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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


  「虚夢世界の招待状」

「さぁさぁ、皆さんご注目! 紳士淑女も老いも若きも、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。夢を売る店、夢屋だよ!」
 人の行き交う公園の中、『夢屋』とか書かれた手作りの看板が置かれ、地べたに敷かれたブルーシートの上で少年が声をあげる。
 彼はいつも手品……に、見せかけた幻術を披露していた。
 だが今回は、少しだけ趣旨が違うようだ。
「どなた様にも、夢を見せるが夢屋の役目。この度皆様にご紹介致しますのは、とある事情により発生し、持続させました一つの世界。獣人の森、人魚の水辺、翼人の浮島と、3つの場所にそれぞれ昼、夕、夜の空が用意されています。彼らはその世界で、独自の生活を営んでおります。まだ見ぬ世界へ足を踏み入れ、そこで暮らす人々と親しくなるのがこの企画の目的。荒らさない、傷つけない、などのお約束を守れる方限定で、観光に出かけてみたいという方がいらっしゃいましたら、どうぞお声をおかけくださいませ」
 呼びかけるが、テーマパークの勧誘か何かだと思われ、本気にするものは少ない。少年は仕方なくいつもの手品と挨拶をして看板やブルーシートをまとめだす。
 そしてふと、植え込みの向こうにある芝生へと目を向ける。
「……こんにちは。手品に興味がおありですか? それとも、もしかして夢の世界の方に?」
 声をかけるが、返事はない。
「あの……?」
「きゃあっ」
 がさっと歩み寄った瞬間、悲鳴があがる。
 そこには、ケンタウロスのように足の部分が馬となった、半人半獣の少女の姿があった。
 額には真珠色の真っ直ぐな角が生え、馬の耳を立てた少女は、今にも泣き出しそうな怯えきった瞳で少年を見返す。
「こ、殺さないでください……」
「大丈夫。僕は平和主義です。ガンジー大尊敬」
 少年の方も驚き、両手をあげて敵意がないことを宣言する。
「えっと、こんにちは。あの、夢使いの方ですよね。私、知人に創世の勉強になるかもしれないと言われて、お話を伺いにきたんですけど」
「はい。『夢屋の獏』こと、藤凪 一流でございます。どうぞよろしく」
「クリスティアラ・ファラットです。ええと、あの……」
 恭しく頭を下げて見せる一流にクリスティアラは困ったような様子でためらいがちに。
「できれば、人間でない方に案内をお願いできないでしょうか」
 植え込みに生えた木にすがるようにして、瞳いっぱいに涙をためる。
「え……っと、ちょっと待ってくださいね。幻呼、出ておいで」
 一流は慌てて、式神の獏を呼び寄せた。
 象のような鼻に虎のような手足、犀の目に猪のような牙に牛のような尾をした中国の幻獣。は、怯える少女にとてとてと歩み寄り、犬のように擦り寄った。
 人見知りが激しく恥ずかしがり屋のクリスティアラも、じっと見上げてくるおとなしく愛らしい動物を前に、多少は緊張が解けたようだった。
「ただ、残念ながらこのコはしゃべれないんです。創世というと、あの夢の世界のことですよね。それを説明できるのは僕だけになるんですけど」
 申し訳なさそうに口にする一流に、またもやクリスティアラは泣きそうな顔になる。
「でも、ちょっとここでは無理ですけど、向こうに行けば姿は変えられますので。カッパでもフクロウでも何でも! ですから、どうか怯えないで下さい〜っ」
 角や耳を除けば、彼女の顔立ちは15歳の愛らしい少女なのだ。
 大きな瞳いっぱいに涙を溜められれば、一流でなくても慌ててしまうに違いない。
「じゃあ、とりあえず場所を変えましょう。本来なら僕が連れていくところなんですけど、そのコの手をとってもらえますか?」
 一流に指示され、獏はお手でもするかのように片足をあげる。クリスティアラはためらいながらもその手をとった。
「今から行く場所を、イメージしてください。夜空に浮かぶ丸い月と、舞い踊る雪のように白い花びら。碧い水辺はどこまでも澄んでいます。右手には昼の青空。いくつもの島が浮かび、建物は海に向かって反対向きに伸びています。左手には夕闇。緑に包まれた深い森が赤く染まっています」
 言葉によって、イメージを同調させていく。互いの思い描く世界を少しでも近づけるためのものだろう。
 幻術による一流の手品では「ここから火が出ます」「水によって火が消えます」などの言葉で相手にイメージさせるものではなく、彼自身のイメージを具現化したものだった。
 となると、彼が導く夢の世界というのはそれだけ規模の大きいものなのか、単に術の性質が異なるのか。それについては本人に確かめた方がよさそうだった。
 温かな光に包まれ、目を開くと、そこはイメージした通りの……つまり彼の言葉通りの光景が広がっていた。
 手をとっていた獏は、役目を終えると小さく頭を下げて姿を消す。
「あの、これはどのような過程を経て新しい法則を構成し、成り立たせることができたのですか?」
「へ?」
 真面目に質問するクリスティアラに対し、一流は素っ頓狂な声をあげる。
 どのような姿に変わるかを思案していたらしく、翼を生やしたり鱗をまとったり、手先足先を色々な形に変化させて様子を見ていた。
「えっと、難しいことはよくわからないんですけど」
 足を白い馬に変化させ、片手を翼に変えた状態のまま、もう片方の手で頭をかく。
「この世界の始まりは、ただの事故でした。僕が夢を扱うのに失敗して、誰かの見た夢と現実世界がひっくり返っちゃったんです。それを突き止めてこの世界は壊すはずだったんですけど……そのとき一緒にいたコが、ここを気に入ったみたいで、また行きたいと言ってくれたので再構成してみました」
「再構成というと、どのようにですか?」
「幻術ですよ。夢をつくりだすのが僕の特技なので」
「幻術? けれどこれは……」
 幻などではない。確かに生き物が存在し、世界自体が動いている。小さなものではあるが、一つの世界として機能しているようだった。
「僕も、これほど変化するとは思いませんでした。一つは、ここを夢に見てくれる人がいたこと。おかげで少しずつ、世界自体がしっかりしてきたようです。でもそれだけでは、世界は動かない。ゲストを迎えたときにだけ動き出す偽りのものになってしまう。だから、この観光旅行を提案したんです。色々な人がこの世界を知り、夢に見る」
「夢の力で維持している、というわけですか……?」
 そんな風につくられる世界があるというのは、初耳だった。そもそも、神以外のものが世界をつくりだすということ自体が非常に珍しいものなのだ。
「そうですね。僕には、夢を扱うしかできませんから。ないものをあるように見せるくらいなら現実でもできますけど……姿や性質を変える場合は、こうして夢の世界に入らなくちゃいけませんしね」
「……案内、していただけますか。この世界を。できれば、ここに住む方たちにも聞き取り調査をしたいのですが……観光となると、そこまで踏み込むことはできませんか?」
 より詳しく知るためには、実際にこの世界をまわり、聞き取り調査をするのが一番だと思い、おどおどした様子で一流に問いかける。
「いいえ、大丈夫ですよ。別に秘密にする気はありませんし、好きなように見て好きなように質問していってください。勿論、僕への質問も受け付けています。それじゃ、3つの場所を全て見て回るってことなんで超特急で行きましょうか」
 一流は言って、真っ直ぐに伸びた道を完全な馬の姿となって駆けていく。クリスティアラもその後に続いた。
「きゃー、可愛い! なぁに、このコ。観光!?」
「初めまして、獣人の森へようこそ」
 深い密林の中。狼や鹿、ウサギに虎など、肉食、草食動物が当然のように共にいる、半人半獣の群れがあった。
「クリスティアラ・ファラットさんです。この世界のことが聞きたいそうで」
 怯えるクリスティアラをかばうように立ちふさがり、苦笑を浮かべる一流。
「えー、そういうのって案内人の仕事じゃないんっスか、一流くん」
「職務怠慢〜!」
 一流の言葉に、ぶーぶーと文句を言う獣人たち。
「おいおい、そんなこと言ってるとせっかくの可愛い子が連れてかれちゃうだろ〜?」
 灰色の毛並みに覆われ、ぴんと耳を立てた狼の男が、前へと出てきて、クリスティアラににっこりと笑いかける。
 人間ではないにせよ、彼女の苦手なタイプだ。表情を強張らせ、怯えた様子を見せる。
「悪いね、騒がしくて。よそからの客人が少ないもんで、みんな浮かれてるんだ。どんなことが聞きたいのかな。俺たちで答えられることならいくらでも答えるよ」
 しかし相手はまるで気づかず、親しげに語りかけてくる。
 質問をしに来た手前、逃げ出すわけにもいかない。クリスティアラは涙目のまま、意を決した様子で声をあげる。
「えっと、まず……様々な種が共存しているようですが、生態系はどのようになっているのでしょうか」
「……ごめん、今なんて?」
 クリスティアラの言葉に、狼の青年は笑顔のまま固まってしまう。
「食物連鎖とかのこと」
「食物? ああ、何を食べてるかね。はいはい、俺たちは普通に鹿や猪なんかを食べてますよ。勿論、人型じゃないヤツをね。ここには獣人と獣とがいて、食用になるのは獣だけだ。まぁ別の意味で食べる場合は……」
「言わんでよろしい」
 狼の青年の後頭部をはたく一流。
「そうなると、通常の動物……特に草食動物が極端に減少してしまいませんか」
「いや〜、そうでもないんじゃないかな。人魚たちから魚もらったり、翼人たちに鳥を配達してもらったりもしてるし」
「流通があるのですね。けれど、それでは他のところで食物なくなるのでは」
「よそまでは知らんが、とりあえずここでは不足はしてないな」
 狼の青年はうんうん、と一人でうなずく。
 残念ながら、あまり深い質問には答えられなさそうだ。
「――多分、数が違うからだと思います。ここは一つの世界だとはいえ、実際はそれぞれの場所に数百人程度しか棲んでいません。でも普通の動物や昆虫なんかは、その数十倍はいるはずです」
「数百人? 見たところ種族の違う方たちばかりのようですけど、その数では交配に支障があるのではないですか?」
「ああ、いえ……それは関係ないらしいんです。この世界では、どの動物になるかはその人の性質次第らしくて。象と馬の獣人の子供が虎になる、なんてこともあるそうで。ただ、獣人からただの獣は生まれないし、人魚や翼人を生むこともない、らしいです」
「では種の保存は、生物の進化は? 性質も体格も違う親子では子育ての仕方も生活環境も違いますよね。そもそも、生物は環境に適応していくことで……」
 理解ができず、必死になって考え込むクリスティアラに。
「そんな、驚くことですかね」
 一流がつぶやき、彼女は怪訝な表情を向ける。 
「そんなもんですよ。人間ってのは。見た目こそさして変わらなくてもね。食事の好き嫌いも生活環境も、体質や体格も、得意なものも。――職業と同じようなものだと思えばいいんです。毛皮はただの服。それで何の仕事につくかはその人次第」
「職業……?」
「まぁ、逆に生まれたときから何になるか決まってるんで自由はないかもですけどね。親は関係なく、その人自身に与えられた生き方がそれだっていうなら、まさに天職ってヤツなんでしょう」
 理論にはなっていない。あまりにも理屈にかなっていない。
 だけど……そう言われてしまえば、思わず納得してしまいそうな気さえする。
「はっ、とか言ってると時間が! ささ、次行きましょう次!」
 時計もないのにわざとらしく腕を見て、クリスティアラに声をかける一流。
 彼に連れられ、今度は浮遊島の方へと向かう。
 一度別の場所に移動してみるとわかるのだが、右手と左手に別の光景があり直線状に並んでいるように見えて、次の場所に行くとまた両脇に残り2つの世界が並んでいる。
 移動は直線なのに、何故か一周してしまうのだ。
「この空間は、どういった形になっているのですか。平面でも、球体でもないようですが」
 周囲を見渡し、クリスティアラが疑問を投げかける。
「ああ、これね。不思議でしょ〜。どうやら地形は平面なんだけど、空間が球体みたいなんです」
「どのような仕組みなんですか」
「地図上の世界と同じです。地図は平面だけど、左側と右側が実はつながっている。それが実現したものかな。あえて仕組みを説明するなら……そうだな、世界の端と端が見えない扉でつながってるって感じ? ワープですね、ワープ」
 そうした説明を受けながら、浮島の影を映す場所で立ち止まる。
 到着したときには青空に浮かんでいたのに、今は森と同じように黄昏色に包まれている。
「すいませーん、ちょっといいですか〜?」
「あら、珍しい。歩いてきたわよ」
「うちの島のお客さんじゃないの?」
 一流の呼びかけに、様々は羽をもったものたちが集まってくる。
 鳥の翼を持つものたちは手が翼の形になっていて、昆虫の翅を持つものは手足は人のもののようだった。
「ちょっと質問に答えて欲しいんだ。というわけで、どうぞ」
「この島には唯一建物というものが見られますが、これはどのような技術でつくられたものなんですか? それと、逆さになっているのには何か意味が?」
「まー、難しいこと聞いてくるのねぇ。建物を立てたのは昆虫系の人たちよ。あまり重いものは持てないから、運ぶのは鳥系の人になるけど。逆さになっているのはね……元々、あの島では樹木や花なんかが逆さに生えるの。その裏側に建物をつくるよりは一緒にしようってことだったと思うわ」
「でも、コウモリの子たち以外は反対向きに休んだりしないわ。木の枝の裏側に止まることになるのかしら。獣人の子たちから見たらさぞ不思議な光景でしょうねぇ」
 クリスティアラは人魚たちに返答にうなずき、今度は一流に目を向ける。
「けれど土に遮られて日光が当たらなければ植物は育たないのではないのですか?」
「それはそうでもないみたいですよ。直射ではないですけど、島は小さいので多少は光が当たるみたいですし。なので島の周囲に短い植物が、中心地に大きな木が生えているんです。それに、宙に浮いている分、ここの土は水の蓄えが悪いようでね。少しでも水気のある方へと伸びていってるんじゃないかと」
「降雨はあるんですか?」
「降りますよ、たまに。小雨でさぁっと短時間。水やりみたいな感じですね」
「どのような構成で行なわれているんですか」
「うーん、やっぱ下にある水面の水分が蒸発してとか? 詳しい仕組みは調べたことないですが」
 聞けば聞く程デタラメな世界なのだが、機能していくためのものはある程度そろえているようだった。
「そろそろ時間がなくなってきたのですが、他に質問はありますか?」
「いえ、とりあえず他での調査を優先したいので移動を希望します。もし時間があれば、後ほど質問させてもらうかもしれませんけど」
「了解しました。それじゃ、次に行きましょうか」
「え〜、もう行くの」
 翼や翅の生えたものたちが別れを惜しむ中、急いで移動していく。
 最初に降り立った水辺に戻ると、夜ではなく夕闇の空を映し出していた。
「空の変化は、どうなっているのですか」
「時間ごとに移動するようになってます。ゆっくりじゃなくて一瞬でね。ここが今夕方だから、森は昼。さっきの浮島は夜になってます。移動の順番からして、ちょうどどこも夕方どきになっちゃいましたけど」
 目を向けると、確かに空そのものの位置が変わっている。それぞれの天上には昼の太陽、夕陽、月が輝いていた。
「ちょっと、一流ちゃん。待ちわびてるんだから早く紹介してくれない?」
 振り返ると、水面にぽっかりと女性の頭が浮かんでいた。
「そうよ、ここに一番に来たのに、案内は最後なんておかしいんじゃない?」
 別の女性が言って、ぱしゃんと自らの尾で水を跳ねる。
「いやいや、時間を気にせずに語り合えるようにあえて最後にまわしたんですよ。だって一番おしゃべりでしょ、あなたたち」
「最後にまわしたって、結局帰る時間を気にしなくちゃいけないでしょ。それなら最初に思う存分語り合って、後のところに行く時間を少しずつ削ればいいのよ」
「そうよ、その通りだわ」
 一斉に声をあげ始める女性たちに、一流が慌てて。
「ともかく、せっかく来たんで彼女とお話してあげてください」
 と、クリスティアラを紹介する。
「まぁ、可愛らしいわ。見て、あの綺麗な髪。真珠が似合いそうだと思わない?」
「あら、赤い珊瑚をアクセントにした方が素敵だと思うわ」
「ううん、あの色に合うのは絶対青色よ。こないだ手に入れたのにいいのがあって……」
「質問、早く質問したげて。出ないとあの人たち止まらないから」
 急かすような一流の言葉に、クリスティアラは慌てて。
「この水は、海水なのですか? 潮の香はしないようですが」
「カイスイって何?」
「違います。ここは一応淡水なんですが、北海のものや熱帯の海のものまで海洋生物も沢山います。さすがに泥沼に棲むようなものはいませんが、水の中に暮らすものはみんな一緒です」
「あ〜、そういえばそれ、前にも言ってた気がするわねぇ。私たちにとっては、最初からそうだから普通なんだけど。同じ水なのに違いがあるっていうのがよくわからないわ」
 一流の説明に、クリスティアラよりも先に人魚が声をあげる。
「では、塩の存在は?」
「岩塩は確かあったよね」
「あるわよ、あのしょっぱいヤツね。たまに動物がなめにきたり獣人たちがとってくわ」
「……岩塩というのは通常、海水からできるものなのですが」
 クリスティアラは混乱し、首を傾げる。
「うーん。どうやって発生したんだろうね。今度調べておきます」
 腕を組んで考えこむ一流は、少しも悩んでいるようには見えなかった。むしろ、調べることを楽しんでいるかのようだ。
 一応は世界の創世者でありながら、彼自身が知らないことは随分と多いらしい。これも、他人の夢からつくりあげ、他人の夢により維持している故なのだろうか。
「この世界に、神という概念は存在するのですか?」
「いるわよ」
 意外なことに、即答だった。
「えぇ?」
 驚きの声をあげたのは一流の方だ。
「初耳なんですけど、僕」
「そりゃあ、あなたからそういう質問をしてくることはそうそうないものね」
 一流の言葉に、人魚の女性たちはクスクスと笑い声をあげる。
「それは、どのような神なのですか?」
「水よ」
「そう。獣人たちには森。翼人たちには空。私たちを支え、支配する。それこそが神」
「水の神は気高く美しく。森の神は頑強で勇ましい。空の神は太っちょの気分屋」
「見たことはなくても伝えられてる。歌で、口伝で、噂話で」
「本当かどうかはわからない。だけど皆が知っている」
 歌うように、次から次へと声があがり、くるくると踊り出す。
「……わかりました」
 その言葉を口にした途端、パッと空が夜に切り替わる。
 満月が輝き、白い花びらが雪のように舞い出した。
「――この花びらは、夜にしか舞わないんですね」
「はい。それも、水辺だけです。理由は僕にもよく……」
「水の神様がつくったのよ。私たちが、森や浮島に咲く花がうらやましいと嘆いていたから」
「……だ、そうです」
 口を挟む人魚に、苦笑を浮かべる一流。
「そろそろお別れの時間ですが、他に質問はありますか?」
 何を質問するか、それはもう決まっていた。
「ここに住む生き物たちは……あなたがつくったものなのですか?」
 ざぁっと、白い花びらが風に踊り、頬をかすめる。
 世界をつくり、そこに生命が誕生するのと、生命自体をつくりあげるのとでは大きく異なる。
 ただ命令どおりに動いたり、知能はあっても感情を持たないようなものとは違う。彼らは命があり、知能と感情がある。創造主が用意したわけではない信仰を自らつくりあげるほどに。
「違います」
 一流は静かに、少し大人びた表情で答える。
「じゃあ、一体」
「元々が夢だったので、現実にいる何人かがそのままいたんですね。魂のクローンのようなものです。彼らは現実での記憶がない代わりに、この世界での記憶を有していた。嘘の記憶になってしまうんですけど……彼らにとっては本物なんです。現実には存在しないはずのこの世界で、確かに彼らが存在しているように」
「魂のクローン……」
「僕はいくら夢の世界では何でもできると言ったって、やっぱり神にはなれないんです。基盤がなければこれほど壮大なものはつくれない。それは……彼らにとっての神が、僕ではないことでもわかると思います」
 創造主でありながら、その世界に生きるものにとって彼はただの『案内人』であり『神』ではない。そして一流自身、それに満足しているようだった。
「僕の創りだした夢は、あまりに稚拙であなたの希望する創世の参考にはならないかもしれません。僕はまだまだ未熟ものだし、この世界もまだまだ成長していくはずですから」
「藤凪さんは、この世界を維持していきたいんですよね」
「はい。そのために観光旅行を提案した次第です」
「……もっと、簡単な解決策があると思います」
「え?」
 クリスティアラの言葉に、一流は目を丸くして彼女を見る。
「この世界を夢に見ている方やここで生活しているものたちに詳しい話を聴くんです。言葉にすることで、夢はより現実に近くなる。そしてあなたが、そのイメージをより明確に受け取り、再現する。しっかりと構成された世界は、そう簡単には崩れません」
「話を聴く、ですか?」
「知らない間に信仰が生まれているように、あなたの知らない事実がこの世界にも多くあると思います。それを、あなた自身が知るべきではないでしょうか。基盤となったのは他者の夢であれ、つくっているのがあなたなら、その責任から逃れてはいけない……と、思うのですが」
 しっかりとした口調で述べているうち、急に恥ずかしくなったらしく頬を赤く染める。
「すみません、あの……偉そうなことを」
 内気な自分が勇気を振り絞って質問してまわったのも珍しいことだが、出会ったばかりの人間に対して説教をするなんて、と。考える度、ますます顔が熱くなる。
「いえ……そうですね。そうなのかも、しれません」
 一流は頭をかきながら、それでも真剣な様子で考え込む。
「ありがとうございます。すごく勉強になりました。今後の参考にさせてもらいます」
 頭を下げられ、クリスティアラは戸惑いの表情を浮かべる。
「あ、あの……こちらこそありがとうございます。色々質問ができて勉強になりました。ですから、えっと、頭を上げてください……」
 困った様子で半泣きになるクリスティアラに、一流はようやく頭をあげて。
「楽しんでいただけましたか? それは光栄。では、そろそろ帰ることに致しましょうか」
 ぽん、と。獏が姿を現し、最初と同様、クリスティアラの方へ前足を伸ばす。
「はい」
 彼女はその手をとって、小さく微笑むのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:3954 / PC名:クリスティアラ・ファラット / 性別:女性 / 年齢:15歳 / 職業:力法術士】

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■         ライター通信          ■
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 クリスティアラ・ファラット様

はじめまして、ライターの青谷 圭です。異界ウェブゲームへのご参加、どうもありがとうございます。
今回は創世について聞き取り調査を行いたい、ということですので案内がてらに世界の説明をしていくこととなりました。質疑応答のため、セリフのやりとりや説明が非常に多くなってしまいましたが、問題なかったでしょうか。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。