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退魔のアルバイトさせて下さい
喫茶「エピオテレス」の店長、エピオテレスは悩んでいた。
「どうしようかしら、この先……」
自分らの店は特殊な注文の取り方をしており、また値段設定も特殊だ。はっきり言って安くはない金額を手に入れてはいるが、そもそも客が少ない。
自分と兄の生活費はともかく。
居候している2人の生活費をどうしようかと悩んでいた。
そしてふと見たのが――パソコン。
ぽんと手を打ち、
「わたくしたちは退魔師……そういう仕事を募集してみようかしら」
早速ゴーストネットOFFに書き込んだ。
投稿者名:喫茶「エピオテレス」店長
内容:当方、退魔の仕事を請け負っております。ぜひ退魔のお仕事の手伝いをさせてください。
以下の4人がおりますので、お好きな退魔師をお選び下さい。
1人目:2刀流剣士・魔物の浄化等が可能
2人目:符術による式神使い
3人目:四元素魔術師
4人目:退魔的能力はないが、銃の腕前や特殊弾丸で怪魔をも滅すること可能。
ご希望の方はメールでお知らせください。
○○○ ○○○ ○○○
「最近雨降り続きだなあ……」
ウエイトレスのクルールが、窓の外を見ながら不思議そうな声を出した。
「異常気象って言ってたなあ。こーきあつとかてーきあつとか、あーだこーだ」
「お前少しは勉強しろよ」
店の奥からフェレ・アードニアスがつっこんだ
「また依頼よ」
と事務所からエピオテレスが出てきた。
「意外とよく来るね」
クルールが、手持ち無沙汰に銀のトレイをもてあそびながらカウンタにやってくる。
「今回は……少し変わってるわねえ」
エピオテレスは依頼内容のメールをプリントアウトしてきた紙を見下ろし、柳眉を寄せた。
「差出人は……株式会社藤田あやこ妖怪俳優事務所?」
「何だそりゃ」
店の隅で珍しくカードゲームではなく符の整理をしていたフェレが顔を上げた。
「何かしら……ええと……難しいわ」
「貸せ」
エピオテレスの兄ケニーが、くわえ煙草で妹から依頼書を受け取る。
そしてざっと目を通し、
「……要するに退魔師急募だ。これが本当のことなら、4人総動員だな」
「あら本当? 店を閉めなきゃ」
「俺も久しぶりに動くかな……」
立ち上がったフェレがこきこきと肩を鳴らす。
クルールも嘆息しながら「仕方がないね」と店のドアに向かう。
かけ看板をひっくり返した。closed――
■退魔師急募!■
■株式会社藤田あやこ妖怪俳優事務所■
■倉庫街の一角、旧日本軍の地下工場を改装し、新鮮なサラダが味わえる地下農園を建設中に誤って祠を破壊してしまった■
■顔がイケ面で体が蛾の妖怪蛾皇が出現し、偶然、出雲大社に出勤途中だった天照大神に一目ぼれしてしまった■
■彼はタジカラオを味方につけ、多数のメスの蛾妖怪社員ともども篭城している■
■要求は、放っておいてくれ! の一点張り■
■最初は、労組結成を要求していたが、農園に異次元空間から水を得る完全自給自足機能が備わっている事が判明した■
■天照大神のエネルギーだけで自立可能と判り彼らは戦術を変更。独立国家樹立を宣言した■
■農園の温度は常夏に向けて急上昇中。農園真下にガス田の存在が発覚し爆発の危険がある■
「爆発時刻が刻々と迫るいま、解決手段は問わない。が殺しは極力避けて欲しい」
ケニーは依頼書の中身を他の3人に読んで聞かせていた。
「私は爆発防止結界の展開に手一杯で手が離せない。藤田あやこ。以上」
「……なんだそりゃ」
フェレが二度目の気の抜けた声を出す。「アマテラス? タジカラオ? そんでもってイケ面蛾皇の独立国家?」
「あまてらすってなんだ? たじからおってなんだ?」
クルールが首をかしげてエピオテレスを見る。
「さあ……」
イギリス生まれアメリカ育ち。実は日本の事情には詳しくないエピオテレスは、こちらも首をかしげてクルールを見返した。
「日本神話に出てくる神様のことさ」
ケニーは新しい煙草に火を点けた。「本当にいるのかどうかは知らないが、この様子じゃいるんだろうな」
「で結局……何しろってんだ?」
「天照大神を助け出して妖怪蛾皇を引っ張り出すことか」
「それって退魔師がやることか???」
「知らんが、とりあえず――」
ケニーは依頼書を、指でピンと弾いた。
「タジカラオをどうにかしないといかんのだろうな」
○○○ ○○○ ○○○
地下農園の場所は、メールに画像で貼り付けてあったので、そのままプリントアウトされていた。
とりあえずここまで行くかと、4人は一応戦いを予定しての姿でそこまでやってきた。
旧日本軍の地下工場。とある山の山すそに穴を開け、そこから下へ掘ってある。まあこんな所を改装して農園にしようと考える社長も大したものだ。
「……てか何で旧日本軍の地下工場内に祠があんだよ」
フェレがぼやいた。
「工場を作るにあたって先に棲み着いていた蛾たちが邪魔だったから封じたんだろう」
ケニーはふーっと煙草の煙を吐き出す。
「え、祠ってカミサマ祀るんじゃないの?」
クルールが興味深そうにケニーを見た。
ケニーは肩をすくめて、
「その場合もあるし逆の場合もある。結界として使われる注連縄は『その中から出てきてくださるな』って意味もあるからな」
「ところでケニー、そのサングラスは何だ?」
「保険だ」
「あん?」
「うんん、勉強することいっぱい……」
エピオテレスが柳眉を寄せて唇に人差し指を当てた。
「ちょっと……」
横から弱った声が聞こえてきた。
「いつまでのんびり会話してるの……お願いだからアレ、どうにかして……っ」
右目黒、左目紫のオッドアイの娘が、結界を展開しながら懇願してくる。
「お久しぶり、あやこさん」
エピオテレスはにっこり笑った。
藤田あやこは「挨拶してる場合じゃないの〜」と泣きそうな顔になった。
「私膝に生体動力炉があるのよ。38度以上は耐えられないの、もう死にそうよう……!」
「そうだよねえ、結界の外にいてもこれだけ暑けりゃ」
クルールが平気な顔で言った。
あやこの他にも、あやこが雇ったのかあやこの部下なのか知らないが結界を展開している妖怪たちがいる。みな疲労し、汗をだくだくと流している。
「……とりあえず、この周辺だけでも涼しくしましょうか……」
エピオテレスはさっと手を横へ薙いだ。
冷風が一帯に広がった。ああ……とあやこがほっとしたような声を出す。
「まあいい。結界内に入るぞ」
ケニーが3人を促した。
入る瞬間にびりっとしびれるような反動。
しかし入った側より結界を張っている側の方がダメージが大きかったようで。
「あなたたち強すぎるのよっ。1人ずつ入ってよね〜」
あやこが再び泣きそうな声で言った。
「すまん」
とりあえず謝ったケニーは「さて、と」とくわえ煙草のまま前を見た。
「タジカラオと言えば力自慢……」
「ふうん」
クルールが亜空間から2振りの剣を取り出しくるんと回す。
地下工場の入り口であるはずの山すその穴を、大きな岩が塞いでいる。
「……あの大きな岩を、タジカラオに護らせて篭城か」
「あの方が……タジカラオさん?」
「一応神様だ」
「まーじーでー」
フェレが不審そうに視線の先にいる存在を見つめる。
じっと4人が見つめる先に――
大きな岩を背にし、腕を組んで仁王立ちしている存在がいた。
背の丈1m、3頭身サイズの。
「ちびぃ……」
フェレが片手で顔を覆う。「こんな神様ヤだ……」
『何を言うかっ!』
タジカラオは真っ赤になって怒鳴った。
「あ、しゃべったしゃべった〜」
クルールが拍手の代わりに口笛を鳴らす。
『馬鹿にしておるのかお主ら!』
「だってなあ……」
「だってねえ」
「私にはよく分からないけど……」
「フェレ」
ケニーが煙草を揺らしながら弟分を呼ぶ。
「あん?」
「あれと握手してみろ」
『あれとはなんじゃあれとは!』
「はー? 握手ー?」
「いいからしてみろ」
『聞いておるのかお主らーーーー!』
フェレは面倒くさそうに、首の後ろをかきながらミニちゃんタジカラオに歩み寄る。
『近寄らせんぞ!』
「いや、あんたと握手しろーって言われたからよ」
ほれ、とフェレは手を差し出す。
タジカラオはにやりとした。
低い身長から思い切り手を伸ばし、フェレの手を取って――
『ほーれ!』
ぽーーーーーーーん
「へ」
空中でフェレが間抜けな声を出す暇さえあった。
軽々とフェレの体は投げ出され、したたか地面に叩きつけられた。
がーっはっはとタジカラオは両手を腰に当てて豪快に笑う。
『わしに力で勝とうなどと思ったら大間違いじゃわい!』
「……力勝負はさせてないがな」
ケニーはすまし顔で、「フェレ。よく分かったろう」
「………っ! 冗談じゃねえ!」
即座に立ち上がり、タジカラオに駆け寄って手を差し出す。
『ほーれ』
ぽーーーーーーーん
「ちくしょっ!」
『ほーれ』
ぽーーーーーーーん
「ちくしょ――」
ガァン!
懲りずにタジカラオに駆け寄ろうとしたフェレの横すれすれを、弾丸が通り過ぎていった。
『ひっ!?』
タジカラオが悲鳴を上げた。
『なっ、貴様っ、神に銃を向けるとは何事じゃ!』
「ああ問題ない。あなたじゃなくてあなたの後ろの岩を狙っているから」
ケニーはひょうひょうとそう言うと、左手はズボンのポケットにつっこんだまま再び右手の拳銃のトリガーを引いた。
『ひいいっ』
弾丸はタジカラオの顔面すれすれを通る。
『な、な、な』
「当たらない。心配するな」
トリガーを引く指は止まらない。
タジカラオの小さな体のあちこちすれすれに弾を撃ちこんで。
「ふむ……さすがに銃じゃ岩は壊れんか」
右手の拳銃を見下ろし、ケニーは片眉を上げる。
『なんじゃ、どうしてじゃ! 体中が棍棒で殴られたように痛い!』
「ああ。銃弾が傍を通るとそういう痛みを感じるというからな」
すまし顔でケニー。
その頃には、フェレも落ち着いていた。
「あー、そうか殺しはなしってことは……そうだな、そのヘンなのに当てずに岩壊せばいいんだな」
『ヘンなのとはなんじゃー!』
「おっし、俺に任せろー」
気の抜けた声を出して、フェレは符を取り出した。
式神呼び出し用真言、今回はなし!
「十二天将之五 ― 勾陣!」
黄金の龍がほんのうっすらと通り過ぎ、雷雲が生まれた。
どんがらぴっしゃー!
『ぎゃああああ!』
岩に雷撃が直撃し、間近にいたタジカラオはその衝撃で吹っ飛ばされた。
ごろごろごろっと地面を転がりながる。
やがて転がったまま止まったタジカラオを、よっこらせと背後から抱き上げるのはクルールだった。
「ご苦労様、カミサマ」
にっこり営業スマイル。
うっかりタジカラオが力を抜くと、目の前に剣の刃があった。
「悪いんだけどさ、あの岩フェレの雷撃でも壊れなかったし。タジカラオさまのーおちからでー、ちょちょいっと開けてくんない?」
『おおお脅しではないかっ! お主たちバチが当たるぞ!』
「というかタジカラオ、あなたが天照大神を閉じ込めてどうするんだ。本来の役目と逆だろう」
ケニーは煙草を新しく点けて目を細め、ミニ神様を見る。
――タジカラオとは、天岩戸に閉じこもってしまった天照を引っ張り出すために一役買った存在のはずだ。
ミニ神様は悔しげにくっと拳を固め、
『何かの衝撃でこのような姿に……やつらは、わしを元の姿に戻してくれると言ったから』
「典型的な騙され方じゃん」
クルールが冷めた声で言った。「蛾なんかに、そんな方法分かると思ってんのー?」
『蛾、蛾の方ではない! 天照大神様なら何かご存知かと――』
「……それで、天照様を閉じ込めているの?」
今まで口を挟めなかったエピオテレスが、心配そうに声をかけた。
「ヘンですよ……? それじゃあ天照様はあなたを助けられないわ」
『………』
タジカラオは絶句した。
この神様、力はありあまっているが少し脳みそが足りないようだ。
「いーからよ」
フェレが片膝をついた。「開けろって、あの岩」
『………』
タジカラオはうつむいた。
『わしが……馬鹿じゃったのか?』
「そんなことはありませんよ。必死だったのでしょう?」
エピオテレスの優しい声が、彼を慰める。
『……閉じ込めたことで、天照に迷惑をかけておるのかの』
「謝ればきっと許してくださいます。何と言っても天照様ですもの」
言いながら、エピオテレスは天照がどんな神様か知らない。
『そうか……』
タジカラオは陥落した。クルールが気配を感じて彼を束縛する腕を解くと、ゆっくり立ち上がり、穴を塞ぐ巨大な岩に向かっていく。
そして――手をかけた。
「テレス、冷風の準備を。寒いくらい温度を低くしろ」
「え?――はい」
兄に言われてエピオテレスは風・水複合系魔術の準備をした。
タジカラオが、小さな体で巨大な岩を押す。
ごごごごごご……
「うわ、すげ……」
フェレが呆然とその様を見つめる。ひゅう、とクルールがまた拍手代わりに口笛を吹いた。
開かれた場所から、どんどん光が漏れてきて――
だんだん、暑くなってきた。
エピオテレスは冷風を一帯に生み出した。あやこを始めとする結界師たちにも届くよう。
開かれた部分の奥から、何やら声がする。騒ぐ声。
しかしタジカラオは、
『うるさいわ!』
と一喝して、さらに岩を押した。
さらに光が増して、気温もあがってくる。兄が言ったのはこういうことかと、エピオテレスは冷気の温度をどんどん下げた。
やがて。
岩が開ききる――
まぶしくて目が開けられなかった。
『ああ――』
真珠のような女性の声がする。
『ようやく外じゃ、外じゃ――』
「待ってくれ天照!」
それを引き止める声。男の声だがやたらと美声である。
「俺との愛を忘れたのかい!?」
『そもそもそなたに愛など持っておらぬ、蛾皇』
「そんな素直じゃないことを言ってごまかしても無駄だよ」
『わたくしはいつも素直じゃ、蛾皇』
まぶしさをこらえて薄目を開けると。
「行かせませんわっ」
タジカラオが開いた戸の先に、大量のメス蛾たちが待ち構えていた。
ケニーはちらりとそちらを見て、
「ひとつ訊くが……あなたたちの大切な主人は今、あなたたちのすぐ背後にいるか?」
訊かれて、つい後ろを見て確かめたメス蛾がいた。
「後ろにはいらっしゃいませんわ」
「そうか」
ケニー、拳銃を構えて無造作にトリガーを引く。
メス蛾たちの隙間をすりぬけて弾丸が飛んだ。
きゃあきゃあとメス蛾たちが飛んで騒ぐ。
「な、なんだい!」
内側で叫んでいた美声の男が声を上げた。
「誰だか知らないが――女性に攻撃をしかけるなんて! 少しはフェミニストの精神を知りたまえ!」
「悪いが、俺はれっきとしたフェミニストだ」
ケニーはくわえ煙草を揺らしながらもう一度、メス蛾たちの隙間をうまくくぐりぬける弾を放つ。
「フェミニストは女性を大切にするものだぞ!」
「馬鹿だな。フェミニストの本来の意味は“男女平等主義者”だよ」
メス蛾たちはとうとう、「蛾皇様〜」と奥に引っ込んでしまった。
布が擦れる音がする。誰か衣を着た者が奥から急いで歩いてくる。
『ああ――』
瞬間、目が焼けるようにまぶしくなった。
『外に、出られる』
「待ってくれ!」
美声も近づいてきた。
「っていうかまぶしすぎて何も見えないんだけど!?」
クルールが悲鳴じみた声を上げる。
すると、すっと顔に何かがひっかけられた。
――サングラス。
ちゃっかり最初に持ってきていたサングラスをかけていたケニーが、他の3人にも順番にかけていく。
「予想ついてたんなら最初ッから渡しとけ!」
フェレの文句はどこ吹く風として。
「きみたちかい、邪魔者は!」
サングラスをかけてようやく見えた岩の中。
――巨大な蛾が。
真ん中に人面がついている――それもイケ面の蛾が。
美しい装束に身を包んだ天照大神に迫りつつ、こちらをにらんでいた。
「お前たち、ひるむな! もう一度塞げ!」
メス蛾たちがびくびくと飛び出してきて、天照大神の道を塞ぐ。
『お主たち、天照大神様の道を塞ぐでない!』
タジカラオが肩をいからせた。
「何を! 今の今まで味方をしていたくせに簡単に裏切りおって!」
人面蛾が怒鳴り返してきた。
『お主がわしを騙したのじゃろうが! わしを元の姿に戻すなどと言いおって――』
『……タジカラオ?』
天照がミニサイズのタジカラオを見て、軽く目を見張った。
『どうしたことじゃその姿は。人一倍大きな体をしておったそなたが――』
『……天照大神様、あなたのお力でこの体、どうにかできませぬか』
タジカラオは地面に片膝をつく。
天照は袖で口元を隠しながら、困ったように柳眉を寄せる。
はははは! とイケ面蛾皇が大笑いした。
「愚か者め! 一度呪われたらもう解けぬわ!」
『呪いじゃと……!』
「そうとも呪いだ、我々一族がかけた呪いだ……――っ!?」
ひゅいっ
風を切る音がして、蛾皇のすぐ傍を刃が走っていった。
「あー、ごめん。剣術の練習してたんだけど」
クルールが適当そうに言いながら、2振りの剣をひゅいっひゅいっと振り回す。メス蛾たちは逃げ回り、蛾皇に当たりかけて蛾皇は避けた。
「こ、この痴れ者っ! 俺のこの美しい顔に傷がついたらどうする……!」
「……十二天将之五 ― こうち〜ん」
フェレが無造作に符をかざす。
召喚された黄金の龍は迷惑そうに、適当な雷雲を生み出し稲妻を落とした。
「のわあっ!?」
蛾皇が逃げ回る。
「男はな……顔に傷がつくことも厭わねえ生物なんだよ」
フェレは遠い目をして言った。彼自身顔にいくつも怪我を負ったことがある。なぜか顔は最優先で治ってしまうのだが。
「それを嫌がるお前はもう男じゃねえ。女に迫んな」
びしっと指をつきつけると、蛾皇はガーンとショックを受けたように固まった。
『……蛾皇』
天照が蛾皇に向き直る。
『そなたは大変よくしてくれた。だが……わたくしは外に、天上にいたい。それがわたくしの在り方じゃ』
「そ、そ、そ……そんなこと、許さない!」
俺の愛しき人、独立国家樹立のための基礎となる人! と蛾皇は叫んだ。
「天上ではなくこの地下の礎になるのもよきことと分かってくれないのか!」
『わたくしは人々を照らす役目があるゆえ……』
「あ、ひょっとして最近雨続きなのそのせい?」
クルールが天照を見た。
『そうか……やはり天に影響が出ているのか』
天照は悲しげな声を出し、
『蛾皇、やはりわたくしは天上に戻らねばならぬ。許せ』
「〜〜〜っ!」
蛾皇はイケ面を歪ませてじたばた暴れた。
「そんなこと、そんなこと、そんなこと、許さない!」
「――待って」
涼やかな声が割り込む。
ずっと冷風を吹き込み続けていたエピオテレスが、進み出た。
「蛾皇さん……あなたはさっき、女性を大切にするとおっしゃったじゃない」
「き、きみは、誰だ……?」
「エピオテレス。でも名前なんかどうでもいいわね」
お願い、とエピオテレスは蛾皇の羽根の1枚に優しく触れた。
「タジカラオさんの呪いを解いて、天照様を解放してさしあげて……」
それはあまりにも優しく、
そしてあまりにも甘い声だった。
蛾皇はくらっと来た。
「俺は……そんな簡単には……」
「お願い」
まぶしいのを我慢してはずしたサングラス。
潤むような碧眼。柔らかな乳白色の髪。
確かに神ほどの美しさはないけれど、エピオテレスは――清楚で可憐だった。
「エ……エピオテレス……?」
「はい」
エピオテレスはにっこりと微笑む。
蛾皇はじっとエピオテレスを見つめている。
後ろで見ていたクルールが、
「これヤバいんじゃない」
とケニーに言った。
「最終的には結果オーライで済ます」
ケニーは肩をすくめる。
「エ、エピオテレス」
蛾皇はその整った顔をエピオテレスに近づけた。真顔で。
「きみが、天照の代わりに俺と暮らしてくれるなら」
「え……?」
「そうだ、きみが代わりに暮らしてくれるなら」
「え……」
『なんじゃと!』
天照がぶるぶると震えた。白い顔を真っ赤にし、
『わたくしがこの小娘に劣るというのか!』
――天照は非常にプライドの高い女性だった。
はっと蛾皇が天照を見る。
「い、いや、天照――」
『許さぬ! 蛾皇、再び封じられるがよい!』
天照は天に手をかざした。
「許してくれ、天照……!」
蛾皇とメス蛾たちの悲鳴があがった。
稲妻が走った。蛾皇たちを包み込んだ。
サングラスさえも効かぬほどまぶしい光がほとばしり――
やがて静かになった頃。
そこには、ひとつの祠が立っていた。
ケニーは懐から注連縄を取り出して祠に取り付ける。
「……何でそんなもん持ってんだ?」
フェレが呆れた。
「死人を出さずに解決となったら、最終的にはこうするしかないだろう」
『そうじゃな』
どがん、とでかい足音がした。
見やると、今までの3倍――3m近くの体格まで戻ったタジカラオがいた。蛾皇が封じられたことで、呪いの効果が切れたらしい。
『その祠、位置が邪魔であろう。わしが少し移動させよう』
「ありがたい」
祠は、再び地下工場の奥へと祀られた。
『では天照大神様、ご一緒に帰りましょう』
タジカラオは天照を誘う。
天照はエピオテレスを見てわなわなと震えていた。
『こ、このわたくしに恥をかかせおって、小娘が……っ』
「そうかな」
ケニーが進み出て、天照の手を取りその甲に口付けた。
「……うちの愚妹より、あなたの方が数段美しいが」
彼もイギリス生まれの紳士――である。一応。
サングラスははずさなかったが、それが却って格好よかったらしい。
天照はぽっと頬を染めた。
『そ、そうか……』
『天上に戻りましょうぞ、天照大神様』
タジカラオがやんわりと促す。
『いや待て、もう少し――』
「俺たちは待っていますよ。あなたが再び俺たちを空から照らしてくださることを……」
ケニーは口元だけで頬笑む。
おえ、とフェレが口を塞ぐ。
頬をさらに赤らめた天照は、
『分かった、これからもそなたたちを照らそうぞ』
「嬉しいお言葉です。麗しき女神よ」
いよいよ真っ赤になった天照は、
『い、急いで天上に戻るぞタジカラオ!」
『はい、もちろん』
タジカラオは4人に頭を下げた。
そして、天照とともに空へと飛び立った。
「死ぬ〜〜〜〜」
気がつくとあやこを始めとする周辺の結界師たちが、ばたばたと倒れていた。
「あ――冷風」
エピオテレスが冷風の効果を切ってしまっていたことを思い出し、
「ごめんなさい……!」
とあやこの元へ走る。
「あー汗だく」
クルールが剣を消し、手で服の中に風を送る。
同じく汗だくのフェレは符を取り出し、
「十二天将之六 ― 青龍」
青い龍を呼び出した。
穏やかな龍は天を一回転し、慈雨を降らせる。冷たくて優しい雨癒し力のある雨。
「生き返る〜〜」
あやこが仰向けになって、へにゃりと体の力を抜いた。他の彼女の仲間の妖怪たちも同様に。
「……ずぶ濡れで帰らなきゃならないじゃん」
クルールがつぶやいた。
「汗だくよりゃマシだろが」
「藤田さん。地下工場を使うのは構わんが、これからは気をつけて」
ケニーがあやこの顔を覗き込んだ。
は〜い、と分かったんだか分かってないんだか分からない返事があった。
「まあとにかく、青龍の力はしばらく解けないから――」
とフェレが言った瞬間。
青い龍は消え去った。
代わりに、雨雲が割れて陽射しが差し込んだ。
「あ……」
「どうやら、天照大神が元に戻られたみたいだな」
ケニーはサングラスをはずしながら、クルールに向かって言った。
「――結果オーライ、だろう?」
○○○ ○○○ ○○○
それから一ヶ月。嫌になるほど晴天続きだった。
再びあやこからメールが舞い込んだ。
「何かしら……」
また難しい内容だったので兄に読んでもらおうと、エピオテレスは事務所を出る。
店内では、
「暑い〜」
「あぢい〜」
クルールとフェレがだらけている。
空調は効かせてあるはずなのに、異常に暑い。それはエピオテレスも感じていた。
「兄様、兄様、お願い、この依頼書読んで……」
「ん」
新聞を読んでいた兄が手を差し出してくる。その手に手渡すと、ケニーは文面に目を通し、
「……株式会社藤田あやこ妖怪俳優事務所。このたび新たにビルの上に野菜農園を作ろうとしたところ、誤ってビルの上の祠を壊してしまい……」
「だから何でビルの上に祠!?」
フェレがつっこむ。
「人柱の代わりじゃないのか?――現れたイケ面蜂の蜂王が、天上の天照に一目惚れし」
「またあまてらす〜?」
クルールが全身で嘆息する。
「しかし天照は頑として蜂王の誘いを受け付けない。『想い人がいるゆえ』とのこと」
「想い……人?」
クルール、フェレ、エピオテレスの視線が1点に集まる。
「『その方を照らすために忙しい。蜂王の相手はできぬ』と断られ……腹いせに蜂王たちが農園を荒らしまわって……」
「てめえのせいかケニー!」
フェレががたっと椅子を蹴倒した。ケニーの胸倉をがくがく揺らし、
「こ・の・あ・つ・さ・を・ど・う・に・か・し・ろ」
「……俺はフェミニストなんでな」
ケニーはぺらんぺらんと依頼書を適当に揺らしながら言った。
「天照を特別扱いできん。俺にはどうしようもない」
「そういう意味じゃねー!」
そして今日も天照大神は熱心に喫茶「エピオテレス」を照らす。
やがて他3人がばたばたと倒れ、ケニーが外に出てきて懇願するまで、それは続いたという……
―FIN―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7061/藤田・あやこ/女/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】
【NPC/ケニー/男/25歳/銃士】
【NPC/フェレ・アードニアス/男/20歳/符術師】
【NPC/クルール/女/17歳/2刀流剣士】
【NPC/エピオテレス/女/21歳/四元素魔術師】
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■ ライター通信 ■
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藤田あやこ様
こんにちは、笠城夢斗です。
このたびは依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
お届けが大変遅れて申し訳ございません。
今回のプレイングがプレイングでしたので、あやこさんご自身の出番は少なかったのですが……これでよろしかったでしょうか?
とても楽しく書かせて頂きました。ありがとうございました。
またお会いできますよう……
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