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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狗憑きの言い分

 真夜中にはっと目が覚めた。
「………」
 帳[とばり]は静かに布団から起き上がり、常に傍らに置いてある錫杖を手に取る。
 寝巻きのままでは動きづらい。素早く箪笥から服を出し、いつもの気楽なワンピースに着替える。
 その瞬間だった。
 がらっと、障子が開けられた。月光に照らされたのはこちらも錫杖――
 帳は現れた男を真正面から見すえる。
「何用だ?」
 低く問う。男は普通の退魔師だった。驚いたように帳を見て、
「……きみ、狗に憑かれてる自覚ないのかい?」
「………」
 自覚なら山ほどあるのだが、と帳は胸中でつぶやく。
「あのね、きみにはいけない狗が憑いているんだ。だから今祓ってあげるからね」
 いい人――実際退魔師としてはいい人なのだろう――優しい顔で錫杖をとんと廊下の上につき、片手で印を組んで何事かを唱えだそうとした。
 ――祓われてはたまらない!
 帳は錫杖を振るった。男の錫杖に当たり、男の詠唱が止まった。
「きみ、何するんだい――」
「祓われたら困るんじゃ」
 嘆息しながらそう言うと、男は急に厳しい顔になり、
「やはり狗に意識まで捕らわれているんだな――待っていろ、すぐに助けてやる」
 逆効果か。
 帳はかくんと肩を落とし、それから始まった詠唱を慌てて再度制止した。
「く……子供の体を盾にするなんて」
「いや、そういうわけじゃないんじゃが」
「こうなったら」
 男は唐突に携帯電話を取り出した。錫杖を持ちながら携帯。何だか時代も変わったものだ。
「――もしもし。ああ皆に伝えてくれ、狗憑きの少女なんだが、意識まで完全に捕らわれている。――ああ、頼む、できる限り広く」
「―――!」
 男はぱたんと携帯を閉じて、
「今ネットワークに広げたから。安心して、すぐに助けるから――」
 退魔師のネットワークなんていつの間に存在していたんだろうか!?
 すぐさま2つ目3つ目の気配が家に近づいてきたのを感じて、帳はぞっとした。早すぎる!
 最初の男はまた詠唱を始めている。
 それを錫杖で邪魔してから、
「えーい、分からず屋どもめ!」
 三十六計逃げるにしかず! 帳は真夜中、月夜の中に飛び出した。

  ●●● ●●● ●●●

「そういうわけなんじゃ」
 草間興信所に現れた少女は、日本茶をずずずとすすりながら、そんなことをのたまった。
「……は?」
 草間武彦は意味が分からず首をかしげる。
「なんじゃお主。人の話を聞いておらんかったのか」
「っていうかお前さん、入ってくるなり『茶』と言って、その後何も言ってないだろうが」
「む?」
 白髪に金の瞳をした少女は小首をかしげて、「そうだったか?」と訊いてくる。
「……お前さん天然ボケか?」
「いやすまぬ。わしの中の狗とずっと話ていたからの、てっきりお主たちにも話が聞こえているのと勘違いしてしまった」
「狗?」
「わしは狗憑きじゃ」
 くいーと日本茶を飲み干し、少女は床に置いていた身の丈ほどもある錫杖を、かたんと手に取った。
「それでじゃの」
「ああ、それで?」
「わしは退魔師なんじゃが」
「……狗憑きの退魔師……」
「そう、その狗憑きの部分じゃ。その部分が匂い始めてしまったらしくての」
「匂い始めた?」
「気配が強くなったという意味じゃ」
 少女はうんうんとうなずいた。「そうしたら当然、どうなると思うかの?」
「……それ系の退魔師に狙われるんじゃないのか?」
「その通り」
 おかわり、と草間の妹零に湯のみを差し出しながら、
「今日の未明から襲われ続けなんじゃ」
 草間はひくついた。ということは今、この興信所の周りは――
「心配せんでいい、今は気配を押し殺しておる。……この興信所は色んな退魔師が来るおかげで気配が消しやすいの。まああと5分ともたんが」
「そ、そうか……」
「それで、すまんのだが――」
 零に注いでもらった日本茶をさらに飲み干し、少女はことんと湯のみを置いた。
「わしが完全に狗憑きの気配を消すのに、あと12時間ほどいる。その間のわしの護衛を、頼めんかの」
 草間は眉をしかめてうなった。それは意外と難しい依頼だ。
「相手は当然普通の退魔師で――殺してはいけないということだな?」
「無論」
「狗を除霊されては困るわけだな?」
「無論」
 できればの、と少女は言った。
「わしはその間も自分の仕事、つまり退魔を続けたい。こういう時に限ってたくさん気配がするのじゃ。一緒に退魔を手伝ってくれる人物でも構わんのだが」
 どうじゃ? と少女は言った。
「報酬は出すぞ」
「……お前さん、名前は」
「帳」
 帳は錫杖でとんと床を叩きながら、そう名乗った。

  ●●● ●●● ●●●

「血筋でもなく、怨まれて憑かれたわけでもない狗憑きって珍しいわね」
 草間の横に座って聞いていた事務所の事務員、シュライン・エマが帳に言った。
 草間はさっそくめぼしい人材に電話をかけている。
「まあ、色々あっての」
 帳はその中学生ほどの外見とはまったく違った存在感でもってそこにいる。それはそれで何となくかわいくて、シュラインは微笑ましく帳を見ていた。
「狙ってくる退魔師って依頼を受けたわけでもなく仕掛けてくる相手なわけよね……」
 ずっと帳を見ているわけにもいかず、思考にふける。
「明らかに一般人ぽいのが側にいる事で躊躇してくれる人、中にいるかもしれないし、それはそれでラッキーな面もあるかな」
「その逆もあるかもしれんが」
 帳はシュラインを見た。「まあ、普通の退魔師なら一般人を巻き込もうとはせんだろう」
「そうよね。――あ、帳さんの中の狗さん、お名前ある?」
「名……」
 帳は首をかしげ、
「いや、気にするな。帳と呼べばよい。同じものだ」
「そう……ご一緒するんだからよろしくねと伝えてくださる?」
「聞こえている」
「よかった」
 シュラインは明るい笑顔で笑った。
「さて、わしはそろそろ行く」
 気配を消すのも限界そうだ――と帳は立ち上がった。
「お主の仲間とやらとは外で合流できんか?」
「ああ、できると思うぞ」
「じゃあ私も行くわ」
 シュラインも立ち上がった。
「……日本茶好きならお茶持っていこうか。武彦さん、魔法瓶借りてもいい?」
 小首をかしげ、草間に尋ねる。
 勝手にしろ、と手をひらひらさせた草間を見て、シュラインは台所へ向かった。
「む、よくできた女子じゃ」
 魔法瓶を取り出し零と協力してお茶を淹れているシュラインを見た帳は、
「お主にはもったいない」
 と草間に言った。
「……他人にどうこう言われる筋合いはないっつーの……」
 草間は引きつった顔で、婚約者が魔法瓶を肩にかけて帳のところへ戻ってくるのを見ていた。
「行ってきます」
 シュラインはにこりと笑いかけてくる。
 ――本当は彼女が、こういう荒事を好まないことを知っている。
「………」
 草間は立ち上がって、
「気をつけていけ」
 シュラインの頭を抱き寄せ、額に口付けをした。
「―――」
「おお、甲斐性が多少はあるのじゃな、お主」
「お前その口直らんのか……」

 シュラインとともに外へ出て、帳はシュラインの様子がおかしいことに気がついた。
「なんじゃ?」
 見上げると、
 ぷしゅう〜〜〜
 シュラインが顔から火を噴いている。
「……案外ウブなカップルだったんじゃな」
 帳は軽く腕を組んでうなり、そしてその一瞬後には「はて」と上空を見上げていた。
 ばさり、と翼がはためき、黒い羽根を散らす。
「よう、シュライン」
 上空から挨拶してきたのは黒髪の少年だった。「草間サンが言ってたの、そいつ?」
「お主……天狗か」
 帳は少年を見上げて目をぱちくりさせる。
「おう、俺は天波慎霰[あまは・しんざん]。……確かに狗憑きだな。しっかしこのたびは大変だなあお前」
 俺はよう、と慎霰と名乗った天狗の少年は言った。
「そもそも相手が狗ってだけで問答無用に襲いかかってくる頭の硬い退魔師連中には嫌気がさしてたんだ」
「うむ。さすが天狗、話が分かる」
「此処らでいっぺん痛い目に遭わせた方がよっぽど世の為、妖の為だぜ」
 ぐっと拳を握り、
「俺は悪い人間をとっちめる達人だからな、任せとけ」
 強く請け負う。
「うむ。任せた」
 帳は大真面目でうなずいた。
「んで、俺の相棒が今来るはずなんだが……」
 空中であぐらをかき、腕を組んで慎霰は首をかしげた。
「おっかしいな、遅い……」

「……前回のが不味かったかなぁ、あの天狗に目を付けられるとは……」
 不覚だぜ、と鈴城亮吾[すずしろ・りょうご]はつぶやきながら走っていた。
 天狗とはもちろん慎霰のこと。学校帰りに待ち伏せされて、何かと思えば突然「狗憑きを護る。手伝え」とのこと。
「また厄介事に巻き込んでくれやがって……ま、しょうがねぇか」
 嘆息ひとつ。「人前で力使っちまったしなあ」
 亮吾は亮吾で、外見普通の人間に見えて実は普通ではない(何をもってして普通と言うのかは分からないが)。彼は精霊と魂が交じり合った後天的な異能者だ。
「に、しても――」
 亮吾は行く先をにらみつけた。ぎりぎりと歯ぎしりをして、
「俺を置いてさっさと飛んでいくんじゃねーーー!」
 ――草間興信所まで、ダッシュだぜ(ぐっ)
 親指を立てて言うだけ言って飛んで言ってしまった天狗を心底憎く思いながらも、亮吾は草間興信所に向かって走る――

 草間が慌てて外に出てきた。
「あら? 武彦さん……どうしたの?」
 虚脱状態から脱け出していたシュラインが振り向く。
 草間は真顔で「危険だ」と言った。
「危険だ。犯罪になる」
「な……なにが?」
「む? 誰か来る」
 帳は遠目に、黒尽くめの女性が歩いて来るのを見た。
「草間、今度は何の用だって?」
「あら、冥月さん――」
 こんにちは、とのんきにシュラインは挨拶をしていた。それに手を振って応えた黒冥月[ヘイ・ミンユェ]は、怪しい動きをする草間を不審な目で見た。
 草間は帳を隠していた。その脇からのぞいて、
「……なんだ? そこにいる小娘は」
「今回の依頼人だ。今回はこの娘の護衛だ。だがな冥月――」
 草間は大真面目に拳を作った。
「……いくらかわいいからって、子供に手を出したらさすがに犯罪だぞ」
 ぐがっ! ばきょっ!
「……お前を護衛するのか? どうして」
 冥月は帳を見下ろしながら本人に直接聞いた。
 帳はアッパーをくらってそのまま電柱に追突した哀れな草間氏をぼんやり見てから、
「これは、強力な護衛になりそうじゃの」
 とつぶやいた。
 ――話を聞いた冥月は、「面倒な」と一言。
「私の影の中の別次元なら完全に遮断できるものを」
「影? ふむ。しかしそれではわしが仕事をまっとうできぬ」
「分かっている」
 ところで、と冥月は後ろを指差した。
「……そこのじいさんは誰だ?」

「私は占見清泉[うらみ・せいせん]」
 3つ揃いのスーツを着込み、黒檀のステッキをつき、白い蓬髪を撫で付けたエセ英国紳士風の装いをした老人は、そのように名乗った。
「今偶然耳に入ったのですがな」
 清泉は好々爺然とした目を帳に向けた。「そちらの方が、今回ご災難に遭われていらっしゃるとな。それはそれは」
 ――本当に偶然か? と誰もが疑問に思った。
「ここはひとつ、この爺も参加させてくださらぬかな」
 ほっほと笑いながら、清泉は言った。「こう見えてもなかなか動けますぞ」
「なんでえ突然。爺さん、何が目的だ?」
 空中であぐらをかいている慎霰が思い切り不審そうに清泉をじろじろ見た。
 ほっほと清泉は微笑んだ。
「『狗憑きの退魔師』という過酷な道を行く若人を見物……こほん、ええ、応援したく思ったのですよ」
 ――本当か? と誰もが疑問に思った。
「……ちなみに応援はまだ来るぞ」
 シュラインに救出された――他の誰にも救出されなかった――草間が、額から血を流しながらも報告する。
「はい、私はもう到着いたしております」
 突然声が聞こえたが、もう誰も驚くことなく振り向いた。
「どれだけお役に立てるかわかりませんが、ぜひお手伝いさせてください」
 にっこりと微笑んだ女性は静修院樟葉[せいしゅういん・くずは]。和装に両手を前で合わせ、
「帳さん……とはそちらの方でしょうか?」
「そうじゃ。お主は?」
「静修院樟葉と申します。微力ながらお手伝いさせていただきます」
「ありがたい」
 2人は握手を交わした。
「さて、わしが気配を消せるのはそろそろここまでなのじゃが……」
「遅ぇなあ亮吾」
 ちっと舌打ちする慎霰。
「こんなことなら抱えて一緒に連れてくればよかった」
 ――最初からそうしてやれよ、とは誰もつっこまなかった。

 そして約10分ほどして亮吾がたどり着いた時、
「――来る!」
 まずやってきた“退魔師”一派の襲撃が――

「おい帳とやら。お前どちらの方角に行きたい」
「今は北じゃ」
「北か」
 冥月は影で一気にからめとった襲来者を眺め、
「これは全部退魔師か?」
 と周囲の人間に訊いた。
「おやおや……これはまた乱暴なほど見事な」
 清泉がのんきにほっほと笑っている。
「私は言っておくが退魔師ではない。よってそちらの方面に詳しいとは言いがたいな。だから指針が欲しい」
「どんな指針がいいかしら?」
 シュラインが小首をかしげる。
「退魔師を近付けない事は可能だが、退魔師の特徴はあるか。大抵こんなの持ってるとか独特の格好してるとか」
 その間にも他のメンバーはそれぞれに動き出していた。
「退魔師ねぇ……ネットワークでの検索も高速化しとかねーと、時間勝負だしな」
 たどり着いたばかりだというのに慎霰に「早くしろ!」とどつかれた亮吾は、ぶつぶつ言いながらも満更でもない表情でいつも持ち歩いているパソコンと携帯をつないだ。
「亮吾、早くしろよ」
「ほんの一瞬も時間くれないわけ? まったくもう……」
 亮吾は主に電気系回線を利用した捜索、探索を得意とする。
 ネットワークに引っかかる情報を高速で処理していく――
 また一方で――
 樟葉が、空を仰ぎ精神を集中していた。
 ――『精気感知』。
 彼女は上級妖魔だ。半径300m内の人間の気配を感知できる。
「――退魔師と言ったら、帳ちゃんみたいに錫杖とか、符とか、あとは護り刀とか……? うーん、最近は多角化してて難しいのよね」
 ほら、とシュラインは亮吾を見る。
「ああやって電子機器を使う子も出てきたし」
「……本当に面倒だな。まあいい」
「帳さん、北へ向かうならこちらへ!」
 樟葉が感知した人間の精気の気配から、一番術者が少ないと思われるルートを判断して帳を促す。
「おっと、俺もついてくぜ――亮吾、連絡忘れんなよ!」
「分かってら!」
 慎霰が帳の後を飛んでついていく。亮吾は興信所の前でかたかたとパソコンのキーボードを叩く。
「私たちを置いていったら話にならんだろうが……」
 冥月が音もなく走り出す。
 シュラインが慌てて走り出そうとして、くるっと振り返った。
「あの……清泉さん?」
「なんですかな?」
「ええと……みんな走っていきますけれど……」
「ご安心なされ。どうぞお先に。いやはや皆様血の気が早いことですが、若人には負けません」
 シュラインは首をかしげながら冥月の後を追った。
 清泉はほっほと、やはり謎の笑みを浮かべていた。

 帳には残念ながら翼がない。だから走っていくのだが、それがまるで飛び回る蝶のように軽やかで速い。
 上空を飛ぶ慎霰は術で己の姿を消した。
「いつでもちゃんと見守ってっかんな!」
 声だけ聞こえる。
「信頼しておるぞ」
 と返した帳は、
「北……まっすぐ北に、念憑きがおる」
「憑き……。帳さんは、憑きもの落とし専門の方ですか」
「そうじゃ」
 わしらの内では、『壊れ者』と呼ばれておる――と帳は言う。
「障気に抗えず姿を変えたあやかし、もの……それらが憑いた者どもを祓っておる」
「あなたも狗憑きなのに、ですか?」
「………」
 帳は応えなかった。街道の途中でざっと立ち止まると、1人の青年の前で錫杖をかざす。
 樟葉は青年を見る。青年はひどく顔色が悪く、一目で尋常ではないと分かった。
「……念の年齢は若いの。助かったわ」
 帳は錫杖を左手に持ち縦に構え、青年に右手を掲げた――印を結んだ右手。
「瘴気に呑み込まれし人の心よ」
 青年の体がぶるぶる震え始めた。樟葉の目にどす黒い紫色の何かが見えた。
 だんだん、だんだん、それは青年の体から帳の右手へと吸い込まれていく。
 帳はすっと右手から左手へ、錫杖を持ち替えた。
 錫杖にするすると移りゆく何か……
「逝くべきところへ」
 かん!
 錫杖が打ち鳴らされた。
「還れ!」
 錫杖から、光がほとばしった。
 樟葉の目にも分かった。――どす黒かった何かが、浄化されて美しく消えていく……
「――憑き物を」
 目をまたたかせて、樟葉は呆然と言った。
「赦して、いるのですね。あなたは……」
「それが役目なのでな」
 次はここから東じゃ! と帳は駆け出す。
「東でしたらこちらのルートで……!」
 樟葉の案内が始まる。
 ――周囲では、帳護衛巨大網が敷かれていた。

 冥月は帳に近づいた人間を半径1km全員、すべて影で拘束した。
「シュライン、民間人と退魔師の見分けを頼む」
「え、ええと……」
「民間人にお前が触れていけ。そうしたら影から抜けるようにする」
 言われた通りに、シュラインは歩いて民間人だけは解放していく。
 驚いたことに、本当に捕らわれてしまった退魔師がいた。
「な、なぜ……普通の人間が味方しているんだ?」
「ええと……あの子は特殊みたいなの。憑かれてるままでいいんですって」
「それは洗脳されているとしか思えない。……もしや周囲の一般人のあなたたちまで……!」
「………」
 逆効果だった。
 ちょっと沈んでろ、と遠くから冥月の声が聞こえた気がした。おそらくこちらの会話が聞こえていたのだろう。
 瞬間、目の前の退魔師は影に沈んだ。
 と、近くから、「何だこれは!」と怒鳴り声。
「あら、あなたも退魔師ね。帳さん目当て?」
「何の話だ? これは貴様の仕業か? 早く解け!」
「……冥月さん、関係ない退魔師さんも捕まっちゃってるわ」
 ――関係ないかどうかまだ分からない。
「それはそうだけれど……」
「おいこら、早く放せ!」
 シュラインは影に手足を捕まえられ暴れている退魔師をじっと見つめた。
 そして、
「――すみません。場合が場合なんです」
 ふっと息を吸い、人不可聴音域の声を吐き出す。
 三半規管を狂わされた男は脳震盪を起こしてぐったり気を失った。

「うっわー! ネットワーク完全に遮断しやがんの、あの姉ちゃん!」
 亮吾はひいと悲鳴を上げていた。これでは情報が回ってこない!
『亮吾、亮吾ー!』
 携帯電話からは慎霰の怒鳴り声。
「わ、分かってる分かってるってば!」
 そっちにいるなら状況はそっちの方がよく分かっているだろうに……などとぶつぶつぼやきながら、亮吾は情報検索位置をずらした。
 帳の周辺、ではなく。
 帳の行く先、へ。
 冥月は帳の後ろを行っている。それならそこからはずれた、帳よりも前を行く退魔師を探すしかない。
 あの和装の女性が帳をうまく人気のない道へ誘導している。しかしそれも完全ではない――東京は人という生き物の巣窟。
(完全に人のいないところに逃げるなんて不可能だ……)
 なんせあの帳は、『自分の仕事は続行したい』としているのだ。完全に身を隠すならともかく、それなら人間の輪から離れられるわけがない。
 情報が飛び交う。亮吾は意識を集中して読み解いていく。
(いた!)
 まだ拘束されていない退魔師が帳の前方から1、2、3……
(7人!)
 すぐさまパソコンのキーボードを叩く。つながっている携帯にリンク、そこから慎霰の携帯へリンク――

(7人……思いの外多いじゃねえか)
 亮吾からその7人の外見的特長、能力までの情報までを送ってもらい、よっしゃと慎霰は本腰を入れた。
 冥月は半径1kmを拘束して以来、そこに引っかかっている人物を調査するためにそこから動いていない。シュラインはそれを助けている。樟葉はずっと帳と一緒だ。なら後は自分が動くしか――
(あん?)
 帳の前方まで飛んでみて、慎霰は仰天した。
「ほっほ。お若いの、思ったよりお早いお着きでしたな」
「じっじじ……!」
 なぜかこつぜんと、狙いの林の傍に清泉が現れていた。くるくるとステッキを回して、楽しげに。
(しかもこいつ、なんで俺のこと見えてやがる……!?)
 てゆーか『思ったよりお早いお着き』って何だ!
「俺様を舐めてやがんのかっ!」
 つい姿を現して怒鳴ってしまった。
 清泉はどこ吹く風で、
「いやあ、今日はよい天気ですなあ」
「爺い邪魔だ!」
「昔から爺を大切にするとよいことがあるといいますぞ」
「今は邪魔だ、心っ底邪魔だ、いいからどけ!」
 亮吾の情報ではここから1人、退魔師が――
 はっと振り向くと、林の中に人がいた。退魔師ではない。むしろ――逆だ。
 樹によりかかり、はあ、はあと荒い息をついている。その手が胸元をかきむしり――血を流している。
 腕が変貌している。獣の手へと。
「……憑き者か。悪い憑き方してやがんな」
 きっと帳の狙いはここだろう。そして開きっぱなしの携帯電話から送られてくる亮吾からの連絡は、着実にこちらに退魔師が近づいている報告――
 そしてざざざざっと足音はやってきた。
 ――樟葉と帳だ――
「狼憑きか!」
 帳が樹にもたれかかって苦しんでいる青年を見て錫杖を構えようとする。
「いけません、帳さん、人が――」
「来る!」
 林をぬけて、その壮年の退魔師は姿を現した。
 修験道者の服装をしていた。手にしているのはもちろん符だ。
 修験者はその場の様子を見て、目を大きく見開いた。
「何と――狗憑きばかりではなく狼憑きに、天狗だと!」
「―――!」
 慎霰はとっさに修験者の顔に天狗の面をつけた。
「逃げろ!」
「狼憑きを落とさねば――」
「俺がもっと見開きのいい場所に連れて行く……っ!」
 慎霰の示す方向に、樟葉は帳を引っ張っていく。
 天狗の面をつけられて修験者はあたふたした。その間に慎霰は狼憑き青年を操り、帳を行かせた方向へと連れて行こうとして――
 ふと携帯電話を見た。そして目を大きく見開いた。
(しま……っ!)
 それは今帳を行かせた方向に新しく退魔師が向かったという報告だった。

 天狗の面をようやくはずした修験者は、顔を真っ赤にして「どこだ……!」と今の集団を追おうとした。
 しかし、
「そこの。お若い方」
 ……エセ英国紳士風味な老人に呼び止められた。
 にこにこと好々爺な笑顔を浮かべながらとことこと歩いてくると、
「いい天気ですなあ」
 修験者は「いやご老体、今私はそれどころでは――」と逃げようとする。
 けれど老人の会話というのは中々逃れられないもので。
「時にあなたは精神修行の途中と見受けられるが。あれ、あれはどうですかな? チェスなどは。精神が鍛えられますぞ。頭も精神も鍛えられますぞ」
「いや、あの」
「ふうむ、日本風の方がよいと? では将棋でしょうかな。碁もよろしい。縁側、よいですな。よい雲が見えますぞ」
「あの……」
「おお、今鳥が行きましたぞ。ごらんになりましたかな?」
 指を指す老人についついつられ。
 結局修験者は当初の目的を捨てざるをえなくなってしまったのだった。

「んっ?」
 冥月は自分の結界をぐんと押した存在がいることに気づいて、眉をひそめた。
「私の結界を抜けたな……たいした輩だ」
 冥月は走り出した。その気配の方向へと。
 やがてたどり着く。
 ――それは華奢な、巫女だった。
 黒髪も艶やかな、少女にも見える巫女は冥月に気づき、
「……この不思議な結界はあなたでしたか……」
 しゃん、と錫杖を鳴らす。
(錫杖……ね。だが巫女となると……)
「あたなはわたくしの敵ではない……」
 巫女は再び、しゃん、と錫杖を鳴らした。
「それでも……戦いますか?」
 しゃん
「愚問だ」
 冥月の余裕に目を細めた巫女は、次の瞬間影で手足を拘束された。
「――武器の破壊――」
 錫杖が影の中でぼきりと折れる。
 しかし巫女もまだ余裕の顔のまま。
(やはり何か持っているか――)
「愚問です」
 はっ!
 巫女は気合をこめた。そして、
「臨兵闘者皆陣裂在前臨兵闘者皆陣裂在前」
「―――!」
 冥月の影の中で、巫女の特異なる力が膨れ上がっていく。
「臨兵闘者皆陣裂在前! 破ッ!」
 ぱぁ……ん……
 影が弾け飛び、巫女はそこから脱け出した。
 冥月は目を見開いた。――影は次元そのものだ、術では破れない。
 巫女は音も立てずに地面に降り立つ。
「なぜか、と問いますか?」
 巫女は冥月に向き直る。
「それは、今の力が『術』ではないということです。まさに精神。精神力そのもの」
「面白い……」
 冥月はちろりと舌なめずりをした。「私と拳でやるか? 余計に苦痛だぞ?」
「精神は力を凌駕する。あなたは私には勝てません」
 巫女は凛とした姿でいう。
 冥月はすうと息を吸った。――これくらいの挑発で冷静さを失ってはいけない。自分は暗殺者、闇に潜む最凶の。

 冥月の結界を探っていたシュラインは、あるところでびくっと震えた。
 冥月の影を――次々と脱け出していく一団がいたのだ。
「ナナカデの巫女……うまくやったようだ」
 つぶやき声が聞こえる。
 察するに――その巫女のせいで、冥月の集中力が偏った、か……
「まったく……たかが狗憑きに苦労させられるよ」
「たかがではない。……怪異は滅するべきだ」
 数人の男たちがばらばらと入り込んでくる。
 ――これだけの人数を集めたの!?
 シュラインは帳から聞いた退魔師ネットワークの話を思い出していた。
 怪異に対してこれほど偏った考えを持つ者が、しかも団体になっているなんて……
 この東京も……恐ろしくなっていくわね。
「おい、誰だ!」
 誰何の怒声。それが自分にかけられたものだと気づくのに大分かかった。
「一般人か……?」
「しかしこの結界内にいるぞ」
「怪しいな。お前、何者だ」
 シュラインは今度は迷わなかった。
 超高音域。未知数の周波数。
 男たちが頭を抱えてうめき、やがてどさどさっと倒れていく。
 のどの調子を整えたシュラインは、倒れた男たちの様子を確かめながらつぶやいた。
「私でも戦える……? 武彦さん……」

 目を軽く伏せる。
 ――鼓動を感じる。巫女と自分と。
 呼吸まで、すべて。
 相手は、自分が出てくるのを待っている――
 冥月は地を蹴った。拳を、下からねじるように巫女の腹に……

 パアン!

「臨兵闘者皆陣裂在前臨兵闘者皆陣裂在前」
 唱え続けられていた九字真言。細い両手の人差し指だけで冥月の拳は受け止められていた。
 衝撃がはじけてぱちぱちと火花を散らす。
 冥月は――
 拳を進めるのを、やめなかった。
 九字真言はやまない。巫女に疲れる様子もない。この拳を保つのに必死で、外の攻撃をする余裕もない。それでも。
「……甘いな」
 冥月は片唇を上げた。そして、
 腰から下の力を拳にすべてこめた。
 巫女が大きく目を見開いた。彼女の両手を突き破って――
 暗殺者の無駄のない、しかし渾身の力をこめた拳は、巫女の腹に突き刺さった。

 軽い巫女の体が飛んでいく。
 どさり……
 瞬間、冥月ははっと思い出して半径1km以内の結界を強化した。
「しまった……シュラインは無事か?」
「冥月さん……!」
 つぶやいた矢先に、シュラインが走ってきた。
「お前は無事か。……帳はどこへ行った?」
 冥月とシュライン、揃って影の捜索と足音の捜索で帳を捜す。
「――いつの間にあんなところに――」
「動くぞ!」
 冥月とシュラインが走り出す。

 慎霰に示されて樟葉と帳が向かった先では、
「待っていたぞ狗憑きの娘……!」
 年季の入っていそうな退魔師が待っていた。攻撃方法――刀!
「帳さん、どうぞさがって」
 樟葉は前に立った。そして扇を取り出した。
「扇で刀に勝てると思うてか? 一般人殿、できればどいてほしいのだが?」
「訳あって今は一般人ではございません。とにかくお相手いただきましょうか」
 退魔師は刀を無造作に振り下ろしてきた。
 パシッ
 樟葉の扇は、それを軽く横へいなしてしまった。
「――我が名に於いて、彼の者の動き一切封ず」
 言霊に力を乗せ、陰陽師の力をあっさりと封じる。
「言霊……ふむ。陰陽師系統の方であったか、樟葉殿も」
「……ええ、まあ……」
 樟葉は帳に向き直った。
「……あなたは、なぜ狗憑きに?」
 樟葉も妖魔になり、家を追われた身だ。目の前の少女がどうしても放っておけない。
「………」
 帳は少し考えていたが、
「――死にかけていたところを、憑依することで救ってくれたのじゃ」
 首筋をぽりぽりかきながらつぶやいた。
 樟葉は怪訝な顔をする。帳がやけに目をそらすから。
「まあ、そういうわけじゃ!――天狗! 遅いぞ!」
「すまねえ、今のは俺のミスだ!」
 狼憑きを連れてきた慎霰は片手で詫びてきた。
「気にするな。……お主が眠らせてくれたのか?」
「ああ、いまいち思うように動いてくれなくて面倒だったから」
「ありがたい」
 帳は慎霰によって眠らされている狼憑きに、錫杖を直接つきつけた。
「さあ来い瘴気に犯された哀れな獣よ……今その苦しみから解き放たん」
 錫杖にどす黒いものが吸い込まれていく――
 そして、とん……
 錫杖が地に打ち付けられた。
 光が、飛び散った。
「お主ら、傷の手当はできぬか?」
 帳は樟葉と慎霰を見る。
 狼憑きだった青年の体にはかきむしった胸や首に深い傷がある。血が流れている。
「手当て……くらいでしたら」
 樟葉はどこから取り出したか応急処置セットを取り出した。
「血止めくらいは可能か」
「おい早くズラからねえとここもやべえ」
 慎霰は帳の手を引いた。「お前が行きたいのは次はどこだ?」
「すぐ東じゃ、そこに同じような狼憑きの気配が大量に――」
「東? くそっ。思いっきり待ち伏せされるぜ!」
 亮吾からの情報は常に更新されている。ぴっぴっと次々と情報。
「ったく、1人の狗憑きに何でここまで……」
「ネットワークと言っておったからな」
 帳は錫杖を鳴らした。「おそらく退けんのじゃ。プライドにかけて」
「くっだらね〜〜!」
 しょうがねえ、と慎霰は覚悟を決めた。
「俺と一緒に突っ込むぜ。俺は退魔師どもの足止めをする。その間に祓い終われ」
「承知」
 飛んだ方が早いと、慎霰は翼を生やし、軽い帳を抱えて東へと向かった。

「あれ……きみ、何してるの?」
 声をかけられ、亮吾は集中力を乱された。
「もー。今大変なとこなんだよ、一体何……」
 にらみつけるように横を向くと、
 明らかに神主姿の男がそこにいた。
(げっ! ていうかたった今ネットワークにひっかかったし!)
 バグかよも〜! と亮吾はじたばた暴れた。
「ねえきみ、このあたりで狗がどうのって言ってるおかしな女の子を見なかったかい?」
 ……おかしな女の子?
「おかしいのはおじさんたちの方だろ?」
 むっときた亮吾は言ってやった。「1人の女の子執拗に追いかけて……変態集団かっての」
 神主は眉間にしわを刻んだ。
「……いけないな。きみは怪異の恐ろしさを知らない。今度神社に来なさい、よくよく説いて聞かせてあげるから」
「いらねえよ!」
 亮吾は腰に取り付けていたレールガンを神主の足元に放った。ヒット! 神主が威勢よくその場に倒れる。
「……あ、いけね。威嚇のつもりがムカついて当てちゃった」
 逃げよ逃げよ。そそくさと亮吾はその場を後にし――
「それにしても……はあレールガン。弾代10円……」
 中学生の財布の寂しさを肌で感じる亮吾であった。

「いた!」
「狗憑き……!」
「見つけたぞ!」
「何だと……天狗まで!?」
 ばらばらと森の中から現れる退魔師たち。
「あーもーボキャブラリーねえんだよお前らっ!」
 怒り心頭で慎霰は笛を取り出し、奏で始めた。
 途端に退魔師たちは躍り出す。
 帳は噴き出した。
「ぶい〜〜〜〜!」
 慎霰は「笑ってないで早くやれ!」と笛の音で表現する。
「す、すまぬ。愉快で愉快で。では」
 帳はすっと身を翻した。
 はあ、はあ……
 荒い息でこちらへ向かってくる、両手が獣となった女性――
 帳は錫杖を鳴らす。

 ……気がつけば、陽が傾き始めていた。

 逃げて逃げて逃げ回って。追って追って追いまくって。
 冥月が影で束縛すれば、シュラインが高音域でかく乱させる。慎霰が幻で錯覚を見せれば、樟葉が扇で武器を弾き飛ばす。
 追いついた亮吾がスタンガンで気絶させれば、ひょうひょうと神出鬼没の清泉が意味不明の言動で退魔師たちを引っかき回す。
 夜になればシュラインが持ってきたペンライトが役に立った。
「いい灯りですなあ。まるで狼男でも呼びそうな灯りですな。ほっほ」
 帳が浄化した憑き物も一体いくつになっただろうか――
「ん」
 帳が突然仁王立ちになった。
「……わしの気配が、元に戻る」
 月が――
 中天に昇る頃――
 ちらちらと光が帳に降るような錯覚が、周りの者には見えた。
 そしてふっとその場の力が抜けて、亮吾や慎霰がどっと脱力して地面に転がる。
「さすがに魔法瓶ももう効いてないかもしれないけれど」
 とシュラインが、帳に日本茶を渡した。
「うまい」
 帳は微笑んだ。
「……うむ。ありがとう、お主ら」

  ●●● ●●● ●●●

 夜闇の中を、7人で揃って帰った。
「母さんが怒髪天だ……」
 携帯も使いっぱなしだったので家に連絡できず、亮吾が慌てて電話をすると怒鳴られた。
 けけけと慎霰が笑った。
「お前いい働きしたじゃねえか。お前の情報役に立ったぜ」
「下働きすぎて目立たないのが辛いよな、情報収集者って」
 亮吾はぼやいた。
「亮吾くんの家には、事務所の方からもお詫びをするから」
 シュラインが優しく言った。
 謎の英国紳士は、
「いやはや。若人の宴席は楽しゅうございましたぞ。ではまた、どこかでお会いしましょう」
 腰を折って、そのままどこかへ消えた。最後まで謎な老人だった。
「まったく……宴席などと、言ってくれる」
 冥月は腕を組んだまま嘆息する。
「帳さん……これからどうされるのですか?」
 樟葉が尋ねる。
「草間殿に礼を言う」
「それから……?」
「家に帰るが……」
 樟葉は、それでも気がかりなようだった。
「あなたが狗憑きである限り、このような事態はまた起こりえます。……あなたは今のままで、いいと?」
 帳は足を止めなかった。
 月光が、少女の横顔を照らした。
「――わしのパートナーじゃからな」

  ●●● ●●● ●●●

 帳の出した報酬はすごい金額だったが、参加したメンバーに振り分けると結局草間興信所にはたいした量は入らなかった。
「ま、いいさ……みんなが無事だっただけでも」
 大変な騒ぎだったようだからなあ、と草間はくわえ煙草でぼやく。
「………」
 シュラインは珈琲を持ってきた。そしてかたんとテーブルに置くと、
「……ねえ、武彦さん」
「んー?」
「私も、戦えるのかしら」
 ――今日もたくさん見た、異能者たち。
 自分は彼らほど戦いに卓越していない。参加――してもよいのだろうか?
「………」
 ふーっ
 草間は煙草の煙を噴き出すと、
「……鈴城は、ほぼ最後まで情報担当だったらしいな」
「あ、亮吾くん? そう」
「縁の下の力持ちだったらしいな」
「―――」
「帳。あいつは絶対に狗を祓う気はなさそうだな」
「―――」
「シュライン」
 草間はソファに座りなおす。
「……戦いに必要なのは、異能じゃない」
 そしてシュラインが持ってきた珈琲に手を伸ばす。
 一口。
「……うまいな」
 そして、
「それ以上に、何を望む?」
 シュラインは首を振った。草間の横に座り、その肩にもたれかかる。
 零がそっと部屋に戻る。

 草間興信所は相変わらずの煙草の匂いと、珈琲のほろ苦い香りに包まれていた。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1928/天波・慎霰/男/15歳/天狗・高校生】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6040/静修院・樟葉/19歳/妖魔(上級妖魔合身)】
【7266/鈴城・亮吾/男/14歳/中学生】
【7284/占見・清泉/男/70歳/御隠居】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回も依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
シュラインさんに関しては以前の云々を持ち出してみました。おかげでラストがあんなんになっちゃいましたが(滝汗
よろしければまたぜひお会いできますよう。

なお、このノベルはCHIRO絵師とのコラボです。
帳とのピンを描いてもらえますので、CHIRO絵師の個室をぜひチェックなさってくださいね。