コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>



   『 カプチーノドリーム 』



●オータムメニュー

 街路樹が色づき始め、風は少しずつ哀愁を帯びてくる。
 気付けば、涼しかった風はいつの間にか肌寒いものへと変わっていて、外を歩けば一枚羽織るものが欲しくなっている。昼は僅かに夏の残り香を、夜は冬の予感を漂わせて、秋は移ろいながら横たわる。一つの季節に様々な色を内包する秋は、だからだろうか、無性に淋しい季節だ。
 一層、冷たい風が頬を撫でる。藤凪高遠は風を追って真っ青な空を振り仰ぐと、それから、ゆっくりと喫茶店のドアを押し開けた。
「こんにちは」
 柔らかいテノールの声が告げる。ドアベルの音と重なった挨拶に、カウンターの中で作業に勤しんでいたマスターは顔を上げて優しく、いらっしゃいませ、と迎えた。それから、
「まだ準備中ですよ」
 と、苦笑を零して言う。そんなマスターに藤凪も悪戯に笑んで言い返す。
「知ってます」
 答えて、カウンターに歩み寄ると、並べられた数冊のメニューを手に取った。布製の表紙には手書きで蒼い星とBlueStarの文字が綴られ、中を開けば、アルバムのような写真を挟む形式のページが連なり、そこにはメニューと写真が綺麗に飾られていた。お手製感たっぷりの喫茶メニュー表は7色で7冊ある。
「秋仕様に変えたんですか?」
 じっくりと眺めながらページを繰る藤凪の問いに、マスターは丁寧に頷く。
「ええ。ホットメニューをいくつか。それから、パニーニも始めました」
 是非、試してみて下さいね。と付け加えられた一言に、藤凪ももちろんですと答えて、少しの間をおいて訊ねる。
「パスタはないんですか?」
 その言葉に、マスターは一瞬困ったように首を傾げて、
「すみません。まだ練習中なんです。でも、パンプキンスープとコーンスープは何とか」
「へぇ、いいですね」
 ありがとう。と、マスターは微笑んで礼を言うと、藤凪から視線を外してアンティークな壁時計を見やり、時刻を確認する。藤凪もそれに気付き、
「俺はいつもの席に座らせてもらいます」
 言って、一番奥のボックス席へと移動する。席に着くと、スーツケースからノートパソコンを取り出して開き、慣れた手つきで自分の空間を作り上げていく。
 マスターはその様子を横目で捉えながらドアの前まで歩むと、深く深呼吸をして、大きくも小さくもない、けれどはっきりとした声で呟いた。
「喫茶『蒼星』、開店です」
 そして、ドアにかけた札を営業中へと変えるべく、手を伸ばした。



●枯れ葉遊ぶ午後

 黒い髪が寒風になびく。
 ドアベルを静かに鳴らして来店した藤田あやこ(ふじた・あやこ)は、昼時を終えた店内に誰もいないのを認めると、するりとドアを抜け、狭い店内で軽くステップを踏んだ。飴色の温かな床を黒いブーツが弾いて移動し、近くのソファテーブル席へと着席した。
 すると、そこへタイミングを見計らったかのようにマスターが現れ、穏やかな声でいらっしゃいませ、と告げる。それから、枯れ葉色のメニューをあやこに届けて、注文を聞いた。
 あやこは一通りメニューに目を通すと、ハニートーストとカプチーノを注文。カウンターの中へと戻るマスターを見送ってから、ぽそりと呟きを落とす。
「これから歳末商戦だからね〜羽根を伸ばせなくなるな〜」
 午後の温かな陽気に欠伸を零し、ソファへと深く沈み込む。羽根を伸ばした様子でくつろいで、窓ガラスから覗く秋の駅前通りを眺める。人通りはさほど多くはなく、行きかう人々はどこかゆっくりしていて、冬のように早足に進む人はまだ見受けられなかった。
 あやこはそんな日常の光景を見るともなく眺めて一息吐くと、鞄の中からスケッチを取り出した。そして、真っ白のページを開き、迷いなくさらさらと鉛筆を走らせた。描くのは水着のデザイン。
「(ファッション界はもう次の夏が始まっているのだ〜)」
 胸中でのみ呟いて少しばかりテンションを上げると、来年に向けた夏物の新作水着をいくつも描いていった。デザイン案はいくつあってもあり過ぎることはない。商品化されるのはこのスケッチブック一杯にあるうちのほんの数個だ。それくらい洗練されたものでないと人の目には留まらない。
 けれど、あやこにそういった気負いはないようで、彼女が頼んだ料理が届くまで、鉛筆がさらさらと紙の上を流れる音が止むことはなかった。



●秋色カンタータ

 夕方には少し早い時間だろうか、その頃に、ドアベルが再び鳴る。
 開けられたドアからの僅かな冷風に、ソファで黙々とデザイン案を描いていたあやこがふと顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「おかーさんっ!」
 ランニングウェアを纏った三島玲奈(みしま・れいな)は、嬉々としてあやこをそう呼ぶと、彼女の向かい側の席に腰を下ろした。どうしたのかと訊ねれば、陸上部のランンニング中にあやこを見つけたのだと言う。僅かに上気した頬が、先刻まで彼女が駆けていた証拠だろう。
 玲奈はメニューを持ってきたマスターにパニーニとスープを頼むと、突如、養母であるあやこを真っ直ぐに見つめて、
「文化祭の寸劇の演出家に抜擢されちゃった! おかーさん脚本書いて〜」
 両手を顔の前で合わせて懇願した。眉を八の字にして困った表情を浮かべている玲奈へ、あやこはぴしゃりと厳しい一言。
「いけません!」
 そんな、と泣き出しそうな顔をして玲奈があやこを見つめて、
「脚本〜〜!」
 と、承諾しない限り延々と駄々をこねかねない声で哀願する。そうすれば、やはり、先に折れたのはあやこの方だった。軽いため息を零す。
「しょうがないわねぇ、最後の一葉ならぬ入歯つーのはどう?」
 スケッチの新しいページを開いて提案すると、玲奈はぶんぶんと首を振る。
「だめだめ却下〜。部活に関係ある奴〜」
 えぇ? 部活? と娘の言葉に困惑して、あやこは髪を掻き毟りしばし逡巡。眉間に皺が刻まれたかと思うと、次の瞬間にはポンと手を打ち、スケッチに文字や絵を描きながら言う。
「舞台は冷戦下のドイツ、満月の夜毎に吼える狼男の美声に恋したロシア娘がハロウィンの晩、魔女に貰った菓子で国境警備兵を南瓜に変えばったばったと叩き割り、棒高跳びでベルリンの壁を越えるっていう筋書きはどう? 題は『狼少女ロシアン』」
 さらさらと絵コンテを描くあやこに、玲奈は感嘆の声を上げると、席を移動して彼女の隣に座った。白い紙があっという間に埋められていくのを見つめ、それから、玲奈は静かに、けれど、はっきりとあやこに言った。
「男役はあの人がいい」
 言うが早いか、玲奈はあやこの鉛筆を奪うと絵コンテにある男役の顔を勝手に書き換え始めた。楽しげな様子の娘に、あやこは玲奈の言うあの人へと視線を向ける。一番奥のボックス席でノートパソコンを触る青年、藤凪高遠(ふじなぎ・たかとお)は確かに、若い女の子に受けそうな顔立ちをしていた。
 視線に気付いたのか、高遠はパソコンに向けていた視線を上げると、まっすぐに突き刺さるあやこの視線に首を傾げた。彼女はそんな彼の様子に構うことなく、丁度、玲奈の頼んだパニーニとスープを運んできたマスターから銀色の丸い盆を半ば強引に借りると、その銀円を彼に向けて娘に言い返した。
「彼変身しないから駄目だよ」
 至極当然なことを言えば、玲奈は懲りた様子もなく、
「劇やめてアニメにするからいいの〜」
 絵コンテいじりをやめることなく楽しげに反論して、何の話題か、反応に困っているマスターと高遠へにっこりと微笑んだ。
 これ以上何を言っても仕方ないかと、あやこは半ば呆れ、半ば感嘆して、玲奈を見つめる。
 あやこのスケッチブックは見る間に玲奈の手によって高遠の百面相で埋め尽くされ、さらに、彼女は彼にスーツを着せたり、その絵の脇に台詞や歌まで走り書きしている。
 陸上部のはずの玲奈がよくもまぁこんなに描けるものなのかと、血は繋がってないとはいえ、親子の間にあるなにかを垣間見た気がして、あやこは目を細め、穏やかに微笑んだ。
 それから、場の空気を一転させる一言を放つ。
「マスター、ラーメン一丁頼んだよ」
「え、ラ、ラーメンはちょっと…。作ろうにも材料が…」
 そして、目をぱちくりと瞬いて困った笑みを浮かべるマスターに、高遠があやこの言を押すような一言を送り出す。
「あ、俺乾麺なら持ってますよ?」
 今日の夕食。言って取り出した安物の乾麺を見て、三人は思わず笑った。



●黄昏色の檻

 陸上部のランニングに戻った玲奈を見送り、あやこは再びデザインの作業に戻っていた。今度は水着ではなく、蛾の模様が入った独特の春コートをいくつかさらりと描くとスケッチブックと鉛筆を机に置いて、腕を上に伸ばし、大きく伸びをする。
 迫る夕闇が喫茶の窓ガラスから夕陽を届け、その橙色の光があやこの目の前、机の腕一条の道を作っていた。ビルとビルの間から零れる太陽の最後の光。そっと指を這わせる。
「待ち人来らずつーか私の体は他人の名義だから恋なんて縁遠いな〜」
 小さな、小さな声で囁いて、あやこは哀愁を帯びた笑みを浮かべると、冷めたカプチーノに口付けた。ミルクの甘みとコーヒーの苦味がじわりと口内に広がる。飲み干し、ゆっくりと息を零した。
 それから、ハニートーストの消えた蒼い星が浮かぶ白い皿を見、カウンター内の流しを見、あやこは先ほどの物憂げな表情をうずうずとした落ち着かないものへと変える。
「(あー片付けたい病が疼く〜って客だろしっかりしろ私)」
 脳内で一人ボケと突っ込みをして、彼女は今度は店内に流れる心地よいカフェミュージックに耳を傾けた。目を閉じて指でリズムを刻み、鼻歌で曲を紡ぐ。それは既存のものから徐々に変化し、やがて、彼女オリジナルのものになる。
 右手は再び鉛筆を握り、五線譜の上に音符を置いていく。温かな静謐を思わせるジャズが紙の上で踊り、もう二度とないこの時を閉じ込めた。












   fin.



□■■■■【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト】
【7134 / 三島・玲奈 (みしま・れいな) / 女性 / 16歳 / メイドサーバント】


□■■■■【ライター通信】■■■■□

この度はご参加、誠にありがとうございました。
お二人親子の関係がちゃんと綺麗に描けているか心配ではありますが、
喫茶で過ごした時間が少しでも楽しいものであれば幸いです。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。

2007.11.01 蒼鳩 誠