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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


命の恩人

 バタバタと騒々しく、武彦が興信所に帰ってきた。
 中には零が一人だけ。
「あ、お帰りなさい兄さん」
「おぅ、ただいま」
 挨拶もそこそこに武彦はキョロキョロと首を回し始める。
「小太郎は?」
「先程出かけましたけど……何かあったんですか?」
「犯人の目処がついた」
 犯人と言うのは佐田殺害の犯人だ。
 初めて犯人捜索に出かけてから数日、何度か探しに出かけていたが、これと言って有力情報はなかったのだが、ここに来て犯人に目処がついたのだという。
「誰なんですか、その犯人って」
「北条だよ。アイツ、嘘ついてやがった」
 そう言って武彦は零に一枚の紙を見せ付けた。
「なんですか、これ」
「北条の能力、若しくはそれに類似した能力も含めて、その能力を有した符の検索結果。見てみろ、一件も無いだろ」
 零がその紙を見てみるが、確かに条件に当てはまるような符はないらしい。
「これは佐田が研究所で記録していたのを基に作ったもので、アイツが作った符のことは全てデータとして残っている。最近、そのデータ整理が終わったらしくてな。今の時点でここに載っていないとなると、アイツが『自分の符を使った犯人がいる』と言う発言に矛盾が出来る!」
「でも、新しい符というのもあるんでしょう? だったらそっちの符かもしれないじゃないですか」
「そうなんだよなぁ。そこが問題だ」
 零の反論を聞いて、武彦は態度を一変させ深く考え込むようにして所長の椅子にドッカリ座る。
「怪しむべき点は幾つもある北条。アイツが今回の事件に関わっているのはほぼ間違いないんだが、決定打がない」
「推理をするのに決め付けは禁物だと思いますが」
「それは重々承知のつもりなんだがな。どうしても引っかかるんだ。もう一つ、何か有力な証拠がほしい」
「……兄さん。もし、本当に北条さんが犯人だったとすると、少し困った事が」
 考え込む武彦の隣で、零が不安そうに表情を曇らせていた。
 何があったのか、と武彦が零の顔を覗くと、
「先程、小太郎さんは『北条さんからメールがあった』と言って出て行きました」
「……あのバカ小僧!!」

***********************************

「一応、小太郎くんの携帯電話にかけて、『同行するからその場で待機するように』って言っておいたわ」
「おう、サンキュ」
 シュラインが携帯電話をしまいながら戻ってくるのに、武彦が受け答えする。
 これで恐らく、小太郎は一人で北条の元へ行ったりはするまい。
 ちょっと頭の緩い小僧なら一人で行ってしまう可能性もあるが、こっちには冥月と魅月姫もいる。
 小太郎が動けばすぐに教えてくれるはずだ。
「で、これからどうするの? すぐに追いかける?」
 あやこがそう尋ねるが、武彦は首を振る。
「相手の意図もわからずにホイホイついていくのはあの小僧だけで十分だ」
「そうだな。……すぐにでも十年後のアイツと取り替えたいぐらいだ」
「……なんだ、冥月。十年経てばアイツが良くなるような言い方だな?」
「お前のその物言いもどうかと思うぞ」
「そんな希望観測より、今の事を考えましょ」
「そうです。今は北条が小太郎を呼び出した意図について考えるべきです」
 シュラインと魅月姫に言われて冥月と武彦も黙る。
 話し合いの場が整ったのを見て、魅月姫がクリスタルを取り出して切り出す。
「このクリスタル、前回、佐田殺害の犯人を捜す際に使った手がかりですが……私も出元を信じたので疑いはしませんでしたが、他の皆さんの話も聞くと『犯人が複数』となります」
「ユリちゃんが見たって言う生首にもクリスタルは反応していたようだし、北条さんにも反応してたみたいだからね」
「同じ魔力を持つ人間が二人以上存在するという事は滅多にありません。という事は、このクリスタルも犯人を捜す手がかりとしては心許ないものだと思います」
「という事は、IO2の情報が全部嘘だと?」
「そこまでは言いませんが、一度客観的に今回の事件を見てみる必要はあると思います」
「そうね。一度、まとめて見ましょう」
 と言うわけで、一連の事件を簡単に纏めてみる事にする。
「多分、みんな思ってるだろうけど、北条さんは今回の件について、何かと関わっていると思うのよ。だから、彼を中心に考えて見たいんだけど」
「あの人がやった事と言えば……最初にユリに会って?」
「それから度々ユリと接触していた。そしてその間にユリは様子がおかしかったな」
「もしかしたら怪しげな術をかけていたのかもしれませんね」
「だとすれば北条の犯人色は強い。佐田を殺したのは『対象を操る能力』でほぼ間違いないんだ。ユリにも同じような能力をかかっていたなら、それは恐らく北条がかけたもの」
「とは言え証拠は無し、更に北条本人が言うには佐田殺害は自分の能力を移した符を使った別人だと言う」
「決定打が無い以上、北条を犯人だと決め付けるには危ないですよね。ですから、もっと中立的な立場で考えた方が良いと思います」
 魅月姫に言われ、武彦も冷静に考え始める。
 やはり、北条は犯人ではないのか? だとすれば犯人は一体誰なのか?
 考えてみても答えは出そうにない。
 今手持ちの情報では答えに確信を抱くのには足りないのだ。
「ここは一度、誘いに乗って北条さんの話を聞いてみるのはどうかしら?」
「小僧を追いかけて、一緒に話を聞くってのか?」
「私もそれはアリだと思います。北条が歩み寄ってくるつもりなら、無理に跳ね除ける必要はありません。敵なら敵で、情報を搾り取るだけ搾り取って後は煮るなり焼くなりしてしまえば良いだけです」
「容赦ないな……」
「だが、私もそれは賛成だな。疑わしいならとりあえず捕まえて全部吐かせれば良い。やましい事がなければ全部話すだろうし、後ろ暗い事があるなら口は堅いだろうが吐かせる方法なんていくらでも思いつくしな」
 魅月姫と冥月が妙なトーンで笑い始めるのに、武彦は小さく慄いた。
 そんな様子を見てシュラインは苦笑しつつも話を進める。
「まぁ、話を聞いた後どうするかは任せるとして、とりあえず小太郎くんの所へ合流しましょ。北条さんの居所はあの子しか知らないワケだし」
「ユリはどうなんだ? アイツなら北条に詳しいらしいし、連れてくるのもいいと思うんだが」
「……言われてみれば最近姿を見ませんね?」
 武彦の一声で足りない一人に思い当たる。ここ最近、興信所には現れないし、小太郎と会っているような事も聞かない。
 IO2のエージェントでもある彼女に、あまり滅多な事があるとは思えないが、万が一という事もある。
「私が探そっか?」
「あやこが? 良いのか?」
「うん、まぁ、そっちの話はそれだけ面子が揃ってりゃ心配ないでしょ? だったら私がユリを探すよ。ちょっと気になることもあるしね」
「そうか……んじゃ、俺もそっちに混じるかな。一人よか二人の方がいいだろ」
「じゃあチーム分けは私と魅月姫さんと冥月さんで北条さんの所へ、武彦さんとあやこさんでユリちゃんを探す、って事でいいかしら?」
 反論は出ず、その方向でチームが分けられた。
「なら早速行動開始だ。お前ら、ヘマすんじゃないぞ!」

***********************************

「ユリを探しに行く前に言っておきたい事があるんだけど」
 興信所を出る間際に、あやこが武彦を呼び止める。
「なんだよ?」
「私は、あまり草間さんの勘は信用出来ないと思ってる」
「まぁ、勘だしな」
「そうじゃなくて、草間さんは一度北条にあってるんでしょ? だったら思考を操られている可能性だってあるわけじゃない?」
 確かに、前回、小太郎に会いに来た北条と直接対面した。
 その時は何か能力を受けたような印象は無かったが、もしかしたら、という事もある。
「確かに考えられなくはないな。でも、だとすると北条が自分を怪しませて何か得をするってことか?」
「そこまではわからないけど、まぁ、確かに得は無さそうよね」
 武彦が操られているとしたら、それは恐らく北条を疑うように仕向けている、という事だろう。
 そしてそう仕向けているのなら、武彦がすぐに考えを改めているのも謎だ。
 ユリも同じようにすぐに思い直していたのでありえない話ではないが、そうなると『対象を操る能力』の完成度が疑わしい。
 そんな弱い能力で佐田が自殺するとも考えにくいが……。
「あ、そうか。佐田を殺した能力は遠距離魔法だったのよね?」
「そうらしいな」
「だったら、北条以外の人間が遠距離魔法で草間さんを操ってるのかも? それで北条に濡れ衣を着せようとしてるのよ」
「仮に遠距離魔法で俺が操られているとして、そうなるとさっき魅月姫が取り出したクリスタルが反応するはずだろ。自信を持って言えるわけじゃないが、俺は操られていないと思うぜ」
 自分が狂っているかどうかなんて判断は、自分では出来ない。
 常識という価値観の中で、狂っているかどうかは相対的にしか判断できないのだから。
 だが、武彦のいう事も納得できないわけではない。
 言われて見ればそうかも、と思える点もある。
「俺のことはともかく、とりあえず今はユリを探そう。気になることがあるんだろ?」
「まぁね」
「その気になることってなんなんだよ?」
 武彦に尋ねられて、あやこは少し思案した後に白状する。
「多分の話だけど、ユリが言ってた生首ってあるでしょ。首だけを腐らせずに飛び回らせるって言うからには死者を操る能力者が居ると思うのよね」
「なるほど、あやこは首が実体を持ってると思ってるんだな」
「……違うの?」
「霊体なんかも考えられない話ではないと思うぜ。首だけの幽霊とかな」
「ああそうか……」
「でも、その場合でも死者を操る能力ってのは必要だ。どっちの過程でも良いなら、そのまま話を進めてくれ」
 幽霊でも死体でも死者は死者。
 どっちにしろネクロマンシーは必要だ。
「それで、ユリに聞いた話だと彼女の母親も佐田に恨みを持ってるらしいから、もしかしたらその操られている方はユリの母親なんじゃないかって」
「その場合、ネクロマンサーは誰になるんだ?」
「妖魔を操っていた人間かしらね。北条辺りが怪しいと思うけど」
 北条が『対象を操る能力』を持ってるならば、その対象に使者が含まれる可能性も無くはない。
 同様に妖魔も操ることが出来るはずだ。
「操られてた生首って言うのが母親だったなら、その人はユリに話があるんじゃないかしら。その母親って言うのは佐田に色々酷い事されたって話じゃない? そうなるとやっぱり男の人が信用できなくなったりすると思うのよ。だから北条に小太郎を呼び出させて、ユリを一人にさせたんじゃないかと」
「……その場合、北条の立場が無いな」
 男を信用していないなら、北条が男として見られていないという事だ。
 ユリからの話を聞く限り、北条とユリの母親はとても仲が良かっただろうし、そうなると男として見られていないというのは、北条が可哀想だ。
「それでも、もしユリの母親が何かの形で現世に現れているなら、きっと一人娘は頼りにするだろうし、守りたいと思うのよね」
「その心理はわからんわけではないが……まぁ、とりあえずユリと会って話を聞こうぜ」
「じゃあ、とりあえずユリに連絡を取ってみましょう」
 というわけで、あやこは携帯電話を取り出し、メモリーから彼女の電話番号を呼び出したあと、すぐにコールする。
「……留守電サービスに繋がったわ」
「まさか、小太郎みたいに着拒喰らってるとかか?」
「そんな事は無いと思うけど……って言うか、あれも結局着拒じゃなかったし」
 試しにもう一度かけなおしてみるが、やはり繋がらなかった。
 留守電サービスに繋がるとなると電池切れではないらしい。
 以前に一度だけそういう事があっただけにユリも気にしているだろうから、電池切れというのは無いだろう。
「じゃあ、麻生にもかけてみろ。アイツなら繋がるだろ」
 というわけで、麻生にもかけてみる。
 こちらは意外と早く電話に応じた。
『はい、なんですか?』
「ユリが今何処に入るか訊きたいんだけど、知らない?」
『ユリさんですか? うーん、僕も探してるんですけどね』
 麻生も探している? それはどういうことだろうか?
『先日からずっと姿が見えなくてですね、仕事にも影響しそうなんで早めに見つけたいんですけど』
「行方不明って事? 家には帰ってないの?」
『仮屋はもう引き払ってしまったので、彼女の家が何処にあるかもわからない状態で……』
 役に立たない……、とは口には出すまい。
「こりゃ、冥月か魅月姫を引っ張ってきた方が良かったかもなぁ」
「誰かを探すには便利な能力持ってるものね……」
『あ、誰かを探すといえば、いいモノがあったんでした!』
 電話の向こうで麻生が明るい声を上げる。
 それから、ゴソゴソと物音を立てて何かを探し始めたようだ。
『あったあった。あやこさんと、そこに居るのは草間さんですか? すぐに僕のところに来てくれませんか』
「何か面白いものでもあったの?」
『ええ、今の状況には持って来いのものなんですが……きっとユリさんが聞くと嫌がるでしょうね』
 後半は声のトーンを下げ気味だった麻生。
 一体何を掘り出したのか。好奇心も手伝って彼のところへ向かう事にした。

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 一方その頃。
 小太郎と合流した冥月、魅月姫、シュラインは北条との待ち合わせ場所である、とあるビルのアミューズメント施設まで来ていた。
 人の入りはそこそこ。やはりここで荒事を起こすにはふさわしくない状況だ。
 その施設の中心近く、父母の休憩場のような場所のテーブルに、北条がいた。
 休憩場には人は居らず、見える範囲には北条だけしかいないようだった。
「……おや、小太郎くん一人じゃないのか」
 ついてきた三人を見て、北条は苦笑いをしていた。
 この第一声に、物陰に隠れて様子を窺うシュラインは、妙な違和感を感じた。
 相手の感情云々の問題ではなく、もっと別の違和感。それが何とはまだハッキリしないが、やはり警戒した方が良さそうだ。
「私たちがいると何か話しづらいのか?」
「まぁ、そうですね。話し辛いといえば話し辛いですかね」
 北条は一行の姿が見えた途端にテーブルから立ち上がり、軽く臨戦態勢を取っている。
 やはり、先日の一件の事を気にしているのだろう。
「先日は一方的に襲いかかってしまったこと、お詫びします」
「いやいや、謝られることではないですよ」
 魅月姫の謝罪に北条はバツの悪そうに手を振る。
 その様子には何処と無く罪悪感のような物が感じられるのだが、それが何に対する意識なのかまではわからない。
「シュライン、何かわかるか?」
「注意して聞いてるけど、まだなんとも言えないわね」
 冥月がシュラインに尋ねてくる。もちろん、北条にはばれないように注意してだ。
 北条の能力が『目を見た相手を操る能力』なら、魅月姫はもちろん、冥月もその能力から逃れる術はある。
 だがシュラインはあまり超人的な動きをすることは出来ないので、彼の能力から完全に逃れる事が必要なのだ。
「心音とか、喋り方、呼吸の仕方まで聞いてるけど、今のところこれと言って妙な所はないわね」
 シュラインの聴力を以って、相手の心理を読み解こうとしているのだが、話はまだ始まったばかり。
 何かを得るには早すぎる。
「もう少し会話を続けましょう。何かおかしな点があればすぐに知らせるわ」
 仲間だけに聞こえる程度の声量で伝えると、小太郎が前に出る。
「で、俺に話ってなんなんだよ」
「……そうそう、それだ。うーん……この場で言って良いものなのかな」
 北条はそう言って思案した後、『まぁ、話さないことには始まらないか』と前置きしてから話し始めた。
「小太郎くん、静(しず)さんって知ってるよね?」
 発された言葉に含まれた人名。
 それを聞いた瞬間、小太郎の心臓が一つ、高く跳ねる。
「……お前、静さんを知ってるのか!?」
「ああ、一応友人だと思っている。それも、とても仲の良い、ね」
 含みのある言葉だが、シュラインには特に異常は感じられない。
 嘘をついてるわけでもないし、時間稼ぎをしようとしているわけでもなさそうだ。
 それよりも、『静さん』とは誰だろう?
「小太郎、そのシズとは誰なんだ?」
「俺の……命の恩人だよ」
 記憶のフラッシュバックを見ながら小太郎が言う。
 それを聞いて、北条は安心したように息を吐き、言葉を続ける。
「君は幼い頃、事故に遭いそうなところを静さんに助けられ、結果君は生き残り、静さんは死んだ。それで間違いないね?」
「……ああ、そうだよ。事故が起きる前からよくしてもらってた。でも、何でお前が知ってるんだ!?」
「本人に聞いたからさ」
 事も無げに北条が返答する。
 その様子はどう見ても嘘をついているようには見えない。だが、死んでいるはずの人間にどうやってその事を聞くのだろう?
「嘘つけよ! 静さんはもういない! 俺の代わりに死んだんだから!」
「それが驚いた事に生きてるんだよ。と言うか黄泉返したんだ。今は不完全な形だけどね」
「不完全な形……?」
 シュラインが呟く。今まで得られた情報は恐らく全て本当の事。
 だとすると色々な事が繋がってくる。
 小太郎が幼い頃に死んでしまった静という人物。その人物が不完全な状態で生き返った。
 そして、前回ユリが見たという生首、そして『ユリの母親も佐田に殺意を抱く可能性がある』と言う証言。
「まさか、その静さんってユリちゃんの母親……? でもだとすれば亡くなった時期がずれるわよね」
 確かユリは『母親は自分が生まれてすぐに死んだ』と言っていた。
 ……だがあれも誰かに聞かされた話だったような覚えもある。
 だとすれば、その情報は嘘で、実はユリを産んだ後に小太郎と会っていたとしたら……。
「ありえない話ではなくなってくるわね」
 呟きながらも引き続き北条の様子に注意を払う。
 今までの話は全て事実確認だ。彼が小太郎を呼び出した理由がまだ明らかでない。
「で、モノは相談なんだが……」
 北条は小さなツボを取り出し、小太郎に差し出してくる。
「君の魂をくれないか?」
 一瞬にして北条の殺気が高まる。
 敵意は無いようだが、ただ殺すことだけを求めているらしい。いや、彼が言うには魂を欲しがっているらしい。
「静さんを完全な形で黄泉返すには、どうやら『君の命を助けた』と言う因果が有効らしい。それが刻まれているであろう君の魂が欲しいんだ」
 淡々と説明しているが、言っていることは『死んでくれ』と同義だ。
 当然小太郎も反発するだろうと思っていたが、思いの外、静かに話を聞いている。
「このツボは魂を吸い取る事ができるツボだ。これを使えば苦しまずに魂を取り出すことが出来るんだが……」
「それは宣戦布告とみなして良いのか?」
 小太郎の後ろに居た冥月と魅月姫が俄かに構え始める。
 だが、北条は苦笑して慎重に距離を取るばかり。
「いやいや、戦うのは最後の手段だ。まずは自主的に魂を渡して欲しいと思って交渉してみようと思ったんだけど、どうだろうか、小太郎くん?」
「……俺は……」
 意外な事に小太郎は口篭っていた。
 相手が敵意を見せればすぐに飛び掛りそうな小太郎も、毒気の無い殺意には動揺してしまうのか?
 いや、様子を見るとどうやらそうではないらしい。
「……まさか、魂を差し出しても良いとか思ってるんじゃないだろうな?」
 冥月の言葉に図星を指されたらしい小太郎はビクリと身体を震わせる。
「お前、他人には生きる事を強要しておいて、自分は易々と死を選ぶなんて……笑わせるなよ?」
「でも、俺は……静さんに恩返し出来るなら……」
「だとしても、彼が言っている『静さん』が貴方の知っている『静さん』ではないと言う可能性はありますよ?」
「……どういう事だ?」
「一度死んだ人を黄泉返す、それも死んでから長く時間が経った人間をとなると、ちょっとやそっとでは無理です。彼がその『静さん』を蘇生するのに成功したとしても、中身が全く別物と言う可能性は捨てきれません」
 この世の理に外れた術、それも完全蘇生術とまでなると最高度の魔法となる。
 魅月姫が見る限り、北条がそれほど魔術に長けているようには感じられない。
 仮に魔術に長けていると予想される佐田を殺した犯人が北条の味方にいたとしても、完全蘇生出来る確立は五分五分。いや、それよりも低いかもしれない。
 そんな情報を易々と信じて魂を渡すとなると、それは愚行と言うほかない。
「そ、そうなのか……」
「流石に魔術に詳しい人までは丸め込めないか。だから一人で来てもらおうと思ったんだが……」
 ここでアッサリと北条が騙そうとしていた事を白状する。
 物陰にいるシュラインにも気付いているのか、どうやら自分の動揺がこちらに伝わった事を悟ったらしい。
 シュラインも今のやり取りで北条が明らかに動揺している事を感知している。それは既に冥月と魅月姫に伝えてあった。
「まぁでも、俺は今の彼女が別の存在であろうと構わないんだ」
 北条をツボをしまいながら独り言のように言う。
 ツボをしまった所を見ると、これからは最終手段に移るつもりらしい。
「人格形成は俺の方で自由に出来る。だったら、外見さえ出来上がってしまえば最終的に元の静さんが出来上がる。そうなれば結果として小太郎君の魂は静さんのためになったって言えるだろ」
「いいえ、それはただの『性格と外見が似ているだけの別人』です。静さん本人ではない」
「……ふぅ、どうやら穏便に事を進める事はできないみたいだな」
 どうやら交渉は決裂したようだった。

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「いやぁ、お待ちしてました」
 以前に訪れたユリの仮屋であったアパート。
 麻生は今もそこに住んでいるようで、待ち合わせ場所はそこだった。
「で、何を見つけたんだ?」
「これです」
 麻生が取り出したのは一枚の紙切れ。
 見覚えがある、というか見慣れたその紙切れは、どう見ても佐田が作った『能力符』だった。
「これって……ユリが回収してる符よね?」
「ええ。IO2から試験的に渡されたものです」
「IO2からって……まさか、アイツら符を捜査の道具に使うつもりなのか?」
 武彦の問いに麻生は黙って頷いた。
 確かに、色々な能力が封印されている符は、色々な人材を掻き集めるよりは楽で安い。
 それを考えれば回収した符の有効活用、という風になるだろうが……。
「ユリはこれ、知らないんだろうな」
「はい。彼女の行方不明中に配られたモノで……。恐らくこれを知ればあの娘は怒るでしょうね」
「易々と受け取った貴方もね」
 あやこに追撃を受けて、麻生は身を縮める。
「その事は横に置いておいて、今はユリを探す事を優先しようぜ。その符を使えばユリの居場所がわかるのか?」
「ああ、はい。人物捜索の能力が封じられた符ですから、これを使えばすぐに見つかるかと」
 そう言って麻生は武彦に符を渡した。
「……お前が使うんじゃないのか?」
「な、何で僕が!? 失敗したら怖いじゃないですか!」
「それを俺に渡すって言うのもどうかと思うけどな」
「あーもぅ、私がやるから良いわよ」
 あやこは男二人から符を奪い、すぐにその符を発動させてみる。
 その瞬間、脳裏に浮かび上がったのは周囲の地図。
「これ、どうしたら良いの?」
「わ、わかりませんけど、探したい人の名前を思い浮かべれば良いらしいです」
 言われて、とりあえずあやこはユリの名を思い浮かべた。しかし、地図内に何の変化も無い。
「見つからないわよ?」
「失敗でしょうか?」
「試しに俺たちの名前で検索してみたらどうだ?」
 というわけで、とりあえずあやこは武彦を探してみる。
 すると地図上であやこのすぐ隣に赤い点が浮かぶ。
「あ、ちゃんとみつかったわ」
「じゃあユリの方に何か問題がある……ってことか?」
「能力を使ってる、ってことですか」
 ユリの能力を使えば、索敵能力や何かから隠れることが出来る。
 だがその場合、周り全てが能力の対象外になるので、その一帯が調べられなくなり、そこにユリが居るとバレる結果になるのだが。
「じゃあ、地図の中で調べられない所にユリが居るって事?」
「多分な。そういう場所はあるか?」
「……残念な事に、たくさんあるわ」
 最初は符の性能が悪いのだと思っていたら、どうやら違うらしい。
 地図の上には虫に食われたように幾つも穴が開いている。これが全てアンチスペルフィールドなら、ユリが分身でもしていることになるか、それともユリの能力を使えるものが幾つもあるという事だ。
「符を使ってるのかしらね? ユリの符だってあるんでしょ?」
「あるにはあるが、ユリ自身が大分回収したはずだがな……」
「まさか、新しい符でしょうか? そうなるとユリさんが新しい符を作ってる奴らに捕まったって事に……?」
「だとしたらまた面倒なことになるな……早いところ見つけてやらんと」
 ユリの符で佐田が大量殺人を行ったこともある。
 あの符は色々と危険なものなのだ。
「どうします? 僕はこれ以上役に立ちそうなものは持ってませんが」
「とりあえず、足を使ってそのアンチスペルフィールドを探して回るしかないな。移動符なんかは配られてないのかよ?」
「試験的なモノってことで、これ一枚ですね」
「っち、面倒だな。あやこ、ユリが居そうな場所を地図に書き出してくれないか?」
「わかったわ」
 というわけで適当な地図に書き出してみるが、大小あわせて百近くのアンチスペルフィールドがあることが判明した。
 しかもかなり広範囲に亘っている。これを三人だけで探し出すのは無理がある。
「応援を呼ぶ必要があるな。IO2にも連絡して手伝ってもらおう」
「そうですね。すぐに連絡してみます」
「俺たちは零も呼び出して、少しでも可能性を潰しておこう。一日じゃ終わらんかもしれんがな」
「やるしかないなら愚痴らない。さっさと始めましょう」

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 それからしばらくして。
「どう? みつかった?」
『いや、こっちは何の収獲も無しだ』
 携帯電話で武彦と連絡を取ってみたが、やはり向こうも進展なしのようだ。

 実はあのアンチスペルフィールド。
 一つの場所に入るとすぐに全てのフィールドが消え、また新たな配置で数百単位でアンチスペルフィールドを生成するように仕組まれていたらしい。
 フィールドの数は一向に減らず、そしてユリも全く発見できない。
 いい加減、この乱立したアンチスペルフィールドが罠だったんじゃないかと思い始めた頃、武彦の方に別のチームから連絡があった。
『どうやら北条と生首が黒幕で間違いないらしい。詳しい事はわからんが、帰ってきてからアイツらと話そう』
「そうね。正直、私も疲れたわ。この追いかけっこもエンドレスな気がしてきたし」
『そうだな。完全な囮だったのかもしれん。そっちの捜索は完全にIO2に任せよう。俺は俺で『佐田殺害の犯人を捜せ』って言われたしな』
 どんな仕事を差し置いてでも佐田殺害犯を探せ、というのがお達しだった。
 ならば、ユリを探すなんて寄り道をしてる場合じゃないだろ、という事だろう。
「じゃあ一度、興信所に集合ってことで良いかしら?」
『ああ、零にも伝えておく。それじゃあまた後でな』
 武彦との通話が切れた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 藤田 あやこ様、シナリオに参加してくださり本当にありがとうございます! 『事件は殴って解決』ピコかめです。
 伏線の回収も忘れないようにしないと……!

 ソロで色々やっていただいた割には結果は芳しくありませんでしたね……。
 ユリに会えなかったのが痛いですかね。でも今、タイミング的にユリに会わせるわけには……!
 平にご容赦を……っ!
 では、次回もよろしければ是非!