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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


黄昏の月夜を切り裂いて


 今どき路地裏で待ち合わせなど、時代遅れもいいところだ。安い映画のワンシーンを切り取ったかのような湿っぽく薄暗い独特の雰囲気は、不幸な待ち人に対して独特の情緒を無理やり押し付ける。最初こそ物珍しさで金色に輝く瞳は周囲を見つめていたが、すぐに飽きてしまいサングラスというスクリーンで今の気持ちをごまかす。

 都倉 鼎はある男を待っていた。相手は『SWEEPER』のメンバーと連動してある事件を解決したいという。依頼人の名を聞いた時、鼎は少なからず興味を持った。彼は自分が経営するバーで詳細を聞こうとしたが、相手がそれを丁重に断るとともに別の場所を指定した。実は相手に会わずとも、鼎は事件の詳細を知っている。しかしどちらも放っておくのはあまりよくないことだと思っていた。だから彼は指定された時間にここで待っている。一部では『忠義の金狼』と呼ばれている異能力者・霧崎 渉を。
 約束した時間ちょうどに渉は現れた。噂に名高い二つ名とは異なり、非常にラフで地味な服装……そのギャップに思わず緩みかけた口元を引き締め、鼎は相手の目を見て話し始めた。

 「……握手は必要ですか?」
 「いえ。お願いした立場で言うのもなんですが、堅苦しい挨拶は抜きで。それよりもこんな時間にお呼び立てして申し訳ありません」
 「嫌なら最初から断ってますよ。ま、昼間はバーにいないですから、外で会う方が逆に好都合でしてね」
 「そう言って下さると気が楽です。しかし同じ瞳を持つ人を見ると……なんだか安心します。不思議とどんな人か、わかる気がして」

 鼎は「それはジンクスですか?」と問いかけると、渉は笑いながら「そうですね」と答える。お互いに第一印象は悪くないようで、ある程度の距離感もつかんだようだ。ふたりは黒くすすけた壁にもたれると、どちらからというわけでもなく依頼の話を切り出した。それはある日の奇妙な月夜のことである。

 「黄昏の満月、とでも呼べばいいでしょうか。その夜は東京のどこかで血の雨が降り注ぐそうですね」
 「大正時代にとある密教の秘伝書から月の加護を手にし、不老不死となった四十路の男が犯人です。名前を……」
 「越後 貞明。普段は東京のどこかに隠れ住んでいるとの噂の人物ですね。普段は話が通じる相手だが、一般社会で通用する暦とはまったく異なる周期で我を失う時がある。そしてその夜に超人的な力を乱暴に振りかざし、誰彼構わず手にかけていく。まさに書いて字のごとく、『怪物』の所業ですね」
 「そこまでご存知でしたか。さすがは鼎さん。ただし彼はその時にだけ致命的な弱点を見せます。実は……この日だけ不老不死ではなくなるんです」

 自然とふたりの視線が地面へと下がる。渉は憂いを帯びた表情を相手に見せたくなかった。鼎はその情報をどこから得たのかを瞬時に見破ったが、言葉を続けられず静かに立ち尽くした。人間の寿命とはなんと絶妙なものなのだろう。思わず人生について考えてしまうふたりであった。

 「ま、それをうちの連中と始末したいとおっしゃるのですね。ただ次の機会でカタをつけるには、少し人が足りない気もしますが……」
 「金色の満月が出れば、おのずと彼のところに行けます。タイムオーバーにならないことだけは保証しますよ。それに今回は志を同じくする方とともに一気に解決するつもりです」
 「わかりました。微力ながら『SWEEPER』として力をお貸しします。当日は蔵希を向わせますので、面倒見てやってください。よろしくお願いします」

 異能力者にしかわからない痛み。裏社会を生きるものにしかわからない苦しみ。愚者を生き地獄から解き放つのもまたスイーパーたちの使命なのか。


 「で、その日は甘ちゃんのお守りかよ?」

 その夜、バーテンの仕事を終えた蔵希は鼎から依頼について聞かされた。彼が最初に口にした言葉、いや率直な感想がこれである。
 彼は言葉を続けた。なぜそこまで詳しい情報を持っていながら、俺たちの力を必要とするのか。弱点の日に不意打ちすれば、あっさりとカタのつく話だ。それができないから『甘ちゃんだ』という結論を導き出したらしい。いかにも蔵希らしい発想だ。

 そこで鼎は自分の推理を披露した。蔵希は真剣なまなざしと共に身体を彼の方へ向ける。彼が本当に欲しい情報はここから手に入るのだ。一部の隙もない論理の組み立てはこの少年をもってしても舌を巻くほどである。
 渉は貞明の身辺調査だけでなく、弱点の露呈した際に実戦も経験しているはずだ。二つ名に『忠義』を掲げる彼に不意打ちという卑怯な真似はできない。いや、そのような発想は最初から頭になかった可能性がある。なぜなら、この殺害を依頼したのは貞明本人だからだ。だから真正面からぶつかる以外に方法がなかった。ところが、敵の強さは想像を絶するもの。交渉の最中に鼎があえて敵のことを『怪物』と表現したのは、渉が感じた強さを無意識に吐露させる狙いがあった。協力を求めてきた背景にはそういう事情もあり、さらに蔵希でも足らないと判断した彼は念には念を入れて『頭数を揃える』と言ったのだ。少なくとも二度は戦っていなければ、この結論には達しない。
 確かに蔵希の言うとおり、渉は甘いのかもしれない。しかし時と場合によっては、その臆病さが命を救うこともある。彼にそれを諭した後で「クライアントが反面教師なのかどうかは、自分の目で判断するといい」と付け加えた。


 その甘ちゃんは鼎の説明どおり、個性的なメンツを集めて待っていた。
 頭上には満天の星空。そして計画実行を意味する黄金色の満月があたりを眩しく照らす。しかし彼らが放つ匂いは決して甘美なものとは限らなかった。個々の雰囲気を肌で感じる、という表現がふさわしい。とりあえず、蔵希は話しやすそうな渉にだけ言葉をかけた。ただ、目は合わせない。彼は連中と真剣に付き合おうとは思ってなかったからだ。

 「堅苦しいあいさつは苦手なんだ。さっそく本題に入るけど……その人たちが数合わせ?」
 「ご冗談を。私は皆さんの足元にも及びませんよ。しいて言うなら、私だけが数合わせです」

 獣の匂いを放つ青年の殊勝なお言葉に、蔵希は思わず『数合わせが足まで引っ張るなよ』というセリフが喉元にまで上がってきたその時だった。ふたりの見下ろすほどの巨漢が柔らかな口調で割って入る。続けて、凛とした表情で立っていた和服美人が口を開いた。

 「君が蔵希くんだね。はじめまして、僕は彼瀬 蔵人。蔵人でいいよ」
 「年上だからって敬語使うつもりはハナからないぜ?」
 「ふふ、まぁそうだろうね。君の性格なら」
 「わたくしは天薙 撫子ですわ。霧崎様から子細を伺っております。祖父や書物から解呪の秘術などを携えて参りました」
 「それって……まさか『救う』ってこと?」

 蔵希にしてみれば、あまりにも素直じゃない物言いだ。蔵人や渉も、少年が「撫子は甘い」と言って突き放すとばかり思っていた。

 「人にはどんな形であれ、想いがありますわ。それを……」
 「その話、長くなる? だったら歩きながら聞きたいんだけど。時間がもったいないし」
 「それでは皆様、越後様の元へ参りましょう。もう蔵希様にお伝えすることはございませんから」

 男たちは撫子が蔵希を突き放すかのような発言にしばし戸惑ったが、そこは渉が「行きましょう」と皆の背中を押した。そして歩みは機関車のように、徐々にスピードを上げていく。
 蔵希が共に戦うに値するかどうかを『たとえ間違いだとしても曲げない決意』や『自分の中だけにある揺るぎない覚悟』の度合いで量ろうとしていた。鼎の話を一通り聞いた時、渉はそれを他人の力で得ようとしているように見えた。だから「甘ちゃんだ」と見下した。ところがこき下ろした本人も含め、見ると聞くとは大違い。びりびりするくらいの雰囲気を醸し出しているではないか。そんな連中の説教なんざゴメンだと、蔵希は歩きながら手首などを動かし始めた。
 そんな姿を見た蔵人がひそかに笑った。実は彼、裏社会の事情に詳しい。今もどこかで戦闘準備をしている母・春香からも蔵希のことを聞かされていた。一連の仕草や言動を見て、自分が想像していた性格……つまりは『素直になりきれないところがあるかわいい子』だったのでどこか安心したのだろう。性格がつかめていれば、行動もだいたい読める。ましてや、撫子ほどの強烈な能力は持ち合わせていない。むしろ事前に撫子から聞かされた作戦で行けば大丈夫だと考えていた。少しずつではあるが歩みを進めていくうちに、蔵人と渉はそれぞれに死の匂いを感じ始めていた。


 すでに異形の怪物を目にした男がいる。ひし形の錆び落ちた金属を思わせる皮膚を幾重にも重ねた姿を確認した。情報と同じ、狂気の存在……不意にその姿と自分を重ね合わせた。赤毛の男は何度も見たはずの満月を見上げると、片目を覆っていた髪がわずかに揺れ落ちる。そこにある瞳もまた赤き光を宿していた。

 「終わらせよう……」

 ここにもまた我が道を行く男がいた。グリフレット・ドラゴッティである。彼は魔術を操り、その気配を闇の中に隠した。


 ビルの身長が低く街灯の少ない道路を照らす光は、いくつもの赤い水溜りと不幸な犠牲者、そして異形の姿を一団に見せる。その場に立っているのは、もはや言葉にならない呻き声を紡ぎ続ける怪物ただひとり。撫子は説明以上の惨劇に目を覆ったが、蔵人はさっそく仕事に取りかかる。霊的な加護を持つコートをゆらり動かすと、手にしていた白木の杖を穏やかに操り始めた。何はなくとも、今は越後に倒された人々の霊魂を送ることが先決。道路脇から地下へ流れ込む水の流れに導きを与える。

 「撫子さん、予定変更です。後で厄介なことにならないよう、犠牲者の皆さんをちゃんとお送りします」
 「わかりましたわ。わたくしと蔵希様、渉様、そしてもうお一方でしょうか……これ以上、越後様に無益な殺生はさせません!」
 「しかし、ビリビリきますね。こういう時は抜けると手っ取り早いんですが、ここまで身体との接着がひどいと梳くのがせいぜいです」

 そんなやり取りの間に異形と成り果てた越後は異能力者の匂いを感じ取り、まずは蔵希に狙いを定めて深く腰を落とした。おそらく一撃で仕留めるつもりだったのだろう。ところが先手は意外なところから打たれた。いや、『撃たれた』と表現するのが正しいだろう。撫子の言葉を借りるならば、「もうお一方」である春香がビルの屋上から正確な射撃を披露したのだ。

  チュイーーーン!
 『ガ、ガバァ……………?』

 光を遮断する特殊な黒服に身を包んだ傭兵奥様は微笑んだ。しかしベストポジションからの射撃に関してはあまりいい感想ではなかった。

 「我が力ながら本当にこれでいいのかしら、なんて思うけど。結果的にどこにいてもその場所になったはずだから別にいいわよね」

 もちろん挨拶代わりの一撃を見せた後はすばやく身を隠し、戦況に応じて場所を変える準備をしている。春香に抜かりはなかった。たとえ戦闘の舞台が変わったとしても、ちゃんと自分の武器はそれに対応している。何の問題もない。
 号砲一発、地上では戦闘が幕を開けた。先手はもちろん撫子。最初から三対の翼を得た天女の姿へと変わる『天位覚醒』、さらには戦闘態である『戦乙女』を全力全開にし、御神刀『神斬』を抜いて常人には見えない速さで越後に飛びかかった!

 「いざ、お覚悟を!」
 『ギ、ギギ? ギシャァアァァァ!』

 撫子は闇雲に速さを選んだわけではない。ましてや敵を打ち滅ぼすために能力を全開にしたわけでもない。己の信念があるからこその行動だった。しかし攻撃に転ずる際、どこかで段取りを間違えて大振りになってしまったせいで、彼女の攻撃は完全に見切られた。不恰好だが、それを受け流した越後。ただ神にも等しい撫子に反撃できるほどの運動神経は持ち合わせていない。それはすでに渉が度重なる戦闘で見切っている。蔵希でも十分に対応が可能なレベルだ。カウンターをもらう心配はない。
 実は神斬の一撃は完全にフェイクで、密かに隠し持っていた結界構築用の霊符を妖斬鋼糸に繋ぎ、それを皮膚の鱗と化した背中に滑り込ませることが目的だったのだ。相手に理性がないことと異形の姿に助けられた部分も大きいが、運もまた実力のうち。頭上で微笑む傭兵もきっと同じことを思うだろう。
 ところが蔵人の作業が思ったよりも進まない。実際には撫子の行動が速すぎるのだが、それを言い訳にするつもりはなかった。だが、不浄の霊が越後に吸収される可能性を絶対に否定する要素がない以上、彼らをしかるべき場所に送らなければならない……蔵人は改めて準備を撫子に任せ、蔵希と渉にサポートを頼む。ここで少年からの物言いはなかった。覚悟の上で動いている人間に指図する気はないし、自分は自分の信念を貫くためにやってきた。邪魔をしないのなら別にかまわない。そんなスタンスで今もここに立っていた。

 蔵希と渉は波状攻撃を仕掛け、撫子の作業をカモフラージュする。その時に皮膚が変化したと思われる部位を蹴り上げた蔵希が思わず声を上げた。

 「かってー! すげぇ硬てぇ! 人間じゃねぇな、いろんな意味で。本人はこのカッコ、知ってんのかよ?」
 「たとえ何も知らずとも気づいた時に惨劇の爪痕が残っていれば、自分の姿を想像することたやすいことでしょうね」
 「おいおい、渉! 想像したくねぇことまで、いっぱい考えちまったじゃねーか!」
 「本来の姿よりも想像の姿の方が現実にマッチしていたのかもしれませんね。後悔と懺悔は何度もお聞きしました」

 そのやり取りを屋上で聞いていた春香が、ふと感想を漏らす。

 「永遠の命ね……望む人は多いみたいだけど、手に入れた人は軒並み『いらない』って言い始めるもんよねぇ。なぜかしら?」

 その答えを聞くためか、彼女は再び銃撃を行う。サポートのサポートだ。越後の注意を散らすことで下の連中の作業をやりやすくしている。ところが適当に撃ったはずの弾丸が妖斬鋼糸の微妙なズレを補正したりするラッキーが起きた。これにはさすがの撫子も驚く。

 「わ、わずかな微調整が必要だと思っておりましたら、な、なぜ偶然にもあの弾丸が?」
 「なるようになるってことなんだけどね、お嬢さん。でもあの頃に知ってたら、戦友をなくさずに済んだかもね……偶然は、必然なのかもしれない」

 春香は自嘲的な意味合いの言葉と思い出を吐露している頃、蜘蛛の巣のように張り巡らされた解呪結界の奥義『時風遡行』に撫子が独自の改良を施した超強力な『時嵐遡行』が完成した。彼女の説明によれば、結界の範囲は従来よりも広がっており、効果も越後限定になっている。ところが敵を束縛する効果がないため、その間は越後を結界へ押し戻す必要があるという。結界内では時間をかけて解呪するのだが、どのくらいかかるかはわからない。その間に出る霊力に関しては、先ほど前作業を終えた蔵人がしかるべき場所へ帰すことになっている。
 撫子はわざと今の説明を凛と響く声で語った。なぜなら自分が結界の発動や維持をしなければならないので、越後を押し戻す役に頭数が、いや春香が絶対に必要だった。意図を読んだ彼女は「オッケーよ」と小さくつぶやくと作戦は実行に移される。いくつもの妖斬鋼糸を持ち、念を送り込むと結界の中は浄化の光に満ち溢れ、越後もそれに包まれた!

 『ガ! ガガガガガッ! ゲゴガギーーーーーィ!』
 「おい、撫子! 思ったよりリングが小さいんじゃねぇか! すぐに10カウントだぜ?!」
 「俺は撫子さんから見て左側を担当します!」

 蔵希が素直な性格でないことは誰の目にも明らか。渉は指示を出すのではなく、自分から動くことでうまく少年を誘導させた。ここでは蔵希も素直に右半分をカバーしにいったが、こんな遠まわしな気遣いを感じないほどバカではない。不満そうな表情をわずかに見せると、再び戦いの場へと躍り出た。軽い身のこなし、そして重さのある攻撃は渉に引けを取らない。しかし好青年には奥の手があった。浄化の結界で姿が見えなくなった瞬間に獣化を済ませ、二つ名にも謳われる金狼となっていた!

 「冗談じゃねぇよ。お前、俺の分までカバーできんじゃねーの?」
 「それこそ冗談じゃありませんよ。結界内に蹴り飛ばすだけでいいですから。疲れたら言ってください」
 「体験学習も楽じゃねぇな。誰見ても人間じゃねぇのだらけで、どこをどう見習えばいいのかまったくわかんねぇ!」
 「こっちも楽じゃないですよ、蔵希君。やっぱり梳く程度のことしかできませんねぇ……時間かかりそうです」
 「どいつもこいつも、何でもできるくせに面倒ばっか……!」

 悪態はつくものの、身体はしっかり動いている。不老不死が解けていく苦しさゆえか、動きの遅い越後を押し戻す作業はそれほど難しくはなかった。蔵希も的確に狙いを定めて蹴りを繰り出せるほどの余裕がある。ところが数分も立たないうちに痛みに慣れてきたのか、一気に結界からの脱出を試みるようになると難易度が格段に上がった。越後は霊符を背中につけている。だから一番大きな光を探せばいいのだが、走り出すとそれが結界の光の渦に紛れて見えにくくなってしまうのだ。
 撫子は集中を必要とするために動けないので、蔵人が浄化すべき魂の欠片がやってくる方向で判断して指示を飛ばす。次は蔵希、次は渉……結果的に蔵希の担当範囲は狭まっていった。越後のなりふり構わぬ脱出を止めるのにかなりの体力を奪われたからだ。こうなっては金狼に頼るしかない。
 蔵人が敵の行動を読み切れなくなると、今度は春香が錆びた皮膚に向かって射撃。乾いた音のする方向に待ち伏せるように仕向けたのだ。それでも間に合わない時は手榴弾を投げて退路を断ったりもしてサポート。しかし予想外の荒業に蔵希からブーイングが飛ぶ。

 「バ、バカ野郎っ! パイナップル使うなら最初っからに言えよ! びっくりしたじゃねーかっ!!」
 「でも閃光弾だと我々が不利になる場合もありますから……」
 「あれ? もしかして上の人って蔵人の関係者? ってことは、やっぱり普通じゃないよな?」

  ズドカーーーーーン!!

 なんと問題発言の直後、蔵希の真横にまたしても手榴弾が投げ込まれ爆発した! 間一髪で避けたものの、彼の怒りは瞬間湯沸かし器のように沸騰する!

 「何やってんだよ、あいつ!!」
 『グギィーーー! グガガガガガガ!!』
 「あれ……もしかしてあいつ来てたの?」
 「蔵希君、ごめんなさい。僕も油断してました……どうやらそっちに来てたみたいです。今からはいろんな意味でマジメにやりましょ。ね?」
 「す、すんません……う、上の人」


 一悶着はあったものの、結界での解呪は確実に進んでいた。この作戦に参加している誰もが越後の変わり果てた姿を一度は目にしている。錆びた皮膚の鱗は剥がれ落ち、動きにも力強さがなくなってきた。ただ、結界の外は奇妙な雰囲気に包まれていた。この後、越後はどうなってしまうのだろう。そのまま朽ち果てるのか、それともいきなり骨になるのか。想像すれば想像するほど、その疑問はそれぞれの動きに影響した。モチベーションが下がることはない。後ろを見ればいいだけの話だ。それでもこの先を考えると、どうしても……それは誰しもの心の中にあった。蔵希も、撫子も、蔵人も、春香もそうだ。結末が見れたものじゃない可能性は否定できない。

 その意識が膨らんだ頃だった。中で断末魔の叫びが響いた。この下品な声は聞き覚えがある。誰もが耳を疑った。

 『ゲゲゲゲェェーーーーーーーーーー! ゲバアアァァァァッ!!』

 「大きな塊がやってくる……撫子さん、やりましたね。思ったよりも早かっ」
 「違いますわ! わたくしの見立てではまだ早」
 「獅子の力と鷲の正確さ、そしてこのウルティマブレスレットにより創られし剣でもってすれば、不老不死が磐石でなくなった人間の命などたやすく断することができる……」
 「ドラゴッティさん……あなた!」

 撫子の思惑が共通のものとなった後での意外な結末に、今度は誰もが目を疑った。霊符が斬られたため、自動的に浄化の光が消える……その中心でドラゴッティが越後にトドメを刺していたのだ。あっけない幕切れに拍子抜けしたというのが全員の素直な感想だろう。しかしすでに骸となった越後の姿を見て、誰もがやり場のない気持ちを抱えていた。特に渉は、ドラゴッティに食ってかかった。

 「あなたにはこれが浄化の結界だとわかっていたはずだ! 撫子さんが策を選び、誰もがそれを実践していた! それも見ていたあなたがなぜこんなことを……!」
 「この手の結界は珍しくない。気配を立つ手段は魔術で十分だった」
 「そんなことを聞いているわけじゃない……っ!」
 「ならば問うが、こいつが求めていたのは死闘か?」

 相手からの意外な問いかけに、渉は思わず言葉に詰まらせた。蔵希は不意に数日前の自分を思い出す。そして自分の行動を顧みた。もう戦いは終わっている。疲れた身体をほぐしながら、ふたりのやり取りを聞いていた。春香にいたっては撤収の準備まで完了しているほどだ。もしかしたら、彼女の考えはドラゴッティに近いのかもしれない。

 「お前たちは安らぎを与えるわけでもない策を選んだ。こいつは今まで散々苦しんだ。それは金狼、お前がよく知っているはずだ」
 「くっ……!」
 「わざわざ真綿で首を絞めていくこともあるまい。だから最期くらい楽に逝かせてやっただけだ。後味がいいとか悪いとかってのは、生きてるこっちの都合に過ぎないのさ。それよりも……俺はあの女神が最初の一撃で闇に葬らなかったことを疑問に思うがな」

 正論だ。あまりに正論過ぎる。それゆえ、誰も何も口に出せなかった。

 「唯一、本懐を遂げたのは死神か。帰しておけ……こいつをあるべき場所へとな」
 「言われるまでもありませんよ。ただ僕がこの結末に満足していると思っているのはあなただけです」
 「また会う時もあるだろう……」

 ドラゴッティの去った後には無残な光景が広がった。正確に言えば、ただの一点しか変化はない。だが、こんなにも違う景色に見えるのはなぜだろう。あの月もわずかに傾いただけだというのに……


 翌日。
 蔵希は鼎から報告をした。要領がいいとは言えない彼は、出来事をありのままに語る。その中に感想は一切ない。
 ただの羅列。事実の羅列だ。鼎は黙ってそれを聞いた。結末までたどりついた物語の感想を時間を置いてから話し始める。

 「俺まで甘ちゃんだった、ってことか?」

 蔵希は撫子の策に乗った。そこに焦点を当てて言っているのだろう。しかし鼎はあっさりとそれを否定した。

 「信念という棒を立てる場所には、地面はおろか空もない。まっすぐか曲がっているか……長いか短いかの違いだけだ。それが交わる場所で人間はお互い惹かれあう。志を強く、絆を強くできる生き物だ。お前はいくつもの棒の種類を知ったに過ぎない。酸いも甘いもない。人生を長い長い道と表現する人がいるが、その道は幾重にも広がっている。それは少し考えればわかることだ。道を切り拓くというのもいいだろう。だが準備と手段があれば、その道を飛んでいく……という発想もできる。道と聞いて二次元で考えるのか、もしくは三次元で考えるのか。それだけでも違うということだ」
 「飛んだ奴は……より早く真理に近づくのか?」
 「イカロスを想像するか、ライト兄弟を想像するかはお前に任せる」

 開店準備中のバーの中での会話は充実したものだ。ただ理解するにはいささか難しい話が多い。蔵希は鼎の語り口の雰囲気を感じるようにしている。今日の話は難しいながらも面白い、そう思った。あの日の彼らがこれを聞いたら、いったい何を思うのだろうか。


 今日もまた月が昇る。昨日よりわずかに欠けた月。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

4321/彼瀬・蔵人         /男性/28歳/合気道家 死神
0328/天薙・撫子         /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
3425/グリフレット・ドラゴッティ /男性/28歳/グラストンベリの騎士 遺伝子改造人間
4400/彼瀬・春香         /女性/46歳/主婦?

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は土門圭麻絵師とのコラボレーションでした!
異色のコラボとなった今作ですが、皆さんはどんな感想をお持ちになられましたか?
個人的にはお互いの異界にぴったりな作品になってよかったと安堵しております(笑)。

今回は本当にありがとうございました。皆さんのおかげで書いてて楽しかったです!
最後に改めて、土門圭麻絵師にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました!