コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


退魔のアルバイトさせて下さい

 喫茶「エピオテレス」の店長、エピオテレスは悩んでいた。
「どうしようかしら、この先……」
 自分らの店は特殊な注文の取り方をしており、また値段設定も特殊だ。はっきり言って安くはない金額を手に入れてはいるが、そもそも客が少ない。
 自分と兄の生活費はともかく。
 居候している2人の生活費をどうしようかと悩んでいた。

 そしてふと見たのが――パソコン。
 ぽんと手を打ち、
「わたくしたちは退魔師……そういう仕事を募集してみようかしら」

 早速ゴーストネットOFFに書き込んだ。

 投稿者名:喫茶「エピオテレス」店長
 内容:当方、退魔の仕事を請け負っております。ぜひ退魔のお仕事の手伝いをさせてください。
    以下の4人がおりますので、お好きな退魔師をお選び下さい。

    1人目:2刀流剣士・魔物の浄化等が可能
    2人目:符術による式神使い
    3人目:四元素魔術師
    4人目:退魔的能力はないが、銃の腕前や特殊弾丸で怪魔をも滅すること可能。

    ご希望の方はメールでお知らせください。

   ○○○ ○○○ ○○○

「依頼が来たわよー」
 エピオテレスがプリントアウトした依頼内容を持って事務所から出てきた。
「今度は何だって?」
 喫茶店ではウエイトレスのクルールがカウンターに肘をつきエピオテレスを見上げる。
「冥月さんからよ」
「げ」
 即座に反応したのは、店の隅でエピオテレスの兄ケニーとカードゲームをしていたフェレだった。
 黒冥月。その名はフェレの大敵とも言える名前である。
「内容はなんだ」
 ケニーが煙草を新しく取り替えた。
「ええと……怪魔と悪霊退治だわ」
 エピオテレスは内容を見直してそう言った。
「4人総動員で来い、だそうよ」
「相変わらず豪快だな」
「厄介な事情みたいね。巨大洋館から湧いて出た怪魔と悪霊――その量は推して知るべしだわ」
「今はどうなってんのさ?」
 クルールが首をかしげる。「放ってあんの?」
「いえ、雇われ術師さんが結界張っているそうだけど……破れるのも時間の問題、みたい」
「急いだ方がいいな」
 ケニーが立ち上がる。
「うげえ……本当に行くのかよ」
 フェレが嫌そうに言う。
「フェレ。お前はそうやって嫌なことからすぐ逃げるから修行不足と言われるんだ」
 ケニーにさとされ、返す言葉もなく、フェレは渋々立ち上がった。

 東京郊外にある、広大な荒れた敷地。
 そこに、すでに半壊した巨大な洋館があった。
 4人がそこにたどり着いた時、冥月はそこにいて、4人を見るなり「遅い」と言った。
「もう結界が限界だ。早く戦闘の準備をしろ」
「準備なら万端だけどね」
 クルールが2振りの剣をくるりと回して言う。
「念のため状況をもう一回教えてよ」
「依頼書を送っただろうが」
「あたしは日本の歴史には詳しくないんだよ。そもそも――」
 と金の瞳の天使は冥月を指差し、
「――なんであんた、女学生の霊にまとわりつかれてるわけ?」

 冥月は現在、「格好いいお姉さま〜」と黄色い声を上げる女学生の霊たちにまとわりつかれて行動不能に陥っていた。

 フェレがぶっと噴き出した。
「あんたまさか、その霊たちが重くて動けねえのか?」
「今すぐ除霊してもいいけど」
 クルールがひゅんと剣を鳴らす。
「彼女らは他の怨念に囚われているだけで害はない。他を倒せば成仏する」
「あんた以外と……」
 フェレがくっくと笑う。
 途端に冥月の壮絶な視線がフェレに飛んだ。
「黙れ」
「何を遊んでいる、クルール、フェレ」
 ケニーがエピオテレスとともに、洋館の方を見ながら居候たちを呼んだ。
「結界が切れるぞ。早く配置に着け」
「待てってば。話がよく読めない――」
 クルールが文句を言う。冥月が嘆息した。
「だからだな……」

 つまり、こういうことだ。
 冥月はさる依頼主から、この巨大洋館を破壊し更地にするよう依頼されていた。
 それ自体は冥月にかかれば大した依頼ではない。冥月はいつものように、影で洋館を飲み込もうとした。
 しかし、少し洋館を沈めたところで大量の怪魔と悪霊が発生。
 すぐ依頼主に連絡して雇われ結界師を呼び、ひとまず押し付け、その間にこの地について調べた。
 すると依頼主も知らなかったことが判明した。ここは太古に怪魔を封じた地で、何百年も処刑場に使われ、その上令嬢たちが通う女学校が戦争時に爆撃で破壊された土地だったのだ。

 今、冥月にまとわりついている女学生たちはもちろん、その破壊された女学校の生徒たちである。
 喫茶店メンバーが相手にするべきは、太古に封じられた分を今吐き出そうとしている怪魔たちと、処刑場で命を落としその無念を怨念と変えた悪霊たちだった。
「悪霊はあたしに任せな!」
 クルールがひらりと舞うように地を蹴る。
「テレス、フェレ。お前たちは怪魔に回れ。あっちの方が直接的には厄介だ」
 遠距離攻撃の方がいい――とケニーは2人に言いつけ、自分はもう限界に来ている結界師の所へ向かう。
「結界を解け、もういい。力を抜け」
「はっ――ひっ――」
 長い間の緊張のせいで、結界師は体を痙攣させていた。もう自分で結界をどうにかすることもできそうにないらしい。
 ケニーは結界師の鳩尾に拳を叩き込み、気絶させた。
 結界が、破裂する。
 途端に大量の怪魔と悪霊が――
 一斉に噴き出した。

 ぐぎゃおおおおおおん!!
 怪魔たちが鼓膜を破りそうな奇声を上げる。
 真っ先に近づいてきたクルールに向かって口を大きく開き突進した。けれどクルールは跳躍し、さらにその怪魔の頭の上を踏み台にして跳躍し、その向こう側に飛び降りる。
 怪魔たちがいきりたって一斉にクルールに意識を向けた。と、
「オン ウカヤボダヤダルマシキビヤク ソワカ」
 符を取り出したフェレが、
「十二天将之五 ― 勾陣!」
 一瞬影のようにうっすらと見えたのは黄金の龍。
 晴天だった空がにわかに曇天となり、雷雲が生まれ、轟音を立てて怪魔たちの中心に稲光が走った。
 空はすぐに晴れ渡る。しかしフェレは攻撃の手を休めない。
「再来! 雷撃!」
 再び生まれた雷雲。一筋の稲光と轟音。
 怪魔たちの奇声に負けないほどの音で鼓膜がびりびりする。
 しかしこれで確実に、怪魔たちの意識はこちらに向いてクルールから離れた。
 ――怪魔たちと悪霊たちとは決定的な違いがある。
 それは動ける範囲の差。悪霊たちは地縛霊なのだ。処刑場のあった範囲から動けない。
 怪魔は稲光の原因が分からず吼えている。その間にクルールは剣を振るっていた。
 おおおお……んと、悪霊たちの啼く声がする。
「お前たちは死んでるんだ。逝くべきところに――逝きな!」
 霊たちはすうっと動いてクルールの体を通り過ぎようとする。
 それをさらりと避けて、剣を振るった。
 さん、とするはずのない音がして、悪霊は剣が触れた瞬間に消滅する。
 その隙にも他の霊たちがクルールの体を狙う。
 ――霊の考えることと言えば体をのっとるか、もしくは体をすり抜けるかだ。
 体をすりぬけられると、それは内臓を直接えぐられたのと同じで激しいダメージになる。
 持ち前の素早さと身軽さで霊を避け続けた。剣は2振り。一度に2体ずつの霊の消滅。
 しかし、数が多すぎる。
 その上、霊たちは互いを食い合って、個々の力がますます高くなる。
「ちっ――」
 クルールは舌打ちする。
 ふと背後に怖気が立った。
 はっと振り向く。目の前に悪霊が――

 ガァン……ッ

 破裂するような音が響いて、クルールの目の前から悪霊が消えた。
 続いていつの間にかクルールのそのまた背後にいた霊も。
「あ……」
「クルール、油断するな」
 冷静な声で言いながら対霊用弾丸を詰めた銃を向けてくるケニーの姿に、クルールは安堵した。
「ありがと!」
 今度は油断しない。ケニーの援護があるなら一瞬だって隙は出来まい――

 ぐるああああああ!!
 怪魔たちが激しく咆哮する。先ほどの雷撃で錯乱して、ところ構わず暴れだした。
「クルールたちから意識を離させつつ――」
 フェレはエピオテレスに向かってつぶやいていた。
「まとめて処分……っ!」
 土を掘り返したり、まだ残っている洋館の残骸を破壊したり、
 そしてフェレたちに向かってきたりする怪魔たち。
「十二天将之七 ― 天空!」
 地面が一瞬揺れた。
 黄色い砂が巻き起こる。怪魔たちの周囲を包み込み、その視界をぼやけさせる。
 目の中に入ったものもいたのだろう、激しく暴れる怪魔もいた。
 エピオテレスはその様子から、風の力は使ってはいけないことを悟った。
 今日の天気は晴れているが――怪魔や霊などがあふれ出したせいで湿気がある。炎もあまり得策ではない。
 ならば……
 エピオテレスは両手を前に突き出した。
「凍れる刃よ!」
 しなやかな手から次々と大ぶりで細い氷の矢が放たれる。
 小さな怪魔などは、突き刺さればそれで絶命した。
 フェレの式神の方が能力が高いのは確かなのだが、彼の式神は攻撃範囲が広すぎるものが多い。怪魔の近くにいるクルールを巻き込まないためにはエピオテレスの攻撃も不可欠だ。
 エピオテレスは氷の矢を撃ち出し続ける。
 それにうまくシンクロしようとしたフェレはどの式神を呼び出そうか考えたあげく――
 符を使うのをやめた。そして、怪魔たちに向かって駆け出した。
「フェレ!?」
「うまく避けるってぇの!」
 宣言通りエピオテレスの矢をうまく避けながら、フェレは直接攻撃に切り替える。蹴りをいれ、腰につけていた小刀の切っ先で鋭く切り裂いた。
 しかし怪魔の皮膚は柔らかいのも硬いのもいる。関節があるのがいれば間接技に切り替えられるが、関節がないものもいる、関節をきめても効かない相手もいる。
「ふん――」
 フェレは落ち着き払っていた。
 元々彼は、遠距離より近距離の攻撃手だった。
 彼は低く腰を落とし、拳を腰溜めに構え、そして襲いかかってきた1匹を拳で貫いた。
 ……肘までずるずると怪魔の体を貫く。怪魔の背中まで貫通した。
「フェレ!」
 エピオテレスの声がして、フェレは貫いた怪魔を捨てひらっと避けた。
 エピオテレスの矢が、フェレのすぐ前にいた怪魔を貫いた。その怪魔が消滅する前に、その頭に手をかけてフェレは跳んで。さらに奥へ……

 クルールは低い体勢で剣を振り回していた。無駄なく撫でるようにひらひらと。
 次から次へと悪霊に剣が触れて、消滅していく。そちらの剣の名は『浄』という。浄化の力を持ち、悪霊にはもってこいだ。
 逆の手に持つ『滅』の剣は――
 極めて攻撃的で。
 右手をひらひらと舞うように動かすだけのクルールは、左手で激しく悪霊を突いていた。フェンシングのように。
 突かれた霊はぶしゅうと『浄』に触れた時の静かさとは対照的な派手さで消滅する。
 本来は両手の剣を使って舞うように戦うのが彼女のやり方だったが。
 ――ケニーがいる。あまり動き回っては彼の邪魔だ。

 ケニーはセミオートの銃で何発もの弾丸を連射していた。クルールには当たらないよう、地縛霊の外側から徐々に減らしていく。
 まるでゲームの達人のように命中し、あっさりと霊が消えていった。
「……お前だけは退魔の能力は持たないと聞いていたがな」
 重い体をなんとか保って、冥月がケニーに向かって言った。
「その分弾丸を工夫しているさ」
 ドン!
 引き金を引き、重い音が響く――

 悪霊たちがずる賢くなっていくのか、怪魔たちが暴れすぎているのか、だんだん2つの軍団が重なってくる。
「何でこっちに来るんだよ!」
「うるせっ。お前は怪魔にも対応できんだからいいだろうが!」
 背中でぶつかったクルールとフェレは怒鳴りあった。
「もう、うざったい……!」
 クルールは剣を振るう。
 『滅』の剣に触れた怪魔が、その瞬間に消え去った。
 これが『滅』の剣。時たま現れる、触れた敵を問答無用で滅する力。
 フェレは手に気を高めて、怪魔を貫いていく。時には片手で、場合によっては両手で。
 怪魔は消滅するのに時間がかかる。消滅するまでの間に腕に噛み付いてくる往生際の悪い怪魔もいたが、フェレは問題にしなかった。
 フェレの呼び出した天空の力、黄砂はもうなくなっている。
 エピオテレスが氷の矢から真空波に切り替えた。
 クルールとフェレが戦いの中央にいるのをいいことに、隅の方の怪魔を狙って真空波を立て続けに放つ。輪切りのようになって、次々と怪魔が絶命していく。
 煙草をくわえたまま、ケニーは無表情に淡々とトリガーを引いた。彼の弾丸は霊にも怪魔にも効果があった。
 巨大な怪魔がフェレたちを襲う。
 同時に反応したフェレとクルールは、同時に攻撃をしかけた。
 フェレの右腕がその怪魔の胸元を貫き、クルールの『滅』が首を切り飛ばす。
 続いてくるんと半身を回し、クルールは『浄』を突き刺した。
 これで、怪魔はすぐに消滅する。
 代わりにクルールを狙って悪霊が腕を伸ばした。
 ケニーの弾丸がそれを阻止した。
 硬い硬い体の怪魔がフェレにつかみかかってきた。
 フェレは強引にその手を放し、背後に回って背中を蹴り飛ばした――エピオテレスの方向に。
 エピオテレスは右腕を振り下ろす。
 空中から発生した巨大な石が、その硬い体の怪魔を押しつぶし破壊した。

 乱戦になってから、フェレとクルールはこれでもかというくらいにさらに暴れまくる。若さゆえか止まらない。
 フェレと似たような歳のエピオテレスは逆に苦笑して、2人の補佐に回る。
 ケニーは最初から補佐役だった。淡々と、それだけをこなしていた。

 冥月は1人、女学生の霊を狙う怪魔を影に沈めて始末していた。
 否。女学生の霊を一番狙っているのは怪魔ではない。悪霊だ。
 冥月の能力に、霊に対する攻撃方法はない。しかし護ることはできる。
 影による壁をつくり、強化してひたすらそれを保った。
 影の結界に異様な感触がする。べたべたと汚い手で触られるような感触。
(……哀れなものだな)
 処刑されたからと言って悪人だったとは限らないだろうに、今では悪人も常人も問わず怨念に捕らわれあのような姿だ。
 食い合うようになってしまえば――もう人の心など残っていないのだろう。
「不思議だな……この女学生たちは心を残しているというのに」
 自分にからみついてくる少女たちを見下ろす。
 少女たちは冥月の黒い瞳を見上げて、にっこりと笑った。

 ――どれだけ食い合う前に倒そうとしても限界がある。
 最終的に、一番霊を喰った怪魔が生き残った。
『恨めしい……恨めしい……』
 声まで出せるようになっている。言ってみれば霊と怪魔の合成生物だ。
 巨大、の一言しかない。この場で一番身長の高いケニーの3倍はある。
 姿は――泥でできた虎だろうか。どすんと、鋭い爪が生える前脚を地面に叩きつける。
 咆哮が凄まじかった。鼓膜にびりびりと響いた。
「……強いな」
 ケニーが煙草を吐き捨て、踏みにじってつぶやいた。
 先ほどまでの怪魔たちとの肉弾戦で大分両手がやられていたフェレは、後退して再び符術に戻った。
 その頃には、冥月は影の結界を解いていた。女学生たちの力が抜けている。もう少しで彼女たちの束縛が解ける証拠だ。
 影の大縄がひゅるっと飛び出し、大虎を束縛した。
 うおおおおん! と啼いた虎は、自分を縛する縄を気にもかけずに動き出す。
 冥月はさらに束縛を強くする。虎からの圧迫感が増した。
「無理するな。貴女は女学生に精力が吸い取られているんだ」
 ケニーが冥月を見た。
 冥月は目を見張った。そんな自覚はなかった。
「でなければこんな力場の強い場所で、そんなに弱い霊たちが無事でいられるわけがない――」
 言いながら、ケニーはすっと銃を構える。
 クルールが走った。大虎の牙をかいくぐり、その前脚に剣を食い込ませる。
 切り飛ばすことができない。
「く……っ」
「どけ、クルール!」
 フェレが符をかざした。
「オン ウカヤボダヤダルマシキビヤク ソワカ」
 青年が掲げている符を見たエピオテレスは、それに合わせて構えた。
「十二天将之八 ― 白虎!」
「風よ刃となりて切り刻め!」
 クルールが飛びのいた瞬間、大虎を無数の刃が襲った。
 冥月は大縄から鋭い棘を何本も突き出し、大虎の体に食い込ませた。
 虎が咆哮を上げる。
 前脚を2歩、どしん、どしんと地を揺るがせながら前に進める。
 そして、どしん。
 後ろ脚がとうとう前に出た。
 どしん。
 刃はすべて大虎の皮膚を覆う泥が受け止めてしまって。
 どしん。
「―――!」
 後退していたクルールに一気に迫り来て、大虎は前脚を高く上げる。クルールは身をかばった。
 冥月は影から一本の縄を編み出し、クルールの体をさらった。
 どすん!
 地面に、深い穴が開いた。
 クルールを地面に下ろしてやると、
「あ……りがと……」
 クルールは目をそらしながら礼を言う。
 しかし、お互い何かを言っている場合ではなかった。
 大虎は姿勢を低くした。通常それは虎に置き換えて見れば、走り出す前兆――
「―――! 逃げろ――」
 フェレがエピオテレスの手を取って身を翻そうとした瞬間。

 銃声が鳴った。
 10発連続。

 しかし、虎の体には1つしか穴が開かなかった。
 ケニーの姿勢に揺るぎはない。
 大虎は――
 ぐらりと体勢を崩し、やがてずしんと横へ倒れた。
 クルールがすかさず駆けて、『浄』の剣を突き刺す。
 しゅわあと泡が立つような音をさせて、泥に包まれた大虎は消滅した。

 冥月は軽く驚いて目を見張る。
「10発全部同じところに命中させたか――虎の額に」
「一番急所として狙いやすいところだからな」
 ケニーは銃を下ろす。
「もう大丈夫?」
 エピオテレスが訊いてくる。
「大丈夫かどうかは――」
 冥月は自分にからみついていた女学生たちを見た。
 少女たちは、嬉しそうに微笑んだまま、

『ありがとう、格好いいお姉さま……』

 囁き声だけを残して……

   ○○○ ○○○ ○○○

「ほら」
 洋館を改めて更地に変えた後、影からテーブルを取り出した冥月はその上にどさっと札束の山を置いた。
「2億ある。これが私の報酬だ。ここから自分の働きに見合うと思う額を好きに持っていけ」
「随分大きなお仕事だったのね……」
 エピオテレスがフェレの腕に包帯を巻きながら、労わるように言う。
「2億……自分の働き分ねえ」
 クルールがまず最初に、
「あたし冥月に助けられちゃったからなー」
 ねえ、とエピオテレスに声をかける。
「あたしの居候代、1ヶ月にどれくらいかかる?」
「そうねえ、うちは喫茶店だから食材とかは経費で落とせるし……本当はいけないんだけれど。ん……あなたは3万くらいかしら?」
「じゃ、その1年分」
 自分の小遣いもなしに、36万取っていった。
 ケニーは遠慮なく100万取って行く。ほとんどは煙草代だろう。
 エピオテレスは、
「念のための店の予算と……日用品と……最近傷薬と包帯の減りが早いのよね……ええと……私の働き分だけだと少ないわね」
「保護者の苦労だな」
 冥月はため息をついて、「お前は働き分とかは考えなくていい。ほら」
 とどんとエピオテレスの前に札を一束投げ出した。
「これって一千万――」
「とっとけ」
「ありがとう……!」
 エピオテレスは嬉しそうに一千万の束を胸に抱いた。
 最後にフェレが「俺50万」と手を伸ばそうとしたので、
「お前そんなに働いたか?」
 と冥月は茶化した。
 途端にカチンときたように、フェレは手を止めた。手をポケットにつっこみ、
「いらね」
 と帰り道を歩き出す。
「おいおい……」
 冥月は呆れた声を出した。「相変わらず子供っぽいな」
 フェレは何も言わず、どんどんその後姿を小さくしていく。
「ま、あいつはプライド高いからね」
 とクルールが札束の山を見ながら言った。
「他人にも認められる仕事が出来なきゃ意味がないと思ってるのさ」
「……仕方のないやつだな……本当に」
「昔は周りに認められないとやっていけない環境にいたから……」
 エピオテレスがフォローしようとする。
 冥月はそれでもやっぱりフェレは子供すぎると思ったが、子供をかばうような顔のエピオテレスに免じて許してやった。
「それで……冥月さん」
「なんだ?」
「ごめんなさい。ひそかにあの子にもお小遣いをあげなきゃいけないから、もう20万もらってもいいかしら?」
 エピオテレスの申し訳なさそうな顔に、冥月は苦笑した。
 勝手にしろ、と素っ気なく言う。
 おそらくその20万は、賭博で綺麗になくなるのだろうなと思いながら……


 ―FIN―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

【NPC/クルール/女/17歳/2刀流剣士】
【NPC/エピオテレス/女/21歳/四元素魔術師】
【NPC/ケニー/男/25歳/銃士】
【NPC/フェレ・アードニアス/男/20歳/符術師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
黒冥月様
こんにちは、笠城夢斗です。
お届けが大変遅れて申し訳ございません。
今回は4人全員呼び出してくださってありがとうございました。戦闘シーンはやはり難しいですね;冥月さんにとどめをささせるかどうかで大変悩みましたがこうなりました。またこいつか……という感じですw
遅々としていますが、よろしければまたお会いできますよう……