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<東京怪談ノベル(シングル)>


Will be...


 ■
 
 この時期にしては珍しく、吐息が白く色づく夜だった。
 仕事が押し、真夜中の退社となった矢鏡慶一郎は、帰宅途中の高架下で思い掛けない人物と遭遇した。
 近頃、何かと縁のある闇狩一族の狩人、影見河夕である。
「こんな時間にどうかしたんですか、河夕君」
 穏かな笑顔と共に問い掛ければ、恐らく無意識だろう、相手の口元がわずかに引きつるのを慶一郎は見逃さない。
「どう…ってこともないんだが、まぁ、見回りだ。相変わらず魔物が蔓延っているからな」
「それはご苦労様ですね」
 河夕の苦手とするタイプをこれまでの関わりから察していた彼は、もちろん自分自身がそれに該当することも承知している。
 これは面白い、と胸中に呟いたことは決して悟らせずに言葉を重ねた。
「もし良ければ一緒に夜食などどうですかな。この間の牛丼のお礼に、今度は私が美味しいラーメンをご馳走しましょう。――あぁ、ラーメンは好きですか」
「それは…まぁ…」
 嫌いではないと返しつつも、どこか逃げ腰な河夕は「まだやる事があるから…」と誘いを断わりたがる。
 が、もちろん「あぁ、そうですか」と引き下がる慶一郎ではない。
「とても美味しいラーメン屋なんですよ、私のオススメです」
「ぉ、おいっ」
「さぁ行きましょうか」
 肩に手を置き、歩を進めた。
 振り払おうと思えば容易に拒めるだろうに、それが出来ないのは、河夕が慶一郎に対して数々の借りがあると自覚しているからだ。

 かくして慶一郎は、狩人の王を深夜のラーメン屋に誘うことに成功したのである。




 ■

「やぁ、いらっしゃい!」
 カウンターの向こうから笑顔で声を掛けて来たのは、この店の店主。
 顔馴染みの彼に醤油と味噌を一つずつ頼み、奥の座敷席に向かった。
「此処のチャーシューは絶品なんですよ」
「へぇ…」
 どこか諦めに近い響きを伴った返答に内心で失笑する内、奥の壁際に置かれた三段棚に“あるもの”を発見した。
 同時。
 慶一郎の内側には一つの考えが浮かぶ。
(ふむ…)
 背後に立つ狩人が、もしもその時の彼の表情を知ることが出来ていれば確実に逃げていた。
 だが幸か不幸か彼がそれを知ることはなく、促されて座敷に腰を下ろした河夕は、しばらくして、唐突ながらも真面目な表情で語り始めた慶一郎に、まんまと乗せられてしまう。
 それも、
「河夕君。友情、努力、勝利の方程式というものを知っていますか?」といった台詞は慶一郎本人の予想以上に河夕の興味を引いたのだ。
「方程式があるのか」
「ありますよ」
「それって…」
「ァい、お待ち!」
 身を乗り出して聞き返した河夕だったが、直後にドンッと現れたのは、もちろん注文していたラーメンだ。
 大きな器に、店主の心遣いから野菜二倍、チャーシュー一枚サービスで盛られた器からは、湯気とともに芳しい匂いが立ち昇り、食欲を増進させる。
「あぁ、ありがとうございます」
「いつも贔屓にしてもらってるからな! そっちの若い兄ちゃんもたんと食ってくれ! うちの麺は、自分で言うのもなんだが素材からこだわってるンで他とは違う、間違いなく美味いからよ」
「ぁ…ああ…」
 話の腰を折られ、呆気に取られる河夕だったが、口に運んだ麺は確かに美味かった。




 ■

「先ほどの話ですがね」
 麺を独特の巧みな食い方で消化しながら慶一郎は先刻の話題に戻った。
「あぁ…方程式の」
「ええ」
 ズズッ…、ズズッ…と。
 果たして麺をすすりながら交わすに相応しい話題なのかどうか、慶一郎は何食わぬ顔で続ける。
「この国の少年、少女達は、とある媒体を通してそれを学んでゆくのですよ」
「媒体?」
「もっとも今の世の中では、その方程式も色褪せてしまっているかもしれませんがね…。貴方もこの国の若者達に会ったことはあるでしょうが、心の内に熱いものを抱えた若者は、そうはいなかったでしょう」
 色褪せたと告げた。
 そんな若者には、なかなか会えずにいるだろうと、――河夕が否定するのを解っていて。
「…いや」
 狩人は否定する。
 慶一郎の思惑通り、自分は会ったことがあると。
「少なくとも俺が会った奴等は、自分の暮らす土地を守ろうと必死だった…、この間の戦も奴等の協力がなければ勝てたかどうか解らない。あいつらの心には、確かに熱いものがあった」
「そうですか…」
 箸を持った手を止め、慶一郎は天井を仰ぐ。
 その視線は、遠く、彼方に広がる夜空の、更に向こうを見つめるように。
「この国もまだまだ捨てたものではありませんな……」
「イイ奴等だ…、ああいう連中がいるなら地球は大丈夫だろう」
「河夕君にそう言って貰えると嬉しいですね。友情、努力、勝利の方程式は、いま尚、受け継がれていたんですね」
「ああ。それを伝える媒体か…、興味深いな」
 その台詞に。
「でしたら」
 キラン、と慶一郎の目が光る。
 同時に動いた彼は、傍の本棚から、置かれていたコミックス全十冊を持ち上げると、先刻のどんぶりと同様に河夕の前へ差し出した。
 目を瞬かせる彼に向けるのは、まさに営業スマイル。
「オススメはこれです!」
「は…」
 言われた河夕が目の前に出されたそれを凝視するが、どこをどう見たところで、漫画以外の何物でもなかった。




 ■

「……ただの娯楽本だろ…?」
 心なしか疑わしい視線を向けてくる相手に、慶一郎は大袈裟な身振り手振りで訴える。
「ただの漫画本ならご紹介はしませんよ。世の中には何千、何万という漫画がありますが、友情、努力、勝利の方程式が全て詰め込まれた傑作は、これをおいて他にはありません!」
 力説する慶一郎に面食らった様子の河夕は、固まったまま。
「いま一番の話題作! 日本の全国民が一冊以上持っているという計算になる発行部数! 河夕君、ぜひ貴方にも読んで頂きたい! 友情! 努力! 勝利! この方程式を理解するためには、貴方自身がこれを読まなければならない! そうでなくば貴方と共に敵を倒そうとしている少年少女は救えません! 救えないのです!!」
「――」
 断言。
 満足した慶一郎は呼吸を整え、何事もなかったかのように最後の一口を消化した。
 一方の河夕は、視線を漫画本に固定したまま微動だにしない。
 他人に対するイメージ、先入観というものは意外と厄介で、まさか慶一郎が…と、一瞬前までの出来事を受け入れきれずにいる河夕には反応の仕様がなかったのだ。
「あぁ、私もこの本は全巻持っているんです」
「ぇ…」
「もし続きが気になるようでしたら、メールを下さい。いつでもお届けに上がりますよ」
 にっこりと笑んで、自分のアドレスを書いたメモ用紙を渡す。
「私は先に失礼しますが、河夕君はゆっくりしていってください。この店は二時まで営業していますからね」
「ちょ…、待っ…」
「では、また」
「誰も読むとは言っていない…!」
 背中に訴えられるが、その声が弱々しいのは、読まねば今後の戦に影響しかねないという台詞が効いているからだろう。
 勘定を済ませて店を出た慶一郎は、微笑む。
 店内にあったのは十巻まで。
 慶一郎が持っているのは四十七巻までで、以下続刊だ。
「さて…、河夕君はどこまで楽しんでくれますかな」
 真夜中の空に瞬く星は、まるで慶一郎の心境を察して共に楽しむように揺れていた。


 ***


 数日後。
 一通のメールが慶一郎の着信音を鳴らし、その数時間後に狩人の部屋へ招かれた。
 河夕の相棒、そしてまだ高校生という若い少年少女達から拍手喝采を浴びた慶一郎は、以降、彼らから強い信頼を寄せられるようなったとか――……。




 ―了―

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【登場人物:参加順】
・6739/矢鏡慶一郎様/男性/防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉/

【ライター通信】
今回はシチュエーションノベルへのご依頼をありがとうございました。
発注内容を拝見した時には、危うくパソコンを壊しかねなかったほど笑ってしまったのですが、その楽しさを少しでもノベルとして表現出来ていれば幸いです。

今回のラストで、慶一郎さんは岬や雪子とも面識が出来ました。
ご縁がありましたら、いつかは彼らとも遊んでやってくださいませ。
雪子なんて「師匠」と呼びたがってますよ^^;
ちなみに慶一郎さんが部屋を訪れた時、河夕は部屋に引き篭もっていたみたいです。コミックだけ預かって。<爆

それでは、またお逢い出来ます事を祈って――。


月原みなみ拝

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