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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―sase―



 敵を感知する。
 アリサの感覚に間違いなど起こるわけもない。万が一、ということもない。
 ダイスの知覚は絶対のもの。天敵を察知し、排除するのが彼らの存在意義なのだから。
(……敵を発見)
 だが。
 ものの数分もせずにその気配が消失してしまう。
 アリサはまだ本から出ていない。よって、アリサではない者が、敵を破壊した。
(あの時の……ダイスですか)
 一ヶ月ほど前、アリサはいつものように『敵』を撃破するべく外に出て探索した。その際に出会った、自分とは別のダイス――。
 ダイスの目的はストリゴイの退治。無論、新手のダイスもアリサと目的は同じだ。
 しかしなんという素早い判断と、鮮やかな破壊だろう。正直、羨ましくなってしまう。
 アリサは自分の今の主を思い浮かべた。黒い髪をした、美しい少女だ。他人との付き合い方が下手だとアリサは認識している。
 アリサに対しての反応は、最初の頃とは違うけれども……それでも。
(……未熟)
 他人とあまり関わってこなかっただろうことがわかる。人間ではないのだから仕方がないのだが……長年生きている割には配慮がなさすぎる。
 いいや……長い年月など関係ないのだろう。終わりが見えないからこそ、悠長に過ごしていられるのだ。人間ではないからこそ、刹那的なものがない。
 ――人間ではない、という言葉で全てが語られる存在だ。
 ああだが。
(私とは、まったく違う生物です)
 それはありとあらゆる意味で。



 本から出てきたアリサを、黒榊魅月姫は見つめて首を傾げる。
 優雅に紅茶を飲んでいる最中だった。
「今日一日付き合っていただける?」
 何かあったのかと訝る魅月姫を、彼女は冷たく見遣る。
「そうは言っていません。何か用事があるなら、と言っただけです」
 誤解しないでください。と、アリサは続けて言った。
 魅月姫はきょとんとしていたが、すぐに微笑んだ。せっかくの申し出だし、受けないと損だ。アリサと一緒に居る時間はいつも短いから、たまにはこういう日があってもいいと思ったのだ。
「そうですか。では付き合ってください」
「……相変わらず話をきちんと聞かない方ですね」
「聞いていますよ。そうですね……用事は」
 いざ付き合ってもらうとなると、どう過ごそうか考えてしまう。
「用事は……。ちょっと待ってください」
「…………」
 無言で片眉をあげたアリサは、腕組みをして瞼を閉じた。
 アリサが用事に付き合うと言い出したのは、敵がいないからだ。魅月姫にはそのことは話していないが、彼女はあまり気にしていないようなので言うつもりもない。
(……そうですね)
 あえてすることなどないから、困ってしまう。
 魅月姫は口を開いた。
「普段から街を散策することが半ば日課になっていたことがあったのですが」
 そう言うと、アリサが瞼を開いた。薄い氷のような瞳を魅月姫に向ける。
「久々にそれもいいかと思います。街に出ましょう、アリサ」
「…………」
 何か思案するような色を見せるが、アリサは頷いた。
「そうしたいなら構いませんが……ワタシは本に戻ったほうが良いですか?」
「本に戻っては私一人になってしまいますよ?」
 いつもと同じではないか、それでは。
 魅月姫の視線を受けてアリサは嘆息する。
「……わかりました。外に出たままにしておきます。
 ですが、散策が日課というのは……その格好で、ですか?」
「?」
 軽く首を傾げる魅月姫である。魅月姫は黒の豪奢な衣服だ。アリサと初めて会った時、魅月姫自身がアリサの格好に親近感を覚えたほど、魅月姫の衣服は人目を引く。
 この格好で外をうろうろするという神経自体、アリサは信じ難い。アリサもひとのことは言えない格好ではあるが、この衣服はそもそも自分の固定衣装なのだから仕方ないのだ。
「この格好ですけど……変ですか?」
 可愛らしくて好きなのだが。
 魅月姫はアリサの微妙な顔つきに気づかず、不思議そうにしていた。
「……ワタシと並ぶと余計に目立ちますが」
「目立つ?」
「……人目を気にしないのですか?」
「いえ、じろじろ見てくる人はいますけど、遠巻きに見てくるだけですよ?」
「…………それは、敬遠されているのではないでしょうか」
 魅月姫の衣服を誰もが着ているわけではないから……どう考えてもそうなる。そのことに魅月姫は気を払っていないようだ。
「……ワタシはこの衣服しか所持していませんし……。あなたが構わないというのなら、出かけましょう」
「ありがとう、アリサ」
 にっこり微笑む魅月姫を前にして、アリサは頭が痛いという表情をしたのだった。



 アリサの予想通り、魅月姫とアリサの二人連れはかなり周囲から浮いていた。
 アリサはそもそも目立つ行動はあまり好きではない。『敵』を退治に行く時はなるべく短い時間で行動しているので気にしている暇はないのだが……。
 そんなアリサの心情に気づく様子のない魅月姫は、散策の時のように歩き、周囲を観察した。
 特に目的はない。ただ、街の中を『観察』するだけ。
「……目的はなんですか、ミス」
 尋ねてくるアリサに、魅月姫は小さく笑った。
「特にはありませんけど、強いて言うならこの『観察』ですね」
「観察?」
「ええ。この観察は、何かを知ることができますし。時には新鮮なことに出会えるかもしれません」
「……暢気なんですね」
 呆れているアリサである。魅月姫の行動を理解したくない、という様子だ。
 魅月姫は「知る」ことに貪欲なのだ。だが……知るだけで成果が出ていないことがあるのも明らかである。
「それだけ観察癖があるのでしたら、多少は色々と考えたほうが良いと思いますが」
「何をです?」
「例えば、あなたはかなり目立っています。変わった衣服を着ているのだから目立つのは当然ですね」
「まぁ……そうですね」
「他人の目が気にならないというのは結構なことだとは思いますが、目立つということは、誰かの記憶に印象として残るということです」
「それが?」
「時にはそういうことが、いらぬ火種になります。周囲の者たちからすればおそらく……ワタシたち二人は、コスプレをしている変な女、と見られているでしょう。一番妥当なもので、ですが」
「コスプレ……」
 自分に似合う衣服をそう思われてしまうのは悔しい。だがここは日本で、都内。魅月姫の格好ではそのように見る者もいるだろう。
 誤解されるのだ、ということは今まで一度も考えたことがない。
 観察し、色々なことを知る。だが……そんなところまで頭が回らない。一体何年生きているというのか。これでは中学生のほうがまだマトモな答えを出す。
 誰かにどう見られようとも構わない。そうしてきた。自分は自分のあるがままにあればいい。それでいいと思い、許してくれる友人しか魅月姫にはいない。
 一緒に居る者が恥ずかしい思いをしているとか、どう思っているか、自分とは違う視点なのだということなど……思いもしない。
「ですがアリサは」
 言いかけて、押し黙る。彼女は最初から難色を示していたではないか、外を出歩くことを。
 人間よりも優れた能力を持っていようと、人間でなかろうと、それでも他人と付き合うからには色々と考えなくてはならないのだ。それを煩わしいと思うなら、最初から誰ともつるまなければいい。関わらなければいい。
「やっぱりアリサも、変な目で見られるのは嫌ですか」
「あなたは変な目で見られるのが好きなんですか?」
 質問に質問で返された。魅月姫はどう答えればいいのか、わからない。



 3時になり、ティータイムにしようとアリサを連れてお気に入りの紅茶専門の喫茶店に入る。
 落ち着いた雰囲気の、少しクラシックな店だ。
「今日のお勧めの紅茶は?」
「今日はアッサムとダージリンです」
 ウェイトレスが笑顔でそう応えてくる。魅月姫はダージリンと、スコーンを注文した。
 向かいの席に座るアリサは首を横に振り、不要ですと言って注文するのを辞退する。
 注文したものがきて、早速香りを嗅いだ。
「いい香り……。
 アリサは本当にいらないのですか?」
「不要です。ダイスは食事はとりません」
 無表情に座る彼女はただ魅月姫を眺めているだけだ。
 紅茶を飲みながら、魅月姫はアリサをちらっと見て口を開いた。
「今日はどうでした?」
「どう、とは?」
「私と一緒に来て、どうでした?」
 期待はしていない。ただ感想を聞きたいのだ。
 アリサは目を細めた。
「目立っていました。次からは遠慮したいです、あなたと歩くのは」
「……そうですか」
 やっぱり残念だ。
 カップの中で紅茶が揺らぐ。
「アリサは目立つのが嫌いなんですね」
「…………勘違いしないでください。ワタシはダイス。ストリゴイを退治するために存在しています。目的のために目立つのは仕方のないことだとは思いますが、それ以外のことで煩わしい気分になるのは遠慮したいだけです」
「そうですか……。
 でも、今日は付き合ってくれて本当にありがとう、アリサ」
「……ワタシは何もしていません」
「それでも言いたくて。
 時折こうして付き合ってもらえれば嬉しいんですけど」
「もうないでしょう」
 はっきりと即答された。
 今回限り、ということなのだろう。
「アリサははっきり言いますね」
 優雅な手つきで紅茶を飲む魅月姫を、アリサはいつもと変わらぬ無表情で見ている。
 アリサは目を細め、やや難しい表情をした。だがすぐに元の顔つきに戻ると「そうですね」と頷いた。
 店の中でもやはり二人は目立っていた。魅月姫は時々来ることもあるし、この目立つ格好だ。店員が憶えていてもおかしくはない。だが客はそうはいかない。
 店内の客の視線を集めていたが、魅月姫は今までそれを気にしたこともなかった。しかし、今日は違う。
 好奇と敬遠する気配を強く感じた。いい意味で目立っていないのは、明らかである。
 こんな状態で落ち着けというのは無理な話だ。わざと自分に気づかせたアリサを、複雑な目で見つめた。



 家に戻るなり、アリサは軽く頭をさげて本に戻ってしまった。
 たった一日限りの出来事だったが、魅月姫はそれでも貴重だと思う。例え、アリサにもう付き合う気がないとしても――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女/999/吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒榊様。ライターのともやいずみです。
 アリサのと一日は、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。