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【D・A・N 〜Second〜】
夜闇の中、どこか思いつめた表情で立つその人物を見て、法条風槻は直感した。
(……何か、ある)
そして、気づけばその名を呼んでいた。
「朔月」
それは決して大きいものではなくて、耳に届くか届かないかというくらいだった。それにもかかわらず朔月は過剰なまでに反応し、風槻を見た。
「…ああ、法条さんだったか」
「誰だと思ったの?」
「――…陽月、かと。もう、肉声を聞くことは叶わないはずなんだが…どうかしているな」
そう言って自嘲するように笑う。その笑みが痛々しくて、一体何があったのだろうと思う。
「それ、何? なんか変な感じするんだけど」
朔月の手の中で妙な気配を放っているものを指せば、朔月は少し躊躇った後に口を開いた。
「『呪具』だ。陽月と俺とが探していたものの1つ……なんだが。どうも、実感がわかなくてな」
「『呪具』……?」
『探し物』の事は聞いていたが、それがどういうものなのかは聞いていなかった。呪具といっても様々なものがあるが、一体どういう用途の呪具を探していたのだろう。
ただ、あまり良くないものであろうことは、それが放つ気配からわかった。
「ねえ、それって――…」
訊ねようとした矢先、朔月の手元――否、朔月の持つ呪具が、禍々しい光を放った。
そして、世界は暗転した。
◆ ◇ ◆
「法条さん?!」
瞬きの間に姿を消した風槻に、朔月は半ば叫ぶように名を呼んだ。だが、もちろん返事はない。
「封印が解けたのか…だが、どうして法条さんに…!」
巻き込むつもりはなかった。それなのに、意思に反して呪具は彼女を標的とした。
自分の持っていた呪具は、『人の心を喰らう』と言われているものだ。このまま放っておくわけには行かない。
(どうすれば、彼女を呪具の影響から救い出せる?)
自問する。一刻も早く行動せねばならない。
有効な手段が思いつかず焦る朔月の脳裏に、声が響いた。
『………“道”つくって、引き戻せばいいんじゃないの』
「陽月、」
『今って呪具に囚われて魅入られてるような状態なワケだろ。だったらその影響を断ち切ってこっちに引き戻せばいい』
「だが、“道”をつくるのは…」
躊躇いをみせる朔月に、陽月の『声』は淡々と続ける。
『緊急事態なんだからしょーがないだろ。“名”を標にすれば難しいことじゃないし。…物理的に呪具壊したって意味ないんだから、それくらいしか方法がないんだよ』
「そう、か。……そうだな」
呟くように言った次の瞬間、朔月は決意をその瞳に閃かせる。
そして、“呪”を言の葉にのせた。
「………『風槻』」
同時に、朔月の姿がそこから消えた。
◆ ◇ ◆
(ここ、は…)
突如変わった景色に、状況を把握しようと辺りを見回す風槻。
そして、気づいた。
(『あの』部屋……?)
今もまだ鮮明に記憶に浮かぶ、『あの』情景を目に焼き付けた場所。
12歳のあの日、『安全』なこの場所で、自分は見た。
記憶と寸分違わぬ室内。
――…知っている。何が起こるか。何を見るか。
視線をめぐらせた先には、隠しカメラの映像を映すモニターが。
心臓が早鐘のように鳴り響く。
そう、そこに見えるのは――。
ヒト、が。
自分の養父が。
殺されて、そして。
焼かれる、様。
心が、黒く染まりゆく。
何かが、歓喜の声をあげたような気がした。
不意に、ふわり、と一陣の風が吹いた。
そして。
「『見るな』」
声が、した。
「『見るな、これは過去だ。今じゃない』」
言葉と共に、少し筋張った――男の手が、風槻の視界を塞ぐ。
背中に、誰かの温もりを感じた。
「『過ぎ去ったことだ。どれだけの傷が残っていようとも、どれだけ心が痛もうとも、それでも終わったことだ。お前が生きてるのは、ここじゃない』」
心を侵食する黒が、消えていく。
それが自分の視界を塞ぐ人物の『言葉』によるものだというのは、なんとなく分かった。
「……すまない、風槻さん」
小さく耳元で聞こえた謝罪は、泣きそうに歪んだ声で。
それに応えようと口を開きかけた瞬間、周囲の空気ががらりと変わる。
静かな静かな、冬の夜の気配がした。
『……ずっと、一緒だよ。だって俺たちは“対”なんだから』
響いた声に、背後で息を呑むのを感じた。
伝わる感情は、――驚愕。
『誰が作ったんだろうね、こんな術。“禁呪”扱いってことはなんかまずいことがあったのかな』
『う、そ……嘘だっ! 俺の、せいで…? 俺が“出来損ない”だから…っ、』
『違う、お前のせいじゃない…!』
『ごめん、ごめんね、朔月。本当に、ごめん。……もう俺のことなんか嫌いかもしれないけど、それでも俺は置いてかれたくないんだ。だから――…』
『…“我が、対なる――”』
( ひとりに しないで )
( ひきとめたかった ただ それだけ )
( うしないたく なかった だけ )
「『砕けろ』!」
鋭い声。
―――……かっしゃぁあん。
そして、何かが割れる音。
視界を塞いでいた手が、下ろされた。
広がるのは見慣れた夜の街。
ついさっき起こった出来事がまるで夢だったかのように、『日常』の気配が満ちていた。
「『心を喰らう』か……なるほどな。そういうことか」
自嘲するような声。きらりと反射した光に視線を下に向ければ、金属片らしきものが散らばっていた。
「……あぁ、風槻さん。怪我はないか? 喰われる前に何とか間に合ったと思うが…」
声をかけられ、いつの間に名を呼ぶようになったのだろう、と思う。そういえば先程も呼ばれた気がする。
朔月が風槻の背後から移動して眼前に立った。気遣うように顔を覗き込まれたので、とりあえず「大丈夫だ」と返しておく。
……実際は、そう大丈夫とは言えない状態なのだが。
あの情景を再び見たのだ。しばらくは食事できないだろう。点滴のお世話になることは決定だ。
そう考えた瞬間、朔月が静かに口を開く。
「……詳しくは、分からないが。呪具が見せたということは、あれは風槻さんにかなりの影響を与えるものだろう。巻き込んだのは俺だ。出来る限りの責任は取らせてくれ。何か負担があるなら教えて欲しい」
まるであの情景が風槻に与える影響を知っているかのような言葉に少々驚く。トラウマのことは教えていないはずだが…。
真摯な視線を向けてくる朔月。嘘偽りなく、自分を心配しているのだと、分かった。
言うか否か――…少し、躊躇う。
しかしここで誤魔化したり嘘をついたりするのも憚られるし、何となく本当のことを言わないと朔月は納得しないような気がした。
『呪具』のこと、そして視界を塞がれている間に聞いた『声』のこと。
こちらにも、聞きたい事はある。
相手から話すだろう、とのんびり構えていたが――本格的に巻き込まれたようだし、頃合いかもしれない。
話せるところまで話してもらってもいいだろう。
「とりあえず、場所、変えようか」
告げた言葉に、朔月はどこか思いつめたような表情で頷いた。
何となく、「危ういな」と、思った。……何がかは、いまいちわからなかったけれど――ただ、危ういと。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6235/法条・風槻(のりなが・ふづき)/女性/25歳/情報請負人】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、法条さま。ライターの遊月です。
「D・A・N 〜Second〜」にご参加下さり有難うございました。
NPC大暴走でした…一体どこに行く気だろう的な。
呪具は法条さまに作用し、それを朔月が捻じ曲げて自分から標的になった、という感じにしてみました。
結構好きに動かさせてもらった、というか想像で書かせていただいたところも多いので、イメージと外れていないかどきどきしてます。
明らかに続き物っぽく終わってしまいましたが、次にどう繋げていただいても構いません。本編に行っても閑話に行っても大丈夫です。会話内容をお知りになりたい場合は、指定を下されば嬉々として書かせていただきます。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
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