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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


退魔のアルバイトさせて下さい〜巨大蜂の猛襲〜

 喫茶「エピオテレス」の店長、エピオテレスは悩んでいた。
「どうしようかしら、この先……」
 自分らの店は特殊な注文の取り方をしており、また値段設定も特殊だ。はっきり言って安くはない金額を手に入れてはいるが、そもそも客が少ない。
 自分と兄の生活費はともかく。
 居候している2人の生活費をどうしようかと悩んでいた。

 そしてふと見たのが――パソコン。
 ぽんと手を打ち、
「わたくしたちは退魔師……そういう仕事を募集してみようかしら」

 早速ゴーストネットOFFに書き込んだ。

 投稿者名:喫茶「エピオテレス」店長
 内容:当方、退魔の仕事を請け負っております。ぜひ退魔のお仕事の手伝いをさせてください。
    以下の4人がおりますので、お好きな退魔師をお選び下さい。

    1人目:2刀流剣士・魔物の浄化等が可能
    2人目:符術による式神使い
    3人目:四元素魔術師
    4人目:退魔的能力はないが、銃の腕前や特殊弾丸で怪魔をも滅すること可能。

    ご希望の方はメールでお知らせください。

   ○○○ ○○○ ○○○

「兄様」
 エピオテレスがプリントアウトした紙を持って、事務所から出てきた。
 現在喫茶店のウエイトレスクルールが、接客を行っている。多分もうすぐで注文が入るだろう。
 厨房番はエピオテレスの仕事だ。すぐに厨房に戻らなくてはならない。
 ――エピオテレスの兄、ケニーは店の隅で居候のフェレと行っていたカードゲームを止めて顔を上げた。
「なんだ」
 くわえ煙草のまま返事をする。
 エピオテレスは客の様子をしきりに気にしながら、
「依頼が来たの。兄様宛だわ――ごめんなさい、自分で読んで?」
「分かった」
 煙草を灰皿に押し付け、ケニーはプリントアウトされた依頼内容を受け取る。
 エピオテレスはすぐさま厨房に戻った。
 ケニーは依頼書に視線を落とした。
 差出人……ミツバチ農園の主。
「収穫でもするのか」
 そんなことをつぶやきながら、さっと目を通すと、すぐに椅子にかけてあった背広を手に取り、
「少し出かけてくる」
 とフェレに言った。
「おい、呼び出しはあんただけか?」
「そうらしい」
 ケニーは半身で振り向いて、左脇腹辺りをとんとんと叩き、
「――これが必要みたいだな」
 と言った。

   ○○○ ○○○ ○○○

 目的地はとあるミツバチ農園の近くだった。
 そこにはたくさんの人間が集まっていた。ほとんどがサバイバルスーツを着込んでいる。その中で、背広のケニーは目立っていた。
 目立つと言えば先に来ている一団の中にもう1人、目立つ少女がいる。
 銀髪を横でポニーテールにした、緑の瞳の物静かそうな少女……
 今回の依頼に参加しているのだろう。それにしても若い。
 けれどケニーは、彼女がその瞳に立派な銃撃手の鋭い光を帯びているのを見て取った。
 ケニーは彼女に近づいた。
「俺の名前はケルドニアス・F・エヴァス。ケニー。貴女の名前は?」
 銀髪の少女は顔を上げた。ケニーの青い瞳と目をあわせ、
「……ミリーシャ・ゾルレグスキー」
 ――名前からしてロシア人か、とケニーは思う。
「狙撃か? 拳銃か?」
「……どちらでも」
 ミリーシャは言葉少なに答える。
 さらに問おうとケニーが口を開いた時、
「あなたはどなたですか?」
 壮年の男が近づいてきた。腕が太く、全身日焼けした、いかにも農業をやっていそうな男だ。
 ケニーはそちらを向いて、
「喫茶『エピオテレス』の者だ。狙撃手を探しているのだろう? 依頼通りに来ただけだが」
「そんな格好で?」
 と背広のケニーを驚いて見る。
「サバイバルゲームの服装には慣れていない」
 ケニーは肩をすくめた。「銃を扱う仕事だというならこの服装で充分だ。依頼書をちゃんと読んでこの服装で来た」
「そ、そうですか……」
「人数を集めているんだな」
 ざっと周囲の人間を見渡す。20人近くいる。
 男――依頼人、ミツバチ農園の主は厳しい顔になって。
「そうです。このままでは農園どころか農園周辺地域にまで被害が広がりかねませんので」
 報酬は、とごほんと咳払いをし、
「――正直、あまり出せんのですが。集まってくださった方々の良心に任せようと」
 ミリーシャがケニーを見上げる。何も言わなかったが、言いたいことは分かった。
「良心か。俺にあるかどうかは知らんが妹にはありあまるほどあるんでな」
 このまま帰ったらエピオテレスに家から追い出されるだろう。ケニーは苦笑する。
 そんなわけで。
 『今回の任務』に、ケニーも参加することとなったのだった。

 問題はそう、ミツバチ農園に入り込んだスズメ蜂たちだという。
 元から大きいスズメ蜂だった。それが、よりにもよって果実拡大用肥料を吸ったらしい。それも大量に。
 スズメ蜂たちは面白いほどに膨れた。バスケットボール並みになった。いや笑いごとではない。
 それから大スズメ蜂たちは、攻撃を始めたのだという。攻撃方法は毒針の連射。それにより、飼われていたミツバチが半減。農家の果実もたくさん落ちた。
 さらには働き蜂の他に、巨大な女王蜂も混じってから大惨事になった。
 女王蜂は働き蜂の3倍のスピードで動き、毒針の威力も3倍。
 ミツバチは全滅。その後巨大スズメ蜂たちは農園の近くに住んでいた熊を集団で殺し、猟友会を返り討ち。
「この話を聞いて、逃げてしまった方々も多く」
 農園の主は手ぬぐいで顔の汗を拭った。――今はもう冬近いというのに。
 今彼らは、農園の主の家の影に隠れて、ブンブンとはっきり聞こえる巨大蜂の音が近づいてくるのに備えて銃の準備をしていた。
 ケニーは家の陰から様子をうかがった。
 ――大量にいる。すかさず彼の脳が働き計算する。働き蜂57匹。女王蜂の姿は見えない。
 幸いこの音が、近づいてくるかどうかを知らせてくれる。
「ご主人の近くに数人護衛をつけるべきだな」
 ケニーの言葉に、率先して依頼人の護衛を申し出る者たちがいた。おそらく怖いのだろう。
 結局主人の護衛に5人つき、残り15人。
「準備はいいか?」
 ライフルの用意をしている人々に向かってケニーは言う。
 緊張の瞬間。
「よし――行くぞ」
 彼らは素早く家の陰から出た。

 近づくと、働き蜂が起こす音は耳を埋め尽くすほどうるさい。
 15人は散らばった。ケニー以外全員がライフルで、距離を取って巨大蜂を撃ち落としていく。
 しまったと後悔している者もいた。弾が小さかったらしい。一撃で働き蜂を落とせない。
 それを言ったら――
 ケニーはセミオートの拳銃を構えていた。この銃の弾丸など小さいことこの上ないが。
 しかし彼はそれを、2連射攻撃で補った。――1撃目の弾丸が食い込んだまさにその場所に、2撃目を食い込ませ、貫く。
 ライフルの者たちの邪魔にならぬよう、他の狙撃者たちと反対側に位置を取った。銃撃しながら流れ弾を避ける自信くらいある。
 トリガーを引く。淡々と。
 動き回り、毒針を発射してくる巨大蜂たちが、次々と落ちていく。さすがに腕に覚えのある人間ばかり来ているだけある。
 中でも、あの銀髪の少女の動きは特筆ものだ。
 ライフル銃を手に、確実に一発でしとめていく。決して弾を無駄にはしない。
 毒針を向けられそうになったら一瞬後には違う位置にいる。予備で横に置いているライフル銃ごと。
 すべての働き蜂の動きを把握しているようだ。彼女が見ているのとはまったく違う方向にいる狙撃主が毒針を向けられそうになったら、すかさずそちらを向き狙撃。元の方向に戻るついでにまた一回り視線を走らせている。
 ケニーは口笛を吹きたい気分だった。あの少女がいれば充分なのではないだろうか。
 働き蜂は30匹まで減っていた。
 全滅させろ! と誰かが叫ぶ。
 言われるまでもない。ケニーは連射を続ける。流れ弾と毒針は無駄のない動きで避け、拳銃でも次々と働き蜂を落としていく。
 だが――
 情報では女王蜂がいるはず……
 働き蜂残り20匹。ようやくやかましさが少しおさまって周囲の音が聞こえるようになってきた。
 ケニーは耳を澄ました。他に、異質な音はないか――

 ――……ン

「来るぞ」
 ケニーはその方向へと、銃を向けた。
「……クイーンのお出ましだ」
 腕に覚えのあるものならば、武者震いの瞬間――

 果樹園の中から、威厳ある女王蜂が飛び出してきた。

 それは恐ろしく早いスピードだった。動く音を耳でとらえるだけでは到底つかみきれない動き。
 毒針が大量に発射された。これも目にも留まらぬ速さ。
 残っている働き蜂の動きとあいまって、最強となる。
「無理だああああ!」
 狙撃手たちが逃げ出した。
 果敢にも残っている者もいた。とにかくまず働き蜂を撃ち落としてしまおうとそちらを狙うのだが、女王蜂が視覚的にも精神的にも邪魔してうまく撃ち落とせない。
 その中で――
 ミリーシャ。銀髪の彼女だけが緑の瞳をすまして、働き蜂を冷静に撃ち落としていた。
 ケニーも働き蜂を狙った。女王蜂を先に狙うのは得策ではない。
 ミリーシャと2人、女王蜂の動きから逃げながら死角を取って働き蜂を落とす。
 ――お互いが、お互いをよく見ていたのだろう。
 自然と息が合っていた。ミリーシャはライフルだけに、連射弾数に限りがある。弾込めの間銃撃がやまぬようケニーが攻撃を続ける。
 ケニーが弾倉を変える瞬間は、ミリーのライフルの狙う先はケニーの元にある。彼を護っている。
 もしミリーシャを狙う働き蜂がいても、ケニーは助けない。彼女なら自分で助かるだろうと確信していた。そのまた逆もしかり。
 そして、お互い働き蜂を狙いながらも、同じ蜂を狙うことは一切なかった。
 お互いの銃が狙う先をよく見ていたから。
 いつの間にか、他の狙撃手は全員いなくなっていた。
 こうして残りの働き蜂ほぼすべてをミリーシャとケニーの2人で撃ち落とした頃、2人の間には語らぬままのコンビネーションができあがっていた。

 問題は女王蜂――

「さすが……手ごわいな」
 ケニーは微苦笑する。
 拳銃では速さに追いつけない。弾がまったく当たらない。
 毒針が発射され、しめたと避けた。こちらに意識がある、ミリーシャが落とすかもしれない――
 けれどそれは実現されなかった。
 女王蜂は毒針を発射した後、すぐに横に上にと動いてしまうのだ。
 自分の顔の横をミリーシャの弾丸が通り過ぎていくのを感じながら、ケニーは再度拳銃での撃ち落としを試みる。
 ライフルより連射が可能――だが、それでさえも当たらない。
 ケニーは思考した。
 敵の能力が圧倒的な場合はどうするか。知恵で勝つしかない。
 弾の無駄になるので、威嚇で構えるのみにし、撃つのをやめた。すると興味を失ったかのように女王蜂はケニーから離れていく。
 狙われるのは、当然狙撃をやめていないミリーシャだ。
「………」
 ミリーシャのセミオートライフル銃はとんでもなく正確に女王蜂を狙っている。
 それをものすごいスピードで避けては毒針を発射する女王蜂。ミリーシャは予備ライフル銃を手に構える位置を変える。それを繰り返して。
 ケニーはそれをじっと見つめていた。
 ……ミリーシャの弾の軌道を、じっと見つめていた。
 そして。
 普通の人間ならとっくに息切れしていてもおかしくない頃になってようやく、ミリーシャの傍らまで近づいた。
 思った通り、ミリーシャは息一つ乱していない。視線も揺れず、閉じられた口も何の感情も映さずそのまま。
 そんな少女の傍らに、彼女と同じように膝立ちになって。
「借りるぞ」
 ミリーシャの予備のライフル銃を、ケニーは手に取った。状態を確かめすぐに使えることを確認し、
「いいか。今から俺の合図で、俺と同時にやつを撃つ」
「………?」
「構えを解くな!」
 ケニーの鋭い声に、顔の位置をずらしかけたミリーシャはすぐさま、機械のごとく正確に元の構えを取った。
 ――この、彼女の正確さがすべてを決める。
 ケニーは話し続ける。
「やつの胴体真ん中に、黄色い小さな斑点があるのが分かるだろう。あそこを狙う」
「……了解……」
 ずっと放っておいたというのに、ケニーに対する信頼はまだ解けていなかったらしい。ミリーシャは静かに応える。
 ケニーはまず一撃、拳銃の一撃をまったく見当違いの方向へ撃った。
「トゥリー(3)」
 すっと、目を細めた。
 女王蜂がたった今の銃弾の音に乱されてあちこちを飛ぶ。
「ドヴァー(2)」
 ケニーはライフル銃を構える。ミリーシャとほぼ平行に――いや、若干斜めに。
「アディーン(1)」
 女王蜂がようやくまたこちらを見て、襲いかかってきた。
 瞬間、ケニーの合図が――

「ノーリ(0)!」

 2人のライフル銃が火を噴いた。

 女王蜂が避ける。2弾ともサッと避ける。
 否――
 避けたはずだったミリーシャの弾丸に、わずか斜め方向からケニーの弾丸が当たり、ミリーシャの弾丸は軌道を変えた。
 それは、女王蜂には予定外の軌道で。
 女王蜂の腹に、ミリーシャの弾丸が突き刺さった。

 女王蜂の動きが一瞬止まる。すかさずミリーシャはライフル銃を連射した。
 ケニーも同様に。
 動きが止まったところにライフル弾を大量に撃ち込まれ――
 やがて、どさっと女王蜂は地に落ちた。

   ○○○ ○○○ ○○○

「ありがとうございました……!」
 農園の主人にしっかりと手を握られて、ケニーはまいったなという顔をした。
「もういい。終わったことだ」
「そんなわけには――」
「礼ならこっちのお嬢さんに言え。彼女が最後まで戦ってくれたんだ」
 ケニーはミリーシャに視線をやる。
 ミリーシャはほんの少し目を見開いた。
「ああお嬢さん、本当にありがとう……」
「………」
 少女は言える言葉を知らないようだ。
「ぜひたくさん報酬を差し上げたいのですが、なにぶん我が家のミツバチも果実もほとんどやられてしまって……」
「私……いらない……」
 ミリーシャは言った。
 ええっと農園の主は仰天した。
「そんなわけには!」
「……あの蜂は……危険……だから……処分した……だけ……」
 ケニーはくくっと笑った。
「正論だ」
 2人の言い分にぽかんとする農園の主を前にして、ケニーは軽く片手を腰に当てた。
「そうだな。――頑張って農園を復興させてくれ。妹なら多分そう言う」
「は、はい!」
 農園の主は最後まで、へこへこと頭を下げていた。

「さて……」
 集まった狙撃手たちは怪我がないことを確かめてから、皆帰り支度を始める。
 ケニーは適当に背広を払ってそれでおしまいだ。――今回は弾を大量に使った。収入はなくて支出ばかりだが、エピオテレスは怒らないだろう。
 ふと、誰かが近づいてくる気配がして振り向くと、そこには銀髪の少女がいた。
「あの……」
 ミリーシャはまっすぐケニーの目を見つめてくる。
「すごいな、貴女は」
 素直に賞賛の言葉を贈ると、ミリーシャの視線はわずかに揺れて、
「……ありがとう……」
 と囁いた。

 2人は何も言わず、背を向ける。
 同じ銃士同士。
 なぜか息が合った者同士。
 きっとどこかの戦場で会うだろう。あるいは自分の喫茶店だろうか。
 彼女が自分の店に来ているところを想像したら少しだけ笑えた。
 また、どこかで。
 そう、会えるだろう。

 ――声にならない絆が伝える、それは約束。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6814/ミリーシャ・ゾルレグスキー/女/17歳/サーカスの団員/元特殊工作員】

【NPC/ケニー/男/25歳/銃士】

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■         ライター通信          ■
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ミリーシャ・ゾルレグスキー様
こんにちは、笠城夢斗です。
お届けが大変遅れまして、まことに申し訳ございません;
今回は純粋な銃撃戦ということで、ミリーシャさんがどれほど強いかを表現するのに苦心しましたが、いかがでしたでしょうか。
最後は2人力合わせてということで……
遅々としておりますが、よろしければまたどこかでお会いできますよう願っております。