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<東京怪談ノベル(シングル)>


【白銀の糸】


 ふわふわのソファに身を横たえて、あたしは注ぐピンスポットの白い光を浴びていた。
 半分を眠気と眩しさで細め、半分を惰性で目を開けて、あたしは温く緩んだ頭で、斜めの前を見てる。
 どこだろうとか、そんなことを考えなかったのは何故だろう。

「いらっしゃいませ、お客様方」

 僅かな上から柔らかな声が聞こえた。
 それから正面にざわざわと、そんなには多くはないけれど、幾人かの足音の気配。
 あたしは、何をしているのだろうか。これは、夢?
 鈍く働かない頭をどうにか持ち上げて、あたしは視線を上げた。
 あたしの座るソファの背もたれには、見覚えのない女の人が手を掛け、ソファの向く方へ、にこにこと笑顔を向けていた。
 この人は、誰だろう。優しい笑顔。海の底から見るのと似た、空色の目をしている。

「おはよう。お仕事よ、みなもちゃん」

 青い目は、まっすぐと前を向いていてあたしの視線と擦りもしない。
 あたしは何か云おうとしたのだと思う。
 その口はそっと、細い指に塞がれる。
 青い目の人が、しぃ、と耳元に囁いた。

「出番だから静かにね」

 やっぱり視線はぶつからず、あたしもまた、見ていた方向を下げた。
 降り注ぐ光のせいで、あたしの視界には青い目の人の手と、あたしの首から下しかない。
 やがて拍手が聞こえた。
 ひとりふたり、さんにんよにん。もう少しいるのかもしれないけれど、多くはない。
 けれど、あたしが目の前にするには少し多い人数。誰からがあたしを見ている。じっとじっと、拍手をしながら。
 湧いた恥ずかしさに、もう一度視界の端にいた手を辿った。
 腕から肩へ、顔を見ればはやり笑顔で。

「ショウの始めにサロンマジックを。ここにいる少女が見事人形に変わりましたら拍手喝采を頂けますでしょうか?」

 張り付いた笑顔で、彼女はそう云った。
 応えるように拍手が続いて、すぐ静かになる。
 あたしは今になっても、危機感を覚えることが出来なくて、やっぱり明かりに遮られる闇を見つめていた。
 それもすぐ遮られた。
 赤い赤い布があたしの頭上に振ってくる。

「やめて……」

 ぽつり、と呟いたのはあたしだった。
 自分自身の声に驚いて、漸く、布の触れた場所からあたしがおかしくなっていくのが分かった。

「駄目よ、みなもちゃん。私はね……」

 じと、と背が汗をかいた。パキパキとおかしくなった場所が背中に伝わって、汗か何かもすぐ分からなくなった。
 ああ、やめて、とあたしは今度こそ自分の意思で叫ぼうとして、声にならないことに震えた。
 かたり、脚の関節がぶつかり合って、乾いた音を立てる。

「私は、人形売りですもの」

 声がして、完全に布はあたしを覆っていた。
 ぎちぎち鳴るのは、あたしのパーツを結ぶ糸だと分かる。
 柔らかい場所に座っていた部分がさっと感覚を失っていく。
 それは、血を、失うのに似ていた。体温を失い、生きている証を失っていく。
 夢だろうと思おうとして、その感覚のリアルさの怯えた。震える指すら存在せず、既に硬い固まりに変わってしまった。
 血の失せる冷たさが、ひた、とあたしの心臓に触れた。
 あたしの耳に、ガラスの割れるような、本のページを閉じるような、音がした。

 布を取り払われると、あたしはすっかり人形の身体になっていた。
 同じ場所を見ていたはずの視界の中には、もはやあたしの首から下はなくて、同じ大きさのものがあるだけ。
 拍手と歓声が聞こえた。
 それから、青い目の笑い声。
 きぃ、とあたしの手は彼女の指から伸びる糸に持ち上げられた。

「さて、今日あたしを買って下さる方は、どなた?」

 手の動きに合わせてそう呟いたのは、紛れもないあたしの声だった。