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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―sase―



 高ヶ崎秋五は驚きに目を丸くした。
「『敵』を狩りに行かない?」
 デスクを挟んで立つアリサは頷く。
「はい」
「…………」
 奇妙な顔をして秋五は立つ。そしてアリサに近づいた。
「大丈夫ですか?」
 その問いかけにアリサは怪訝そうにする。理解できなかったのだ。
 秋五がアリサの額に手を当てて、熱を測ろうとする。その手をアリサは、自身に届く前に払いのけた。
「触らないように」
「…………」
 気安く触るなということだろうか? それとも。
(いやまぁ……アリサも女性ですからね)
 手を引っ込めた秋五は口を開く。
「えぇっと、それでは一日空いているということですか?」
「その通りです、ミスター」
「…………」
 アリサは本に戻る気配が強い。早く何か言わなければその通りになるだろう。
「ではどこか出かけませんか? いや、付き合って外に一緒に行ってくれるだけでも」
 笑顔で言うが、アリサは無表情だ。
 無視をするような性格ではないが、少々不安だ。しばらくし、アリサはこちらをうかがってくる。
「護衛につけということですか?」
「……そう、とも言えますかねぇ」
 顎に手を遣る秋五は、うまく彼女を言いくるめる言葉を探すが、なかなか見つからない。
 理由がないとついて来てくれない雰囲気がある。
 アリサは逡巡し、頷いた。
「わかりました。護衛につきましょう。どちらへ行かれるのですか?」
「いつも行く公園へ行こうと思います」



 ベンチには老人が座っている。砂場では子供たちが何か作っている。談笑している母親たちの集団がある。
 広々とした公園に到着した秋五は、自分の定位置へと歩を進める。
 広い芝生の上にごろんと転がった秋五を、アリサは見下ろす。頭を支えるように腕を後頭部に回し、秋五はアリサを促す。
「アリサもほら」
「……ほら、とは?」
「隣で寝転がって空を見上げましょう」
「……………………」
 無言になったアリサは、ややあってから片眉を吊り上げた。それから周囲を見回す。
 アリサの衣服はかなり公園内では異常だ。場違いと言ってもいい。この公園に入ってきた時も、人目を集めてしまった。
 彼女は視線を秋五に戻す。すでに寝る体勢に入っているような秋五に向けて、目を細めた。それから隣に座り、膝を抱えた。
「アリサ?」
「……あなたは女性にはモテないのでしょうね」
 苦笑のような、呆れのような、そんな感情が混ぜられた声でアリサは言う。
 確かに秋五はモテた経験などない。女性の目を惹くような容姿ではないし、気の利く性格でもない。モテる要素など皆無と言ってもいい。
「どうしてそう思うんです?」
 とりあえず訊いてみようかと秋五はアリサを見て言った。
 アリサは目を細める。
「ビニールシートも敷かずに、女の子に寝転べとはないでしょう? ワタシは人間ではありませんが、外見がこのように女性体です。人目がある場所で気軽に寝転べるほど警戒心は薄くありません」
「……それもそうですね」
 アリサの格好はスカートだ。その状態で転がってはさすがに困るだろう。
 そんなことにまで考えが回らない自分に秋五は苦笑するしかない。なるほど。これではモテないわけだ。
 空を見上げていた秋五は、視線をアリサに移す。彼女は膝を抱えたまま、ただじっと公園内を凝視している。まるで見張っているようだ。
「アリサは空をこんな風に眺めたことってあります?」
 そう問い掛けた秋五を、アリサは視線だけ動かして見てくる。
「……ありますよ」
「あるんですか。かなり昔ですか?」
「……そうですね。昔です」
 アリサは視線を前に戻してしまう。
 彼女をここに誘ったのは、彼女が何か思い詰めていると感じたからだ。
 いつも、こちらの都合など無視して目的を遂行していたアリサだ。きっと今、彼女は余裕がない。
 自分は、行き詰まった時にこうして空を眺める。ちっぽけな自分の存在を思い起こし、出来る範囲でやれることをしようと、精一杯しようと気を入れ替えるのだ。
 少しでも気分転換になればと思って誘ったのだが、アリサは警戒を解く気はないようだった。
「昔っていつ頃……あぁ、いや、こういうのは訊くのが野暮ってもんですね。ほら、アリサの年齢を微妙に推測してしまうというか」
「…………」
 無言のアリサ。反応しないので、何を考えているかわからない。
「アリサの昔って、どんな感じだったんですか?」
「どんな、とは?」
「アリサの昔の話を聞きたいなと思ったんですよ」
「空を眺めに来たのでは? お喋りは含まれていないと思うのですが」
「いや、まぁ一人の時は夕方までぼーっと眺めてるんですけどね」
「じゃあそうしてください」
「そんな寂しいことを言わないでくださいよ」
 彼女が視線だけでこちらを見てくる。
「ワタシはあなたの護衛をしているに過ぎません」
「もっとゆったりしてくださいよ。ほら、肩の力を抜いて。せっかくこんなのんびりしたところに来てるんですから」
「……いえ、お気遣いは結構です」
「話し相手になってくれてもいいじゃないですか」
 軽く言う秋五から、彼女は視線を外した。園内の者たちはもう自分たちに注目していない。それぞれが、いつものように過ごしている。
「あなたが楽しくなるようなことは話せません」
「楽しくなくてもいいんですよ。アリサの昔話を、私が聞きたいだけですから」
「……昔といっても、ストリゴイを探して旅をしていたくらいです」
「その話でいいですよ?」
「…………ただ敵を殲滅していただけですが」
「いや、思い出くらいあるじゃないですか」
 アリサはしばし黙る。それからゆっくりと口を開いた。
「ワタシは人間とは違いますから」



 結局アリサとの会話はそこで終わってしまった。秋五が何か訊いても彼女はたいして喋ってくれない。少しは心を開いてくれたと思っていたのに。
(なんだか最初の頃のようですねぇ)
 気分転換になるかと思って誘ったのに、これでは意味がない。
 気を入れ替えて、それからもがいていけば何かが良くなると秋五は思っている。だからアリサにも、と思ったのだが。
(なんだか番犬みたいなんですよね……)
 彼女の、肩越しに見える横顔を秋五は盗み見る。綺麗に整った顔立ちだ。
「そういえば最近ですね」
 なんとか会話を続けるべく、自分の最近あったことを話してみる。なかなか仕事がはかどっていないことや、今月は先月より収入が少なかったことなど。
「なんてことがあったんですけど」
「そうですか」
「あれ? 面白くないですか?」
「さぁ……そういうのは、よくわかりませんので。
 あなたは気分転換にここにワタシを連れて来たのですね」
 ずばり言い当てられ、秋五は「まぁそんなもんですね」と応える。
「いや、私ものんびりしたかったというか」
「……気にかけていただいて、申し訳ないです」
 淡々と言うアリサの心は、ここにあらずという感じだ。
(……やっぱり少しは期待をしていたというか)
 勘のいいアリサだから、何か気づくかなとか思っていたのに。
 こうして秋五がアリサを気にかけるのは、彼女を相棒だと思っているからだ。それに。
(一目惚れなんでしょうね……やっぱり)
 風にさらりとなびく桃色の髪が綺麗だ。
 自分の気持ちは確信というよりは、そう言われれば納得するという感じなのだが。
 胸の奥底で燻ったり、燃え上がるような感情ではない。激しくなく、穏やかなもの。
 どきどきする、学生時代の初々しい恋心はない。ただ……自分は彼女に惚れているのだなぁと思っただけ。
 秋五は空を見上げた。もう空は茜色に染まりつつある。いつもは一人でぼんやりしているのだが、今日は違う。
 アリサは空を見上げてはいないが、視界に入っている空は見ていた。
「おなか空きましたねぇ」
 そう声をかけると、彼女はちらりとこちらに視線を向けてくる。
「なんだか寒くなってきました」
「……薄着で来るからです。今はもう冬です」
「それはそうなんですけどね」
「………………」
 彼女は首を傾げた。
「ミスターは気分転換になりましたか?」
「はい。アリサがこうして側にいますしね。アリサは気分転換になりました?」
「……何もしないということが、これほど苦痛とは思いませんでした」
 ここにじっと座っていた間、アリサはそんなことを思っていたらしい。
「いやぁ……残念です。私は、煮詰まったらよくこうして空をぼーっと見ているんですよ」
「…………」
「流れていく雲とか見ていたら、悩んでいることとか、なんか……ちっちゃいなあとか思ってしまいますしね」
 元気になれますよ。
 そう言う秋五に対し、アリサは眉をひそめた。
「些細な問題にみえてしまいますね……確かに。まぁ……このような気分転換は必要でしょう」
 彼女は元の無表情に戻ってしまう。
 彼女はダイス。ストリゴイを退治するためだけに存在している。呼吸をすることに等しい、存在意義。それをせずにいることは、確かに苦痛なことなのかもしれない。
「ミスター、もう帰りましょう。風が冷たくなってきました。このままここに居るのは、風邪の原因になります」



 二人は並んで歩く。夕暮れの中を。
 風は冷たくなってきた。
「あ。コーヒーでも飲みますか?」
 自販機を見かけたので、アリサにそう訊くと、彼女はやや黙ってから口を開く。
「では、ブラックを一つ」
「ブラック?」
 自販機で一つ買って戻ってくると、アリサはそれを受け取らなかった。
「アリサ?」
「飲んでください。温まると思いますから」
「…………」
 缶コーヒーを見遣り、秋五はなんとも言えない表情になる。
「アリサはいいんですか?」
「……ワタシは飲み物は必要ありませんから」
 帰るまでの道のり、秋五は缶コーヒーを飲みながらアリサを盗み見る。彼女はこちらの視線に気づいていないようだ。
 彼女は目を細めて、どこか懐かしむように微笑んだ。本当に、一瞬だけの笑みだった。
(なんかすごく可愛い顔してますけど……理由を訊くのは勿体無いというか……)
 そっとしておいてあげたくて、秋五は黙って歩いた。もう一度笑わないかと思いながら――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6184/高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)/男/28/情報屋と探索屋】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、高ヶ崎様。ライターのともやいずみです。
 公園での一日は、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。