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<Trick and Treat!・PCゲームノベル>


願いのかぼちゃ風船

 ハロウィンの祝い方にも色々ある。
 それは分かっているが、こんなのは初めて見た。
「ん? 何してるかって? ほらこのオレンジの風船に、かぼちゃの顔書いてるんだよ」
 少年の1人が答えてくれた。
 広場には他にも、大人や子供が雑多にいる。皆、オレンジ色の風船を手にしている。
「それでね、かぼちゃの顔の裏に願い事書いて、空に飛ばすんだ」
 よくよく見ると、大人が数人でヘリウムガスを管理している。この風船は飛ばせるらしい。
 少年はこちらを見て、にこっと笑った。
「やってみる?」
 ―――
「お願いごと、書こうよ。それでさ、飛ばそうよ」
 僕はハヤブサって言うんだ――
「お話するの大好きなんだ。よかったらさ、その願い事が叶ったらどうしたいか、僕に教えてよ」
 ハヤブサは笑顔で楽しそうに言った。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「……ねえ、武彦さん」
 ふと気がついて、シュライン・エマは隣を歩いている草間武彦の腕に手をかけた。
「あんなところに、公園なんていつの間にできたのかしら?」
「ん?」
 煙草をくわえたまままったく違う方向を見ていた草間は、シュラインの視線を追って初めてその広場の存在に気がついた。
 ――2人きりでの、夜の散歩。
 ハロウィンも、日本での知名度があがってきたことだし、どこかで何かをやっているかもしれないと思って散策している最中のことだった。
 ライトがたくさんついた、ずいぶんと人が集まっている広場だった。子供も、大人も。なぜか全員オレンジ色の風船を手にして、それに何かを書いている。そしてその後、空に飛ばしているのだ。
「……空も、いつの間にこんな風船だらけになってるんだ」
 草間は危うく煙草が落ちそうなほどぽかんとして、夜空をゆっくりあがっていくたくさんの風船を見上げた。
 遠くから見ただけで気づけそうなものだが。ここに来るまで、まったく気づかなかった。
「一体何をやっているのかしら」
「……よく分からんな」
「――ハロウィンのお祝いだよ?」
 突然声がして、うわっと草間がのけぞった。
 シュラインがはっと片手を口に当てる。いつの間にか、目の前に少年がいた。
「2人とも、ハロウィン知らない?」
 にこにこ笑う少年はそんなことを訊いてくる。
「い、いえ……知っているわ。何か催しものやっていないかと思って散歩していたの」
 シュラインは慌てて答える。少年は嬉しそうにうなずいた。
「ならここで風船、飛ばしていこうよ!」
 ――風船飛ばし?
 一体何のことやら?
 シュラインと草間は顔を見合わせた。ほらほらと、少年は2人の手を片方ずつとって広場へ引っ張り込む。
 不思議世界へと2人は踏み込んだ。

 ハロウィンと言えばかぼちゃだ。特にかぼちゃの中身をくりぬき、さらに顔の形に目や口をくりぬいてかぶったり、ランタンにしたりするのはよくあることである。
「この広場ではね」
 少年――ハヤブサと名乗った彼は、みっつの風船を持ってきた。
「かぼちゃの代わりにこの風船を使うんだ」
「かぼちゃの代わり……?」
 風船がどうしてかぼちゃの代わりになるのだろう。
 とは言え、オレンジ色の風船は確かにハロウィンでよく使われるオレンジ色のかぼちゃに見立てられないこともない。……少々無理もあるが。
「で、ここに顔を描いて」
 シュラインたちにペンを1本渡し、自分でもペンを持ちながら、ハヤブサは風船に慣れた手つきできゅっきゅっとハロウィンかぼちゃの顔を描く。
 シュラインと草間も、真似をして1人ずつ描いてみた。
 シュラインは今この場になぜ自分がいるのか分からず悩みつつかぼちゃの顔を描いた。すると、
「……シュライン、その顔やけに悩み顔じゃないか?」
「武彦さん、その顔やけにだらしないわよ」
 2人で肘でつつきあい、笑う。
 あははと少年は楽しそうに笑った。
「2人とも、仲いいね!――じゃあ、次の段階行くよ?」
「あ、ああ……」
 草間が煙草を携帯用灰皿につっこむ。
「この風船の顔の裏側にね」
 ハヤブサはかぼちゃ顔をくるっと裏返して風船の裏側を出した。
「ここに、願い事を書くんだ」
「願い……事……」
「うん。願い事書いて」
 『この広場にもっと人が来ますように』
 少年はさらさらと慣れた手でかぼちゃ風船に文字列を書くと、
「それから――空に飛ばす!」
 勢いをつけて、ぽんっと空へと風船を放した。
 かぼちゃ風船は上へ上へゆっくりと昇っていく。
「――こうすると、願い事が叶うんだ!」
 ハヤブサは元気よく2人に言った。
 シュラインは「わあ」と笑顔になった。
「素敵な趣向じゃない。ねえ武彦さん」
「ああ、変わってるな」
「願い事。何書こうかしらねえ……」
 ペンを持った手の指先を軽くあごにかけながら、草間が興信所を経営、自分はその事務員であることを思い出し、
「事務所の暖房器具が壊れませんように」
 毎年悩まされていることをつぶやいてみて、
「……じゃ、悲しいし」
「というか心に寒い風が吹くからやめてくれ」
 草間が懇願に似た声を出して嘆いた。
「下手なクーラーより寒いわね。ええと……じゃあ仕事から離れて」
 んー、とひとしきり悩んでから、
「……もっと美味しく珈琲が淹れられますように」
「それ決意表明じゃないのか」
「もう、つっこまないで」
 草間に言われて苦笑して、
「……淹れた珈琲でほっとしてもらえますように、かな」
 きゅっきゅっとペンで風船の裏側に書き、
「さ、武彦さんの願い事書きが終わったら一緒に飛ばしましょ」
 とペンを草間に渡した。
 ハヤブサがにこにこと見ていた。
「ねえ、願い事叶ったらどうしたい? 僕話するの好きなんだ。教えてよ」
「叶ったらどうしたいか? んー……」
 少し虚空を見て考えて、やがて視線をハヤブサにおろし、少し微笑んで返答した。
「感謝をのべる、かしら」
「感謝?」
「嬉しくなるもの」
 仕事柄――
 シュラインは、張り詰めた顔を見ることが多かった。何しろ草間興信所に来る人は悩める人ばかりだ。もちろん話を聞く草間側だって緊張、冷静、真摯な態度を取らなくてはならない。
 ――自分の淹れた珈琲。客であれ、草間であれ。
 もし――
 それを飲んでくれた人の顔が、ほっと柔らかく崩れたら。
 そんな瞬間を見られたら、それは心から嬉しいものだろう。
 シュラインは微笑んだ。
「ハヤブサくんは珈琲平気?」
 ふと思いついて、少年に言った。「魔法瓶に容れて持ってくるわ」
「うん、欲しいけど……」
 その時、少年の笑顔が悲しく揺れた。
「ちょっと、飲むのは無理かな」
「どうして?」
「うーん……今ちょっと胃を悪くしてて」
 それじゃ珈琲は飲めないわねえ、とシュラインはとりあえず納得する。
 が、少年の言葉がその場しのぎだということくらい、興信所の事務員をずっとやっている身ならすぐに分かった。
「そっか……残念」
 ほう、と吐息。――彼には彼の事情があるのだろう。
 今は仕事ではない。詮索する必要はない。
「で……武彦さん?」
 草間の方を見ると、草間はペンを手に何やら苦悶の表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
「いや、『怪奇探偵と呼ばれなくなりますように』と書きたいんだが……」
 草間は苦々しい声で言う。「なぜか、手が止まる。何というか、書いてはいけない気分になってな……」
 シュラインは思わず、声を立てて笑った。
「きっとそれは」
 少年が笑顔で言う。
「書いちゃいけないってことね」
 シュラインが後を継ぐ。
「……どうしてだ……」
 がっくりと、草間は肩を落とした。
 ――結局草間の願い事は、
「事務所の者皆息災」
 という無難なものに決まった。
「さ、風船飛ばしましょ」
 ハヤブサが草間からペンを受け取る。
 シュラインと草間は、2人揃って風船を手放した。
 ライトアップされた広場の明かりに浮かぶオレンジ色の風船
 不思議なことに風船は、どこまで上に行っても寄り添ったまま飛んでいった。
 暗闇にまぎれて見えなくなるまで、目を細めて見送った後――
 ふと遠くから、明るい騒がしい声が聞こえてきた。
「ハロウィンの、他の催し物だね」
 とハヤブサが声の方を振り返って言った。
「2人とも、行ってきたら?」
「―――」
 ここでの用は済んだ。
 元々、色んな催し物を探して散歩に来たのだ。次のところに移ったっていい――
「……何だか寂しいわ」
 シュラインは正直に言う。
 草間が肩を抱いてくれた。
 ハヤブサは、最後まで笑顔だった。
「またね!」
 ――また、ね
 きっとまた会える日がいつか――


 風船飛ばしの広場から離れた2人は、声が聞こえる明るい場所を目指してゆっくりと歩いた。
 草間が首を動かそうとした。シュラインはとっさに草間の服を引っ張った。
「――振り向かないでね」
「………」
 ああ、と草間は言って、そして立ち止まった。
「……? 武彦さん?」
 揃って立ち止まったシュラインは不思議に思って横のフィアンセを見上げる。
 草間の手がシュラインの顔に触れ、その柔らかな頬を包み込む。
「――願い事。俺とのこと、なんで願わなかった?」
 くすくすと笑いながら。
 シュラインは笑顔で返した。
「武彦さんとの幸せは、今ももちろん未来のことであっても確信してるもの」
 2人は笑う。仲良く笑う。
 軽く唇が触れて、
「さ、行きましょうか」
 手をつないで歩き出す――

 寄り添ったままの願いのかぼちゃ風船は、一体どこまで行っただろう?
 2人の想いを乗せて……
 たとえしぼんで落ちてしまっても、永遠に寄り添ったまま。

 つないだ手から感じる体温。
 きっとこんな風に、風船もお互いに暖かさを感じたまま……


 ―FIN―


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

東京怪談

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【NPC/草間・武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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シュライン・エマ様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回はTrick and Treat!ノベルにご参加いただき、ありがとうございました。
シュラインさんと草間氏とのほのぼのを書くのは大好きなので嬉しかったです。
他のシナリオが勝手に閉まってしまったことをお詫びします。こちらとしてもとても残念……;
また別のシーズンノベルでお会いできますよう!