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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―sase―



 気配を感知。
 ダイス・バイブルの中でハルは意識が完全に覚醒した。
 だが。
(……やられた)
 『敵』の存在が消えてしまったのだ。誰かが感知した早々に撃破したのだ。
 誰か、というのは……はっきりしていた。
 一ヶ月ほど前に出会った、あのダイスとその主人だろう。
(……早い)
 なんという素早さだ。そして、なんという冷徹さ。
 ハルは自分の今の契約者を思い出す。見た目は弱々しい幼い少女だ。良く言えば天真爛漫。悪く言えば周囲が全く見えていない。
 一生懸命さがいっそ哀れになるほどだ。



 アリス・ルシファールは嬉しさと戸惑いの中で、ハルを見つめた。
 本から出てきたハルは相変わらずの無表情で、アリスを見てこう言ったのだ。
「何か用事があるなら付き合いますが」と。
 どうしたのだろう? 敵が出現した時に出てきて、さっさと退治に行ってしまうはずなのに。
「いきなり、ですね」
「御用がなければ本に戻ります」
「敵は?」
「いません」
 ぱちぱちと瞬きをし、アリスはじっとハルをうかがう。彼は表情を全く変えない。
(今日一日は付き合ってくれる、ということなんでしょうか)
 あれこれと考えてしまう。なんでどうして突然と。
 けれどもこの機会を逃がすと、次がないような気がする。
「ピクニックに行こうと思うんですけど、ついて来てもらえます?」
 思い切って言うと、ハルは少し目を細めただけで頷いた。
「わかりました。遠出をするのに護衛につけということですね。しかしなぜピクニックなんですか?」
「秋の紅葉を見に郊外に行こうと思います」
「…………」
「普段を忘れて周りに目を向けることも必要かと思って……。その、のんびり過ごしましょう」
「……そうですね」
 淡々と応えるハルには、あまり関心はないようだった。
「のんびり過ごしてください、ミス」
「ハルもですよ」
「私は遠慮します。あなたに害がないように側に居るだけですから」
「でも、息抜きは必要だと思いますよ? ハルもいつも『敵』を倒すことを考えず、たまには」
「……私に『息をするな』と言っていることと同意義の発言です。撤回を要求します、ミス」
「え?」
 きょとんとするアリスを、彼は真剣に見ている。
「私はダイスです。ストリゴイを倒すために居ます。そのために存在しています。その私に、敵のことを考えずにいろというのは酷だとは思いませんか?」
「で、でも」
「私はあなたとは違います。人間ではないのです」
 アリスは、ただ、最近見つけたお気に入りの場所で景色を一緒に見てもらいたかっただけだ。
 しょんぼりとするアリスに対し、ハルは目を細めた。それから彼は嘆息する。
「すみません……少々言葉が過ぎました」
「いえ……」
「ただ……私は、私の存在に注意を払わなくてもいいのだと言いたかっただけなのです。
 あなたには……それは難しいことでしたね」
 どこか自嘲的に微かに笑うハルは、それでも優しく呟いたのだ。



 簡単なお弁当を持ち、アリスは出かけた。電車とバスを乗り継ぎ、目的の場所に来る。
 勿論ダイス・バイブルは忘れていない。
 本に向けてアリスは「着きました」と声をかけると、本の中からハルが飛び出した。慣れることのない光景だ。
 たん、と着地したハルは見回す。
 アリスは微笑んで両手を控えめに広げる。
「どうですか? 場所のわりに静かで落ち着くと思いませんか?」
「……ミスがそう言うならそうなのでしょう」
 ハルはあっさりとそう言った。瞬きをしてアリスは「そうですか」と洩らした。
 もっと盛り上がったりとか、そうですねと同意をするとか……。
(……この反応は予想していなかったです……)
 アリスはしばらくハルを連れて歩いた。紅色に染まった葉を見上げ、アリスは感嘆の息を洩らす。
 もうすっかり秋だ。いいや、もう冬が来る。今年の夏はとても暑かったが、冬はきちんと来るのだろう。
 ゆっくりと歩くアリスは背後をついて来るハルを盗み見た。ハルは無表情だ。この景色の美しさにも関心はないようである。
「すっかり秋ですね」
 そう声をかけてみるが、彼はこちらを見てから首を微かに傾げた。
「確かにそうですね。それがどうかしましたか?」
「綺麗じゃないです?」
「何がですか?」
「景色ですけど」
 そう言われてハルは「ああ」と納得したような顔をした。
「特に景色に注意を払っていませんでしたから……。ですが、まぁ季節の移りゆく様という感じですね」
「……つまらないですか?」
「……なぜそれを私に訊くのです? ここに来たかったのはあなたなのでしょう?」
「そうなんですけど……」

 ここからだと紅葉がよく見える。綺麗だ。よし、ここでお弁当をとろう。
 ビニールシートを広げて、アリスはそこに座った。傍らには持ってきたダイス・バイブルと、お弁当の入ったバスケット。
「ハルもどうぞ」
 自分のすぐ隣を、おずおずと示す。彼はちらりと見てくるが、首を振った。
「遠慮します。座っていたのでは、次の動作まで僅かですがロスがありますから」
「そうですか」
 いつでも戦いのことばかり。いや、彼はまぁダイスなのだからそれは仕方のないことなのだろうが。
 風がゆるく吹く。
 アリスは心地よい風に身を任せ、それからお弁当を広げた。周囲には彼ら以外誰もいない。
 お弁当の中身はサンドイッチ。魔法瓶の中身は紅茶だ。
「ハルもどうですか?」
「いえ、遠慮します」
「……一人で食べるのも寂しいんですけど……」
「……ダイスは食事をしませんから」
「…………」
 食事をしないのでは無理を言うわけにもいかないだろう。
(ハルがこんなに近くに居てくれるだけでも良しとしましょう)
 タマゴサンドを手に取る。我ながらうまく出来たものだ。
 口に運んでもぐもぐと食べながら、ハルのほうをうかがう。彼は瞼を閉じて、ただ風や空気のにおいを感じるように立っている。
 こうして見上げているとハルはとても綺麗な少年だ。銀色の髪が風に揺れていた。
 彼は人間ではない。これほど外見が人間に似ているというのに。
 食事も睡眠も必要としない。いや……睡眠は必要かもしれない。人間と同じ『睡眠』ではないが。
 彼は敵を倒すために目覚め、戦う。本の中での休息は、力を溜め込むことと同じだ。
 敵が出ないなら、こんな日もあるのだ……。しみじみとそう思った。
 ハムサンドにも手を伸ばす。一人で黙々と食べるのも味気ない。
(せめてハルが隣に座ってくれたら……)
 そんなことを考えてしまう。
 ハルをちらちらうかがうが、アリスはそこで気づいた。自分は今まで彼に感謝の気持ちを伝えたことがない。
(………………)
 せっかくここに一緒に来てくれたのだし、何かしてあげたい。何かしたい……!
 でもどうすれば……。
 考えながらもぐもぐと食べているアリスは、紅茶を一口。
 自分は何が好きだろう? 自分は何をされたら安心できて、嬉しくなるだろう?
(私だったら……)

 サンドイッチを食べてからしばらくはゆったりと休憩する。
 アリスはハルのほうを見た。彼は足が疲れないのか、直立の姿勢のままだ。
「ハル」
「はい?」
 彼がこちらを向いたのでアリスは決意して言う。
「少し、いいですか?」
「構いませんが」
「うたを、聞いてほしくて」
「うた?」
「異界の謳なんですけど、ハルに聞いて欲しくて」
 謳を身近に感じてきた自分を彼に見てもらいたい。
 風が吹き、草木を揺らした。揺れる赤色の葉の中で、アリスはハルの反応を待つ。
 彼はこちらを見ている。
「……よく、わかりませんけど……ミスがそうしたいならどうぞ」
「ハルは歌とか嫌いなんですか? 音楽は心が休まりません?」
「…………」
 彼は難しい表情をする。
「よく、わかりません」
 それだけ呟き、彼は黙り込んでしまう。
 アリスは怪訝そうにしていたが、立ち上がった。
 よくわからないというならば、ここで聞いてもらって、実感してもらったほうがいいかもしれない。
 ゆっくり深呼吸。
 心をこめて、アリスは歌った。
 旋律はカンツォーネに似たもの。
 今日のこの日と、ハルへの感謝を込めて。
 アリスは歌う。
 ――歌い終わって、アリスは軽く息を吐く。そしてハルを見た。
 彼はいつもと同じ無表情だった。
 どうでしたか、なんて感想を露骨に訊いてはなんだか……。アリスは期待を込めてハルを見つめる。
 アリスの視線に含まれたものに気づき、ハルは複雑そうな顔をした。
「すみません……やはり、よくわかりません。ミスが懸命に歌っていたのはわかりましたが」
「そ、そうですか」
 残念。表情にそう出てしまう。
 自分の気持ちが一方通行だというのは、こういうところでも思い知らされてしまう。
 アリスは歌うのが好きだ。歌も好きだ。音楽を聞いていると心休まる。そしてそれは、誰にでも共通のことだと思っていた。
 だが違うのだ。
 目の前にいるハルは歌では休まらない。歌に対してなんの感情も抱かないのだ。
 そういうヒトもいるということを、アリスは知らないし、知ることもなかった。
「ここに来る前も言いましたが、私のことを考える必要はありませんよ、ミス」
「私が、したかっただけですから」
 苦笑するアリスを、彼は「そうですか」と見下ろすだけ。アリスはビニールシートの上に再び座った。
 たとえ。
 たとえハルが何も感じてくれなくても、アリスはそれで良かった。彼と二人で過ごせるなんてことは、今まで一度もなかったのだから。
「今日はありがとうございました」
 笑顔でそう言うと、彼は不思議そうにした。
「……私は何もしていませんよ?」
「一緒に来てくれましたから」
「……そうですか」
 納得していないような、そんな表情で呟くハルはそれでもアリスから離れはしなかったし、本にも戻らなかった。
 彼は何も考えていないのかもしれない。気遣ってくれたのかもしれない。わからないけど、でも、アリスはただ嬉しかった。



 自宅に戻るなり、ハルは本に戻ってしまう。本当に用事に付き合っただけだった。
 目の前でぱたんと閉じてしまった本を、アリスは残念そうに見つめた。もっと一緒に居たかったのに――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6047/アリス・ルシファール(ありす・るしふぁーる)/女/13/時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、アリス様。ライターのともやいずみです。
 それなりに和やかな雰囲気となりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!