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<東京怪談・PCゲームノベル>


喫茶「エピオテレス」〜業を背負った悲しき者〜

 空にはきらきらとお星様が輝いている。
 月は静かに夜闇を照らし。
 嗚呼いい夜だ。なんともいい夜だ。
「――んなわけないっつの!」
 宵守桜華は地面に転がっていた空き缶を蹴っ飛ばした。がらんがらん、と派手な音を立てて空き缶が転がっていく。
「どこがいい夜だ、嗚呼もう、畜生」
 桜華は嘆いていた。
 ずぼんのポケットに両手をつっこみ、ぶらぶらと歩く街道――

「ボケナス退魔師め。害意が在るか無いか位分かれ、其れでなくても人の話を聞け。何が『貴様からは腐った匂いがする、退魔されろ』だ!! 誤解を解こうにも問答無用で襲い掛かかってきやがって……」
 ポケットから手を出し、わらわらとうごめかす。
 怒りで顔が真っ赤だった。
「こっちにも身に覚えが無いわけじゃ無しに下手に怪我させてもアレだしな、掠り傷程度に加減して説き伏せるのに一日潰れたよ」
 ぶつくさ、ぶつくさ。
 今度は足元に小石。思いっきり蹴飛ばしてやろうとして――すかっとはずした。
 バランスを崩して倒れそうになった桜華は慌てて体勢を立て直し、がくっと肩を落とした。
「嗚呼なんやかんやで朝から動きっぱなしだ……」
 疲れた、嗚呼疲れた。
 そんな彼の目に飛び込んできた唐突なオレンジ色の灯り。
「……ん?」
 桜華は立ち止まる。
 こんな郊外に楚々としてある店。
 看板を見れば、喫茶「エピオテレス」。
「妙な場所に茶店発見……一息いれるかな」
 疲れた顔を隠そうともせず、桜華は喫茶「エピオテレス」の扉を開けた。

 ちりんちりん。風流な鈴の音がする。
 中は乳白色の壁にいくつもの風景画、そして観葉植物が飾られた清潔感あふれる店だった。
「いらっしゃいませー!」
 はきはきとした女の子の声が聞こえ、そしてすぐにウエイトレスは現れた。
「お越し頂きありがとうございます、お客様1名さ……ま……」
 言いかけて、ピンク色の髪の少女は口をつぐんだ。
「ん? 店員さん可愛いねぇ……」
 桜華は元気を取り戻した。「どうよ。暇なら話相手になってくれない?」
 早速ナンパモードである。
 奥からぎゃははと若い青年の笑い声がした。
「クルール! お前もナンパなんてされんだな!」
「うっさいフェレ!」
 クルールと呼ばれたウエイトレスは、持っていた銀のトレイをブーメランのように飛ばした。
 ばかんっと向こう側でいい音がした。
「おお、よく飛ぶねえ」
 桜華は額に手を当てて、ちょっと遠い席で頭を抱えている青年がいるのを確かめた。
 クルールはそんな桜華を威嚇して、一歩下がる。
 その様子に、桜華は「えー」とぼりぼりと頭をかいた。
「もしかして店員さんも退魔関連の人? うわー、運悪ぃー」
 せっかく心の休息的な可愛い子見つけたのにっと桜華は再び自分の業を嘆いた。
 ――彼の業とは。
 彼の前世に起因する。
 彼の前世は古に魔道に堕ち、禍を撒き散らした『天喰い』の術師だった。ゆえに、その転生人である桜華には、常に邪念や狂気がにじみ出ており、存在するだけで悪霊まで呼び寄せる。
 だからしばしば退魔師に退魔されるべき存在だと思われるのだ。
 そう、ちょうど今日のように。
「………っ。この店は、全員退魔師だ!」
 クルールはウエイトレスの時とはまるで別人の声を出した。
「げっ。マジで?」
 桜華はさらに嘆く。そして両手を前に出し、
「俺、何もやってねえぜ? 退魔されるいわれはねえ。ちょっと前世があれこれで――ああ説明めんどい。とにかく俺は誰かに危害をくわえたりしねえ!」
「………」
 クルールは鋭い金の瞳で威嚇はするものの、何もしてくる様子はない。
「どうしたの?」
 と店の奥から出てきた乳白色の髪の女性も、
「あら……」
 と桜華を見て口に手を当てた。
 そして、
「兄様?」
 と客席の方を見た。
 ちょうど、雑誌と新聞類が置いてある場所の近くの席を陣取って、煙草を吸いながら新聞を広げている長身の男がいた。
 その男はちらっと青い瞳で桜華を見やり、
「……放っておけ。害意がないのは本当だ。血の匂いもしない」
「そう」
 男を兄と呼んだ女性はほっとしたように胸に手をあて、
「お客様、ごゆっくりお過ごしくださいね――この店は少々清浄なので、居づらいとは思いますが」
 確かに桜華もそれは感じていた。空気が清浄すぎて、少し息苦しい。
「追い出してもいいじゃんか」
 クルールは文句を言う。
「……敵じゃなければ純粋に客だ。喫茶店とは誰もが一休みできる場所だろう」
 青い瞳の男は言う。
「うお。ケニーが珍しく副店長っぽい台詞吐いてる」
 先ほどクルールの銀のトレイを頭にくらった青年がわざとらしく言った。
 男は反応しなかったが。
 それを聞いたクルールは、渋々と桜華に向き直った。
「……お客様、お煙草はお吸いになられますか」
「いんや?」
「それではこちらのお席へどうぞ」
 桜華は青い瞳の副店長とやらに深く感謝した。あんな、ちゃんと相手を見てくれる退魔師なんて滅多にいねえ!
 席に座った後、この店にはメニューがないことを聞かされた。
「じゃあそうだな、麦茶を――店員さんと一緒に」
「……私は食べ物ではありませんので」
「いいじゃないの。少しくらい話させてよ」
 ほとんどからみオヤジである。
 クルールはつっけんどんに、「店長、麦茶!」と乳白色の髪の女性に言った。
「はいはい。すぐに出来ますよ」
 クルールは渋々、桜華と同じテーブルに腰かける。
 何て接客がなっている店なんだろうと桜華は感動した。
「俺、宵守桜華ってんだ。えーと店員さんの名前は……クルール?」
「……そうですけど」
「ああ、いいよ堅苦しくしなくてさ。俺そーゆーのあまり得意じゃない。あー……髪綺麗だなー……」
 クルールのピンク色の髪を見てつぶやく。染めているのだろうか。それにしてはさらさらそうな、綺麗な髪だ。
「金色の瞳ってのもいいよなあ……きらきらしてて。あー、今夜の夜空の星はムカついたけど、クルールの瞳なら見てていい気分」
 やっぱり若い娘を見てると癒されるわー……と桜華はでれでれしながらクルールを見ていた。
 すっげえ口説き方、とトレイを頭にくらった青年がつぶやいているのが聞こえた。気にしない。
 やがてエピオテレスが、麦茶と軽いお菓子を持ってきて、桜華とクルールの前に置く。
 早速麦茶をごくっと飲んで、
「俺さあ……今日は朝っから退魔師と勝負してたわけさー。そいつ、俺が何もやってないって言っても聞く耳持たずでさー」
「そりゃあ……それだけ邪気こぼしていれば」
「クルールもそう言うわけ? ひどいなあ……。でも『貴様からは腐った匂いがする、退魔されろ』よりはマシか」
「……それは、行きすぎ……だとは思うけど」
「そうか? やっぱクルールいい子だな。すぐに俺を攻撃しなかっただけあるな」
「それは単にあたしの武器が手元になかったからってだけで――」
「いいや武器が手元にあってもきっと警戒から始めてくれてた。断言するっ」
 桜華は腕組みをしてうなずいた。根拠はないが、確信だった。
 問答無用で退魔師に襲われることの多い桜華からしてみれば、ちゃんと様子見から始めてくれる退魔師は非常にありがたいのだ。
「……退魔師が先手必勝を旨とするのは、基本だよ……」
 クルールは呆れたように、エピオテレスが自分用にも用意してくれた麦茶を持ちながら言った。
 桜華はクルールの金の瞳を見て、
「じゃあ、もし武器を手に持っていたら、『先手必勝』ですぐ俺を攻撃してたか?」
 クルールは麦茶を一口飲んでから、
「……いいや。あんたは異様すぎる。すぐに攻撃するような愚は犯さない」
「異様すぎる、か」
 桜華はがりがりと頭をかいた。少しだけ胸に刺さった。今の彼は、人間として生きようとしているだけに。
 クルールはぽつりと言った。
「……それだけ人間の気配が濃いのに、邪気をこぼしてる。おかしいと、すぐに思う」
「―――」
 桜華は目を見張った。テーブルから身を乗り出して、
「ほ、本当か? 俺の気配、ちゃんと人間の気配しているか?」
 クルールは身を引いて、嫌そうな顔で返答した。
「もし根っから邪気しかもらしてない客だったら、店に入ってきた時点で気づくよ。接客に入ろうなんてハナから考えない」
「物憑きの常連さんもいらっしゃるんですよ」
 店長と呼ばれた乳白色の髪の女性が、カウンターから楽しそうに言ってきた。「気になさらないでくださいね」
「……そーか、そういう退魔師もいるんだな」
 桜華は目を細めて笑った。「希望の星だ」
「……あんたはさ」
 珍しく、クルールの方から話しかけてきた。
「怪魔が憎いとか、思わないわけ」
 む? と桜華は麦茶を飲もうとしていた動きを止めた。
「あんたみたいな立場だとどう思うのか聞いてみたかっただけだ」
 クルールはフンと鼻を鳴らし、自分も麦茶を飲んだ。
「怪魔……怪魔ねえ」
 桜華は首をかしげた。「……どーなんだろな?」
 クルールの鋭い視線が飛ぶ。慌てて片手で制しながら、
「いやだって、考えもしなかったし。というか考える必要もなかったし。別にやつらがいなければ俺も狙われなかったのに――ってわけでもねえじゃん?」
「……そうだろうね」
 クルールは麦茶を空にして、ことんとコップをテーブルに置き、ふうと吐息をついた。
 その様がどことなく色っぽくて、桜華は見とれた。
「……あー、やっぱ若い可愛い子と話してると癒されるわー……」
 クルールの外見だけではない。彼女が話す内容も。
 肩の荷を降ろしてくれた。
「それ以上言ったらセクハラで訴える」
「なんで!?」
 褒め言葉じゃん褒め言葉じゃん、と桜華は必死に訴える。
 女の子女の子言うのはセクハラだ! とクルールは拳を固める。
「え、女の子って言われるの嫌なのか?」
「そうじゃない! あんたの言い方がやらしいんだ!」
「えー!?」

 一通りクルールと言い合った後、やけに清々しい顔をして桜華はお金を払い、店を出て行った。
 見送りに出たクルールがため息をつく。
 その彼女の後ろに、エピオテレスが、ケニーが、フェレが。
 エピオテレスが唇に手を当てた。
「……ううん、怪魔関係の人が来た時のマニュアル作らなきゃね」
「あれは怪魔じゃない」
 ケニーが煙草の煙を吐きながら言った。
「……業を背負った気の毒なやつだ」
 そろそろ店を閉めるぞ、と彼は言った。
「っていうかさ、ケニー」
 クルールが眉をひそめた。「うちの閉店時間はとっくに過ぎてたじゃないか。何で今日に限って延長してたのさ?」
「さあな」
 エピオテレスはかけ看板をひっくり返した。closed――

 星がきらきら光っている。
「嗚呼、いい星だな」
 桜華は夜空を見上げて目を細めた。
「嗚呼、いい月だな」
 声をかけても返事のない月に声をかける。“なあ”――
「お前さんたちは、俺のこと人間に思ってるんかね、それとも妖か?」
 ――人間の気配が濃いのに
「嗚呼、すっきりした」
 うん、と伸びをして。
 桜華は歩き出した。ぶらぶらと、行くあてもなく――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4663/宵守・桜華/男/25歳/フリーター/蝕師】

【NPC/クルール/女/17歳/天使】

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■         ライター通信          ■
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宵守桜華様
初めまして、笠城夢斗と申します。
今回は個別ゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました。
お相手はクルールということで……素っ気ない子ですが、しゃべらない子ではないので、会話は成り立ったかと思います;いかがでしたでしょうか。
桜華さんのような立場の方を書くのは初めてだったので、考えながら書かせて頂きました。勉強になりました。
よろしければまた喫茶「エピオテレス」にご来店くださいね。お待ちしております。