安堵の溜息を漏らした。
「今月ピンチなんで……」
 遠い目になる啓斗。より正確に言えば、今月『も』ピンチ、だけれども。
 で、そうなる要因の一角(守崎家のエンゲル係数を押し上げている)を担っている張本人はどうしてるかといえば……こうしている。
「さんまっ、さんまっ、さんまの塩焼き〜♪」
 嬉しそうにそう口ずさみながら、弟の守崎北斗は七輪抱えて廊下を行ったり来たりしているのであった。
「さんま焼こう、さんまっ!」
 いやはや、本当に嬉しそうですね、北斗さん。
「焼くのは中庭でぢゃぞー。中でやられるとけむくて構わぬのぢゃ」
「分かってるって。よし、じゃあさっそく中庭に……」
 と中庭へ行きかけた北斗を、ちょっと待てと啓斗が呼び止めた。
「北斗、行く前にあれを出すんだ」
「あー、あれねー」
 すると北斗は一旦七輪を置いて、代わりにかご一杯の何かを持って管理人室に入ってきた。
「つまらない物かもしれないが」
 そう嬉璃に伝える啓斗。それは、山盛りのきのこと栗であった。何でも先日、山に行って狩ったり拾ったりしてきたらしい。
「きのこは味噌汁の具に、栗は栗飯でも炊けばいい」
「ほう……秋らしいのぉ。ありがたくいただいておくのぢゃ」
 秋の味覚に満足げな嬉璃。けれども、こう揃ってくると多少の欲が出てくるようで。
「しかしそうなると、新米もほしくなってくるのぢゃが……」
 さんまだけでもご飯によく合う。だがそこに、きのこや栗が加わってくると、なおのこと。そして秋といえばやはり新米。米に含まれる水分量が多いから、炊く時には水加減を調整しなければならないが、やはり美味しい。
「買ってくる?」
 柚葉がそんなことを嬉璃に言った時である。管理人室の開け放たれた扉の向こう、廊下の方から少女の声が聞こえてきたのは。
「……新米……?」
 姿を現したのは銀髪の少女――あやかし荘住人のミリーシャ・ゾルレグスキーであった。
「うむ、ないのなら買ってくるべきかという話になっておるのぢゃ」
 嬉璃がそう言うと、ミリーシャは少し思案してからくるりと今来た方角へ引き返していった。さて何事かと思っていると、少しして大きなタッパーを抱えたミリーシャが戻ってきた。
「これ……新米です……」
 タッパーの中に入っているのは米であった。タッパーの大きさと中身の量からすると、5キロ近くはあるんじゃないだろうかと思われた。
「それはありがたいのぢゃが、全部使うとお主のがなくなるぢゃろ?」
 と嬉璃が心配すると、ミリーシャはゆっくりと頭を振った。
「まだ……いっぱいあって……大丈夫……。懸賞で……たくさんのきのこと一緒に……当てました……新潟産……」
 ぽつりぽつりと答えるミリーシャ。嬉璃は『懸賞で』という所に興味を覚えたようだった。
「ほほう、懸賞でのぉ。で、何キロ当てたのぢゃ?」
 まあよくあって10キロ、ひょっとしたら数10キロといった所だろう……などと嬉璃は思っていたのだが、ミリーシャから出た数字は非常に意表をつくものであった。
「ええと……1……」
 1キロ?
「……トン……」
 1トン!?
「1トンぢゃとーーーーーーーーーーっ?」
 嬉璃の絶叫が辺りに響き渡った。というかミリーシャさん、そんなにどこで保管してるんですか。いや、そもそもどこの懸賞ですか、それは……。

●調理法あれこれ【2】
「あー……とにかく、減らすことを目的とするのぢゃ」
 準備が諸々終わってから、嬉璃が改めて皆に言った。さんまはもちろん、ミリーシャの意外な告白に、新米も減らす対象として加わったようであった。
「大丈夫……ですよ……?」
 そうミリーシャは言うが、風味が落ちるなどを理由として、せめて1%ほどは減らせと嬉璃が説得したのである。
「でもさすがにこの量は、全部一度に使い切るのは難しいわよね」
 現実的な分析を行うシュライン。10箱、まあシュラインと啓斗が1箱ずつ持って帰るとしても、それでもまだ8箱だ。今日だけで全部使い切ってしまうのは至難の技だろう。
「釣ったばかりなら刺身でも十分旨いんだが……」
 啓斗も先程確認してみたが、新鮮な方だけれども刺身に出来るほどではない。
「だからといって、焼きさんまばかりじゃ飽きるだろう?」
 同意を求めるように啓斗が言った。
「でも、飽きても食えるかなあ」
「……私も……」
 とりあえず、北斗とミリーシャの言葉はさくっと無視することにする。あんたらはとにかく食べられる人でしょーが。
「調理法を工夫して、あとは……様々な方法で保存かしらね、やっぱり?」
「あとはもう少し、どこかに配るか……か」
 シュラインの言葉に小さく頷いてから啓斗が言う。
「……三下の勤め先に送りつけるのもいいやもしれぬな」
 あやかし荘住人である三下忠雄の勤め先といえば、もちろん月刊アトラス編集部だ。ということは、編集長の碇麗香の所にも大量のさんまが行く?
(麗香さんって、料理するのかしら?)
 一瞬そんなことをシュラインが思ったのは内緒である。
「ともあれ、配ったり持ち帰ったりする分は除いて、内臓の処理だけしてしまいましょ」
 腕まくりしながらシュラインが言った。そうなのだ、内臓さえ取ってしまえば後はどうとでも出来る訳で。
「1人じゃ……この量は追っ付かないか」
 とつぶやき、啓斗も腕まくり。捌くのを手伝うつもりなのだろう。
「んじゃ俺は、七輪で丸ごと焼いてくるかなーっと。炭火焼き〜♪」
 そう北斗が言うと、嬉璃がミリーシャに言った。
「お主、さんまを運ぶの手伝ってやるのぢゃ。とりあえず1箱あればよいぢゃろ」
 嬉璃の言葉に、ミリーシャがこくっと無言で頷いた。
「よく考えたらさ」
 北斗がふと思い出したように言う。
「BBQみたいなもんじゃん? ただ焼くのが肉じゃなくてさんまってだけで」
 BBQって略して言うな。あなたはどこの芸人さんなのかと、北斗さん。ちなみにBBQはバーベキューのことである、念のため。
「焼きさんまの他は、蒲焼とか揚げびたしはどうだろう。焼きさんまも、味付けを少しずつ変えれば量を食べられるはずだ。元々さんまは、本当に美味しいものなら女でも3匹はすんなり食えてしまうからな……」
 シュラインにメニューを提案する啓斗。味付けとは、大根おろしとかかぼすとか、そういったもののことだ。
「トマトと煮るとイタリアン風に楽しめ、パスタに合わせても凄くコクがあって満足感あるのよね。大蒜パウダーとパン粉まぶしてカリッと焼いても美味しいし、揚げて酢漬けにして野菜とパンに挟んで食べてもよし」
 一方シュラインは、洋風のメニューを出してくる。無論他にも炊き込みご飯だとか、メニューのバリエーションはかなり多い。
「そういやこの前、クラスの奴がスパゲティにさんまを素揚げして、トマトときのこと一緒に上に乗っけて食ったら、美味かったっつってたな」
 このように北斗も聞いたことあるのだから、トマトとの愛称はかなりよいのだろう。でも何でそれを覚えてたんですか、北斗さん?
「えらい『お洒落〜』なもん食ってんなって羨ましかったの覚えてんだ」
 ……はあ、そうですか。
「ま、いいや、さんま焼こう」
 そして北斗は七輪抱えて中庭へ移動。その後を、さんま1箱抱えてミリーシャもついていった。残ったシュラインと啓斗は、さんまの内臓を処理するのであった――。

●そりゃ限界ありますって【3】
 やがて、出来上がったさんま料理のメニューは多岐に渡った。とりあえず提案されたものは、ほとんど試してみたからだ。和風・洋風・中華風、さらにはカレー風味など。
 揚げてあんかけにしてみたり、叩いてつみれにしてみたり、ちょっとした工夫でこの旨さ、といった具合である。
「全部さんまの味だなあ……旨いけどさ」
 出来上がった料理を片っ端から食べながら、北斗がそんなことを言う。そりゃまあどれもこれもさんま使ってますから、そうでしょう。逆にさんま食べて牛肉の味がしたら、どんな魔法か偽装なのかと。
「……美味しい……」
 もぎゅもぎゅとミリーシャも言葉少なに食べてゆく。表情などからは読み取れぬが、箸の進み具合を見ているとだいぶお気に入りのようである。
「味噌漬けとかぬか漬けにしてみたり、干す手前の状態まで作っておいたから」
 シュラインがそんなことを嬉璃に伝える。どれも保存食としての調理法である。きちんと扱えば1ヶ月はもつはずだ。
「何か焦げてるね〜?」
 柚葉がさんまの丸焼きを箸先で突きながら言った。確かそれは、北斗が七輪で焼いていた奴では?
「……脂のりすぎて、気を抜くとすぐ真っ黒になっちまうんだよなあ」
 なるほど、四苦八苦したんですね、北斗さん。それでもまあ、炭火で焼いているだけあって旨い。
「しかし、これだけ作ってもやっぱりまだ残るのか……」
 残ったさんまの山を見て思案する啓斗。やはりこれだけの人数では限界がある。これはもうどうしようもない。
 結局――持って帰る箱の数が皆、倍になったのであった。
 最後に、今回とばっちりを受けた者を紹介して終わることにしよう。
「……どうしろと……?」
 麗香は、押し付けられた2箱のさんまを前にして途方に暮れるのであった……。

【秋の日はさんま三昧 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 6814 / ミリーシャ・ゾルレグスキー(みりーしゃ・ぞるれぐすきー)
               / 女 / 17 / サーカスの団員 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全3場面で構成されています。今回は参加者全員同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに秋の味覚を持て余す様子をお届けいたします。
・結果から言うと……かろうじて目的達成? もうちょっと参加者が居たらまた違っていたとは思うのですけれど、この人数なら上出来でしょう。よく食べる方が2人も居られましたし。
・さんまはほんと色々な方法で食べて美味しいですよね。さんまのフライなんかも高原は好きです。
・ちなみに高原ですが、今シーズンはまださんまを食べていなかったり。売ってるのは何度も見かけてるんですけどねえ……さすがに大量には買えず。
・シュライン・エマさん、132度目のご参加ありがとうございます。草間興信所も当分はさんま三昧になりそうな気が……。まあ草間辺りは、干物を酒片手に食べそうですけれども。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。