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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『人柱を救えるか?』

「つまらない依頼なのですが」
 本日の初めての客は、草間武彦と同世代の男性であった。
 なんだか妙な雰囲気だが……あえて聞くのはよそう。普通の依頼であってくれ!
 そう思いつつ、草間は男に問う。
「飼い犬探しですか、猫ですか? そういった小さな依頼もお請けいたしますとも!」
「そうですか、安心いたしました」
 男が微笑む。身なりは普通だが、どことなく品のある男である。
「実は、仲間から危険な話を聞きまして」
 危険……? つまらない依頼ではなかったのか?
 とりあえず、草間は無言で煙草に火を点けた。
「向うの世界から、こちらの世界に魔族を呼び入れようとしている人物がいるようなのです。それを阻止するために……」
「それのどこがつまらん依頼だーッ」
 草間は思わず点けたばかりの煙草を、灰皿でもみ消した。
「まあまあ、最後まで聞いてください。ホントつまらない依頼なんですよ」
 男は変わらず余裕のある笑顔を浮かべながら、説明を続けた。
 自分は元々、この世界で「魔界」と呼ばれてる世界の出身であり、「魔族」または、「悪魔」と呼ばれる種族であった。
 しかし、内部抗争の果て、能力の殆どを失い、今は人間として生きている。
 ただ、それさえも許さない者が魔族の中に存在するというのだ。その幾人かは、自分と同じように、人間として東京で暮しているという。
 彼等は全ての命に干渉できる種である悪魔族と契約を結び、仲間を完全な身体でこちらの世界へ誘おうとしている。
 自分と、自分の兄弟達を抹殺するために。
「だから、それのどこがー!」
「まあまあ」
 立ち上がる草間を宥めながら、男は話を続ける。
「阻止することはさほど難しくはないのです。現段階では」
 魔族を完全な状態で召喚するには、多くの犠牲が必要であるという。
 しかし、現在は呼び出すための土台作りの段階である。
「力の弱い魔族を一人呼び出すために、最低3人の人柱が必要です。魔族以外の生き物であれば、もっと少なくても可能ですが、いずれにしろ人柱の同意が前提です……つまり」
「なるほど、その人柱に同意させないよう邪魔をしろと?」
「ええそうです。召喚は人柱の死亡が条件になります。これは、奴らが交渉を行なっている人柱のデーターです」
 男が草間にメモを差し出した。
「同意後であっても、死なないよう導いていただければ当分大丈夫でしょう」
「しかし、そんな面倒ごとには……」
「ご安心ください。失敗したとしても、あなたに賠償を求めたりはしませんから」
 草間は小さく吐息をつき、メモを受け取るとようやくこう言った。
「では、お名前を伺いましょうか。連絡先もお願いします。あ、内容が内容ですし、手付金は今いただけますか?」
「そうですね。後々の為に、本名を言っておきましょうか」
 その男は『ジザス・ブレスデイズ』と名乗った。

**********

「難しい依頼ね、武彦さん。初対面者が内情知ってれば警戒するもの」
 右腕ともいえる事務員、シュライン・エマにそう言われて草間は気付いた。
 相手が幽霊、妖怪の類いではないということで、楽な依頼と感じていたのだが……シュラインの言う通りである。
「そんなに時間はないからな……」
 ソファーに隣り合って座り、依頼主が置いていったメモを見る二人。
「んー、では私は……有史くんの担当を」
 人柱リストからシュラインが選んだのは『滝元・有史』という7歳の男の子だった。
 父親を1年前に亡くし、父の医療費などにより母は多大な借金を抱えているようだ。生活保護も受けられず、毎日食事も満足に食べられない。
 隠れて泣いている母を見ては、自分がいなければ母はもっと自由に楽な生活が出来るのに……と思っているようだが……。
「死亡去年でも、支払い今年にずれ込んでたなら、医療費控除対象可能性や自己破産等の手続きって手も。生活保護無理なのは何が理由かしら。家のローン?」
「最近は生活保護簡単には受けられんからなぁ。俺は、そうだな……」
 草間はリストの中から『南道・陽子』という女性を選ぶ。
 夫の浮気を知り、復讐を考えている女性だ。財産もろとも焼身自殺をして夫を一生苦しませるのが目的なようだ。
「どうぞ」
 草間・零が、草間とシュラインにコーヒーを出す。
 にこにこ微笑んでいる零を見た草間だが、小さく吐息をつくと腕を組んだ。
「零にはこの仕事は無理だろうな。となると、2人で精一杯か」
「お困りでしたら、私も行きます。力ずくで止めればいいのでしょ?」
 変わらず微笑みながら、零が言った。
「ああそうだな。とりあえず契約の日に死なれなければいいわけだからな」
 リストの『谷崎・沙里』という少女のところで指を止める。夢も希望もなく、生きる理由を感じていない少女である。
「零はこの子のところに行って、なんでもいいからハプニングを起してやってくれ。怪我とかはさせないようにな。賠償求められても、出せる金はない」
「わかりました」
 笑顔で答える零。
「では、早速行きましょうか」
 コーヒーカップを置いて、シュラインが言った。
「頼んだぞ、シュライン」
 草間がシュラインの肩に手をぽんと置く。
 クールな顔に、微笑みを浮かべならシュラインは頷いた。

**********

 ゴーストライターの仕事で母子家庭を扱っていたシュラインは、ある程度の資料を持っていた。
 地域によって差はあるが、近年、生活保護の支給はかなり厳しくなっているらしい。
 滝元親子が暮すアパートは、駅からバスで20分かかる場所に存在していた。
 薄汚れた小さな建物だった。築年数は30年は越えているだろう。
 チャイムを押すと、ぱたぱたと歩く音が聞こえ、ドアが開いた。
 チェーンはかけられたままだ。
 顔を出したのは、小さな男の子だった。この子が有史だろう。
「お母さんいる? 電話したシュライン・エマですって伝えてね」
「うん!」
 元気に返事をすると、男の子は部屋へと駆けていった。
 1分とかからず、母親が姿を現す。
 痩せた女性だった。
 30代後半と聞いているが、酷く老けて見える。
 予め、電話で取材の申し入れをし、謝礼の約束をしていたため、スムーズにシュラインは部屋へと通された。
「お茶もお出しできず、申し訳ありません」
「いえいえ、とんでもございません」
 ふかぶかと頭を下げる母にそう答えた後、シュラインはメモ帳とペンを取り出した。
「早速ですが、いくつかお伺いしてもよろしいですか?」
 母親が頷くのを確かめ、シュラインは質問を始めた。
「まずは現在の生活状態について教えていただけますか? お母さんが働いてらっしゃるのですよね?」
「はい。パートに出ていますが、長く専業主婦をしていたため、大した仕事につけず……正直、生活は苦しいです」
 言いながらも、有史の母は微笑んでいた。だけれど、心の奥は微笑んでなどいない。
 瞳の中の暗い光をシュラインは感じ取っていた。
「では、一番辛いことは何ですか?」
「それは……主人がいないことです。支え合って生きてきたつもりでしたが、頼ってばかりだったのだと、失って初めて気付きました」
 小さな声であったが、部屋の隅で遊んでいる有史の耳にも入ってしまう大きさだ。何もわかっていないように、本を捲っている彼だが、多分母親の声を耳を済ませて聞いているだろう。
「では、そんな中でも救いになることは?」
「勿論、有史の存在です。この子がいてくれてよかったと、いつも思っています」
 穏やかな目で、息子を見る母。本当に大切に思っていることがよく分かる。
「そうですね。とても素直そうな息子さんです」
「はい、でも苦労ばかりかけてしまって、息子にも申し訳なくて……」
 少し、声が掠れていた。無理につくった笑顔がとても痛々しい。
 シュラインは続けて同じような質問をいくつも投げかけた。
 この母親の素直な愛情を、有史に聞かせるために。

「本当に少なくて申し訳ありませんが」
 一通り質問を終えた後、シュラインは封筒を取り出した。
 シュラインが差し出した僅かな謝礼金をありがたそうに母親は受け取った。
「ところで、差し出がましいですが……生活保護などはお考えではありませんか?」
 その言葉に、母親は首を左右に振った。
「私が働ける体である以上、国からの保護は受けられないようです」
 申請は認められなかったらしい。
「では、破産などは?」
「できるだけ、有史に惨めな思いをさせたくないのです。それに、あの人のお金は私が払いたいんです。散々贅沢させてもらった私の責任だと思っています」
「贅沢……といいますと?」
「主人は小さな会社の社長でした。主人が病気になったことにより、会社は倒産してしまったのですが……それまでは、他人よりも大きな家に住み、家政婦を雇い、買物はカード払いが普通といった生活を送っていました。現在は借金を抱えてはいますが、その額もそこまで大きいわけではないのです。しかし、払っても払っても全然減らないのです。……ああ、こんなこと話すべきではありませんね。申し訳ありません」
 その言葉を聞いて、シュラインの脳裏に、一つの解決案が浮かんだ。
「貸金業者……有名なクレジット会社であっても、利息制限法を守っていないことが多いんです。多分、今までのカードの使用や、キャッシングで過払いが発生していると思います。債務整理で解決ができるかもしれません。弁護士に相談してみてください」
「けれど、弁護士に依頼するとお金が……」
「でしたら、まずはこちらにいらしてください」
 鞄から取り出し、シュラインが母に手渡したのは、草間興信所のチラシであった。

 母親がタクシーに電話をしている間、シュラインは部屋の隅で本を読んでいた有史に近付いて、本を覗き込んだ。
 読んでいる本は『花咲かじいさん』であった。……だけれど、何かが違う。
 違和感を感じたシュラインは「面白そうね」と言いながら、本を手にとった。
 ぺらぺらと捲り――最後のページで手が止まる。
“ポチが死んだ後、おじいさんは幸せになりました。君が死んだら、君が大切な人も幸せになれるんだ。だから、こっちへおいでよ”
 その言葉は、文字ではなかった。脳裏に直接呼びかけてくる。
「返して」
 真剣な瞳で、男の子が手を伸ばしてきた。
 シュラインは首を横に振った。
「実はね、あなたに本をもってきたの。この本と交換してくれない?」
 シュラインが取り出したのは、自作の絵本であった。
「猫のお母さんと、たった一人の子供のお話なのよ」
 受け取った有史の隣に座り、シュラインは問いかけた。
「この本の言葉に、はいって答えたの?」
 有史は首を横に振った。
 どうやら、契約はまだしていないらしい。
「おじいさんはポチが死んだから幸せになったの?」
 その言葉にも、有史は首を横に振った。
「でも……ボクは……いないほうがいいんだ。ボクがいなければ、お金もっと返せるし、ご飯も沢山食べれるし、学校のお金とかもかかんないし」
「じゃあ、有史君は、お金沢山もってる知らない人と、お金もっていないお母さんと、とっちが好き? どっちの側にいたい?」
 少し考えた後、有史は小さいけれどハッキリした声で言った。
「お母さん」
「でしょ? お金で物は買えるけれど、お金や物より、好きな人と一緒にいる方がいいものね。だから、お母さんも有史君がいなくなったら、幸せなんかじゃない」
「でも、お母さん、毎日泣いてるんだ。辛くて辛く手泣いてるんだっ」
「それは……さっきの私達の話、聞いてなかった? お母さんが辛いのは、大好きなお父さんがいなくなってしまったことと、有史君に辛い思いをさせてるからなのよ。だから、ボクが助けるよ、貧乏でも辛くないよ、お母さんと一緒で楽しいって言ってあげれば、きっとお母さんも辛くなくなるはずだから」
「ホント?」
「ホント!」
 言って、シュラインは普段見せない優しい笑顔で有史の頭を撫でた。
「タクシー5分くらいで着くそうです」
「あ、ありがとうございます。それでは、この度はご協力ありがとうございました」
 母親の言葉を受けて立ち上がり、シュラインは玄関へと向う。
 見送りに出た有史に、絵本読んでねと言葉を残して、シュラインはアパートを後にするのだった。

 生活が苦しく、困っている家は沢山ある。
 だけれど、きっと、改善策はある。
 諦めないでほしい、生きることを。

 シュラインは鞄の中の本を破きながら、帰路を急いだ。

**********

 戻ったシュラインは草間の顔を見て唖然とした。
 擦傷だらけなのだ。
「あー、ちょっと色々あってなー」
 ばつが悪そうに笑う草間に、胸を撫で下ろす。大きな怪我はないようだ。
 救急箱を取り出して、消毒等、軽く手当てをすることにする。
「旦那の浮気が許せんのなら、奥さんも俺と浮気なんてどうだい? と言い寄ったんだが無理だった」
「え!?」
 シュラインは思わずピンセットに挟んだ綿を落とし、ピンセットの先で傷口を刺してしまう。
「あたたたたたッ、冗談だッ」
「ごめんなさい」
 言いながらも、シュラインの目は笑っていない。本当に冗談かどうかわかったものじゃない。
「で、失敗したのね?」
「い、いや、自殺は阻止できたさ。一生苦しめる方法を伝授してな」
「一生苦しめる方法?」
「はっはっはっ、嬉しくないんだが、そういう厄介な知り合いが多いからなー」
 霊とか、妖怪の類いのことだろう。
 シュラインは苦笑した後、自分の報告も済ませる。
 また、零の方は、人柱候補の少女を色々と連れまわして、遊びまわったらしく、やはり一応阻止はできたらしい。
 娯楽施設や飲食店の領収書の束がテーブルにおいてあるのは、見なかったことにしておく……。
「俺と零は契約は止められなかった。人柱候補は多少生命力を奪われたようだ。完全に阻止できたのは、シュラインだけだな。……お疲れ様」
 草間の最後の一言は、とても優しかった。
 寄り添って座り、シュラインも穏やかな笑みを浮かべた。

**********

 数日後、興信所を訪れた有史の母親に助言をし、弁護士を紹介した後、シュラインと草間、そして零は街中で依頼主のジザス・ブレスデイズを見かけた。
 そして、彼を尾行する人物の姿も――。
 姿は人間だった。
 しかし、強い波動を感じる。
 魔族、だろうか。
「妙なことが起きんといいが。しかしまあ、この程度の相手ならうちに手伝いに来ている誰かが……って、深入り禁物だ、何考えてるんだ、俺は」
 すたすたと歩き始めた草間の後に、シュラインと零も続く。
 振り返れば、ジザスと彼を尾行していた人物の姿はない。

 元気な声が飛び交い、表面的に明るい東京。
 闇を知らずにいられたら、どんなに幸せだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
草間興信所では初めての窓開けでした。
ご参加いただけてとても嬉しいです。
シュラインさんが助けた親子は、少しずつ借金を返しながら、力を合わせて生きていくのだと思います。
この度はご参加ありがとうございました!
またお目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたします。