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<Trick and Treat!・PCゲームノベル>


   『 狂宴に響く紡ぎ歌 』



 突然放り込まれた世界を見上げる。
 辺りをきょろきょろと見回せば、植え込みで出来た広大な迷路が広がっていた。自分が立ち尽くしている場所を中心に、大輪の花々が咲き誇り、真円の花畑を作っている。色とりどりの花は風もないのにゆらゆらと揺れる。不思議な光景に思わず凝視していると、すいっと花の影から透明な羽を震わせる小さな妖精が現れた。それも一匹じゃない。何匹も空中を舞って、自分の周りをぐるぐると飛び回る。くすくすと愉快そうな笑い声を零し、妖精は声々に歌う。

「あら大変。それはリデルの仕業だね♪」
「戻りたいならやり返せ♪」
「それは即ち―」
「「「Trick or treat!」」」

 きゃははっ、と笑い声を響かせて妖精は歌いながら迷路の奥へ消えていく。

「東のカブ頭は美味しい料理♪」
「南のカボチャ頭は美味しいお菓子♪」
「欲しけりゃ どたまをかち割って♪」
「西の血みどろ蝙蝠 呼び出せば♪」
「北のパーティ ひとっとび♪」

――今宵は人ならざる者の宴 ハロウィン♪


●箒に乗った魔女

 お花畑に転がっている木製の糸繰り人形(マリオネット)は、子どもの背丈ほどの大きさで表面は滑らかな光沢を帯びている。栗色の髪にはリボンが結われていて、けれど、身に纏う服はボロのエプロンスカート。それを何かに例えるとするなら『村娘その1』あたりが妥当だろうか。ある意味で、この場所に似つかわしいと言えば似つかわしい格好だった。
「ここあ、すふれ」
 糸繰り人形が声をあげる。
 自分では動くことが出来ない糸繰り人形――にされた樋口・真帆(ひぐち・まほ)は使い魔である黒うさぎのここあと白うさぎのすふれを呼び出した。愛らしいぬいぐるみの姿をした二匹の使い魔は、いつもと違う主の姿に一度顔をつき合わせて首を傾げると、ふわりと宙に浮き上がり、四苦八苦しながら真帆に繋がる糸を繰り始めた。
「悪戯はいいんだけど、さすがにこれは困っちゃうなぁ…」
 ここあとすふれの力を借りて起き上がって、真帆は呟く。それに合わせて二匹は彼女に『困った』というような動きを与える。手を顔に、首を傾げて困ったポーズ。素早いその動きはさすがに息があっている。
 真帆はこくんと一つ頷くと、愛用している箒を召還。差し出した手に、リボンが飾られた大人ほどの大きさの箒が現れる。
「わ、っと」
 小さく縮んでしまった真帆には少し大きすぎて、僅かによろめくけれど、なんとか持ち直して箒に跨った。そして、
「さ、行こう」
 使い魔に声をかけ、彼女は真円の月が浮かぶ夜空へと舞い上がった。



●マリオネットの悪戯行列

 真帆が降り立った東のカブ畑は、大きな真っ白いカブが数え切れないほどあって、そのどれもが顔をくりぬかれていた。ハロウィン定番の不気味に笑う、顔。
「カボチャのランタンならぬ、カブのランタンですね」
 手を額に当てて遠くを見る仕草で言えば、彼女は一つの不思議な影を見つけた。手斧を振り上げた、頭に角を生やした影。
「あれは……」
 虎縞のパンツをはいた姿は間違いなく、鬼。真帆の見つめる先で、鬼はカブに思いっきり手斧を振り下ろし、カブのどたまをかち割っていた。あの妖精の歌の通りに。ということは、鬼もリデルに悪戯された仲間ということになるだろうか。
 考えていると、鬼もこちらに気付いたようで、不審な視線を向けて来た。真帆は臆せず、ぴょーん、ぴょーんと人間らしからぬ糸繰り人形の走り方で近づいた。
「あなたも悪戯された仕返しですか?」
 警戒気味の鬼へ、首を傾げて明るい声で訊ねれば、彼は真帆の頭の天辺から(この場合、ここあとすふれから)つま先まで眺めると、事情を察したようで、微笑を浮かべて答える。
「ああ、アンタもか」
「はい、そうです」
 小さくなった真帆の頭一個分ほど高い、鬼の顔を見上げて答える。よく見ればその鬼は、鬼と言うよりは小鬼という方が正しいのだろう。普段の真帆より少し小さいくらいの身長をしていた。
 漆黒の髪からは鋭い角が二本、赤い瞳の瞳孔は細く、妖怪らしさを醸し出していた。
「被害者仲間、ですね。それなら、一緒に仕返しするというのはどうでしょう?」
 真っ直ぐに小鬼を見つめながら提案すれば、彼は口角を釣り上げてにっと笑う。そして、握った拳を突き出してきた。真帆も彼と同じように笑んで、その拳に自分の拳を付き合わせた。
「さて、協力するのが決まったなら、コレを持って行くのを手伝ってくれ」
 言われ、小鬼の後ろのかち割られたカブ頭の中を覗くと、そこにはローストチキンのサンドイッチがあった。イースターに卵を隠すように、カブ頭の中に料理を隠していたようで、妖精の歌の意味が示すところはそういうことだったらしい。
 なるほど、と納得して、それから、真帆はこのサンドイッチを何に入れて運ぶか小鬼と一緒に考えた。



 次に訪れた西のカボチャ畑では、今まさに誰かがカボチャへと手斧を振り下ろした所だった。
 カブ頭で作ったバスケットに草で編んだ紐を肩にかけた小鬼が真帆の箒から飛び降りると、ツギハギだからけの顔が二人を交互に見た。
「お前ラは?」
 フランケンシュタインの掠れ声が訊ねると、二人は顔を見合わせてにんまりと微笑み合って言う。
「悪戯仲間です。あなたも一緒にいかがでしょう?」
 一瞬、きょとんとした顔をして、フランケンは目を瞬く。それから、小鬼のときと同じように相手の状況を把握して、
「あア、いいダろう。オレのモットーは三倍返シだ」
 カボチャ色に染まった手斧を手にして、笑った。



●愉快で奇怪なお茶会

 賑やかな音楽と賑やかな声と、色とりどりの料理を乗せたテーブルを囲んで人々が宴を楽しんでいる。所々に置かれたランタンには蝋燭の橙色の光が灯り、会場を明るく照らしていた。
 その光景を上空から眺め、四つの口が三日月を生む。

 カブのバスケットに、ローストチキンのサンドイッチ。
 カボチャのバスケットに、チョコチップクッキー。
 道案内の蝙蝠に、悪戯を企む小鬼とフランケン。箒で続くはマリオネットの魔女。
 さぁ、パーティを始めよう。
 今宵は人ならざる者の宴、ハロウィン。

「きゃははっ♪」
 オレンジ色の鮮やかな髪をシルクハットの下で揺らし、闇に生える緑色の双眸を愉快そうに細め、リデルはパーティ会場を駆け回る。人混みをすり抜け、自らの悪戯で変化したものをからかっては、その追随をかわして笑声を上げる。誰も止めることはしない。そんな無粋な人間はこの世界で生きてはいけない。
 だから、ふ、と会場のランタンの明りが全て消えても、誰も、何もしなかった。
 突然の出来事に、リデルも足を止めて辺りを見回したが、特になにか変わったことがあるわけでもなく、この闇に乗じて更なる悪戯をしかけようと笑むばかり。そんな彼目がけて、
「わぁ!?」
 クリームたっぷりのパイが上空から落とされる。シルクハットのお陰で直撃は免れたが、驚いたリデルは思わず、天空を仰ぐ。そこへ第二撃。顔面に直撃。
「な、ななな! 誰だよっ!」
 顔のクリームを払いながら怒鳴っても、周りから聞こえるのは傍観に徹する者たちの忍び笑いの音だけ。リデルは悔しそうに唇を噛むと、闇雲に人を掻き分けて走り回った。
「どこにいるんだ、出てこ…っ!?」
 そして、案の定、次の悪戯に嵌る。浅く掘られた落とし穴に尻餅をついて、リデルは息をつめる。
「くぅ…。絶対に探し出して仕返してやるっ!」
 打ち据えた尻を撫でながら穴から這いでようとする彼の目の前に、爆竹。
 ぱんぱんぱんぱんぱんっ!
 高音の音を響かせて弾けるそれに驚いて、リデルは穴にもう一度落っこちる。同じ場所をしたたか打ち付けて、涙目になったリデルは必死の思いで穴から這い出ると、犯人を捜して辺りを見回した。しかし、そこには誰もいない。いや、それは正しくない。先ほどと同じようにくすくすと笑う仲間の声がして、けれど、全てが黒い影となって揺れている。魔女も不死者も、吸血鬼も全部真っ黒な影になっていた。
 黒い影の森がリデルを囲み、くすくす、くすくすとずっと笑い続けている。
 どういうことなんだ?
 焦燥と恐怖で混乱しそうになりながら、それでも、リデルは用心深く辺りを見回す。そんな彼へそっと優しい声が耳打つ。
「魔女に悪戯したら、どうなるか……ちゃんと思い知ってくださいね?」
 咄嗟に振り向く。けれど、誰もいない。影以外には。
 けれど、確かに犯人の気配を近くに感じて、リデルは必死になってそれを追う。影をすり抜け掻き分け通り抜け、一つの不自然な箱を見つけた。その箱は人が入りそうなほどの大きさのもので、ガタンっと一回だけ音を鳴らし、リデルに見つかったのが分かったのか、それきり黙った。
「きゃはっ、見つけたっ♪」
 そこに犯人が隠れていると確信したリデルはにんまりとほくそ笑むと、勢いよくその箱を開けた。そして、あっかんべをしたピエロが、リデルの額めがけて飛び出し、鮮やかにクリーンヒット。直撃した衝撃で体重の軽いリデルは弾き飛び、夜空を仰ぐ形で地面に倒れ込む。
「(あれ? 三日月が四つ?)」
 不思議な光景を目にし、彼は意識を手放した。



 真っ黒な意識に、陽気な笑い声と歌が響く。
――… …悪戯だ♪
 うっすらと目を開くと、満月と満天の星空が視界を埋め尽くしていた。端々に揺れるのは影ではなく、魔女のドレス、吸血鬼のマント、妖精の羽。ほっと安堵の息を吐き出した、リデルの視界に再び三日月。
「あ、気がついた?」
「わ、ぁ!」
 驚いて起き上がるリデルをひょいとかわし、真帆は手で口元を押さえて、笑い声を抑えながら、
「大丈夫ですか?」
「その声、お前が…」
 キッと睨んでくるリデルに真帆は悪意のない微笑で答え、カボチャ畑で手に入れたチョコチップクッキーをリデルへ差し出しながら呟く。
「Trick or treat」
 本来の自分の言葉を言われ、釈然としないリデルは唇を尖らせて拗ねた表情を浮かべると、乱暴にクッキーを掴んでそっぽを向いた。その様子に真帆は幻術での悪戯は少しやりすぎたかな? と苦笑を浮かべる。しかし、それは杞憂に過ぎず、リデルは頬を赤らめると、
「ズルイ! これじゃあ、Trick and treatだ!」
 言って真帆へと、例の変身するお菓子を投げつけた。
 真帆はなんとかここあとすふれの連携で体を動かして受け取ると、お菓子をそっとポケットにしまいこんだ。それから、
「さぁ、リデルも踊ろう!」
 少年の手を取って、歌にあわせて自由に踊る仲間たちへと混じる。
 最初は手を離そうと抵抗していたリデルだけれど、真帆の楽しげな笑顔と会場の愉快な空気に包まれて、いつの間にかステップを刻んでいた。そう、今宵は一夜限りの夢。楽しまない道理はない。
 そして、彼らは踊い狂う。一夜限りと知るゆえに、夜空に歌を響かせる。



 お菓子が欲しけりゃ さぁおいで
 骸骨 人魂 狼男
 みんな寄ってたかって悪戯だ
 かぼちゃのランタン 火をつけて
 今夜の主役は僕達さ
 みんなで踊ろう 夜明けまで♪












   fin.



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☆★★★★【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】★★★★☆

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6458 / 樋口・真帆 (ひぐち・まほ) / 女性 / 17歳 / 高校生/見習い魔女 / 東京怪談】


☆★★★★【ライター通信】★★★★☆

いつもご発注ありがとうございます。
今回もプレイングと合わせて楽しんで書かせて頂きました。
マリオネットという発想はとても素敵だと思います。
ハロウィンという題材では書きたい内容があまりに多く、
全てを表現することは叶わず、自身の力不足を感じておりますが、
ただ、一重に楽しんで読んで頂けたら、と切に思っております。
この度はご参加、誠にありがとうございました。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。
Happy Halloween!

2007.10.31 蒼鳩 誠