＜東京怪談ウェブゲーム　アンティークショップ・レン＞ サイレントシーン １． 　目の前で流れ始めたのは、今ではなかなか見ることのないモノクロの映像、しかもサイレントらしく音らしい音は一切聞こえてこない。 　おそらくは映画らしいがそのフィルムは途中から始まっていて序盤にいったいどんな出来事があったのかはわからない。 　そのフィルムの中では、ひとりの女性が必死に何かから逃げている様子が映し出されていた。 　女性を追っているものの姿はわからないが、巨大な影だけは見える。 　ゆっくりと、影が女性に近付く、女性が悲鳴をあげるがその声は聞こえない。 　やがて影が女性を塗り潰すように覆いかぶさり、そして……フィルムはそこで途切れた。 「続きがどうなったか気になるかい？」 　フィルムを映写機から外しながら、蓮はにやりとこちらを振り返った。 　店に入るなり、見てくれと言われ返事をする前に流されたこのフィルムはいま見たワンシーンしか残されていないらしい。 「ご覧の通り、これだけじゃ何から逃げてたか、女がどうなったのかもわからないフィルムの切れ端なんだけど、妙な噂があってね」 　この店にやって来たのだから当然だろうが、どうやら曰くがあるらしい。 「時々、このフィルムを見た人間が消えちまうっていう噂があるんだよ。何処にかはわからないけどこのフィルムの中なのかもしれないねぇ」 　あっけらかんと蓮は言ったが、何の事情も聞かされないままフィルムを見てしまったほうとしては苦情のひとつも言いたい気はしたが、言っても無駄だろう。 　案の定、蓮は悪びれた様子も見せずに愉快そうに笑いながらこちらを見ていた。 　しかし、その笑みを向けられた夜神はというと、訝しげにその顔を見返しているだけだった。 「どうしたんだい？」 　その様子に蓮がつい尋ね返すと、やや間を置いてから夜神は口を開いた。 「俺には、このフィルムに何かあるようにはまったく見えないんだがな」 ２． 　夜神は、普通の者には見ることができないようなものを見ることができ、音においてもそれは同様だった。 　もし、目の前でいま店主が頼みもしないのに勝手に流していたフィルムの断片に何か異変が起きる要因があったのだとするなら夜神がすぐ気付いただろう。 　だが、最後まで見たそのフィルムからは夜神は何も感じ取ることができなかった。 　ならば、このフィルムはただの作成過程で使用されなかったものか、それともこの部分以外が消失してしまっただけの断片に過ぎない。 　もともとサイレント映画というものは見るものの想像力を強く掻き立てるものが多い上に、最近の若い世代はそもそもサイレント映画という単語とも馴染みがないだろう。 　そんな彼らにはこのフィルムは何処か妖しい空気をはらんだものに感じられ、しかもそのフィルムは中途のシーンだけしか残されていないという状態となれば、如何にもそれらしい噂を立てるには十分だ。 　そして、そういう噂に限って便乗し、更に尾ひれをつけて広がりやすいものだ。 　その結果が、いま蓮が言った『見た者が姿を消す』という些かありがちではあるがそんな怪異の元として囁かれるようになったのだろう。 　夜神が冷静な口調で自分の考えを述べると、蓮は少し考えたような顔になってからつまらなそうに肩を竦めて口を開いた。 「あんたがそう言うのなら、間違っちゃいないんだろうね。しかし、なんだか物足りない真相だねぇ」 「いくら物足りなかろうと真実は変えようがないだろう」 「まぁ、そりゃそうなんだけどねぇ」 　蓮としては奇妙なことが起こることを期待していたのかもしれないが、いま夜神が言った通り真実は変えることはできないし、わかっていながらこれ以上噂が広める手伝いをする気は夜神にはまったくない。 「それじゃ、このフィルムは処分しちえば良いかね。噂のないただのフィルムになんて、興味を持つ奴はこの店にはあまり来ないしね」 　一般的には有名でない映画を集めている好事家などがいないでもないが、それでもワンシーンのみのフィルムでは難しいだろうし、なにより何の曰くもない代物を此処へ求めに来る客は生憎とほとんどいない。 　やれやれと蓮が息を吐こうとしたとき、夜神がそれを制した。 「何の怪異もないからといって捨てることはないだろ。だいたい、処分したらしたでまた余計な噂が広がるだけなんじゃないのか？　呪いのフィルムが忽然と消えたという具合にな」 「じゃあどうしろっていうんだい」 　蓮の言葉に対する夜神の返答は至極単純なことだった。 「シナリオか残りのフィルムを探し出すかして続きを作れば良いだろ。普通のサイレント映画としてそれを流して鑑賞会でも行えばつまらない噂なんてものは消えるだろ」 　その言葉に、蓮は面倒臭そうな顔をしはしたが、「一応やってみるよ」と気のない返事をした。 ３． 「あのフィルム、あんたに言われた通り一本の映画にしてみたよ。シナリオは生憎と出てこなかったからこっちにあるありあわせで作っただけだけどね」 　後日、アンティークショップを訪れた夜神に蓮はそう言った。 「そうか。じゃあ、あれはもう謎のフィルムというわけではないということだな」 「それが、ことはそう簡単じゃないんだよ」 　蓮の言葉に、夜神がどういう意味かと問う目を向けると、蓮は溜め息をついてから事情を説明した。 「噂ってやつは厄介でね。特にこういう曰く絡みのやつは消すのが難しい。しかも、真相は何の変哲もないフィルムにすぎませんでしたってんじゃ納得しない連中も中にはいるのさ」 「つまらん連中だな」 　率直な夜神の言葉を聞きながらも蓮はしかたがないとでも言いたげな仕草をしてみせる。 「勿論、あのフィルムに何の曰くもないっていう情報を流しはしたよ。けど、このフィルムを見たら人が消えるっていう噂はもう一人歩きしちまってるんだ。いくら後で『真相』を流しても追いつけないくらいにね」 　そして、と蓮は言葉を続けた。 「どっちの噂のほうがより強く興味を示されるかは……わかるだろ？」 　退屈な真実寄りも奇妙な嘘を求める人間はいくらでもいる。彼らにとって『真実』など何の意味も持たないのだ。 　必要なのは日常を微かにでも変えてくれるような刺激を持った情報。ならば、フィルムはこれから先も『呪いのフィルム』としての影を完全に消すことは難しいだろう。 「まぁ、いつかは消えるかもしれないさ。飽きればこの手の噂はなくなるもんだしね」 　納得いきかねるとでも言いたそうな夜神の雰囲気に気付いてか蓮は宥めるようにそんな言葉を口にした。 「……もし、このフィルムにかけられてる『呪い』があるとしたら、そういう連中の思惑なのかもしれないな」 　呆れたような夜神の言葉に、蓮も同感だというように首を動かした。 了 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　　　　　　■ □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 7038 / 夜神・潤 / 男性 / 200歳 / 禁忌の子 NPC / 碧摩・蓮 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　■ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 夜神・潤様 初めまして。この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。 フィルムにはなんら怪しいものはなく、噂が一人歩きしただけとの『真相』とのことでしたのでこのような形を取らせていただきました。 フィルムにかけられた『呪い』はけれど消えていないままというラストになりましたが、お気に召していただければ幸いです。 またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。 蒼井敬　拝