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<Trick and Treat!・PCゲームノベル>


WONDER HALLOWEEN



 見も知らない場所だ。
 突然森の中で出会った子供によって、こんな姿にされてしまった。
 そう、『こんな姿』に。
 子供は言った。
「それはアンタが望んだ姿だよ!」
 ウソだあ、と心の中で洩らす。
 だがそうなのだというのだから、そうなのだろう。
 どうしてくれるんだと思うが子供はいない。どこに行ったと見回すと――。

 ハッ、と目が覚めた。

***

 ぱかりと瞼が開いた。むくりと起き上がる。
 ぺたぺたと自分の顔をまず確かめてみた。ふむ。肌はぷにぷにでつやつやで、弾力がある。若さが満ちていた。
 ベッドから降りて、自身の姿を確認。ぴろーんと、斑点つきのバルーンワンピースを両手で軽く摘んで広げてみせる。
 全身を映す鏡の前に立って、凝視。これはまた……。
(……きのこ可愛いなぁとか思ってたせいかしら)
 それにしたって。
 シュライン・エマは首を傾げる。
(我ながら謎よね。望んだ姿がこれって……)
 別に幼い子供の姿を望んだわけではないのだが……。これはまさしく、きのこの妖精だ。
 眉間に皺を寄せて、むむむと唸る。やがてシュラインは人差し指を立てて「そうだ!」とばかりに笑顔を浮かべた。



 草間興信所までの道のりはひどく不思議なものだった。
 町の景色は変わっていないのに、そこに居る人々の姿は様々だ。狼男、ドラキュラやフランケン。ハロウィン定番の仮装から、そうではないものまで。
 肌寒いのでカーディガンを羽織っているのだが……その羽織い方は少々変わっている。カーディガンの腕の部分を鎖骨の辺りで結び、マントのようにしているのだ。リボン結びがかなり可愛くみえる。
 右手にはバケツを持ち、シュラインは町の様子を横目に興信所に急いだ。
 背も低くなっているせいか、とんでもなく視界が低い。子供の頃はこういう視点だったかなぁと思ってしまう。
「すみません……」
 小さく言いつつ人込みの中を通り抜けた。わあ、大変だ。
(ちっちゃい頃って、これが当たり前だったのよねぇ〜。意外にパワフルだったのかも)
 大人よりも足が短く、歩幅も狭い。大人の倍は歩く距離がかかるが、それでも楽しかった。なんでだろう?

 無事に草間興信所の前まで辿り着いた。昨日も来たのに懐かしさでいっぱいだ。変なの。
 ここに来るまでの道のりでシュラインは一つの結論を出していた。
 自分がこんな姿になった理由はコレに違いない。そう、「夏の宿泊のカタキをとれ」、だ。
 夏の三泊四日の短い旅では、楽しい思い出もたくさんあるが悔しい思いもたくさんした。草間武彦の面倒臭がりのせいで、シュラインは全てを満喫できたとは言えない。
 今のこの姿でふくしゅう、してやる。ふひひ。
 ニヤリと笑うシュラインは、興信所の合鍵を取り出して、扉を開ける。勿論、音は一切たてないように注意を払わねばならない。
 扉の隙間から中をうかがった。しん、と静まり返っている。
(んふふ。みてろー。寝てる武彦さんの背中か、お腹で飛び跳ねてやる……)
 口元にまたも笑みが浮かぶ。おっと。声を出さないように気をつけなければ。
 視線だけで興信所内の様子を確かめる。そっと室内に身を滑り込ませ、扉を閉じた。
(それにしても静かねぇ……。あ。事務所内がもぬけの殻という場合を考えてなかった……)
 今さらながらにそんなことが思い浮かび、「うっ」と声を洩らしそうになる。ありえないことではない。武彦が買い物や、もしくは何かの事件で外に出ている場合はあるのだから。
 そーっと足音をひそめて奥へと進む。奥へ……奥へ…………。
 ――いない。
 がっくりと肩を落としたシュラインは、誰もいない興信所内でぽつんと一人佇んでいた。
 興信所にいつもは居る人物たちがいない。どこかに出掛けているのだろう。
(あー……そっかぁ)
 なんとなくどこに行ったかわかってしまった。
 シュラインは今、姿が違う。そして町の人々も。いや、この町だけではなく、おそらく日本中……世界中の人にこういった「姿が変化する」現象が起きているはずだ。武彦も例外ではない。
(いや、意外に武彦さんは姿に変化がなかったりして……。『望んだ姿』がいつもの自分だったら変化はないものね)
 だが、それにしては町の中の人々は仮装ばかりだった。中には着ぐるみのような姿の人もいたけれど。
 とにかく。武彦はおそらく外に出て行ってしまったのだ。この世界の変化を見るためか、もしくは……誰かがこの現象を解決してくれと依頼に来たか。
 腕組みしてシュラインはフンと鼻を鳴らす。せっかくここまで来たのに。
(これじゃ、意趣返しができないじゃないの……)
 意趣返しというほど大げさではないが……目的が果たされないとわかれば落胆するのは当然だった。
 がっかりだ。
 シュラインは大きく息を吐き出すと、流しのある方向へ歩いた。棚の上のほうに置いてある茶葉を取るのに、バケツが役に立ちそうだ。台代わりに持ってきて正解だった。



 興信所で温かい飲み物を魔法瓶の中に詰め、シュラインは再び外に出た。
 外は夕暮れだ。紅の空がとても綺麗だ。それがすぐに紫に変わり、夜がくるのだろう。
 子供が出歩いていい時間ではなくなる。もう帰る時間だ。けれども今日だけは違う。今日だけは……。
(だってそう)
 今日はハロウィンだから。
 魔法瓶は大きめものだ。小さなものは興信所には置いていない。だからというか、魔法瓶は重い。中にお茶が入っているので余計に。
 大人の自分ならこんなものはそれほど重くは感じないはずだ。今はバケツの中に入れて、両手で取っ手を持って運んでいる。
(一番軽そうなの選んできたんだけど……)
 よいしょと持ち直す。
 それにしても町の人たちは本当に様々な格好だ。
 あちらにはドラキュラ。その男と一緒に歩いているのは魔女。ピエロ姿の者、人間大の猫や犬。
(なんだか本当に、夢みたいな感じだわ)
 町並みは何一つ変わっていないからこそ、違和感が強くなる。
「はっくしょん!」
 すぐ近くでくしゃみが聞こえた。頭に猫耳を生やした若い娘のものだ。
 そちらに視線を遣り、シュラインは「寒そう」だと思ってしまう。
 キャミソール姿の娘に近づき、くいくいと指先を引っ張った。
「あら? えっと?」
 不思議そうにこちらを見る娘に、シュラインはバケツの中の魔法瓶を指差す。
「良かったらお茶飲みません? あったかいですよ」
 子供らしく、かわいく喋ってみる。すると娘は迷うような仕草をしたが、屈んで頷いた。
 この猫娘の他にも寒そうな格好をしている者は大勢いた。10月も末だ。寒いに決まっている。しかも、夜は冷え込む。
 どうぞー、と笑顔で色々な人たちにお茶を振る舞うシュラインはなんだか嬉しくなる。話す相手の姿が奇妙だからかもしれないが、なんだかとても楽しい!
「あの、こーんな人、見かけませんでした?」
 携帯電話の画面を見せる。盗み撮りした武彦の落書き済みの寝顔だ。
 お茶を飲みつつそれをうかがうのは、羽が背中にあるフェアリー姿の女の子だ。外見年齢はシュラインより5つは上のようだが、実際の姿はわからない。
「んー。見てないなぁ」
「そうですか」
 肩を落とすシュラインに、彼女は軽く笑った。
「どんな姿になってるかわからないってのも、問題だよね」



 たくさんの人にお茶を振る舞って、会話して、不思議な一日を過ごした。
 普段では絶対に会えないような姿の人たち。
 草間興信所に戻って来たシュラインは、静けさに包まれている室内で嘆息する。まだ帰ってきていないようだ。
「もー……どこ行ったのよ武彦さんは……」
 空っぽになった魔法瓶を流しに置き、それから室内をぐるりと見回す。
 せっかくこんなに不思議な日なのにどうして彼はいないのだろう?
 ソファに座り、膝を抱える。
「お腹の上で跳ねてやるとか考えたのがいけなかったのかしら……?」
 この姿を見たら武彦がどんな反応をするかとか。武彦はどんな姿になっているかとか。
 こうじゃないか、ああじゃないか。想像していると楽しいけれど、本人がいないのだからやっぱりがっかりしてしまう。
(早く帰ってこないかなぁ……)
 もうすっかり夜中だ。



「……ライン」
 …………なにかきこえる。
「シュライン」
 …………うるさい。
「シュライン! こんなところで寝てると風邪ひくぞ!」
 ぱち、とシュラインは瞼を開けた。目の前に武彦の顔があり、すぐに認識できなかった彼女は悲鳴をあげる。
「うわぁ!」
「うわぁじゃないだろ。寝るなら毛布くらいかけろ。朝方はかなり寒いんだぞ」
「……武彦さん」
「あ?」
 きょとんとして見るシュラインは、見回した。ここは興信所。そして、外は暗い。
 どうやら自分はソファでうたた寝をしていたようだ。
「なんだ……。夢だったのかしら」
「ゆめ?」
「ええ。5歳くらいの姿でね、キノコの妖精の格好というか…………ん?」
 ん???
 自身を見下ろして「あれ」と呟く。
 この格好は……?
「武彦さん……どうして私だってわかったの?」
「そりゃ……全然変わってないだろ、おまえ。見ればすぐにわかるさ」
「……武彦さん、ここは?」
「まだ、ユメの中だ」
 にま〜っと笑う武彦は、エリンギの着ぐるみ姿で笑った――。

 パチッ、と瞼を開けたシュラインは、誰かと目が合った。
「……っ!」
 言葉を失うシュラインの目の前では、毛布をかけようとした武彦がいる。
「いきなり起きるなよ」
 むっ、と眉間に皺を寄せた武彦がバサっとシュラインの体の上に毛布を投げてよこす。
「……おっどろいた……」
「驚いたのはこっちだ。帰ってきたらソファに転がって寝てるヤツがいるんだ、驚くなってのが無理な話だろ」
 それを聞いてシュラインは安堵する。よかった……夢だったのか。
(びっくりしたのはこっちよ……。武彦さんがあんな陳腐な格好してる夢なんて……ぶぶっ)
 突然吹き出してしまったシュラインを、武彦は怪訝そうに見てくる。
「いきなり笑い出すなよ。
 しかし奇妙な現象だったな。町中にいる連中のほとんどが仮装姿になるとは……」
「え? あ、それって夢じゃなかったんだ」
「まあな。てことはおまえも何か仮装姿でウロついてここに来たってことか?」
「……武彦さんは姿が変わったの?」
「……そういうおまえはなんだったんだ」
「ふふっ。ないしょ」
 微笑むシュラインに「ふーん」と言うと、武彦は顎をしゃくる。
「そこのバケツ、落ちてたぞ。おまえのだろ。片付けとけよ」
「うん。ありがと」
「あ?」
「毛布」
「…………」
 武彦はぷいっと明後日の方向を見るや、コーヒーを淹れに行ってしまう。
 シュラインはテーブルの上に置かれているバケツを見て、微笑んだ。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 不思議な一日を体験していただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!