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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


青春の必然

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「ちょ、ちょちょちょちょ、待った!! 待ったってあんた!!!」
 駅のホームで大声を発する草間・武彦は、否応無しに目立っていた。
 手を眼前で振りながら、にじりにじりと後退する腰は引けている。奇異な視線は彼だけに向けられ――相対するものが、誰一人見えていなかった。

 だが武彦には、そんな事に構っている余裕は無い。気を抜けば武彦の相対する【幽霊】は、腰にしがみついて揺すっても剥がれやしないのだ。
 変なものに目を付けられてしまったと嘆いても後の祭り。
 ここで是と頷かない限り、草間にとり憑くと囁くソレ――。
「ああ、わかったよ!! 協力する! するからっ!!」
 脅しとばかりに線路に引きずり込まれそうになって初めて、武彦はまいったと手を挙げた。

「お前に頼みがある」
 草間・武彦から依頼の申し込みを受けて、【アナタ】は興信所を訪れていた。苦々しく笑う武彦に先を促すと、彼は頬を掻いて視線を明後日の方向に逃がした。
「依頼主は、誤って線路に落ち事故死した奴で……まあ、地縛霊なんだが。そいつが駅で見かけたお前に惚れたらしい」
 【アナタ】は武彦の言葉の真意を掴みきれず小首を傾げた。幽霊と言えど、元は人間だ。感情は残っていておかしくない。それが自分に好意を示してくれても、然りだ。
「何でもそいつは一度も味わえなかった青春を謳歌したいらしく……つまり、お前とデートがしたいらしい」
 つい、と彼が指差した扉の前に、いつの間にかソイツはいた。
「ツテで人型の人形を借りた。――人間にしか見えないが、中身は死人だ。奴とデートしてくれ。依頼料もねぇ。デート代もお前のポケットマネーで!! 承諾してもらえねーと俺が呪い殺される……!」
 最後には縋る様に手を伸ばしてきた武彦に、【アナタ】は的外れな事を一言だけ。
『謳歌したい青春がコレ?』
「何でも、恋愛は青春の必然らしい!!」
 ――半べぞの武彦は、あまりにも憐れ過ぎた。


■T■
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 鈴城・亮吾(すずしろ・りょうご)は、ソファに腰掛けて
「――は?」
いまいち事情を察知出来ずに小首を傾げた。傾げた拍子、首にかけたヘッドフォンがかたりと揺れる。
 自分を好いてくれている幽霊とデートするという趣旨は分かった。
 その相手が政木慶子と名乗った所までは良い。
「えっと、政木さん……?」
「はい」
 緊張した面持ちの相手に、亮吾は後頭部を掻きながら唸った。
「……ごめん、覚えてない」
 ――というのも、慶子は亮吾と同じ小学校に通っていたというのだ。その頃亮吾に恋心を抱いていた慶子だが、親の都合で突然引っ越す事になり、その後も想いを断ち切れず勇気を振り絞って亮吾に会うために電車を利用した。その際に事故で亡くなってしまったという、不運な少女。
 更に不幸な事に、亮吾は彼女の事をさっぱり覚えていないのだ。
 面影を探そうにも、何故か彼女は。
「それになんで男なんだよ」
 これは、草間に宛てた非難の言葉だった。
「仕方無いだろ、他に無かったんだよ」
悪びれもせず言う草間に、嘆息しか出てこない。
 慶子も慶子で、
「気にしてないから」
の一言で済ましてしまうその事実は、歪に過ぎた。
 草間の友人であるという人形師が、幽霊に仮初の身体を与えたというのだが、だからといってそれが男性体だというのはどういう事なのか、と、亮吾の疑問はそこだった。
「せめて、女の身体にさ……」
「本当に気にしてないからっ!」
 思わず立ち上がって、顔面の前で手を振ってみせる慶子は、控えめなんだか強気なんだか良く分からない。
 そしてこの場合、気にするのは亮吾の方だった。
(俺よりでけえ)
立ち上がった慶子を見上げながら、亮吾は密かなコンプレックスを刺激される。
 茶色がかった短髪に、繊細ながら男らしさを残す顔つき、弱弱しくさえ見える長い手足――けれども、亮吾より頭二つは背が高い。
「……」
亮吾の沈黙をどう取ったのか、草間は満足そうに笑う。
「明日一日だけデートしてやってくれ」
 断るタイミングを逃した亮吾は、渋々ながら是と頷く以外無かった。


■U■
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 これは何の罰ゲームなんだろう。
 慶子に手を引かれながら、亮吾は頭の片隅で消せ切れない後悔を抱き続けていた。
「制服デートがしたい」
という慶子のたっての願いに応じて、何時もの着崩した制服姿で当日を迎えた亮吾。
 何故か慶子は学ラン姿。
「だって、女子の制服は似合わないし……」
 腕を広げて見せる慶子は、確かにどう見ても男性なので、それこそが何かの罰ゲームだろう。
 それでも繋いだ手さえなければ、親しい友人同士が遊んでいるという設定で通ってしまう。
 まあ、繋ぐというよりはまさしく手を引かれている状態ではあったが。
 街中を楽しそうに歩く慶子との会話に、ぶっきらぼうな言葉を返すばかりの亮吾だったが、それでも慶子は心底から楽しそうだ。
「小学校、行かない?」
 何となく見慣れた風景だなと辺りを見回した所で慶子に言われて、亮吾はそこが通学路だった事を思い出す。
「……学校かよ…」
「いいじゃん、いこっ」
 憧憬を感じる程時間が経ったわけでもない、少し前まで通っていた学校。顔見知りにでも会ったらたまったものじゃあない。
 が、嫌そうな亮吾の気配など慶子はお構いなし。
 小走りで数分、すぐに学校が見えてくる。
 休日だったが校庭からは子供達の笑い声が聞こえ、踏み入った瞬間、慶子は。
「なっつかしー!!」
「……そうか?」
 テンションを上げて叫んだ慶子を遠巻きに、亮吾は眉根を寄せた。
「ここの花壇、鈴城君が植えたチューリップが咲いてた!」
「……何時の話?」
 校門横から裏手にある教員用駐車場までの花壇の一辺を指しながら、慶子は亮吾を手招く。
「一番最後まで咲かなかったんだよ、確か。それで最後の最後に綺麗な赤い花を咲かせてた」
 本人よりも仔細までの記憶に、亮吾は我が事ながら無関心な返答。
「へぇ」
「それにあっちの校庭は――」
 落ち着き無く今度は校庭へと反転した慶子を、亮吾は後頭部をがしがし掻きながら追った。


■V■
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 昼過ぎ、それまで黙って慶子の学校巡りに付き合っていた亮吾の腹が、空腹を訴えて鳴くと、慶子は笑いながら亮吾を昼食へと導いた。
 導いた先は駅前の、カフェ。
 女の子の好きそうな甘ったるい匂いに包まれた店内に、男の二人連れは居なかった。
 有名チェーン店の某ファーストフード店の向いに位置する店である。
「俺、ハンバーガーで良いんだけど」
お手頃な値段でたらふく食べれるともなれば、亮吾達成長期の中学生にとっては天国とも言える場所だったが、以外に押しの強い慶子に、
「目的のもの、ここにしかないんだもん」
の一言で却下された。
 メニューを覗けば恐らくパスタやピザ、軽食の名前なのだろうが、何が入っているんだか俄かに想像出来ない文字の羅列に見えてしまい、亮吾は早々に慶子に任せてしまう。
 慶子は亮吾が舌を噛みそうなそのメニューから、すらすらと欲しいものを口にし、亮吾にはトマトと若鶏のパスタを頼んでくれた。
 それなりに楽しく会話と食事を終え、そろそろ出ようと、店内の居心地の悪さを思い出した亮吾が口にしようとしたその時、
「お待たせ致しました、食後のデザートです」
 美人な店員が笑顔で運んできたそれに、亮吾は立ち上がりかけた姿勢で止まった。
「ま、さか――」
 何かの間違いだと思おうとした矢先、
「ありがとうございますー」
 気色満面にそれを受け取った慶子に、亮吾は魚のように口をパクつかせてしまう。
 それは、特大のパフェだった。
 チョコレートと生クリームがふんだんに使われ、間にはヨーグルトとフルーツが挟まれていて、上にはウエハースとポッキーが刺さっている。
「ひ、とりで食べるんだよなっ!?」
 どうみても、一人で食べる量では無いと知りながらも、亮吾は言う。
 しかしそれを否定したのは、亮吾にスプーンを手渡そうとする店員の女性で。
「ラブラブカップルにお勧めの、当店自慢のパフェです。どうぞお召し上がり下さい」
亮吾の手に押し付けるようにスプーンを握らせると、最後の仕上げとばかりに店員はハートに形作られたチョコレートを天辺に指した。
 どう考えても、どう見ても、亮吾と慶子がラブラブカップルに見えよう筈も無い。
(何考えてんだよ、ドちくしょー!!)
とは思っても、店員に非は無い。――無いと思いたい。
「さ、食べよ食べよ♪」
 慶子は乗り気でスプーンをパフェに近づけて。
「んー美味しい!」
 呆然とその様を見つめながら、亮吾は更にある事に気付いてしまった。
 気付かない方が幸せだった。
「……食べて、くれないの?」
 泣きそう、とはけして形容しがたい表情ではある。けれど声には拒否出来ない鋭さが交じり。
 逆に亮吾が泣きそうになりながら、店内から痛い視線を浴びながら、その拷問のような所業に向かわざる得なかった。


■W■
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 日没間近、亮吾と慶子は夕焼けに染まる町内を一望出来る、高台の公園を訪れた。
 鬱蒼とした林の中の、錆付いた遊具だけを残す公園の残骸のような所だったが、ベンチに腰掛けて見下ろす眼下の町並みは美しく、ともすればそれだけで公園が存在している意味があるように思えた。実際の所、夕日が綺麗なデートスポットとして秘かに人気らしい。
「昔ね、嫌なことがあるとここで泣いてたんだ」
 慶子は茜空を見上げながら、慶子は大きく伸びをした。
「嫌な事?」
「そう。その頃は弱っちくて、良く泣かされたりして……でも何も言い返せずに逃げ帰って、とか」
「ふーん」
「あはは、興味ないな?――でも、うん……だから、鈴城君はさ、背の事とかでからかわれても全然気にも留めてないっていうか、何か人との間に距離を作ってるんだけど、それが平気な所とかに憧れてた」
 訥々と紡がれる言葉。
「引っ越してからもウジウジしてばっかの弱い自分が嫌で、鈴城君に会ったらなんか変われるかなとか思って」
「何それ」
「うん、まあ、そんでこのザマ」
 苦笑する慶子に、亮吾は唸りながら頭を掻いた。
「でも最後の最後で、こんな風にデートが出来たのはすっごく、すっごく……自分の中では進歩だなって満足してるんだ」
「その格好でも?」
「あはは、うん、この格好でも」
上手く言葉が見つからなくて、思わず皮肉で返してしまう。
 ――上手く言葉が見つからなくて、亮吾はただ慶子を見つめるしか出来ない。
 彼女を覚えても居ない自分に何が言えるのか、そればかりを考えて言葉は凍る。
「ねぇ、鈴城君。最後に、教えて?」
「……何?」
「僕の事を、好き?」
 夕日に染まる慶子の顔が、風に揺れる透き通った髪が。真正面から見つめてくる真摯な瞳が。亮吾の言葉を鈍らせる。
 彼女が僕と自らを呼んだ事実さえ、彼方へと遠ざかる。
 結局未練を与えてしまうのでは、という杞憂から亮吾が何も言えずに固まっていると、慶子は二、三度瞬いて笑った。
「じゃ、代わりに最後のお願い。キスして欲しいんだ」
「――は?」
「キスして欲しい」
 突拍子が無い、とは笑えなかった。恥じらい半分、慶子は目を瞑る。
 ベンチに腰掛けていたので、それ程身長差は響かない。
 覚悟を決めてからの亮吾は早かった。覚悟というより、疲労に鈍っていた感覚のなせる技とでも言えようか。
 慶子の肩を抱き寄せて、亮吾は頬を染めながら顔を近づけ――。

 長い口付けの終わりは、仄かに薄れ始めた慶子の身体が告げた。
 掴んでいた筈の肩がまず硬質な手触りに変わると、涙を称えた慶子の顔が淡い光彩を放ってぼやけ始めた。
「あーもう……鈴城君って本当イイ奴っ」
 泣き笑いの表情で立ち上がって、慶子は二、三歩後ずさる。
「政木……?」
 伸ばした亮吾の手を、更に後退する事で避けて、消えいく姿で笑う。
「鈴城君、僕ね……本当に男なんだ。この格好のまんまの」
 その瞬間、亮吾の頭で記憶が弾けた。弾けた残滓が重なって、一つの形を作り出す。小さくて弱くて、何時もクラスメートに泣かされていた栗色の髪の少年。
「政木慶吾――で、思い出してくれるかな?」
 お別れ会で泣いていたクラスメートの少年。”泣き虫ケイゴ”と呼ばれていた――。
 驚愕したままの亮吾の前で、慶子――慶吾の身体は、かしゃんと音を立てて崩れた。

 そこに残っていたのは、もう温もりを失った、ただの精巧なマネキンだった。


■X■
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 それはある、晴れた日の事。
 冬を迎えた寒い季節、高い空に広がる青。
 そんな中にたたずむ、灰色の寒々しい石の集まり。
 時の流れから取り残されて、静かに眠る魂の在処に、亮吾は足を踏み入れた。
 お目当ての名前を見つけて、複雑な顔をしてから、手に持っていた花束を墓石の前に横たえた。
 憮然と唇を尖らせて、子供じみた批判的な色を宿した瞳で、亮吾は件の相手を思う。
 場所に似合わない舌打ちを漏らしてから。
「最初から言ってくれよな」
 愚痴っぽい口調で言ってから、腰を落とす。
 そうすると墓石の天辺が、丁度亮吾の頭二つ分高くなる。そこに慶吾の顔を思って、亮吾は唇を笑みの形に引き上げた。

 もう少しだけ、あの日の続きをしよう。





END



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登場人物
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【7266/鈴城・亮吾[スズシロ・リョウゴ]/男性/14歳/中学生】

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ライター通信
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初めまして、この度は発注有難う御座います。
そしてそして、大変お待たせしてしまい申し訳ありませんー。なるべく期日でお届けしたかったのですが、駄目ライターですみませんです。

それでも少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。そして、またどこかでお会いできる事を祈って。
有難うございました!