コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 ◆ 主を想う影 ◆



 このような店などあったのだろうか。
 アンティークショップ・レンと書かれた看板を見上げ、少女――椎名史香(しいなふみか)はどうやってここまで辿りついたのかを思い出そうとした。だが、記憶の中に道中に見た景色がない。
 散策をしていたのだから覚えていなくても問題はない。そう思い直し、彼女は古いドアに手をかけた。
「ああ、あんた、呼ばれたんだね。……いらっしゃい」
 カウンターに座っていたのはチャイナドレスに身を包んだ赤毛の美女――この店の主、碧摩蓮(へきま・れん)である。
 史香にはわからない来訪理由が、この女店主にはわかるようだ。
「呼ばれた、ですか?」
 史香が聞き返すと、店主は棚に並んだランプを指した。
 近づいて見てみたが、口すらついていないランプがどうして自分を呼ぶのか、史香には見当もつかない。よく見てみようと持ち上げた瞬間、口から勝手に言葉が出た。
「これ、買います」
 史香の突然の言葉に店主も驚いていたが、やがて、苦笑いを浮かべて手を振った。
「選ばれた、か……。ああ、お代はいいよ。あたしには触ることもできない商品だ。あんたなら何とかできるかもしれないね。ランプの厄介事が片付いて、あんたが自分の意思で欲しいと思ったら、その時はお代をいただくよ」
 先ほどの発言を撤回しようと思っていた史香だったが、こう言われてしまうと断りきれない。ただ、厄介事という言葉が気になった。
「厄介事というのは……命に関わることですか?」
「病に倒れることも、命を失うこともない。ただ、望みを叶えてやればいいだけさ」
 願いを叶えてくれる魔法のランプは聞いたことあれど、願いを叶えてほしいランプ、など初めてだ。命にも体にも支障がないのなら、と好奇心のおもむくままに史香は頷いていた。
「わかりました」
 店主が大きな袋を彼に差し出す。
「あたしには触れないからね。そうそう、あたしは碧摩蓮。ここの主さ」
 渡された袋に、史香はランプをそっと入れる。
「自分からここに来ることはできますか?」
「一度ここに来たあんただ。この店を思い浮かべながら歩けば辿り着けるんじゃないかい? あたしは主だからね。ここに来る方法なんざ、知らないんだよ」
 辿りついた本人でさえわからないから聞いたのだが、店主の言うことにも一理ある。
 何とかなるだろう、と思いながら史香は袋を抱えた。意外と重い。
 ありがとうございました、すら言わない店主に見送られ、彼女は店を出た。



 その夜、学校から帰宅した深夜、史香はランプに明かりを灯した。
 室内にぼんやりとした橙色が広がる。当たり前のことだが、壁には史香の影が映っている。
「……ん」
 背後から声が聞こえる。
「誰?」
「……れん」
 はっきりと聞こえる声に史香は振り返った。そこには黒い影があるのみ。だが、声は確かにその方向から聞こえていた。
「赤い髪のれん……」
 史香の脳裏にある人物がよぎる。アンティークショップの女店主――碧摩蓮。
「赤い髪……へきまれん、さん?」
「知っているのか?」
 自然ともれた史香の呟きに、動揺するかのように影が揺らめいた。
「あなたは、ランプの精?」
「……そのようなファンタジックなものではない。ただの影だ」
「影さん、どうして蓮さんを呼ばれたのですか?」
「それは……」
「あ、待ってください」
 話し始めようとした影を史香は手で制し、おもむろに立ち上がって部屋を出た。長い話になりそうだと直感で判断した彼女は、あるものを用意するためにキッチンへ向かう。
 やがて、トレイに湯気をたたせた二つのマグカップをのせ、史香は部屋へと戻った。小さなテーブルの自分側に一つ、影の近くに一つ置く。
「わかっているとは思うが、私は飲めない……」
「香りだけでも、一緒にいかがですか?」
「……そうだな。いただこう」
 影に匂いを嗅ぐことなどできないだろう。それでも、いただこうと言った影から史香はほのかな優しさを感じた。熱いコーヒーを口に含むことで、体も心もじわりと温まる。
「さっきは話を止めてごめんなさい」
「なぜ蓮を呼ぶのか、ということだが……私は実は彼女への気持ち以外は何も覚えていないのだ。気が付いたらこのランプと共に蓮の傍にいた」
 影の話が終わると同時に、史香はマグカップをテーブルに置き、真剣な目で影を見た。そして口を開く。
「影さんさえよければ、少しだけ過去を見てもいいですか?」
「そんなことができるのか……。どうするんだ?」
「ランプに触れて集中するだけです。影さんに何も影響はありません」
 しばらく沈黙が続いた後、影はゆらりと揺らめいた。
「わかった。見てくれてかまわない」
 ランプの前へ移動した史香は、熱くない場所へそっと手をあてる。
 目を閉じた。静かな夜ではあったが、さらに耳は周りの音を遮断する。
 やがて、閉じた瞼の向こうに新しい景色が広がり始めた――。

 見覚えのある景色――いや、アンティークショップレンの店内だ。以前に行った時と変わらない。店内と同じく、現在と変わらぬ姿の碧摩蓮がいる。彼女はこちらを見ていた。
「そのランプを売ろうとしているのかい?」
『い、いや、私は……』
 声の主の姿は史香には見えない。どうやら、ランプの男の目線になっているようだ。
「あんた、この間から何度も来てるね。売ろうか迷っているのかい? 迷いの残っている物はうちでは買い取れないよ」
『私は買い取ってほしいのではなく、君に……』
「あたしに?……なんだい?」
 蓮の黒い瞳がこちらを見据えてくる。
 視界が急に変わった。男が蓮から目線をそらせたのだろう。
『会いたくて……』
「この店にも、あたしにも、あんたみたいな人間が関わるものじゃないよ」
 男の視線がまた蓮へと戻る。蓮は睨むような目でこちらを見ていた。
『だが、私は……』
「……もう、来ないようにするんだ。わかったね?」

 蓮の言葉を最後に、映像はそこで消えた。
 史香はゆっくりと目を開け、ふぅと息を吐き出す。集中すると多少なりと疲れるものだ。
 影は変わらず目の前で揺れている。彼の真実の姿はわからない。
「……見えました」
「何か、わかったのか?」
 ランプから手を離した史香は、かつては男であった影をじっと見つめる。
「影さんは何度も蓮さんの店に行っていたみたいです。このランプを持って。ランプを買い取ってほしいのではなく、君に会いたくて来ている、と蓮さんに言っていました。でも、蓮さんは影さんに……」
 そこで史香は言葉を切ってしまった。蓮の言葉は明らかに男を拒否していた。それをそのまま影に伝えてよいものだろうか。
 目の前で影が大きく揺れる。
「蓮に断られていた、のだな?」
「……はい」史香は頷く。「店にも蓮さんにも関わるものじゃない。来ないようにするんだ。……そう、言われていました」
「ああ、そうか。だから、蓮は一度もこのランプに火をつけようとしなかったのか。ようやく、わかった」
「影さんがあの男性であることを、蓮さんはわかっていたんですね」
「そうだろうな」
 そこで会話は止まり、互いの間に沈黙がおとずれる。
 部屋はランプに淡く照らされ、影はくっきりとその姿を壁に映している。
 史香はぬるくなってしまったコーヒーに口をつけた。苦味を喉に通す。
「でも、叶えられなくても、そんな風に思うことの出来る人に巡り合えて、幸せなのかもしれませんね」
「記憶がなくなったというのに、残る想いがある……。少し、苦しいが」
「恋って、案外孤独なものなのかもしれません……」
「いや、そうでもない。自身でも、今は不思議と満たされているのさ」
 影が徐々に薄くなっていることに史香は気づいた。
 思わず壁へと近づいて、影を手で触れた。体温などないはずのそこはほのかに温かい。
「消えてしまうんですか?」
「そのようだ。話を聞いてくれて……ありがとう」
「ランプは蓮さんの店に持っていきますね」
「そうか。……頼む」
 目をこらす程度になり、やがて、影は静かに史香の手の中で消えていった。
 ランプは変わらず部屋の中を照らしているが、影はどこにもない。
「戻しておきますね。きっと、傍にいたいでしょうから」
 風など吹いていないが、史香の声に応えるようにランプの火は大きく揺れ――消えた。
 史香はふと影の前に置いていたマグカップの中を覗く。
 不思議なことに、マグカップの中は空になっていた。
「飲んでくれたんですね」
 差し込む朝日に白く照らされたランプに、史香は微笑みかけた。



 ◇終◇





◆◆登場人物一覧◆◆
【整理番号】PC名……性別/年齢/職業

【5840】椎名・史香(しいな・ふみか)……女/16歳/夜学生
【NPC】碧摩・蓮(へきま・れん)……女/26歳/アンティークショップ・レンの店主

◆◆ライター通信◆◆

はじめまして、椎名史香様。
このたびは影のお話にお付き合いくださってありがとうございます。
受注をいただいた時、設定とイラストを拝見して「な、なんて可愛いお嬢さん!」と思わず嬉しくなってしまいました。本当にプレイングから伝わる通りの雰囲気を醸し出してらっしゃるので。
今回は全体的にしんみりとなってしまいました。プレイングを読ませていただいた時から、今回はシリアスになるだろうとは思っていたのですが、影が消えるところなどは書いてる私自身でさえも切なくなってしまいました。余談ですが、切ない想いのようなものを書くのは好きなので、今回は今までにないくらい影に感情移入しました。
そして、史香さんの能力である『不確かな過去視』。私なりのとらえ方で「こんな能力かな」と今回使わせていただきました。PL様の中にある能力イメージを大幅に崩していなければいいのですが……。
能力以外にも、PL様のPCキャライメージを崩していなければ幸いです。

リテイクしてほしいと思われましたら遠慮なく言ってください。
ご意見やご要望、そしてご感想などありましたら、個室や、個室で案内しておりますブログにある[OMCファンレター]などから聞かせてくださると、今後の創作の励みになります。
史香さんの初めてのノベルを私に発注してくださりありがとうございました。
今後、ご縁がありました時は、またよろしくお願いいたします。

 ◇ 水月 ◇