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<Trick and Treat!・PCゲームノベル>


幽明の宴〜招かれざる客〜

■オープニング

「Trick or treat!」

 どこか遠くから、子供たちのはしゃぐような歓声が聞こえる。
 夜霧の漂う広場の向こうで、魔女や悪魔や狼男、思い思いの扮装に身を包んだ行列が、カボチャをくりぬいて作ったランタンをかざし練り歩く。

 ――そう、今夜はハロウィン。
 一応カトリックの諸聖人を称えるお祭りってことになってるけど、その起源はキリスト教より遙かに古く、古代ケルト人の収穫祭にまで遡る。
 彼らは一年のこの時期、生者と死者の世界を隔てる「門」が開かれ、互いに往来できるようになると信じてた。ちょうどこの国の「お盆」ってとこかな?

 ボクの名は「リデル」。何者かだって? まあ、細かいコトはいいじゃない。

 そんなことより、キミは誰か親しい人を亡くした覚えはない?
 しかも、本当に伝えたかった「大切な言葉」を言えなかったまま。
 親兄弟。恋人。友だち。幼なじみ――別に人じゃなくたって構わない。
 さあ、「門」は開かれた。今宵催されるは、幽明の狭間で生者とそれ以外のモノたちの間で繰り広げられる、一夜限りのパーティー。

 ひょっとしたら、キミが知ってる「誰か」も来てるかもよ?

 お菓子をあげよう。これがパーティーのチケットでもあり、キミ自身を望みのままの姿に変える魔法の鍵でもある。
 明日の朝、鶏が刻を告げるまでの間、よければ捜してご覧よ。
 あの言葉を伝えられるかもしれないよ? もう一度会いたかった「誰か」に。
 準備はいいかい? それじゃあ――

「Trick and treat!」

 ◆◆◆

 時刻はとうに夜の10時を過ぎ、小さな児童公園はただ闇と静寂に包まれていた。
(10月31日……今夜が、ハロウィンなんだ……)
 人気のない公園のベンチに腰掛け、携帯の日付を見つめながら、華南・亜衣(かなん・あい)はブルッ、と小さく身震いした。
 10月も最後の晩となれば、パジャマの上に冬物のコートを羽織っていても、やはり夜の寒気が身に染みる。
 寒いのは嫌いだ。
 あの日を思い出すから――。
(でも、我慢しなくちゃ……たぶん、今夜が最後のチャンスなんだから)
 ストレートロングの黒髪がサラっとした、見るからにおとなしげな美少女である。
 だがその大きな瞳は、ひどく思い詰めたように半ば閉ざされていた。
「でも……もし日付が変わるまでに『あの子』が現れなかったらどうしよう……それに、もしかしたら、みんなただの噂なのかもしれないし」
「――大丈夫。きっと現れるよ」
 暗闇の中で、もうひとつの声が励ますように語りかけた。亜衣と同年配の少女のようだが、こちらは対照的にいかにも強気な性格を伺わせる声だ。
「亜衣ならできるって。もっと、自分を信じなきゃ」
「うん……ありがとう、お姉ちゃん」
 姉妹で話し合っているようだが、ベンチに座っているのは亜衣ひとり。
 周囲に他の人影は見えない。
 にもかかわらず、夜の公園で彼女は見えない「姉」と話し続ける。
「もうすぐ、また会えるんだね……お姉ちゃん」
「そうよ……頑張ってね。あたしも応援してるから」
 もしその場に誰かがいたとしたら、奇妙な光景に思わず首を傾げたことだろう。

 亜衣は自分の口を動かし、一人二役で喋っていたのだから――。

 ◆◆◆

 きっかけは、暇つぶしに自室のPCで眺めていた、インターネットの某有名オカルト系サイトだった。

『毎年ハロウィンの季節になると、夜の街に子供のような姿の幽霊が出没する。その子からお菓子を貰えば、昔亡くなった大切な人と再会できる』

 かなり有名な都市伝説らしく、似たような投稿がいくつか書き込まれていた。
 幽霊の名は「リデル」。もっともその正体となると、ある投稿では「子供に化けた死神」であり、別の投稿では「いたずら好きの妖精」と、てんでバラバラであったが。
 最初は亜衣も(ふうん……)と思い、ただ軽く読み流しただけだった。
 だいいち「夜の街」といっても具体的にいつ、何処に行けば現れるのか、曖昧すぎて雲をつかむような話である。
 だが数日後、やはり暇をもてあまして同サイトを訪れたとき、亜衣の目はPCの画面へ釘付けになった。

『あたしの友だちが××区のみどり公園でリデルに会ったよ! 亡くなったお祖母ちゃんに会わせて貰ったって、泣きながら教えてくれた!』

 ××区のみどり公園といえば、自宅から徒歩で30分もかからない場所だ。
(リデルが、この近くに来てる……?)
 亜衣の心がさざ波のごとく揺れ動いた。

 ◆◆◆

 亜衣は思い起こしていた。
 あの日から、深夜こっそり自宅を抜け出し、この公園でリデルが現れるのを待ち続けてきたことを。
 女子高生の自分がたった独り、人気のない公園で夜を明かすのが怖くないといえば嘘になる。だから万一に備えての護身用として、コートのポケットには数本のダーツを忍ばせていた。
 高校ではダーツ部に所属する亜衣は、その儚げな容姿と控えめな性格にも拘わらず、こと射的系の競技に関しては百発百中といっても過言でない実力を誇っている。
 ただし相手がたとえ暴漢でも、失明させたりして過剰防衛にならない用心に、刃先にはキャップを嵌めていたが。
(でも、今日が10月31日……日付が変われば、このままハロウィンが終わっちゃう)
 連日の夜更かしによる寝不足のため、眠くて仕方がない。
 ついウトウト眠りかけ、慌てて目を擦り――そんなことを繰り返しているうち、早くも時刻は11時半を回っていた。
(お願いリデル、姿を見せて……!)
 祈るような思いで、ぎゅっと両手を組み合わせる。
 さらに20分が過ぎ――。
 あと10分ほどで日付が変わろうとした、そのとき。
 闇の向こうから、ボンヤリとした橙色の光が近づいてくる。
「……!」
 亜衣は弾かれたようにベンチから立ち上がった。
 目をこらすと、宙に浮かんだジャック・オー・ランタンを従え、マジシャンのような服装の子供が近づいてくる。
 スキップするような軽やかな足取りで。
 楽しげに鼻歌を歌いながら。
「――リデル!?」
 思わず亜衣は大声で呼びかけていた。
 その声が耳に入ったのか、子供はチラっと彼女の方を見やったが、まるで関心がないように、そのまま目の前を走りすぎていく。
「……!」
 亜衣は咄嗟にポケットからダーツを取り出した。
(お願い! 私の話を聞いて!)
 その一念を込め、走り去る子供の背中目がけて投げつけた。
 確かに命中した――はずだった。
 ランタンの灯がフッと消え、辺りが元の闇に包まれる。
(逃げられた? そんな……)
「まったく、乱暴なお姉さんだなあ」
 驚いて振り返ると、すぐ背後にあの子供が立っていた。
 宙に浮いたカボチャ提灯の下、橙色の光に照らされた姿は12歳くらいの少年のように見えるが、その透き通るような白い肌と緑色の丸い瞳は、やはりどこか人間離れした妖精めいたものを感じさせる。
「危ないじゃないか、もうっ。ボクはダーツの的じゃないよ?」
 ちょっと怒ったように差し上げられた「少年」の右手には、中指と人差し指で器用に挟まれたダーツの矢があった。
「ご、ごめんなさい……」
「……でもこれ、なかなか面白そうなオモチャだね。よかったらボクにくれない? それなら許してあげる」
「い、いいわ……あなたに、あげる」
「ホント? やったあ!」
 自分が狙われたことなど忘れたかのように、大喜びで手に提げた小箱にダーツをしまう。その箱の中にぎっしり詰まったお菓子を、亜衣は見逃さなかった。
「リデル……あなた、リデルなんでしょ?」
「何で知ってるの? ボクの名前」
「インターネットで……。オカルト系のサイトなんか、いまあなたの噂で持ちきりよ」
「ふうん……ずいぶん便利なものがあるんだねえ。この世界には」
「よかった……私、ずっとあなたに会いたかったの」
「ボクに? 何でさ?」
「あなた、死者の国に案内してくれるんでしょ? 昔死んだ、大切な人に会わせてくれるんでしょ!?」
「……」
 リデルの顔から笑いが消え、真顔でじっと亜衣を見つめた。
「もしそうだとして……それが、キミと何の関係があるの?」
「お願い、私も連れてって! もう一度会いたい人がいるの!」
 リデルの緑色の瞳が、亜衣の頭から爪先までを、値踏みするように眺める。
「……ダメだ。だって、キミは誰からも『招待』されてないもの」
(……!)
 亜衣の胸が、鉛でも呑んだように重くなった。
「それは……お姉ちゃんが、そういったの? 私に、会いたくないって?」
「ボクの口からは、言えない。そういう決まりだから」
「判った……諦めるわ。それと、これはさっき驚かせたお詫び……」
 ため息をつきつつ、亜衣はポケットから残りのダーツを全部取り出した。
 色とりどりのプラスチック製のダーツは、子供から見れば何やら魅力的な玩具と映ることだろう。
「よかったら、これも持っていって」
「いいの? 悪いなあ」
 好奇心に目を輝かせ、のこのこ近づいてくるリデル。
(――今よ!)
 それは亜衣自身というより、彼女が心の中で育て上げたもう一つの人格、内なる「姉」の取った行動だった。
 一瞬の隙を狙い、常人離れした瞬発力と身のこなしでリデルの腕から例の小箱を奪い取る。箱の蓋が開き、中身のクッキーやキャンデーがバラバラと地面に散らばった。
「返してよ! それは、ボクの――」
 狼狽したリデルの声など、もはや亜衣の耳には入っていない。
(お姉ちゃん、今すぐ会いに行くからね――!)
 小箱の中から適当に選んだクッキーを一つ口に放り込み、素早く噛み砕いて呑み込む。

 そして、亜衣の視界は暗転した。

 ◆◆◆

 寒い。骨の芯まで凍りついてしまうかのようだ。
 耳元に吹き寄せるゴウゴウという風の音。
 目を開けても、そこに映るのはただ白一色の世界。
(ああ、また、この夢だ……)
 幼い頃、双子の姉と共に雪山で遭難した記憶。
 大人であれば、雪洞を掘って風よけにするなり、何か身を護る手段を講じることもできただろう。
 だが当時まだ小さかった自分は、荒れ狂う吹雪の中、ただ姉と抱き合い寒気と恐怖に耐えることしかできなかった。
 だが、襲い来る寒さの前に、結局は眠り込んでしまい――。
 目を覚ましたとき、自分は救難所の暖かいベッドに寝かされていたが、隣に姉の姿はなかった。
 結局遺体さえ見つからず、今でも姉は「行方不明」の扱いだ。
(私のせいだ。私が足手まといになったから、お姉ちゃんは……)
 同じ双子であるにも拘わらず、内気だった自分とは正反対に、勝ち気で活発だった姉。
 彼女一人なら、きっと自力で下山して助かることもできたろうに――。
 自分が姉を犠牲にして生き延びてしまったかのような罪悪感は、その後も長い歳月に渡って亜衣を苦しめ、その結果心の中に作り上げた二重人格、すなわちもうひとりの「姉」と対話することで辛うじて精神の平衡を保ってきたのだ。

 意識が戻ったとき、そこは雪山ではなく、高い土壁と樹木に囲まれた迷路の森だった。
(ああ、ここね……リデルが、亡くなった人と再会させてくれるっていう場所は)
 直感で判った。ここは、ついさっきまで亜衣がいた世界ではない。
 死者と生者の世界が交錯する、幽明の狭間――。
 照明こそないものの、頭上から差し込む月明かりで、辛うじて周囲の状況は見渡せる。
 地面に手を突いて立ち上がろうとしたとき、亜衣は己の身に起きた異変に気づいた。
 いつの間にか手足が、いや体全体が小さくなっている。
 この幼い姿は――ちょうど、姉と共に雪山で遭難した当時の自分だ。
(そうか……この姿でなくちゃ、お姉ちゃん私のこと判らないもんね)
 立ち上がって体についた土埃を落とし、周囲を見回しながら精一杯声を張り上げた。
「お姉ちゃん、私よ! 亜衣だよ! お姉ちゃんに会いに来たんだよ!」
 その声は迷路の壁に木霊しながら消えていったが、返事はない。
 やはり、自分は拒まれているのだろうか?
 ――それでも、姉に会わなければならない。
 亜衣はそう思った。
 自分の身代わりになって命を落としたお姉ちゃんに、謝りたい。
「ありがとう」って伝えたい。
 私はもう充分生きた。お姉ちゃんが望むのなら、いっそこの体を姉に譲って残りの人生を生きて欲しい。
 果てしなく広がる迷宮の何処かにいるはずの姉の姿を求め、亜衣はあてもなく歩き始めた。

 いったい何時間さまよい続けたろうか。
 探し求める姉の姿は一向に見つからず、それどころか、いつも自分を励ましてくれる心の中の「姉」さえ、先ほどからいくら呼びかけても返答がない。
 別の世界に来たためなのか、それとも自分の体が幼くなった影響なのか、それは判らなかったが。
「お姉ちゃん……こんなに呼んでいるのに、どうして会ってくれないの? 私のこと……やっぱり、恨んで、る?」
 ついに体力が底を突き、幼い姿の亜衣はその場にペタンと座り込んだ。
「ごめん、ごめんね、ごめんなさい……お姉ちゃん!」
 小さな拳で幾度も地面を叩き、大声で叫びながら泣きじゃくる。
 やがて泣くことにも疲れ果て、俯せになって地面に倒れ込んだとき――。
 ふと、妙な考えが脳裏を過ぎった。
(リデルはあのとき、私が『招待されてない』といった……)
 それを自分は勝手に「姉から再会を拒まれている」と解釈したが――実は「招待する相手がいない」という意味ではなかったのか?
(もしかして……お姉ちゃん、まだ生きてる?)
 確かに遺体は見つかってないのだから、「死んだ」という確証もない。吹雪の中で離ればなれになり、何処か別の場所で救助されたという可能性だってある。
「でも……そんなはずない。ありえないよっ!」
 わずかに芽生えた希望を、亜衣は自ら否定した。
「会いたいよ、お姉ちゃん……今すぐ会いたい。一緒にいたい!」
 それが叶わないなら、いっそこのまま姉の元へ――。
(だけれど、死ねない。この体は殺せない。だってお姉ちゃんが救ってくれた体だから……)
 疲労と絶望の果て、亜衣は半ば錯乱状態になって再び泣き叫んだ。
「うあぁああああああああっ!!」

 ◆◆◆

 ハッと我に返ったとき、そこは元いた公園のベンチだった。
 慌てて携帯を見ると、時刻は0時1分。
 ――ハロウィンは終わっていた。
(夢……だったんだ)
 さっきリデルに会ってから、ものの10分と経っていない。
 全ては、寝不足でつい眠り込んでしまった間に見た夢だったのだろう。
 所詮、リデルなどネット上で生まれた架空の存在に過ぎなかったのだ。
(私ってば、大バカ……こんなことしたって、何の罪滅ぼしにもならないのに)
 冷え切った自分の体を抱きしめ、よろよろとベンチから立ち上がる。
「お姉ちゃん、ごめんね。ごめんね……」
 涙を流し、何度も繰り返しつぶやきながら、亜衣は家路についた。



「気の毒だけど……こればっかりは、しょうがないなあ」
 公園の木の枝に腰掛け、闇の中に遠ざかっていく少女の背中を眺めつつ、リデルはため息をついた。
「だって、キミのお姉さんはまだ生きてるんだもの。いくらボクだって、生きてる人間同士をあの世界で引き合わせるわけにはいかないよ」
 手にしたダーツの矢をしばらく弄んでいたが、やがてはそれにも飽きたのか、子供の姿をした精霊は、樹木の中にとけ込むようにその姿を消した。

〈了〉

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
(PC)
6419/華南・亜衣(かなん・あい)/女性/17歳/高校生

(公式NPC)
―/リデル(りでる)/無性/12歳くらいに見える/観察者

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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はじめまして、ライターの対馬正治です。華南・亜衣さん、今回のご参加誠にありがとうございました。
今回はライターも想定外の「(実は)まだ生きてる人間」との再会依頼。サブタイのごとく招待してくれる相手がいないわけで、まずは「リデルとどうやって引き合わせるか?」が悩みどころでした。というわけで、前半部の亜衣さんの行動がやけに強引になってしまいましたが、これは全てライターの文責であります(汗)
ラストについては「僅かな希望を含んだ、悲しい終わり方」というご希望でしたのでこうなりましたが、いかがでしたでしょうか?
ではまた、ご縁がありましたらよろしくお願いします!