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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


命の恩人

 バタバタと騒々しく、武彦が興信所に帰ってきた。
 中には零が一人だけ。
「あ、お帰りなさい兄さん」
「おぅ、ただいま」
 挨拶もそこそこに武彦はキョロキョロと首を回し始める。
「小太郎は?」
「先程出かけましたけど……何かあったんですか?」
「犯人の目処がついた」
 犯人と言うのは佐田殺害の犯人だ。
 初めて犯人捜索に出かけてから数日、何度か探しに出かけていたが、これと言って有力情報はなかったのだが、ここに来て犯人に目処がついたのだという。
「誰なんですか、その犯人って」
「北条だよ。アイツ、嘘ついてやがった」
 そう言って武彦は零に一枚の紙を見せ付けた。
「なんですか、これ」
「北条の能力、若しくはそれに類似した能力も含めて、その能力を有した符の検索結果。見てみろ、一件も無いだろ」
 零がその紙を見てみるが、確かに条件に当てはまるような符はないらしい。
「これは佐田が研究所で記録していたのを基に作ったもので、アイツが作った符のことは全てデータとして残っている。最近、そのデータ整理が終わったらしくてな。今の時点でここに載っていないとなると、アイツが『自分の符を使った犯人がいる』と言う発言に矛盾が出来る!」
「でも、新しい符というのもあるんでしょう? だったらそっちの符かもしれないじゃないですか」
「そうなんだよなぁ。そこが問題だ」
 零の反論を聞いて、武彦は態度を一変させ深く考え込むようにして所長の椅子にドッカリ座る。
「怪しむべき点は幾つもある北条。アイツが今回の事件に関わっているのはほぼ間違いないんだが、決定打がない」
「推理をするのに決め付けは禁物だと思いますが」
「それは重々承知のつもりなんだがな。どうしても引っかかるんだ。もう一つ、何か有力な証拠がほしい」
「……兄さん。もし、本当に北条さんが犯人だったとすると、少し困った事が」
 考え込む武彦の隣で、零が不安そうに表情を曇らせていた。
 何があったのか、と武彦が零の顔を覗くと、
「先程、小太郎さんは『北条さんからメールがあった』と言って出て行きました」
「……あのバカ小僧!!」

***********************************

「一応、小太郎くんの携帯電話にかけて、『同行するからその場で待機するように』って言っておいたわ」
「おう、サンキュ」
 シュラインが携帯電話をしまいながら戻ってくるのに、武彦が受け答えする。
 これで恐らく、小太郎は一人で北条の元へ行ったりはするまい。
 ちょっと頭の緩い小僧なら一人で行ってしまう可能性もあるが、こっちには冥月と魅月姫もいる。
 小太郎が動けばすぐに教えてくれるはずだ。
「で、これからどうするの? すぐに追いかける?」
 あやこがそう尋ねるが、武彦は首を振る。
「相手の意図もわからずにホイホイついていくのはあの小僧だけで十分だ」
「そうだな。……すぐにでも十年後のアイツと取り替えたいぐらいだ」
「……なんだ、冥月。十年経てばアイツが良くなるような言い方だな?」
「お前のその物言いもどうかと思うぞ」
「そんな希望観測より、今の事を考えましょ」
「そうです。今は北条が小太郎を呼び出した意図について考えるべきです」
 シュラインと魅月姫に言われて冥月と武彦も黙る。
 話し合いの場が整ったのを見て、魅月姫がクリスタルを取り出して切り出す。
「このクリスタル、前回、佐田殺害の犯人を捜す際に使った手がかりですが……私も出元を信じたので疑いはしませんでしたが、他の皆さんの話も聞くと『犯人が複数』となります」
「ユリちゃんが見たって言う生首にもクリスタルは反応していたようだし、北条さんにも反応してたみたいだからね」
「同じ魔力を持つ人間が二人以上存在するという事は滅多にありません。という事は、このクリスタルも犯人を捜す手がかりとしては心許ないものだと思います」
「という事は、IO2の情報が全部嘘だと?」
「そこまでは言いませんが、一度客観的に今回の事件を見てみる必要はあると思います」
「そうね。一度、まとめて見ましょう」
 と言うわけで、一連の事件を簡単に纏めてみる事にする。
「多分、みんな思ってるだろうけど、北条さんは今回の件について、何かと関わっていると思うのよ。だから、彼を中心に考えて見たいんだけど」
「あの人がやった事と言えば……最初にユリに会って?」
「それから度々ユリと接触していた。そしてその間にユリは様子がおかしかったな」
「もしかしたら怪しげな術をかけていたのかもしれませんね」
「だとすれば北条の犯人色は強い。佐田を殺したのは『対象を操る能力』でほぼ間違いないんだ。ユリにも同じような能力をかかっていたなら、それは恐らく北条がかけたもの」
「とは言え証拠は無し、更に北条本人が言うには佐田殺害は自分の能力を移した符を使った別人だと言う」
「決定打が無い以上、北条を犯人だと決め付けるには危ないですよね。ですから、もっと中立的な立場で考えた方が良いと思います」
 魅月姫に言われ、武彦も冷静に考え始める。
 やはり、北条は犯人ではないのか? だとすれば犯人は一体誰なのか?
 考えてみても答えは出そうにない。
 今手持ちの情報では答えに確信を抱くのには足りないのだ。
「ここは一度、誘いに乗って北条さんの話を聞いてみるのはどうかしら?」
「小僧を追いかけて、一緒に話を聞くってのか?」
「私もそれはアリだと思います。北条が歩み寄ってくるつもりなら、無理に跳ね除ける必要はありません。敵なら敵で、情報を搾り取るだけ搾り取って後は煮るなり焼くなりしてしまえば良いだけです」
「容赦ないな……」
「だが、私もそれは賛成だな。疑わしいならとりあえず捕まえて全部吐かせれば良い。やましい事がなければ全部話すだろうし、後ろ暗い事があるなら口は堅いだろうが吐かせる方法なんていくらでも思いつくしな」
 魅月姫と冥月が妙なトーンで笑い始めるのに、武彦は小さく慄いた。
 そんな様子を見てシュラインは苦笑しつつも話を進める。
「まぁ、話を聞いた後どうするかは任せるとして、とりあえず小太郎くんの所へ合流しましょ。北条さんの居所はあの子しか知らないワケだし」
「ユリはどうなんだ? アイツなら北条に詳しいらしいし、連れてくるのもいいと思うんだが」
「……言われてみれば最近姿を見ませんね?」
 武彦の一声で足りない一人に思い当たる。ここ最近、興信所には現れないし、小太郎と会っているような事も聞かない。
 IO2のエージェントでもある彼女に、あまり滅多な事があるとは思えないが、万が一という事もある。
「私が探そっか?」
「あやこが? 良いのか?」
「うん、まぁ、そっちの話はそれだけ面子が揃ってりゃ心配ないでしょ? だったら私がユリを探すよ。ちょっと気になることもあるしね」
「そうか……んじゃ、俺もそっちに混じるかな。一人よか二人の方がいいだろ」
「じゃあチーム分けは私と魅月姫さんと冥月さんで北条さんの所へ、武彦さんとあやこさんでユリちゃんを探す、って事でいいかしら?」
 反論は出ず、その方向でチームが分けられた。

「ユリちゃんといえば……ちょっと気がかりな事があるのよね」
 シュラインが小さく唸りながら首をかしげる。
「ユリちゃんって言うか、彼女の両親についてなんだけど」
「何か心配事でもあるのかよ?」
 シュラインに話を持ちかけられ、武彦が尋ね返す。
「あの娘、北条さんの印象について『兄みたいな存在』って言ってたわよね。それって不自然じゃないかしら?」
 確かに言われて見れば、北条と佐田は同期。という事はユリとは父娘ほど歳の差があるのだ。
 兄妹とは感じにくいだろう。
「突拍子もない事だとは思うけど、もしかしてユリちゃんに彼女のお母さんの意識が入っちゃったりしてないかしら?」
「ユリの母の霊が乗り移った、とかか?」
 ユリの母親は死んでいると聞いている。だとすれば霊魂憑依も考えられない事も無い。
 ただ原因や動機がわからないが、シュラインは仮定として話を続ける。
「もしかしての話だけど、ユリちゃんの出産時に彼女が母親の意識を吸い取ったかも、って言うのはどうかしら?」
「アイツの能力を考えれば、まぁ、ない事も無いか」
 ユリの能力は魔力吸収と生気吸収。どちらも何かを吸い取る能力であり、それが何かしらの原因で変質し、母親の意識がユリの中に今まで潜在していた事も考えられる。
「その意識が目覚める鍵が北条さんとの会話だったり、こないだ見たって言う生首だったり……」
「考える余地はあるな。その方向も検討してみようか。とりあえずは俺たちがユリを発見する所からだな。アイツから話を聞いてから色々判断しよう」
「私たちも出来るだけ北条さんから話を聞いてみるわ」

***********************************

 小太郎の元へ向かう三人は、冥月と魅月姫の能力で移動する。
「おぉ、勝手な行動はしなかったようだな」
「当たり前だろ。言われた事ぐらい守れる」
 シュラインから連絡を受けた時の場所からほとんど動いていない。
 怪しむべき北条に呼び出されて、ノコノコ出かけていったアホ小僧にしては殊勝だ。
「それで、北条さんと会う場所って何処なの?」
「この先のビルにあるアミューズメント施設だってさ。何でそんなところを選んだのかよくわかんないけど」
「アミューズメント施設……? 人の多そうな場所ね」
「ケンカをするのではなく、話し合いをするために選んだ、と言う意思の現れか」
 誰か他人を巻き込んで戦うのは望ましくない。
 北条もそう考えているなら、前回こちらから好戦的な態度を取ってしまった事に対する予防線だろうか。
「いざとなれば私の能力で北条と私たちだけ別次元に隔離する事もできる。何も問題ないな」
「でもまずは話を聞くところからです。相手が何を考えているのか探らないと」
「そうね、話し合いも慎重に行きましょう」

 と言うわけで、とあるビルのアミューズメント施設。
 人の入りはそこそこ。やはりここで荒事を起こすにはふさわしくない状況だ。
 その施設の中心近く、父母の休憩場のような場所のテーブルに、北条がいた。
 休憩場には人は居らず、見える範囲には北条だけしかいないようだった。
「……おや、小太郎くん一人じゃないのか」
 ついてきた三人を見て、北条は苦笑いをしていた。
 この第一声に、物陰に隠れて様子を窺うシュラインは、妙な違和感を感じた。
 相手の感情云々の問題ではなく、もっと別の違和感。それが何とはまだハッキリしないが、やはり警戒した方が良さそうだ。
「私たちがいると何か話しづらいのか?」
「まぁ、そうですね。話し辛いといえば話し辛いですかね」
 北条は一行の姿が見えた途端にテーブルから立ち上がり、軽く臨戦態勢を取っている。
 やはり、先日の一件の事を気にしているのだろう。
「先日は一方的に襲いかかってしまったこと、お詫びします」
「いやいや、謝られることではないですよ」
 魅月姫の謝罪に北条はバツの悪そうに手を振る。
 その様子には何処と無く罪悪感のような物が感じられるのだが、それが何に対する意識なのかまではわからない。
「シュライン、何かわかるか?」
「注意して聞いてるけど、まだなんとも言えないわね」
 冥月がシュラインに尋ねてくる。もちろん、北条にはばれないように注意してだ。
 北条の能力が『目を見た相手を操る能力』なら、魅月姫はもちろん、冥月もその能力から逃れる術はある。
 だがシュラインはあまり超人的な動きをすることは出来ないので、彼の能力から完全に逃れる事が必要なのだ。
「心音とか、喋り方、呼吸の仕方まで聞いてるけど、今のところこれと言って妙な所はないわね」
 シュラインの聴力を以って、相手の心理を読み解こうとしているのだが、話はまだ始まったばかり。
 何かを得るには早すぎる。
「もう少し会話を続けましょう。何かおかしな点があればすぐに知らせるわ」
 仲間だけに聞こえる程度の声量で伝えると、小太郎が前に出る。
「で、俺に話ってなんなんだよ」
「……そうそう、それだ。うーん……この場で言って良いものなのかな」
 北条はそう言って思案した後、『まぁ、話さないことには始まらないか』と前置きしてから話し始めた。
「小太郎くん、静(しず)さんって知ってるよね?」
 発された言葉に含まれた人名。
 それを聞いた瞬間、小太郎の心臓が一つ、高く跳ねる。
「……お前、静さんを知ってるのか!?」
「ああ、一応友人だと思っている。それも、とても仲の良い、ね」
 含みのある言葉だが、シュラインには特に異常は感じられない。
 嘘をついてるわけでもないし、時間稼ぎをしようとしているわけでもなさそうだ。
 それよりも、『静さん』とは誰だろう?
「小太郎、そのシズとは誰なんだ?」
「俺の……命の恩人だよ」
 記憶のフラッシュバックを見ながら小太郎が言う。
 それを聞いて、北条は安心したように息を吐き、言葉を続ける。
「君は幼い頃、事故に遭いそうなところを静さんに助けられ、結果君は生き残り、静さんは死んだ。それで間違いないね?」
「……ああ、そうだよ。事故が起きる前からよくしてもらってた。でも、何でお前が知ってるんだ!?」
「本人に聞いたからさ」
 事も無げに北条が返答する。
 その様子はどう見ても嘘をついているようには見えない。だが、死んでいるはずの人間にどうやってその事を聞くのだろう?
「嘘つけよ! 静さんはもういない! 俺の代わりに死んだんだから!」
「それが驚いた事に生きてるんだよ。と言うか黄泉返したんだ。今は不完全な形だけどね」
「不完全な形……?」
 シュラインが呟く。今まで得られた情報は恐らく全て本当の事。
 だとすると色々な事が繋がってくる。
 小太郎が幼い頃に死んでしまった静という人物。その人物が不完全な状態で生き返った。
 そして、前回ユリが見たという生首、そして『ユリの母親も佐田に殺意を抱く可能性がある』と言う証言。
「まさか、その静さんってユリちゃんの母親……? でもだとすれば亡くなった時期がずれるわよね」
 確かユリは『母親は自分が生まれてすぐに死んだ』と言っていた。
 ……だがあれも誰かに聞かされた話だったような覚えもある。
 だとすれば、その情報は嘘で、実はユリを産んだ後に小太郎と会っていたとしたら……。
「ありえない話ではなくなってくるわね」
 呟きながらも引き続き北条の様子に注意を払う。
 今までの話は全て事実確認だ。彼が小太郎を呼び出した理由がまだ明らかでない。
「で、モノは相談なんだが……」
 北条は小さなツボを取り出し、小太郎に差し出してくる。
「君の魂をくれないか?」
 一瞬にして北条の殺気が高まる。
 敵意は無いようだが、ただ殺すことだけを求めているらしい。いや、彼が言うには魂を欲しがっているらしい。
「静さんを完全な形で黄泉返すには、どうやら『君の命を助けた』と言う因果が有効らしい。それが刻まれているであろう君の魂が欲しいんだ」
 淡々と説明しているが、言っていることは『死んでくれ』と同義だ。
 当然小太郎も反発するだろうと思っていたが、思いの外、静かに話を聞いている。
「このツボは魂を吸い取る事ができるツボだ。これを使えば苦しまずに魂を取り出すことが出来るんだが……」
「それは宣戦布告とみなして良いのか?」
 小太郎の後ろに居た冥月と魅月姫が俄かに構え始める。
 だが、北条は苦笑して慎重に距離を取るばかり。
「いやいや、戦うのは最後の手段だ。まずは自主的に魂を渡して欲しいと思って交渉してみようと思ったんだけど、どうだろうか、小太郎くん?」
「……俺は……」
 意外な事に小太郎は口篭っていた。
 相手が敵意を見せればすぐに飛び掛りそうな小太郎も、毒気の無い殺意には動揺してしまうのか?
 いや、様子を見るとどうやらそうではないらしい。
「……まさか、魂を差し出しても良いとか思ってるんじゃないだろうな?」
 冥月の言葉に図星を指されたらしい小太郎はビクリと身体を震わせる。
「お前、他人には生きる事を強要しておいて、自分は易々と死を選ぶなんて……笑わせるなよ?」
「でも、俺は……静さんに恩返し出来るなら……」
「だとしても、彼が言っている『静さん』が貴方の知っている『静さん』ではないと言う可能性はありますよ?」
「……どういう事だ?」
「一度死んだ人を黄泉返す、それも死んでから長く時間が経った人間をとなると、ちょっとやそっとでは無理です。彼がその『静さん』を蘇生するのに成功したとしても、中身が全く別物と言う可能性は捨てきれません」
 この世の理に外れた術、それも完全蘇生術とまでなると最高度の魔法となる。
 魅月姫が見る限り、北条がそれほど魔術に長けているようには感じられない。
 仮に魔術に長けていると予想される佐田を殺した犯人が北条の味方にいたとしても、完全蘇生出来る確立は五分五分。いや、それよりも低いかもしれない。
 そんな情報を易々と信じて魂を渡すとなると、それは愚行と言うほかない。
「そ、そうなのか……」
「流石に魔術に詳しい人までは丸め込めないか。だから一人で来てもらおうと思ったんだが……」
 ここでアッサリと北条が騙そうとしていた事を白状する。
 物陰にいるシュラインにも気付いているのか、どうやら自分の動揺がこちらに伝わった事を悟ったらしい。
 シュラインも今のやり取りで北条が明らかに動揺している事を感知している。それは既に冥月と魅月姫に伝えてあった。
「まぁでも、俺は今の彼女が別の存在であろうと構わないんだ」
 北条をツボをしまいながら独り言のように言う。
 ツボをしまった所を見ると、これからは最終手段に移るつもりらしい。
「人格形成は俺の方で自由に出来る。だったら、外見さえ出来上がってしまえば最終的に元の静さんが出来上がる。そうなれば結果として小太郎君の魂は静さんのためになったって言えるだろ」
「いいえ、それはただの『性格と外見が似ているだけの別人』です。静さん本人ではない」
「……ふぅ、どうやら穏便に事を進める事はできないみたいだな」

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 北条の殺意に、俄かに敵意が灯る。
 と同時に彼の心音に変化が出始めた。
 戦闘に対する不安と高揚感、それのほかに何か『してやったり』的な感情が灯っているように思える。
 何か罠をかけられただろうか? と勘繰ってみても、北条の様子に特に不思議な点は見えなかった。
 だとすればどうしてこんな心音が?
「闘り合う前に質問しても良いですか」
 戦闘を前に魅月姫が尋ねかけていた。
 北条もどうやらそれを聞くようで、無言で聞く体勢を取っている。
「貴方はユリさんに何かしましたか?」
「……何もしてない、とは言えないな。嘘をついても恐らくバレるだろうしね」
 それはそうだ。ここにはシュラインがいるのだから嘘はすぐに見抜ける。
 しかし、北条はそれを知らないはず。何処からか情報を入手したのか、それとも単なる鎌かけか?
「ユリをどうしたんだ? アイツを使って何をしようとしている?」
「静さんが彼女を欲しがっているし、俺も彼女を近くにおいておきたい。もしかしたら静さんの蘇生に必要になるかもしれないし、そうでなくても彼女は俺の大事な女性だ」
「……そこまで話すという事は、この戦い、勝つつもりでいるのか?」
「勝算はないわけではないよ。もちろん俺自身は勝つつもり満々だしね」
 そう言って北条はにやりと笑った。
「おや、カッコイイな。心眼と言うヤツか」
 冥月が目を瞑った事に対して、北条が軽口を叩く。
 その声にも何処か満足感が感じられる。
 何かを見落としている。いや、聞き逃している。
 それが何なのか、しっかり把握する前に、突然虚脱感に襲われた。
「……な、何これ……!?」
 立ち上がる事も出来ないぐらいに、体中に力が入らない。
 だが、無意識の内に耳を塞いでいた。何か反射的に何かが侵入してくるのを妨害したように感じた。
 北条の声には何かがある、と直感で悟った。
 これが彼の能力だったとしたら、今までの会話全てに魔力が込められていたのだろうか?
「二人とも、いや、物陰にいるもう一人も、そのままそこで動かないでいてもらえると助かるんだけどね」
 もう一度声が聞こえたが、やはり感情は昂ぶったままだ。
 獲物を罠にはめた狩人の心境、と言おうか、とにかくそんな感じだ。
 やはり、この声に対する違和感が彼の罠だったのだろう。
 声によって相手の精神状態などを量る事は出来るが、能力が関わってくるかまでは判別しづらい。
 その辺は向こうにいる魅月姫に任せた方が良さそうだ。
 それよりも、今はさっきの北条の発言に集中する。
『物陰にいるもう一人』と言った。という事はシュラインに気がついているという事だ。
 相手の感情を読み、それを何度か仲間に伝えはしたが、北条の死角や気付かない所で行っていたはず。
 だがしかし、それを見破られているという事は、彼がシュラインの存在に気付くための何かがあったという事。
 動くのも億劫な中、後ろを振り返ってみるが、特に変わったものがあるわけではない。
 あの男、まだ何か隠しているのだろうか?
 声によって誰かを操っているなら、ここにいる客の中の誰かか?
 いや、北条が誰かと連絡を取ったような素振りは見えない。音以外の連絡手段があったのなら別だが、怪しい動きは見えなかったように思える。
 だとするとこちらの編成を事前に知っていたのだろうか?
 それならば今、北条の前に姿を現していないシュラインの事に気づいていてもおかしくはない。
 しかし、そうなるとその『誰か』がわからない。佐田を殺した魔法に長けた誰かだろうか? 若しくは別の第三者?
 考えてもわかりそうには無い。
 そんな中、北条が小太郎に近付き始めた。
「さて、どうしようか、小太郎くん。君が魂を差し出してくれれば今からでも穏便に終わるんだがね」
「……アンタの言葉を信じるなら、静さんは全く別人なんだな?」
「でもすぐに本当に静さんに出来る。そうなれば君は静さんに恩返ししたのと変わらないだろ?」
「……気に食わないな。その『静さんに出来る』って言葉」
 そう言って小太郎は自分の首にぶら下がるネックレスを掴んだ。
 これは冥月から貰ったもの。小太郎の目の能力を一時的に封印するためのものである。
「人を造るみたいに言いやがって、神様にでもなったつもりかよ。一瞬でも迷った俺がバカだった。静さんはもういない。だから、あの人に貰ったこの命を無駄使いしない事がきっと恩返しだ!」
「それは君の独り善がりだ。静さんはそんな事望んでいない」
「それこそお前の決め付けだろうが! 俺は命を懸けて俺を助けてくれたあの人を信じる! あの人の助けてくれた俺の命を守る!」
「……そうか、なら仕方ないね!」
 言った途端、北条の足元から妖魔が顔を出す。
 これで完全に戦闘態勢、という事だろうか。だが、少し遅かったようだ。
 小太郎はネックレスに付けられていたユリの能力符を掴み、その効果範囲を広げる。
 北条を飲み込み、冥月と魅月姫も飲み込み、そして離れたところにいたシュラインも飲み込む。
 その瞬間、妖魔は符に吸収され、魅月姫が感じていた脱力感が無くなった。かけられていた能力を全て吸い取ってくれたようだ。
「よくやった、小太郎。これだけは褒めてやる」
「後は私たちが存分に仕返しさえてもらいます」
 冥月と魅月姫が北条に駆け出した後、小太郎はすぐにシュラインの元に寄ってくる。
「大丈夫か、シュライン姉ちゃん!?」
「え、ええ。大丈夫よ」
 身体は自由に動くようになっている。虚脱感も綺麗サッパリ取り除かれた。
 それはきっと前で戦っている二人も同じはず。だったら心配は要らないだろう。
「それより小太郎くん、この周りに怪しい人がいなかった? 北条さんと連絡を取っているような……」
「え、そんなヤツは見てないけど……」
「やっぱり。じゃあ外部に協力者がいるのかしら」
 この施設内にいないとなると、やはり外からの情報になるだろうか。
 と、そんな事を考えている内に、戦闘はアッサリ終わったようだ。
 北条に決めの一撃が入る。これで一応フィニッシュだろう。
「あっ」 
 北条が床に激突する寸前、小太郎の持っていた符が破けた。
 元々の能力よりも劣化しているこの符は、能力を吸収できる限界が決まっているらしく、大量の魔力を吸収すると破れて使い物にならなくなるのだ。
 これが破れたとなると、すぐにアンチスペルフィールドがなくなるのだが、北条の気絶しかけた様子を見ればこれ以上『対象を操る能力』には心配しなくても良さそうだ。
 そんな風に安心していると、突然北条の隣に生首が出現した。
「まだこの人を失うわけにはいかないのよね」
 そう言った後、生首は北条を連れて何処かへ消えてしまった。恐らく移動の術なんかを使ったのだろう。
「あ……あれは」
「どうしたの、小太郎くん?」
 生首を見て驚いているらしい小太郎。
 シュラインが尋ねかけると、小太郎はショックを隠せない様子で呟くようにいう。
「アレは……静さんだ」
 どうやら、あの生首は静という女性だったらしい。

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「逃げられはしたけど、結構収獲があったわね」
 少し暴れてしまったので、そそくさとビルから逃げ出してきた後、ため息混じりにシュラインが言う。
「ああ、とりあえず北条が敵対している事はわかった。後はアイツを捕まえて佐田殺害の件につながりがあるのか吐かせるだけだな」
「まぁ、十中八九関わってはいるでしょうけどね。それよりも気がかりはあの生首です」
「……アレは静さんだった」
 生首の話が出た途端、小太郎が呟く。
「間違いない。アレは静さんだ。首だけだったけど……でも、中身は違うんだろ?」
「恐らく、違うでしょうね。完全な蘇生が出来ていたのだとしたら、少し興味もありますが、アレは人の一部ですらない、ただの魔力の塊です。蘇生などと、笑える冗談です」
 魅月姫が言うには、あの生首は魔力の塊を静という女性の顔の形に加工したモノらしい。
 ゴーレムの出来損ないという感じだろうか。実体が無いだけまだ不完全なものという事だ。
「あんなモノのために魂を差し出さなくて良かったですね」
「その件についてだが、私は少しお前に話しがあるんだがな、小僧」
「な、なんだよ」
「怪しむべき北条の呼び出しにノコノコ出かけていった事も含め、今回のお前の失態について色々と鍛えなおしておかねばならんと思ったのでな。覚悟しておけよ」
 ギラリと光る眼光で睨まれ、小太郎は身を縮めた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマ様、シナリオに参加してくださり本当にありがとうございます! 『事件は殴って解決』ピコかめです。
 伏線の回収も忘れないようにしないと……!

 後衛から北条の心理判断でしたが、どんなモンでしょう。
 実際の所、音から相手の考えてる事ってどのくらいわかるモンなんでしょうかね?
 東京怪談では色々超人的な方がいらっしゃるし、昨日食べた晩御飯ぐらいわかっても良かった気も……?
 では、次回もよろしければ是非!