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退魔のアルバイトさせてください
喫茶「エピオテレス」の店長、エピオテレスは悩んでいた。
「どうしようかしら、この先……」
自分らの店は特殊な注文の取り方をしており、また値段設定も特殊だ。はっきり言って安くはない金額を手に入れてはいるが、そもそも客が少ない。
自分と兄の生活費はともかく。
居候している2人の生活費をどうしようかと悩んでいた。
そしてふと見たのが――パソコン。
ぽんと手を打ち、
「わたくしたちは退魔師……そういう仕事を募集してみようかしら」
早速ゴーストネットOFFに書き込んだ。
投稿者名:喫茶「エピオテレス」店長
内容:当方、退魔の仕事を請け負っております。ぜひ退魔のお仕事の手伝いをさせてください。
以下の4人がおりますので、お好きな退魔師をお選び下さい。
1人目:2刀流剣士・魔物の浄化等が可能
2人目:符術による式神使い
3人目:四元素魔術師
4人目:退魔的能力はないが、銃の腕前や特殊弾丸で怪魔をも滅すること可能。
ご希望の方はメールでお知らせください。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ゴーストネットOFFを見ていた宵守桜華は、その書き込みを見てふーんとつぶやいた。
彼は今仕事を抱えていた。
「某村落での連続失踪事件……在り来たりな御題目過ぎて、如何にもな」
ぽりぽりと首の後ろをかきながら、「依頼人も1、2人は此方で都合しても良いと言ってた事だし」
喫茶「エピオテレス」のことなら知っている。名前を伏せて4人の退魔師を載せているが、大体誰のことを指しているのかも想像がついた。
桜華は早速メールを出した。
**
「依頼が来たわよー」
エピオテレスはメール文章をプリントアウトして自室から店内へ持ってきた。
「ええと……『喫茶「エピオテレス」の店長へ。ゴーストネットOFFの書き込み見た。ちょっと俺が抱えてる仕事手伝ってくんねえかな。あ、俺は宵守桜華。ちゃんと覚えてくれてるよな? んで仕事ってのは村落の連続失踪事件っつー単純明快なモンなんだけど……二刀流剣士と符術師と魔術師の3人頼むわ。待ち合わせは○日の○時に忠犬ハチ公の前。よろしく!」
「俺以外全員動員だな」
エピオテレスの兄ケニーが、煙草をくわえ、新聞を読みながらつぶやいた。
「むー。ケニーも働けよー」
ピンクの髪に金の瞳が美しいウエイトレス、クルールがケニーの背後から両肩に肘を乗せて揺らす。
「あっちの指名だろう。……心配するな。店番ならやってやる」
「兄様。店を開けるつもりなら、煙草は一切禁止です」
エピオテレスはにっこりと言った。ぐ、とつまったケニーに、ぎゃははと褐色の肌のフェレが笑った。
「あら、追伸があったわ」
エピオテレスはメール文章をよく見て、下を読み飛ばしていたことに気づいた。
「追伸:クルールは最優先してっ!」
「………」
クルールはぐぐぐと拳を握って顔を真っ赤にした。
「桜華……なんて恥ずかしいやつなんだよっ!」
「まあまあ。業を背負ったやつと天使の結婚なんて美しい。このままくっつけば?」
からかったフェレの元に、ケニーが使っていた灰皿が華麗に弧を描いてぶっ飛んだ。
ずがん、ととても美しくない音がした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「よっ。元気かークルール!」
冬支度の厚いジャケットを着た桜華が、軽く手をあげてくる。
セーターを着たクルールはぷいっとそっぽを向いた。
「ごきげんよう、桜華さん」
ショールを肩にかけたエピオテレスがにこっと微笑む。
「よう店長さん。……うーん、クルール普段着もかわいいねえ」
「………」
1人、いつものようにTシャツの上にマントという妙な服装をしているフェレは、
「……クルール1人しかいらねえんじゃねえの? そんなら俺帰るわ」
「なにをすねているの」
エピオテレスがくすくすとフェレの腕を取った。
「すねてるわけじゃねえ! 呆れてんだ!」
フェレはエピオテレスの手を振り払った。
桜華はのほほんとフェレを見て、
「いやあ今回の仕事、ちょっと俺の勘では少しヤバ目かなーとか思ってたりするわけだ。失踪事件なんてありがちだが……」
「魔物に……捕まってしまっていると?」
エピオテレスが悲しげな顔で桜華を見る。
「まあな。――そう悲しそうな顔しなさんな」
「ごめんなさい」
エピオテレスはきゅっと表情を引き締めた。
それを見て、渋面だったクルールも――ようやく気を引き締めた。
問題の村落まで、バスを乗り継いで2時間。
「あ、バス代は経費で落ちるからだいじょーぶ」
桜華は家計簿担当のエピオテレスにブイサインを見せた。
やがてバスも通らないような、山ろくまで歩きになった。
「……こんな山近くの村落に、経費で落とせるような金があるのかよ……」
フェレが額に青筋を立てながら、足場の悪い荒原を歩く。
「ああっと……な、目的の村は山を隔てた向こう側の漁村と仲がよくてな。いつも交換してるらしい、こっちで採れる山菜とあっちで採れる魚介類と」
「……金は?」
「ここいらにある村たちがその魚介類を欲しがって集まってくる。その村の中には、町への行商を仕事にしてるやつもいる」
山菜も、魚貝もなーと桜華は気楽そうにそう言った。
「ふうん……」
クルールが唇に指先を当てて興味深そうな声をこぼす。
「お。クルール、こういうのに興味あり?」
桜華が振り向いた。クルールは一歩退き、
「ち、近づくなっ。お前の傍にはいたくないっ」
「ううう……お兄さん悲しい……」
桜華はるーと涙を流した。
桜華の背負った業……かつて禍いを撒き散らした者の転生者。ゆえに、常にその身に邪気をまとっている。
フェレ辺りは平気なのだが、その身に精霊を宿すエピオテレス、何と言っても天使であるクルールには傍にいるのはしんどいことこの上ない。
「クルール……ダメよ、そんなひどいこと言っちゃ……」
エピオテレスがやんわりとした声で、
「ごめんなさいね、桜華さん」
と謝った。
「こーれーも、修行ー」
フェレが冷めた声で言いながら、足を止めたクルールを見る。
「う……うう……」
クルールはぐっと下唇を噛みながら、もう一度歩き出す。
「……悪ぃな、クルール」
桜華は小さくつぶやいた。
クルールは返事をしなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
問題の村に着くと、すぐに村長に話が渡って彼らは大歓迎……されるはずが微妙に引かれた。桜華の気配のせいである。
「はいはい」
桜華はエピオテレスを前に押し出し、後ろに引っ込んだ。
エピオテレスは心配そうに後ろを見て、怯えた目で桜華を見る人間たちを、
「皆さん。彼は普通の人間――いえ、わたくしたちと同じ退魔師です。ですからそんな目で見たりしないであげてください……」
「ちなみにお前さんらが村落の失踪者事件を依頼したのはこの宵守桜華にだろ」
フェレがつけたす。
「そ、そうでしたか」
村長が髪の毛の少ない頭を下げた。「も、申し訳ない。この頃、ぴりぴりしておるもんでして……」
「そうでしょうね。仕方がないですわ」
それで――とエピオテレスは桜華の代わりを務めて話を続けた。
「お話をもう一度1から聞かせて下さいますか?」
「は、はい。ええ―……この村は、この近くの山あいにできた道を通って向こう側にある漁村と季節ごとに行き来する交換業をしておりまして」
「ええ、山菜とお魚でしたかしら?」
「他にも色々……このあたりの村から集まってくるものやら、町に行商に行くものが持ってきたものやらを」
ところが、と村長は頭を手ぬぐいで拭き拭き言った。
「その山あいの道を行った者がことごとく行方不明で……帰ってこんのです」
「道に迷うようなことはないのですね?」
「一本道です。迷いようがありません。行く役の者にはしっかりと星も読めるように教えてから行かせます」
「向こうの村に拉致されてるってのはどうだ」
フェレが口を出す。いやそれは……と村長が詰まった。
「どちらにしろさ」
黙っていたクルールが肩をすくめた。
「その道、通ってみるしかないんじゃないの?」
その後少しだけ相談、結局クルールの言う通り通ってみるしかないということになり、4人はそうすることに決めた。
さて、そうと決まったら早速行動へ。
「道の入り口ぐらいまでは案内しろよ」
フェレがそこら辺の男の首ねっこをつかまえた。ひいっと男が身を縮める。
「ご勘弁を〜」
「……入り口に行くのも怖いのかよ……」
「まあお前さんもよ、とりあえず遠目から指差すとかよ、ほら」
桜華がフェレに捕まっている男の肩をぽんぽんと叩く。
びくっと男が震えた。
「………」
桜華は横髪をかきあげて嘆息した。
「なっさけないんだよ!」
両手を腰に当てて、クルールが一喝した。
「自分の村の仲間の消息知りたくないのか!? そんな及び腰であたしたちを呼んだのか!?」
「―――」
村の男が、不思議な金の瞳の少女に見すくめられて表情を固める。慌てて長老が仲に入った。
「どうぞお客様、私たちの恐怖も分かって頂ければと――」
「い、い、行きます!」
フェレに首根っこをつかまれた男が、急に声を上げた。
ぱっとフェレが手を放すと、背筋をぴんと伸ばして、
「と――遠くと言わずとも、ぎりぎりまで近づきます! 皆さんが間違えないように……!」
「間違えるって……間違えるほど他に道があるのか?」
鼻にかけている小さな丸眼鏡を押し上げながら、桜華が首をかしげる。
「いや、実は……山菜取りのために作ってある道もあるものですから」
村長は恐縮そうにそう言った。
なるほど、とうなずいた桜華は、
「よーし、いい心意気だっ」
男の肩をがっしりつかみ、「任せろよ、俺の気配って怖いだろ?」
「―――」
「それだけ強いってことさ、万が一のことがあってもあんたのこともきっちり護ってやる!」
男が初めて――桜華をまともに見た。
にいっと人懐っこい笑顔を浮かべる男がそこにいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
村からさらに山に近づくと、確かに山道はいくつかあった。
「こ――この道、です」
村民の男は震えながらその中から1本の、他の道とも大して差がない道を指差した。
「これじゃあ案内されなかったら分からなかったなあ」
桜華がその道の土をしげしげと見ながらつぶやく。
「ありがとうございます」
エピオテレスが丁寧に礼をした。
――幸いなことに、入り口には怪魔の類はいなさそうだ。
「よし兄さん、こっから走って村に帰れ。村に着くまで見送ってやるからよ」
桜華は男にそう言った。
「み、皆のこと――よ、よろしくお願いします!」
男は深く頭を下げ、村に向かって身を翻した。
その背中が村に吸い込まれるように消えた頃。
「最近の足跡がねえな」
フェレがつぶやいていた。「ついでに怪魔の跡もねえな」
「最近は人を出さなかったのじゃないかしら? 怖かったのでしょう」
「まあそりゃそうだろうけどよ。怪魔はどうして出てこねーんだかな」
フェレは懐の12枚の符を確かめながら、
「とにかく行くか」
と先頭を歩き出した。
道を30分ほど歩いた頃だろうか。
「ん……?」
先頭のフェレが、足元に何かを見つけてかがんだ。
「あー……血痕だな、何かの」
エピオテレスがさっと青ざめ、クルールがため息をついた。
「人間のとは限らねえけどな」
「そろそろ出てくるころかねえ、怪魔殿」
桜華は空を仰いだ。瞬間――
上空が影に覆われ、
「うおっ!」
フェレがさっと飛びのいた。
飛び降りてきたのは、身長2mも超す、眼もない両腕もない、そして全身に触手を生やしている異様な人型の――怪魔。
「おいでなすった!」
フェレが懐を探る。
「フェレ、待ちなさい。この山を傷つけるような攻撃はダメよ!」
「そんな無茶な!」
「ここからだって大切な山菜が採れるのよ、ダメよ――」
と口論になっている間に怪魔は攻撃してきた。
びしゅん!
「テレス!」
クルールが素早すぎるその触手をエピオテレスの手前で切り払う。
そしてクルールは目を見張った。
いつの間にか、周囲を囲まれている。20人――20体ほどだろうか。やはり眼がない。それ以外は妙に青白いが、至って普通の人間――
「匂いからすると」
桜華はじわりと額に汗をにじませながら、にっと笑った。「……こいつの眷属だな。喰われた連中だ……」
「―――っ!」
エピオテレスがさっと表情を切り替えた。
敵を前にすれば、美しく大人しい女性もその姿を変える。
びしゅんびしゅんびしゅん!
触手が大量に4人を襲う。
フェレはその目で見た。――触手の先端に口がある。
「こいつ――触手で人間喰うのかよ!」
符を1枚抜き出す。
「オン ウカヤボダヤダルマシキビヤク ソワカ――」
式神を呼び出すための真言を唱え、そして符を掲げる。
「十二天将之五 ― 勾陣!」
一瞬にして空が暗くなった。雲が生まれる。雷雲。そして雷がほとばしり、雷撃が怪魔の頭上に――
しかし怪魔はするっと避けた。
「なっ!」
ものすごく敏捷な怪魔だった。4人の目の前を見えたり消えたりしながら思いがけない場所からの触手攻撃を放ってくる。
その上20体ほどの眷属たちも、両腕を触手にして攻撃してきた。
エピオテレスは自分の周囲に鋭い刃にも似た風をまとわせ、触手を切り飛ばす。
クルールは2刀流――『浄』と『滅』で怪魔にも負けない素早い動きを見せ、触手を切り払った。
「……ちっ」
山を傷つけるなと言われてしまったフェレは攻撃方法が格段に限られてしまった。何とか触手をやりすごし、
「おい、眷属を先にやっちまっていいか!?」
と声を上げると――
「だめだ! 眷属はあたしの領域だ!」
クルールが触手の嵐をはね返しながら叫ぶ。
はっとフェレは思い出した。そして、
「ちっくしょ、仕方ねえ!」
彼は符を使うのをやめ、念のためいつも懐に忍ばせているナイフを取り出した。
ナイフなどでは素早い触手たちの動きについていけない――と思いきや、
彼はがっと触手を素手でつかみ、その先端をナイフで思い切り切り落とした。
「危険だなあ、そのやり方……」
桜華がひょいひょい逃げながらフェレの攻撃を見ている。
「でも……切り替えが早いのはすごいことだ」
そして桜華は意識を切り替える。
自分は素手だ。しかし戦える。
――体の奥底から、眠らせていた身体能力を湧きあがらせて。
そこからの桜華は別人のようだった。他の術者3人の目にも留まらぬ速さで動き、触手を素手でぶちぶちとちぎっていく。
眷属から伸びてきた触手は、
――あたしの領域だ!
ふとクルールの叫びが蘇ってきて、跳ね返すに留まった。
「参ったわね……」
自分のまとう切り裂く風の範囲をどんどん広げていたエピオテレスが、飛び散る触手から目を離さないようにしながらうめいた。
「……ものすごい再生能力だわ」
そう。
これほどエピオテレスの風で切り裂かれても。
クルールの剣の餌食になっても。
素早く動く巨大な怪魔の全身にある触手の再生能力は恐ろしく高い。
「――ならこちらもそれ以上の速さで動くまで!」
桜華はスピードを上げた。一度に3つの触手をわしづかんでぶっちぎるほどにパワーも上がる。怪魔が移動するなら、桜華もその場所へ移動する。動体視力ももちろん格段に上がっていた。
ただ困ったことに――
「あーもう、ど畜生!」
桜華ほど素早くは動けないフェレが触手への対応に困っていた。
「……彼を連れてきたのは間違いだったかなー」
桜華が困ったように言うと、
「間違いだったとか言うなーーーー!」
プライド高き青年は怒鳴り返してくる。
「テレス! もういいじゃねえか、この辺くらい焼いたって!」
「で、でも……! 一度焼かれたら山肌が回復するのにどれだけかかるか……!」
「そんなこと知らねえよ……!」
怒り心頭で符を取り出したフェレの腕を、ふっとつかんだ存在がいた。
フェレは動きを止められた。青年の目の前にいた触手は一気に切り払われ、そして。
パンッ
「あんたってやつは……」
クルールが、殴った手を拳にしてきっとフェレをにらみあげた。
「根性なしが! あんた、あれほどその符を使うのを嫌がってるくせに、結局力技のためにその符を使うのかよ! どうせ使うなら、もっと最善を尽くせ!」
「ク、クルール……」
「ここで力技を使うようなやつなら足手まといでいられる方がマシだ。その場で斬ってやるから覚悟してろ」
そしてクルールは身を翻し、攻撃に向かう。
――桜華は呆然と、その翼の生えたような少女の姿を見つめていた。
その隙が、
一気に触手を再生させて、
桜華ははっと自分の周りに来た触手たちをわしづかんで止めた。しかし、
「ぐあっ!?」
苦しげな声があがった。
「フェレ!」
エピオテレスが声を上げた。クルールが身を翻し跳躍して一気にフェレの元まで跳ぶと、フェレが巻きつかれた触手を切り払おうとする――
しかしその触手はぐいんとフェレをつかんだまま上へ伸ばされた。それと同時に伸びる、伸びる――
――あの位置から落下したらフェレが危険だ!
「ぐぁ……ああああ!」
触手の先端――口になっている部分が、フェレの腹に食いついた。フェレが頭を抱え、のけぞり、悲鳴を上げる。
「フェレ……っ!」
助けに行こうにも、他の触手が邪魔でエピオテレスとクルールは動けない。
桜華は触手をちぎりながらフェレの様子を見ていた。
「錯覚――いや、幻? フェレは今幻に包まれて……いるのか」
彼の過去から蓄積された膨大な戦闘の記憶が、いかなる事態も看破する。
桜華は自分が作った一瞬の隙を呪った。しかし――
突然。
ふっ……と――上空の青年が、暴れるのをやめた。
一瞬肝が冷えた。死んだのかと――思って。
しかし、肌に遠く呼吸のリズムが届く。思いの外冷静な気配が……する。
「オン ウカヤボダヤダルマシキビヤク ソワカ――」
フェレの声が、した。
「十二天将之五 ― 勾陣!」
黄金の竜の影がうっすら見えた。
雷雲が立ち込め、そして雷撃が、
フェレごと、怪魔の上に直撃した。
「フェレーーーーーー!」
クルールが叫んだ。エピオテレスが思わず風の陣を解いて口に手を当てる。
巨大な怪魔がその一瞬はさすがに地面に崩れ落ちる。
フェレの苦しげな声は、さらに続けた。
「再来――雷撃!」
再びの轟音。フェレごと、怪魔を悶絶させる。
そうか、あの勾陣という式神は、と桜華は気づいた。
狙った相手だけを攻撃する式神なのか。
――自分が敵に捕まっている時に自分に狙いを定めて落雷させれば、怪魔も巻き込むことができる。
正に身を張った――しかし会心の攻撃だ。
桜華は走った。巨人怪魔の生命力が急激に低くなっている。今の内に止めを刺せば――
触手は再生を止めている。
「フェレ、フェレ」
クルールが真っ先に巨人怪魔の上に転がっているフェレの元へ跳躍する。
脇腹に食いついたままの触手を引っこ抜き、そこからあふれ出す血の量に唇を噛む。
体中に薄い火傷が出来ていた。勾陣の雷撃を2度受けてこれだけの怪我で済んだのは、おそらく彼自身に流れる陰陽師の血が、陰陽師の扱う式神の力から護ったのだろう。
「……馬鹿野郎……」
クルールはくっと剣を握る手に力をこめた。
遅れてやってきたエピオテレスは、すぐに脇腹の手当てを始めた。
背後からしつこく攻撃してくる眷族たちの触手は、適当に振り払った。
「フェレは重症――でもフェレの頑張りのおかげでこいつは止めをさせそうだなっ……!」
桜華はフェレの下から巨大怪魔を引きずり出し、拳を固めて連打の構えをした。あちこちに心臓があるようなのでそうするしかない。
「待て!」
クルールの制止の声が飛んできた。
「なに? クルール。急がないとこいつ目を覚ましちまうんだけど。目ないけど」
「そいつを殺したら眷属たちはどうなる?」
「……一緒に消えるのが普通かなあ」
「ならその前にあたしにやることがある!」
クルールはすぐに眷属たちに向き直り、
――肩を下ろし、2振りの剣を下に向けてゆっくりと深呼吸。
そこから――かっ! と金の瞳を見開いた。
「行くぞっ!」
ひらりと眷属たちの中に飛び込んだ少女は――
片方の剣で触手たちをみねうちで叩き落し、もう片方の剣で次々と眷属たちの心臓を貫いた。
――貫いている方の剣は、柄にきらりと光る金細工がされているような――
エピオテレスはずっとフェレの手当てをしている。桜華は何とか、クルールの「やること」とやらが終わるまで、巨大怪魔が目を覚まさないよう時折心臓のない場所を思い切り殴っていた。
やがて……
眷属たちが、すべて地に崩れ落ちる。
同時にクルールが、
どさっと、地面に膝をついて、両手の剣で自分を支え、ぜえ、ぜえと荒い呼吸をした。
桜華はいぶかった。たかが20体の眷属、大して苦労をして倒したようにも見えないし、あれほど疲れるとは思えないのだが――
エピオテレスが顔を上げた。
「桜華さん。――止めを、お願いします」
「お? あ、ああ」
桜華はクルールに声をかけるのを後にして、巨大怪魔の首をつかみあげ、拳を固めた。
そして――決着はほんの、1分後に着くことになる。
巨大怪魔は、桜華の渾身の連打で消滅した。
そして眷属たちは――……
「え……あれ、マジ?」
桜華は驚いて目を見張る。
眷属――つまりはあの巨大怪魔に喰われたはずの人間たちが、のそのそと起き出していた。
「あれ……どこだっけか、ここ……」
眠りから覚めたような声で言う男に桜華は近づいてみて、その頬をぴたぴたと叩く。
――感触がある。人肌もある。血色もいい。
「のおあっ!」
しばらくして目が覚めてきたのか、男は桜華から逃げるように飛びのいた。
「うわー結局そういう反応……?」
この村の者たちはやたら邪気を察しやすい体質らしい。桜華はるーと涙を流す。
エピオテレスがそっと近づいてきた。
「桜華さん……一度村まで戻りましょう」
「ん? ああ、そのつもりだったけど」
「フェレを、村までお願いできますか」
エピオテレスはしっかり包帯を持ってきていたらしい。腹に包帯をぐるぐる巻かれたフェレはいまだ意識不明だ。
「おう、背負えるのは俺ぐらいしかいねえしな」
でもよ、と桜華は少し声をひそめて、
「――クルールは?」
「クルールは大丈夫です。あの技を使った後は……意地でも自分で歩きます」
「あの技って何か……訊いてもいいか?」
「あの子の使っている剣の片方、『浄』の能力です」
エピオテレスはまだ足をあげられないクルールを一瞥してから、
「……あの剣は、吸血鬼など眷属化されていた人間を救います。元の人間に戻せるのです」
「うお! それって奇跡の剣じゃねえか!」
「……そのような剣に、リスクがないとお思いですか?」
エピオテレスの瞳に、悲しい光が宿る。「あの剣の『浄』の力は、使っただけで消耗が激しい……その上」
桜華はごくっとのどを鳴らす。
「その上……安易に『振るった』だけでは……眷属化を解いても、『記憶』は残るのです」
「記憶――」
「眷属化していた間の記憶……です」
桜華は硬直した。
それでは……それでは苦痛なだけではないか。
眷属化していた間。おそらく主人とともに他の人間を襲っていた記憶があるはず。それが残ってしまっているなら、眷属化が解けたらなおさら――
「ですが、そうならないようにする方法もあるのです」
エピオテレスは目を伏せる。
「思い切り、クルールの『気』を打ち込むこと。それで、記憶ごと飛ばすことができます。……でも、その消耗はいかばかりか推して知るべし……だと思いませんか?」
「………」
桜華は背後で感じる。クルールの未だ整わない呼吸を。
「クルールはそれを未だにリスクなしで行えないのは自分が未熟なせいだと言って、あの技を使った後は必ず自分の足で歩いて帰ります。……立派な天使なら、本当にリスクなしで浄化が行えるそうですので……」
「天使ってのはそんなに至上の存在なのか?」
桜華は思わず口に出していた。
背後の、クルールのぴくりとした反応を感じる。
「死んじまった人間を簡単に生き返らせられるとか……そんなんカミサマじゃねえんだから。リスクあって必死にやってくれて、それこそ奇跡のように蘇る方が俺はいいね」
「………」
エピオテレスは微笑む。桜華はぱんと膝を叩き、
「さあて、眠りの王子様をかつぎに行くかね」
とフェレの方へとのんびり歩き出した。
眷属化していた人々は徐々に記憶を取り戻し、そしてエピオテレスの説明であの巨大怪魔が倒されたことを知って彼女たちを大歓迎した。どうやら山ろくの村民だけでなく、漁村の方の村民も犠牲者に含まれているようだ。
「うむ。俺が話しても通じんと思って美人を連れてきておいてよかった」
桜華はフェレを背負ったまま、うんうんとうなずく。
「……テレスをそのためだけに連れてきたのか……?」
声がして、見ればクルールがようやく立ち上がっていた。ふらふらと、しかし剣で支えずしっかり2本の足で。
「いや、ちゃんと術者としての力も見込んで――それにしてもクルール、あんたはやっぱ、いいな」
「……どういう意味だ」
「いや、なんかさ。将来いい女になるよ。俺が保証する」
「あんたみたいな自堕落な男に保証されても嬉しくないさ」
クルールは顔をしかめる。桜華は影を背負った。
「2人とも、もう大丈夫……? 村に帰るけれど……!」
エピオテレスの呼ぶ声がする。
うーい、と返事をして、桜華は歩き出した。
まだふらついているクルールを最後尾に、しかし彼女との距離を決して離しすぎないようにしながら。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
フェレの傷が治るまで、フェレは村に滞在することになった。
「兄様が気になるのよね……」
エピオテレスは村民の羨望の目に気づくことのないまま、先に家に帰ってしまった。
クルールがフェレの傍に残るというので、
「じゃ、帰り方紙にでも書いて置いてくから……」
桜華がフェレの布団の傍から立ち上がろうとしながら言うと、
「……あんた自堕落な生活だろ」
クルールはぼそっと言った。
「しどいっ!」
桜華はしなだれる。クルールは白い目で見ながら、
「……だったら、あたしらが帰れるようになるまで、一緒にいてくれてもいいだろ」
「………?」
「ふん! 『浄』だってあんたの傍だって、いずれ慣れていってやるさ!」
そっぽを向いた少女の横顔は、薄ピンクに染まっていた。
桜華は豪快に笑った。
「う……」
意識不明だったフェレがうめき声を上げた。
「フェレ!?」
「誰だでかい声出してんの……痛ぇよ……」
寝言のような起きているかのようなぶつぶつとした声に、桜華とクルールは目を見合わせて、噴き出した。
さらにフェレの傷を悪化させそうな笑い声が響く。
そんな笑いを許してくれる、村に平和が戻っていた。
―FIN―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4663/宵守・桜華/男性/25歳/フリーター/蝕師】
【NPC/クルール/女性/17歳/2刀流剣士】
【NPC/エピオテレス/女性/21歳/四元素魔術師】
【NPC/フェレ・アードニアス/20歳/符術師】
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■ ライター通信 ■
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宵守桜華様
こんにちは!笠城夢斗です。
このたびは依頼にご参加くださりありがとうございました!
お届けが大変遅くなり申し訳ございません。
桜華さんはとても書くのが楽しいキャラクターさんなので、また書かせていただけて嬉しかったです。まだ、しゃべり方を試行錯誤中ですが;もしご希望がありましたら何らかの形で教えていただけると嬉しいです。
今回は本当にありがとうございました! またお会いできますよう……
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