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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


永遠に、あなたの

「秋の花は……これでよかったか」
 江戸崎満は落ち着かない気分で、自分が持ってきた花束をしきりに見下ろした。
 ――白いコスモスと、藤色のホトトギスの花束。
 花屋では菊、薔薇もいいものですよとすすめられたが、これから会う人には合わないような気がして断った。
「白いコスモスは……やめた方がよかったか……」
 何しろただでさえ真っ白な世界で、病魔と闘っている人に会いに行くのである。
 しかし花屋の店員は満の様子を見て、どんな相手に贈るつもりなのかを察してしまったらしく、ご丁寧にこんな花を用意してくれてしまった。
 しかしまあ。
 ――いつまでも迷ってらいれない。
 心が急くのだ。早く早くと。
 あの人の元へと。

 春に、手を取り合ったあの人の元へと。

 病室へ入ると、花束の美しさなど吹き飛ぶほどに美しい花が、そこには咲いていた。
「こんにちは、満さん」
 マフラーを編む手を休め、ベッドに起き上がっていた弓槻冬子が笑顔をくれた。
 ――本当に。こんな笑顔をもらってしまったら、自分の花束がかすんでしまう。
 自分はあげる方でなくてはならないのに、彼女と会うといつもこうだ。
「満さん……?」
 気づくと、1人ぼんやりつっ立っていたらしい。不安そうに冬子が名前を呼んでくる。
 満は慌てて、
「あ……と、こ、こんにちは。……加減はどうですか」
 とベッドに近づいた。
 冬子は安心したように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。だって満さんが来てくれたんですもの」
「いや、そういう問題じゃ――」
 照れたり焦ったりの満の様子をくすくすと見て、
「――本当に調子はいいの。心配しないで……」
 花のような人はそう言った。
 満はようやく、安心して笑みを浮かべることができた。
 そして、すっと花束を差し出す。
「まあ綺麗な花束。下さるの?」
 冬子の白い頬に朱がさす。
「もちろんです。……花屋の店員が言うには、ええと……花こと……」
 満は思い出して真っ赤になり、冬子が小首をかしげたのを見て、
「な、なんでも――」
「花言葉、ですか?」
「………」
 満は耳まで真っ赤になって、
「気にしないで下さい。――今、花瓶に活けます」
 逃げるようにそう言った。
「もう、満さんったら」
 冬子がぷっと膨れる。「逃げるのは卑怯ですよ」
「いや、もう、勘弁してください」
「んもう」
 ふくれっつらを思う存分満に見せて、満がひとしきり慌てるのを見てから、冬子は明るく笑った。
「ふふっ。満さんったら、かわいい」
 かわいいと言われた時、男はどうすればいいのやら、はて分からぬ。
 800年も生きていながら、見当もつかないこともあるものだなと、満はこの歳になって新たなことを学習した。
 気を取り直し、こほんと咳払いをして、
「でも、これは言っておきます。白いコスモスはあなたのこと、藤色のホトトギスは俺からあなたへの気持ちです」
「まあ、そんなこと言われたらなおさら知りたくなってしまうじゃないですか」
「……知らなくてもいいです」
 我ながら意気地がない。しかし堂々と言うには少し恥ずかしすぎた。
 花瓶を整え終わってから、満は冬子のベッドの横の椅子に座る。
「マフラー編みですか」
「ええ。もうすぐ冬ですもの」
「……ご自分用ですか」
 つい訊いてしまって、冬子にくすっと笑われた。
「ヒミツです」
 満はぽりぽりと頭をかく。――自分に――と思うのは、自意識過剰だろうか。
 それとも、願いだろうか。
「満さんも、陶芸の方はどうですか?」
「ええ、来年用に食器一式をそろそろ作り出そうかと」
「こんな時期からですか?」
「……来年用からは、2セットずつになるかと思ったもので」
 言って、満はぽりぽりと恥ずかしげに首のうしろをかく。
 冬子はその意味を少し考えてから、ようやく気づいて――ぽっと赤くなった。

 窓は閉まっている。カーテンは開かれて、明るい陽射しが冬子の紅潮した横顔を照らした。

 冬子は外を見た。
 薄水色の空が見える。雲が行く。彼女の好きなパステル色の世界。

「海が、見たいです」
 冬子がつぶやいた。
 満は驚いた。
「今は秋ですよ? 体が冷えます。だめです」
「秋の海も綺麗だと思いますよ?」
「それでも――」
「見てみたいんです」
 冬子はまぶしい陽射しに目を細め、囁くように言った。
「人のいない海のさざなみ……きっといい景色でしょうね……」
「………」
 満はその横顔を見て、じっくり考えた。
 体に悪い。そのことを分かっていても。
 ――普段、わがままを言わない彼女だから。
「……分かりました」
 満は困ったような笑みを見せた。「でも、1人きりはだめですよ」
「ええ、もちろん」
 冬子はうふふっと笑った。

 ■■■ ■■■

 外泊許可を取り、2人は白樺療養所から出た。
「少し……電車を乗り継ぐことになりますが」
 旅館の予約も済ませた満が冬子にそう言うと、
「構いません」
 冬子はショールを肩にかけ、毅然と立っていた。
 秋風にも吹かれたら倒れそうな体をしているのに――どうしてこうも、彼女は強いのだろう。
 そんな彼女に惹かれた。しみじみと思う。
 電車の中は、まだ暖房も入らず少し寒かった。けれど2人は寄り添って。
 満は、冬子の体の冷たさを感じていた。
 自然と握り合う手。
 ごとんごとんと電車は揺れる。2人の心を穏やかにするように。
「この秋は……どう過ごしましょうね、満さん」
「俺は冬子さんが一緒ならどう過ごしても構いません」
「そんなこと言って。やりたいこともたくさんおありでしょう?」
 冬子はくすくすと笑う。
「やりたいこと……ですか」
 満は困った顔をする。
 たとえば陶芸。たとえば料理。
 やりたいことと言えばそうだが、今はどれをとっても冬子にしかつながらないのだ。
 冬子に贈る陶器を作りたい。冬子に料理を食べてもらいたい。
 そればかりで。
 ――そうとしか考えられなくて。
「冬子さんも……やりたいことをたくさんやれるよう」
「ええ、頑張ります」
 冬子は遠い目をした。
 何を思っているのか分かる気がした――彼女の家族。
 冬子は一児の母だ。だが、入院中は知り合いに預けているという。
「……私は」
 冬子は少し、うつむいた。
「娘を、彼に預けてしまっているから」
「………」
「娘をもう一度この腕に抱きたいと思うこともあるんですけど。……娘は彼になつきすぎていて」
「彼……」
 思わず満がつぶやくと、冬子ははっとしたように慌てて、
「あ、気にしないでくださいね。知り合いです」
「………」
 気にならないと言えば嘘になる。だが満は笑ってみせた。
「大丈夫です。どんな時も、俺は傍にいます」
 ――たとえ彼女が悲しみを抱えても。
 彼女の笑顔が失われる時が来るなら、それを取り戻すために何でもすると、心から誓える。
「家族は……そうですね。俺がいて、冬子さんがいて……娘さんがいて。それでいい」
「そうですね。私は――」
 冬子は微笑んだ。「娘が、元気に育ってくれるならそれでいいから……」
「俺はそうだなあ……陶芸で何とか、家族を食べさせていけるようにならないと」
「なら、私は手芸で」
 悩むようにあごをさすった満の腕に冬子の手が触れて、
「こう見えて、私……手先が器用なんですよ?」
「それはよく知っていますよ」
 ははは、と満は笑った。
「満さんのお着物も、いつか私が作ります」
 冬子に言われ、
「そんな。もったいなくて着られないじゃないですか」
「何を言ってるんですか。着なきゃお着物が泣いてしまいますよ」
「泣かれるのは困るなあ……」
「私も、泣いてしまいますよ」
「それは一番困る!」
 満の慌てふためきように、冬子はくすくすと笑った。

 2人の会話は弾む。問題は山積している、けれど2人なら乗り越えていけると、お互いが確信していた。
 そう、確信していた。
 良い家族になれると。

 冬子の未来を明るいものにしたいと願う一心の満。
 それを優しく受け止め、それに見合う心を返そうと思う冬子。
 2人の心は確かにつながって。
 それはきらめきとなった。

 ■■■ ■■■

 何度も駅を乗り継いで、駅で少し休憩をし、そこで2人はお昼ご飯を食べた。
 満の用意した弁当だった。
「満さん、お料理お上手ね」
「趣味ですから」
 照れた満に、
「あ、満さん。ほっぺたにご飯つぶ」
「え!?」
 慌てて頬を拭う満をみた冬子は、「冗談ですよ」と笑った。
「冬子さん、時々意地悪ですよ……」
「花言葉を教えてくれなかったお返しです」
 満は苦笑するしかなかった。

 休憩も終わり、ここからバス。
 バスからは海がすでに見えていて、
「あそこまで行くのね」
 と冬子は弾んだ声で言った。
 バスから降り、満が冬子を支えながら少し歩いて。
 やがて、海岸沿いまでやってきた。
 静かな海だった。砂浜に、波が寄せては返す、そのさざなみしか聴こえない。
 冬子はしばらく目を閉じて、波の音を聴いていたようだった。
 やがて冬子は瞼を上げて、
「……少し、散歩しましょう? 満さん」
「ええ」
 砂浜を歩いた。
 小さな冬子の足跡と、大きな満の足跡が、砂浜にくっきり残っては波にさらわれていく。
 ふと冬子が足を止め、海を見た。
 満も足を止めた。
 ざざ……ん、と波が揺れている。
 風がある。冬子のやわらかく結われている髪を揺らしている。
 ふと――
 冬子の輪郭がぼんやりして見えて、満ははっとした。
 そして次の瞬間には、彼女を抱きしめていた。
「……満、さん?」
 優しい彼女の声がする。
「――いえ――」
 満は苦しい思いを抱えたまま、冬子の体を離した。
「どこかへ……行ってしまうかのような、気がして……」
 冬子は満に向き直った。穏やかな笑みとともに。
「約束ですよ。あなたが私を守ると」
「ああ、約束します。必ず」
 誓いは強くなった。小指と小指がからまった。
「ゆびきりげんまん……」
「嘘ついたらハリセンボン……」
 そのままからまった指先。
 切ることさえできなかった。そのまま。

 どれほどの時間そうしていただろう――
 さざなみだけが、2人を包み込んで。

 ふと、冬子がくしゅんとくしゃみをした。
 満はようやく指を離して、ジャケットを肩にかけてやった。
 儚い、けれど強い女性はぺろっと子供っぽく舌を出し、
「ありがとう、満さん」
 と礼を言った。

 その後2人は、満が予約していた旅館へ向かった。
 部屋はひとつしか取らなかった。冬子を1人にできるわけがないからだ。
 2人で旅館料理を食べ、お風呂は――さすがに分かれて入り、その後は部屋で談笑。
 ゆったりとした時間が流れる。信じられないほどに幸福な。
 そしてこれからも、きっと幸福な。
 2組並べられた布団の片方に冬子を寝かせ、自分も自分の布団に入りながら満は思う。
 自分は龍神で、人とは刻の流れが違う。
 電灯を消した。
「……あなたとともに、同じ時間を、同じように歳を取って過ごせればいいのに」
 暗闇の中で囁くと、隣の布団が動いた。
 気がつくと、風呂に入ってさえも冷たい冬子の体が間近にあって。
「……私は、そのままの満さんがいいです」
 ふふっと笑う気配。
「だって満さんが歳を取らなければ、私も綺麗でい続けなくっちゃって頑張って、きっと綺麗なままお婆ちゃんになれるわ」
 満は笑った。冬子らしい言葉だと思った。
 彼女のかぼそい体を抱き寄せた。冬子は嫌がらなかった。
「……寝ましょう。ゆっくりと、2人で……」
 満が囁く。冬子が無言で答える。
 やがてひとつの布団から、2つの穏やかな、心地よさそうな寝息が聞こえ始める――

 ■■■ ■■■

 今日も快晴。雲ひとつなし。
 病室で本を読んでいた冬子は、看護師が伝えてきた大切な人の来訪に本をパタンと閉じた。
「どうしたんですか? 嬉しそうですね」
 看護師が笑う。
 冬子は頬を染めて、
「ヒミツです」
 と言った。
 やがて満がやってきた頃、冬子はこそっと枕の下に本を隠した――

 それは看護師に頼んで買ってきてもらった本。
 タイトルは『花言葉』

『白いコスモスはあなたのこと』
 白いコスモス――“純潔”
『藤色のホトトギスは俺からあなたへの気持ちです』
 ホトトギス――

「今日はとても機嫌がよさそうですね。血色もいい」
 満は嬉しそうに言った。
 ――あなたのおかげですよ、と冬子はあえて言わなかった。


 “永遠にあなたのもの”


 花瓶ではまだ満のくれた花が、ゆったりと揺れていた。


 <了>

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ライターより
初めまして。このたびはシチュエーションノベルのご発注ありがとうございました!
プレイングよりだいぶ脚色してえらく長くなってしまったことをお詫び致します……。
気に入って頂ければ幸いです。よろしければまたお会いできますよう……
笠城夢斗 拝