コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


傀儡の糸“side=C”―不夜城奇談―


 ■

 その日、草間興信所を訪れた依頼人は十七歳の少年だった。
「ここの探偵さんは怪奇現象に強いって聞いて…」
 暗い表情で話す少年に、入り口の張り紙が見えなかったのかと言い返してやりたい衝動に駆られつつも、正面に座る子供の思い詰めた顔を見ていると、このまま帰すのも躊躇われる。
「…で、何を依頼したいんだ?」
 嫌な予感がしながら先を促せば、少年は「自分にも良く判らない」と前置きし、自らに降り掛かった奇妙な現象を話し始めた。
 聞いてみると、それはここ最近、世間を騒がせている総合電波塔の爆発事故に関わっており、少年は爆発と同時刻に塔の真下で発見された、とある騒動で失踪したと言われていた人物だった。
「自分の部屋で寝ていたはずなのに…気付いたら真っ暗な世界にいて……、ずっと…変な声が聞こえてた」
「声?」
「俺なんか存在する価値はない、って…」
 それは、思春期の少年にとってどれほど重い言葉であり、その心を傷つけるものだったかと、草間は声の主に対して怒りを感じた。
 しかし少年は思い掛けないことを言う。
「…俺…ずっと…クラスの奴に酷いことしていて…酷いって判ってるんだけど…そいつの顔見たら、なんか、殴らずにいられないって言うか…」
「――」
「だから…存在する価値ないって言われたら、そうなのかな…って」
 草間は瞠目する。
 彼が語った内容もそうだが、それが事実だと言うなら、いま目の前に座り、自分のこれまでの行為を語っている少年と、話の中の少年は同一人物であるはずなのに違和感を禁じえない。
 その正体は何だろう。
 気付いたら闇の中にいたと言う。
 変な声が、していたとも。
「…で、何を依頼したいんだ?」
 草間は繰り返す、違和感の正体を知りたくて。
「俺…病院で目が覚めた時…自分がどうなっているのか良く判らなかった…覚えていたのは…暗闇の中で何度も同じ言葉を聞いていたことと…“十二宮”って名前だけなんだ…」
「十二宮?」
 確認するように聞き返すと、少年は頷いた。
「お願いです…十二宮って何なのか、調べてください…それが何か判らないと…、判らないと…何か、怖い事が起きそうで…」
 少年の言葉は、次第に独り言のように声量を落とし、瞳が虚ろになっていく。
 草間は息を呑んだ。
 只事ではない、――それは怪奇探偵と称される彼の直感だった。


 ***

「依頼に来た少年の名前は山本健太(やまもと・けんた)、十七歳。都内の高校に通う二年生で、あの失踪事件で行方不明になっていた被害者の一人だ」
 先刻の少年の身元を説明する草間の周囲では、事務所の一員であるシュライン・エマはもちろんのこと、彼から連絡を受けてやって来た蒼王海浬、天薙撫子、そして闇狩一族の影見河夕、緑光の五人がそれぞれの体勢で話を聞いていた。
「失踪していた間のことは、闇の中で聞いた十二宮という名前の他は何も覚えていないらしい」
 河夕が眉根を寄せたのを、その場の半数が気付いたが、あえて気付かないフリをした。
「誰がどう十二宮に関わっているのか、俺にはまだ飲み込めていないんだが」
 草間が一人一人の顔を順に見ながら説明を求める。
「何やら傍観しているわけにもいかなさそうな雰囲気だ…、差し支えない範囲で事情を話してもらえると、俺にも動きようがある」
 その言葉に、自然と一同の視線は河夕に向かった。
 彼は息を吐く。
 それは迷うようでもあり、諦めているようでもあり。
「……正直、俺達にも分からない事が多すぎる。この間の飛び降りようとした女の一件以来、一族でも失踪者の追跡調査を始めはしたが、全員が精神的な汚染を自覚しているわけじゃないし、全てを知っていそうな奴はすぐ傍にいるが核心に迫ろうとすれば適当な理由をつけてはぐらかす…」
「それって水主のことかしら?」
 シュラインが問うと、彼は頷く。
 同時に、撫子や海浬の脳裏にも同じ人物の顔が思い浮かんだ。
 闇狩一族の始祖と呼ばれている里界神、そのうちの水を司る彼は、一般に水主と呼ばれており、彼ならば、十二宮の何たるかを確実に知っているだろう。
 同時に、それをはぐらかすという水主の態度も、彼と一度ならず接している面々は容易に想像がついた。
「確かな情報といえば、十二宮が過去にも存在していて、それを始祖が壊滅させたという歴史があることと、この時代の十二宮が俺達の敵、闇の魔物を制御し、攫った人間の感情に植えつけていること…」
「十二宮は、水主が治められる世界の、地球に転生された民が結成されたもの、ということも判っておりますわ」
「里族(りぞく)と言ったか」
 撫子、海浬の補足に光が続く。
「失踪者の心に魔物を巣食わせて何かを企んでいること。あとは…、まぁ、彼らの目的が人類の滅亡だと言うなら、あるいは精神操作で先日と同じ集団投身を目論んでいる…とも考えられますね」
「人類滅亡?」
 草間が驚いて聞き返す。
「地球を救うのだと仰ってましたわ…、このままでは人類が地球を殺すのだと」
 撫子が言うことに狩人達は頷くが、一方で海浬とシュラインは胸中に疑問を持つ。
 その違いを彼らもまた自覚した。
 この場には、たった六人。
 だが、されど六人。
 個々が持つ情報には明らかな差があった。
「…何か知っているのか」
 河夕が問えば、先に口を切ったのは以前から話すべきか迷っていたシュラインだ。
「その水主のことだけれど…、十二宮の目的について、人類の滅亡だけではない何かを知っていると思うの」
「滅亡以外…?」
「それが何かは断言出来ないけれど、少なくとも彼が重大な何かを隠していることは断言して良いと思うわ」
 彼女の言葉に、狩人は顔を歪める。
 秘密主義な始祖よりも、共に戦ったこともある彼女の言葉の方が彼らには重みがあったのだろう。
「…っ…悪いが俺は行く」
「河夕さん?」
 立ち上がった彼を、光が制した。
 だが。
「いい加減、始祖の命令だけで動くのも限界だ。今から行って口を割らせる」
「…そう簡単に話してくれる人とは思えないけれど」
「でしたら」
 懸念するシュラインに笑みを向けた光が提案した内容は、本人以外には伝わらないものだったが、少なくとも微かな突破口が開こうとしていることは理解出来た。
「あぁ…あまり気乗りはしないが、やってみる」
「お願いします」
 二人の遣り取り。
 そうして河夕が去った後で、撫子は問いかけた。
「いまのお名前…、白夜(びゃくや)様とはお二人と同じ、闇狩一族の方ですの?」
「いいえ」
 光は否定すると同時に意味深に笑む。
「詳しくはまだ…、ですが、現代で水主の唯一の弱点と成り得る方、とだけ申し上げておきましょう」
 なるほどそれは効果が期待出来そうだと思うものの、果たしてそれを河夕が有効的に活用出来るかと言うと、疑問に思わないでもない者が数名。
 何はともあれ、河夕が水主自身を問い詰めるのであれば、こちらには、こちらにある情報網から調査を進めていけばいい。
「私は麗香さんに連絡を取ってみるわ」
「…碇様がお持ちの、ご祖父君の日記ですわね」
 過去の十二宮に繋がる重要な資料を持つと宣言した彼女は、必要があればその資料を開示すると約束してくれている。
「貴女も一緒に行く?」
「いいえ…私は、まずは依頼人の方にお会いしたく思います」
「山本君に?」
「先日の…自殺されようとした女性のこともありますし…精神に憑いているのが魔物であれば、私にも何かしら解放のお手伝いが出来ると思うのです」
 手首に輝く白銀の腕輪を、もう片方の手で包みながら話す撫子の真摯な眼差しに、光は少なからず表情を曇らせる。
 碇女史の持つ資料というものに興味を惹かれていた彼は、しかし撫子が魔物と相対すると言うなら彼女に同行すべきだ。
 だが同行云々よりも、彼女の思い詰めたような表情が気に掛かる。
 ならば魔物は自分一人で請け負うと言い掛けて。
「では、俺はそれに付き合おう」
 不意に、それまで静かに話を聞いていた海浬が声を上げた。
「資料を調べるよりは楽そうだ」
 表現は一方的だったが、その真意は判る。
 万が一のことがあっても海浬ならば撫子の安全を確保することが出来るだろう。
「宜しくお願いします」
 光に頭を下げられ、彼は薄く笑う。
「河夕に脅迫めいたことは無理そうだからな…、君はシュラインに同行し、過去の情報を集めてくる方が後々の為になるだろう」
「ご尤もです」
「確かに」
「ええ」
 広がる笑いには、優しさが滲む。
 ありがたい、と。
 狩人は胸中に安堵の笑みを零す。
「さて…そうと決まれば俺も依頼人のところに行くか。引き受けた責任てものがあるからな」
 草間がそれに続く。
 全員が今後の予定を決め、早速行動に移ろうと立ち上がった。
 最初に扉を空けたのは草間。
 そこに絶妙なタイミングで現れたのは、外跳ねの長い金髪に、まるでロック歌手が舞台上で着るような煌びやかな衣装を纏った男だった。
「おぅ、ちょっと聞きたいことがあって訪ねたんだが…、取り込み中かい?」
 全員が出ようとしていた矢先だったのだ、不自然に向き合う彼らの間には奇妙な空気が流れ。
「…美嶋様…?」
 撫子が言う。
「あ、本当に美嶋さん」
「え?」
 シュラインが続き、光が驚きの声を上げる。
 一方で興信所を訪ねた美嶋紅牙(みしま・こうが)は、見知った顔が並んでいるのを見て、自分の勘の良さに感心するのだった。




 ■

 同時刻。
 阿佐人悠輔は馴染みのネットカフェで、ゴーストネットOFFの掲示板にアクセスしながらも、その視線は虚ろ。
 彼を思考の世界に漂わせていた。
 ここ数日、身の回りで起きた様々な現象が胸中を騒がせる。
 迫られる決断に、身体の奥深く――記憶の奥底に沈めた苦い感情が、傷口から滲む血のように広がりつつあった。
(十二宮の主張は…あるいは正しいのかもしれない……)
 人間が生きているだけで環境を破壊するのは紛れも無い事実だ。
 この惑星を今のまま保つには人間を排除するのが最も有効的だろう。
(だが…それはすべての破壊だ…)
 それだけは何があっても阻止しなければならない。
(それだけは…っ…)
 迷いを振り払うように、悠輔は現実に意識を押し戻す。
 十二宮というキーワードで検索をかけていた掲示板の結果を目で追い、少しでも関連がありそうなものは片っ端から確認していく。
 時間の掛かる方法だ。
 情報量は桁違い。
 それこそ地域も、年代、性別、ありとあらゆるものが異なる人々が簡単に集えるネット世界は、だからこそ使い方一つで想像も出来ない答えを引き出す事がある。
「…ん?」
 ふと悠輔の目に留まったのは三つの英文字だった。
 LEO。
「レオ…ってライオンのことか…?」
 何故これが十二宮という単語で引っ張られてきたのかを不思議に思いつつ、内容を確認する。
【LEO
 獅子の遊介
 約束の場所で待つ】
 たったそれだけの短い文面に眉を寄せる。
「これ…“ゆうすけ”って読むんだろうか」
 だとすれば自分と同じ名になるが、問題はそこではない。
「…そういえば黄道十二星座も十二宮(じゅうにきゅう)って…何の漫画だったかな…」
 リアルタイムでは知らないが、十二星座をモチーフにした物語があったような気がする。
 だとすれば、獅子座のLEOが、読み方は違えど十二宮で弾き出された理由としては筋が通る。
「関係は無さそうだが…」
 何故だろう。
 同じ名前のせいか。
 ……妙に、心が騒ぐ。
「阿佐人?」
「え…」
 不意に呼ばれて顔を上げると、立っていたのは、影見河夕。
「な…んで此処に?」
 まさか現れるとは思わなかった人物の登場に少なからず言葉を詰まらせれば、狩人は決まりの悪い表情だ。
「いや…外からおまえが見えたんだが…」
 言い難そうにしながらも、彼は問い掛けて来る。
「おまえ、……他人を脅すの得意か?」
「は?」
 意味が判らない。
 河夕もそれは自覚しているのだろう。
「いや…まぁいい、とりあえず時間があるなら一緒に来てくれ」
「どこに」
「北海道」
「――」
 この男をどうにかしてくれ、と。
 それを近くに座っている一般人に言ったとしても、誰も彼を責めなかったに違いない。
 しかしながら、あまりに突飛な頼み事は悠輔の思考を空転させるには充分だった。

 結果として、わずか一〇分後。
 たったの一〇分で、彼は北の大地を踏みしめることとなる。


 ***

「うっ…」
 最初に悠輔を襲ったのは車酔いに似た気分の悪さ。
 次いで、円盤の上に手足を固定し、回されているような、上下左右も判らない不快な空間に投げ出されて。
 気付けば吹いているのは冷たい風。
 それまで感じた事がないほど頭上高く広がる青空が、葉の落ちた木々の枝の向こうにある。
「……大丈夫か?」
 横から掛けられるのは河夕の声。
「大丈夫…って、あんた…」
「悪かった。初めての人間には厳しい通路だってことを忘れていた」
 そこは忘れるなと言ってやりたいが、気分の悪さが只事ではない。
「二度目からは通路が受け入れるから問題ない、帰りは楽に戻れる」
 また今の道を通るのかと思うと、更に具合が悪くなりそうだ。
 楽と言うのも、どこまで信じたものか。
(信じられない…)
 北海道に行くと言い出した河夕に腕を取られ、半ば強引に潜らされたのは、近くの大型店に入っている洋服店の試着室、そこに設けられている姿見の中。
 そう。
 悠輔は鏡の中に押し込まれたのである。
 河夕が何らかの術を用いたのは少し考えれば判るし、出たのが、それ専用に設けられたと思われる無人の家屋の姿見だったことを考えれば、鏡から鏡へと距離を無視して飛ぶ事が出来るようになっているのだろう。
 怒ったところで事態が改善するわけでもないと諦めに近い息を吐いた悠輔は、ようやく具合の落ち着いてきた自分を宥めて、切り出した。
「……で、何だって北海道なんですか」
 問い掛けは、悪い事をしたという自覚はあったらしい河夕の表情に少なからず安堵の色を滲ませる。
「歩けるか?」
「ああ…」
 ゆっくりと身体を動かす。
 同時に、広がる視界に映るのはすっかり葉を落とした木々と、赤や黄の葉に覆われた土の大地。
 ジャケット一枚では防ぎ切れない冷風。
 彼らの居る場所は割りと高い位置にあるらしく、見下ろせる町並みは、東京のそれではなかった。
 何が違うのか。
 家と家の間の、広い感覚。
 針葉樹の枝は下を向き、中には藁に包まれたものもある。
 本当に北海道なのか、と胸中に呟く頃、河夕の低い声が返された。
「あの東京タワーでの一件があった夜、最後に会った男がいただろう」
「水主の事ですか」
「ああ。その水主が此処に住んでいる」
「彼に会うために、北海道まで?」
「そうだ」
 歩き始めた彼らの向かう先が、つまり水主の住居ということなのだろう。
 河夕は、一時間ほど前に草間興信所で交わされた話を余すことなく悠輔に伝えた。
 そのために、水主を詰問しに行くのだと。
「素直に話してくれる人だとは、思い難いんですが」
「判っている。それで…まぁ、始祖にも唯一というか…、逆らえない相手ってのが、一人だけいるんだ」
「つまり、その人に頼み込むと?」
「頼むというより…」
「ぁあ、脅し」
 ネットカフェで聞かれたことを思い出して言えば、河夕は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「光が、その弱点になる相手…、白夜という名だが、この人に実の弟のように想われていてな。白夜殿には悪いが、いま何もかも話してくれないなら、光がここに来ることは金輪際二度と認めないとでも言えば、効果は期待できるはずだ」
 言っていることは理解出来る。
 が、果たしてそれを河夕が実行出来るかだ。
「その発案者は光さんですか」
「……判るか」
「まぁ…河夕さんらしくはないですね」
 そして、まだ会って数回の悠輔でも見抜ける騙しを、自分以上に付き合いが長いだろう始祖達が見抜けないわけもなく。
 だからこそ「一緒に来てくれ」だったのだろう。
 悠輔は笑う。
 まったくヘンな人だ、と。
「脅しは無理ですが、正攻法で、喋ってもらえるよう説得する手伝いなら出来ますよ」
「……頼む」
 そうして返る表情は、どこかほっとしたような笑みだった。


 ***

 その家は、まるで迷いの森のように深い木々の奥。
 ただ一軒だけ佇む白亜の館だった。
 左右対称の外観は欧州のそれを連想させ、玄関に続く緩いスロープには秋深まるこの時期にも青々しいアイビーが絡まる。
 最初は造花かと思った。
 だが、生きている。
「どうした」
「いえ…、何か、空気が違うと思っただけです」
「そりゃあ異界の神が住んでいればな」
 苦笑交じりの河夕が呼び鈴を鳴らした。
 わずかな沈黙。
 そして。
「来たね」
 その声は頭上から。
 驚いて顔を上げれば、二階の窓からだろうか。
 顔を出しているのは紛れもなく水主、文月佳一だ。
「入りなさい、白夜がお茶を用意して待っている」
 何もかもお見通しと言ったところか。
 悠輔は河夕と顔を見合わせ、扉に手を掛けた。


「よく来たね」
 そっと差し出されたカップから香るのは、甘さも苦味も感じさせない、ただ素直に好きだと思わせる不思議な匂い。
「里界で取れる茶葉だよ」
 告げるのは、白夜と呼ばれる人物だ。
 冬の夜空に輝き、静寂を見守る月光のように映る色の髪と瞳。
 どこまでも穏やかに、そして儚くも感じられる容貌。
 精霊と呼ばれるものが人の形を得れば、きっとこのような姿だろうと思った。
「君が、阿佐人君?」
「ええ…、ご存知だったんですか」
「話は水主から聞いているんだ。狩人達を助けてくれたと…、ありがとう」
「いえ」
 微笑に、そう返す。
 冷静を装うが、気を抜けば意識の総てを奪われる――、性の区別もつかない目の前の人物は、そういう存在だった。
「…早速だが」
 そのうち、切り出したのは河夕だ。
 ただし水主にではなく、白夜に。
「今日は十二宮の話を聞きに来た…、白夜殿。連中について何か知っている事があるなら話して欲しい」
「おやおや」
 横から口を挟むのが、水主。
「それは私に聞くべきじゃないのかい?」
「あんたに聞いても無駄なことくらい判っている、これまで何度はぐらかされたと思っているんだ」
「何か策を練ってきたんじゃないかと、期待していたんだけれど?」
「それは俺の分野じゃない」
 らしくない事から生じる結果など最初から見えている。
「此処まで来たんだ。味方もいる」
 悠輔をそう示して、彼は言い切る。
「聞くならあんたではなく白夜殿だと悟った」
「白夜が何も知らない可能性を見逃していないかい?」
「ありえない」
「なぜ」
「ここに同席させているからだ。それこそ、あんたが」
 河夕の確信。
 見据える瞳に、水主は笑う。
「なるほど」
 そうして、視線は悠輔に。
「ならば君に問おう。どうして君は此処に来た」
「――」
「言ったはずだよ、異界の者達の戦に、君達、地球の民が関わる必要はないのだと」
 無意味な傷を負う必要は、無いのだと。
「今度、十二宮の件に関われば君も彼らの敵になる――その危険性を認知しているのかい?」
 水主の言葉。
 試すような物言いは、悠輔の神経を逆撫でる。
「危険が、何だと言うんですか」
 躊躇なく言い放たれた言葉には河夕の方が驚いた。
「関わろうと、関わるまいと、十二宮の狙いが人類の滅亡だというなら危険は身近に迫っている。魔物が電波に憑いた時点で一度は東京中の人間が危険に晒された、安全な場所なんてどこにも無かった」
 そうだ。
 異界の者同士の戦だと、神と呼ばれる存在が断言しようとも、危険に晒されるのは、それと知り戦う彼ら以上に、何も知らず平穏に暮らしている人々だ。
「俺は一度、自分の世界を全て破壊された」
「阿佐人…?」
「もしまた同じような事が目の前で繰り返されるなら、それがどんな敵だろうと食い止める――、そう誓って、自分の意志でこの世界に踏み込んだ」
 そうと決めた時から答えなど出ていた。
 誰が止めようと。
 何が起きようと。
「十二宮の目的の先にあるのが今の暮らしの破壊なら、俺は絶対にそれを阻止する、…必ず止めてみせる」
 強い言葉は、静かに語られる。
 だが、その冷静さが彼の心情を如実に表していた。
 決して揺るがない信念。
 誓い。
 答えなど、最初から胸の内にあった。
「……守りたいものが在ればこそ強くなれるのが人間だと、そう説いたのは貴方達だ、里界神」
 河夕が言う。
「地球人の強さは俺達が一番良く知っている」
 悠輔に過去があるのと同じく、河夕たち闇狩一族にも過去があり、その中で彼らは学んだ。
 限りある時間と、限りない心。
 それが地球人の尊さ。
 水主は笑う。
 ならば、と。
「その強い思いこそが十二宮に人類の滅亡を願わせるのだとしたら?」
「なに…?」
「いや、…話は全員が揃ったところでしようか?」
「え…」
「話そう。十二宮の起源、彼らの目的、――それを君達が選ぶなら」


 選ぶならばと、言われて。
 迷う選択肢など彼らには無かった。




 ■

 最初に興信所に戻ったのはシュラインと光、そして途中から彼女達に合流した矢鏡慶一郎だ。
 碇麗香から、彼女の祖父が書き綴ってきた三〇冊余りのノートを借り、水主から情報を仕入れて来るであろう河夕の帰りを待っていた。
 だが、ただ待つのも時間が勿体無いからとそれぞれにノートを読み始めれば、止まらなくなる。
 思いも寄らない事実が次々と出る一方で、それ以上の疑問が湧く。
「こんな事ってあるかしら……」
 数分前に送られてきたFAXを見ながらシュラインが呟いた。
 送り先は、慶一郎の勤務先。
 過去の失踪者名が明記されていたノートの一部分を、試験的にそちらに送ってあったのだ。
 今回のラジオによる失踪事件に限らず、ここ一月に失踪し、家族から捜索願が出されている人々のリストと照合した結果、過去と現在、長いタイム・ラグを経た二つの事件には血縁者、もしくは本人による失踪が七割を占めていたのだ。
 中には既に他界している者もいる。
 とすれば、一致率は百パーセントに近い。
「こんなの…本人の意思とはとても思えないわ…」
「まるで何か…、見えない糸に操られているようですな」
 シュラインと慶一郎が言い合う最中、光は近付いて来る複数の声に気付く。

「あの年頃の子供に存在する価値が無いだのと…、ンなこと聞かされちゃ堪んねぇよ。まったく…、一つ間違えばあの嬢ちゃんの二の舞だ」
「お助け出来て、本当に良かったと思います」

 紅牙と撫子の声。
 その後ろからは海浬と草間。
 だが足音は五つだ。
 少年に付いていたという草間零も共に帰って来られたのは、少年の解放が無事に済んだ証。
(良かった…)
 後は河夕だ。
 そう思った矢先、近付いてくる気配を敏感に感じ取る。
「……どうやら河夕さんは、水主本人を連れて来られたようですね」
「え?」
「それに…、この気配は阿佐人君でしょうか」
 彼らはこの時点で、やはり脅しは無理だったらしいと悟るのだった。


 ***

 河夕に連れられて興信所に姿を現した水主は、一人一人の顔を順に見遣って意味深な笑みを浮かべる。
「全員、十二宮と戦う意志を固めたのだと、そう思っていいのかな」
 悠輔が頷く。
 紅牙も。
「人間から見りゃ、俺も褒められたことはしていないがな……。奴等のやり方は気に入らねぇよ」
 人間の心に魔を巣食わせ、死に追いやろうなどと決して許せる行為ではない。
「私も同じ。いろいろとやり方が、ね」
 シュラインが続く。
「言えない事情も込みで、…本当に地球を救う気なら好き嫌いで判断するなんて危険でしょうに、それを自然だと思ってる。その偏った思考はどうにかしないと」
 それには慶一郎も同意を示した。
「まぁ…、水主殿のお話し次第ではありますがね」
 彼が微笑めば、水主も笑みを強めてそれに応える。
「地球を巡っての事ですもの、狩人の皆様に甘えてはいられません」
 真っ直ぐに水主を見つめて言い切るのは、撫子。
「わたくしは、自ら十二宮と向き合いたいと思います」
「俺も乗りかかった船というやつかね」
 興信所所長の草間が言い、隣で「はい」と頷くのは義妹の零。
「――海浬殿は」
 最後に、彼は海浬に視線を移す。
 地球を救うことになど興味はない、異界の太陽神。
「人類の滅亡を願う者がいて、それを止めようとする者がいること自体は殊更珍しい話ではないだろう。今までにも繰り返されてきた話だ、――そして今のところは存続しているというだけのこと」
「まったく同意見だ」
 海浬に水主が返す。
 ただ、違うのは。
「少なくとも、友人に死なれるのは寝覚めが悪い」
 なるほど、と。
「承知した」
 それが答え。
「ならば話そう、十二宮の目的を」
 水主は言う。
 伏せていた事実。
「――その組織を率いる者の名は、大鳥遊介(おおとり・ゆうすけ)」
 遊介と聞き、目を細めたのは海浬。
 そして。
「ゆうすけ…?」
 悠輔が聞き返す。
「それって、もしかして遊ぶに介助の介って書く“遊介”?」
「知っているのか」
 河夕に問われて、彼は頷く。
「さっきネットの掲示板で書き込みを見つけたんだ。確か…【LEO、獅子の遊介、約束の場所で待つ】と…、それを見たときから、ひどく気になっていて…」
「約束の場所?」
「獅子って…」
 次々と上がる疑問の声に、対して楽しげな反応を示す水主。
「そうか…、ネットで呼び掛けるとは現世への順応が早いと見える」
 くすくすと笑い、彼は悠輔に正解だと応える。
「LEO、つまり獅子座のことだよ。十二宮は黄道十二星座の宮、連中はそれを自分達のコードネームにして使っていた。十二有れば干支でも良かったそうだが、雰囲気が恰好良いという理由で星座を選んだらしい」
 ふざけた理由だと思う。
 だが、それ以上にふざけているのは。
「彼らは人類を滅ぼすつもりだが、それは本来の目的を達成させる“ついで”のようなものだろうね」
「ついで…っ…、ついでで人を殺すのか!」
 声を荒げる悠輔に、水主は言う。
「彼らにとってはそうなんだよ。何せ本来の目的は、閉じようとしている宇宙空間から地球を逃がすことだ」
「――」

 ――一瞬にして、落ちる静寂。
 空気すら止まるような沈黙。

「…閉じ…、何だって……?」
 草間が聞き返す。
 水主は、微笑む。
「閉じようとしている宇宙空間から、地球を逃すこと、と言ったんだ」
 繰り返されても、理解出来ない。
 意味が判らない。
「そんな無茶をすれば、人間どころか、動物も植物も、あらゆる命が死滅する。わざわざ十二宮が手を出さなくても人間は滅びる。それでも手を出し、命を弄ぶのは、その時までの時間潰しだ。悪い言い方をするなら、十二人のうち、誰が何人殺せるかというゲームなんだよ」
「……っ」
 息を呑む。
 言葉が、詰まる。
「彼らの目的は、地球と呼ばれている、この惑星の存続」
 そのための策を彼らは握っていて。
 その彼らを止めようとする自分達は。
「待ってくれ…それは…、なら、地球人の未来は……」
「さぁ」
 水主は正直だ、残酷なほど。
「だから知らせたくはなかったんだよ。――せめてその答えを手に入れるまではね」

 せめて、その答えを。
 有るか否かも判らぬ“答え”を――……。




 ―了―

=====================================
【登場人物:参加順】
・5973/阿佐人悠輔様/高校生
・4345/蒼王海浬様/マネージャー 来訪者/
・0328/天薙撫子様/大学生(巫女):天位覚醒者/
・0086/シュライン・エマ様/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/
・6739/矢鏡慶一郎様/防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉/
・7223/美嶋紅牙様/お祭り男&竜神族の刺客/


【ライター通信】
この度は「傀儡の糸」にご参加下さいましてありがとうございます。
また、登場シーンまでお時間を頂きましたこと、十二宮の長が同名であること、更にいきなり北海道までお連れしてしまったりと、本当に申し訳有りませんでした。
水主の気持ちを動かせるのも、そして河夕が素直に頼れるのも悠輔君一人でしたので、このような強攻策に出てしまいました。名前につきましては平謝りする他なく…まったく他意のない偶然の一致でしたので、ご容赦頂ければ幸いです。
そして願わくば次回「十二宮の長」でもお逢い出来ます事を祈っています。

いよいよ冬の到来です、北海道では早速インフルエンザの兆しも見え始めているとか…、悠輔君も、PL様も、どうぞ体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さい。


月原みなみ拝

=====================================