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<Trick and Treat!・PCゲームノベル>


[ Another snow moon flower ]



 何時だって旅にトラブルはつきものだった。
 ただ、こんなトラブルはきっと洸と柾葵にとっても、そして紫苑にとっても初めてのものだったに違いない。

「Trick and treat!」

 秋の空の下、声は唐突に降りかかる。
 宿の見つからない夜だった。今晩はここらで野宿と考え、曇り空を見上げては雨風を凌げそうな大木の下に移動した直後のこと。

「――――!?」

 口の中に広がる甘み。出せばいいのか、そのまま甘さを楽しめばいいのか。彼等にはわからなかった。
 ただ、次の瞬間暗転する世界に目を見開く。

「どう? 元の姿、世界に戻りたかったら、今度は目的をボクを探す旅にしてみたら?」

 姿は見えない。ただ声がした……。
 深い深い森の中。蔽い茂る葉の間から、僅かに光が射していた。それが陽の光なのか月明かりなのか…今はそれさえも分からない。


    □□□


「……(ヤバい…かも?)」
 紫苑の思考は即座にそんな答えを出す。アレはたった数秒の間のことだった。
 けれど今、確かに小さくなってしまった己の手を握っては開き、溜息を一つ吐く。鏡など見なくても、この掌の大きさだけで自分の身体が12、3歳まで幼くなったのには察しがついた。後は視線の高さからも小さくなったと分かる。ただ、何故か服は身体にフィットし、動きに関して支障は無い。
 しかし、問題はこうなってしまった理由ではない――勿論先程の妙な子供のせいであることは確かなのだが、今それを考えることはしない。自分の、今の姿に問題があるのだから。
 こう思っている以上、26歳の記憶は確かに持ち合わせていた。ただ、この外見と共に変化したものがある。自分の中の何かが、静かに…けれど確かに騒いでいた。それは血か感情か。ただ殺し屋というこの職業が楽しかった頃――その頃の気持ちが蘇ったと言うべきなのかもしれない。
 ゆっくりと、でも確かに、確実に精神が引きずられていく感覚を覚えた。
 殺気を振り撒きはしない。そこは大人の自分が残っていて、無意識にコントロールしたのかもしれない。ただ、気分は冷たく冴えていて、飄々とした笑顔も保ち難い……そう、内心では思いの他冷静に判断を下していたりもした。
「――――っ……」
 そのお陰か、考えるよりも早く両手は自分の頬を叩く。気を抜くと皮肉に歪みかける口元を戻すためにだ。そうでもしなければ、今の状況を変えられやしない。それだけで簡単に変えられるものではないと理解しながらも。
 ただ、そこでふと気づく。
 自分が此処まで若返っているということは、二人は……まさか赤ん坊だろうか?と。
 そう言えば、二人の気配はすぐ近くにあるにもかかわらず声はしない。喋れないまでになっているのかと、そんな考えを巡らせながら、二人の名を呼ぶ。
「っ……洸、柾葵?」
 しかし、単に二人は声を発すことが無かっただけだったのだと気づかされた。
「――――う゛!?」
 思わず上げた声は困惑の声。自分のことに気をとられていたというのも勿論あったが、二人は紫苑の両隣に立っていた。ただ……紫苑の予想を裏切り大きな姿のままに。
「なんで、一人小さくなってるんですか?」
 最初に疑問を切り出したのは洸の方だった。見えずとも、あからさまに変化を見せた紫苑の様子が分かるらしい。紫苑は洸を見上げ、普段と全く違うこの光景に思わず苦笑いを浮かべた。
「俺にしてみれば、お前らが大きいままの方が引っかかるんだが……いや、お前も多少は小さくなってるとは思うが」
 よく見れば幼さを残す表情に、明らかにピッタリだった服がだぼだぼになっている辺り、目に見える変化は大きいようだ。それに、聞けば声も少し高い気がする。
「確かに……さっきまでの俺よりは、これでも小さい頃に戻ってますよ。それは…記憶も教えてくれてるから」
 多分、洸も紫苑と同じよう過去の何かを強く思い出しているのかもしれない。
 しかし紫苑と洸のやり取りが一通り終わった後、思いも寄らぬ声が洸とは逆側から上がった。
「……うっわぁ、紫苑さんがちっこいガキになった」
「えっ!?」
「っ、…………はぁ!!!?」
 紫苑は勿論、思わず洸までも奇声を発し、揃って柾葵を見る。
「ん?」
 しかし当の本人は「どうした?」と、何でもなさそうな顔で首を傾げ返答した。
「柾葵…お前、声が?」
「ああ、出るな、うん。ま、そう言う歳まで戻ってるって事で。こんな影響出るなんてすげぇ…」
 言いながら、柾葵は紫苑と洸に目を落とす。なんだかんだで、彼の姿はこの中で一番変わっていない。多少服が大きそうに見えるが、それもワンサイズほどだろう。
「なんだか分からないが、これは無性に腹が立つな」
「凄い違和感……というか、やっぱりおかしいかな」
 腕組みをした紫苑と、口元に手を持って行き眉を顰めた洸は、揃って柾葵を見ては批判的な意見を口にした。
 それが癇に障ったのかは分からない。ただ、柾葵は変に言い返すわけではなく、視線を紫苑へ向けると、中腰になり顔を近づけニヤリと笑みを浮かべる。
「んー、でも一番おかしいのは紫苑さんだろ? こんなに可愛いガキ、……俺久々に見たぞ」
 言いながら柾葵の伸ばした手は、紫苑の頭の上に乗ると数度軽く叩き、そのままくしゃくしゃと遠慮無しに撫で回す。
「ぅっ…おまっ、そんなに撫で……じゃなくて、撫でるな!」
 声を荒げると同時に、紫苑は柾葵の手を払いのけた。勿論軽くではあるが、柾葵は払いのけられてしまった手を大げさに後ろへ反らし、それをジッと見つめると、紫苑を見てはあからさまに口を尖らせた。
「別に減るもんじゃないしいーだろ? こんな紫苑さんもう今後絶対見れねぇし!」
「確かに…こんな状況で俺より下なんて、コレはレア中のレアですしね」
 珍しくニヤニヤと笑みを浮かべながら、洸はずれ落ちてきたサングラスを外しながら紫苑を見下ろす。
「今度は洸かよ!? お前、その姿で俺の背後に立つな!」
「いや、なんかこういうのも新鮮だなって……まぁ、嫌なら離れますけどね」
 そう洸はすんなりと引き下がったものの、柾葵はいまだ紫苑にただならぬ視線を送っていた。
「……さて、とりあえずこんなこと続けてないで、元に戻る方法を探すか」
「…………」
 話を逸らす――と言うよりも、このままでは埒が明かないと解決方向に進めようとしたが、洸も柾葵もすぐに反応を示すことは無い。
「なんだ、乗り気じゃねぇな?」
「んー? そんなことも無いんだけどさぁ」
 相手にされなくなりからかう事にも飽きたのか、柾葵はその場にしゃがむと頬杖をつき紫苑を見上げた。これはこれで癇に障る。
「いや、俺は戻らなくても困らんが……お前らは目的があるだろ? その姿は勿論、こんな場所彷徨ったままも不味いだろ?」
 その言葉には洸が答えた。
「そうですけど…方法と言っても、さっきの子供追いかけるしか? どこにいるか知ったこっちゃ無いし、こっちから動くより今は待つ所なんじゃないかと思って」
「……てか、めんどくせぇ。俺もう歩き疲れたし」
 どうにも二人は捜す気が起きないようで、その場から動こうとはしなかった。
「っ、お前らなぁ…………」
「というか、なんかさっきまでと比べて、気配が掴み難いんですよ。今より敏感ではなかった時というか。だから捜すのも一苦労だと思うとどうも…この身体じゃ体力もそうは無いだろうし」
「俺は…特に何の力も無かったというか、誇れるのは体力馬鹿って所だけだ」
 紫苑の嘆息に、洸の悪態と柾葵のしょうもない自慢話が続く。とはいえ、これで当ては減った事が分かる。
「……昔に戻ったことで、二人とも多少衰えたというか、まだ成長過程だったと考えればいいもんか…」
「そう言う紫苑さんは?」
「俺か? 俺は…まぁ、別に弱くなっちゃねぇよ……心配すんな」
 ヘラッと笑って言ってのければ、洸は特別気に留めることも無く、柾葵も「そうか」とだけ頷き話は元に戻った。
「とりあえず子供を捜すにしても…やっぱり当てがないと動き難いものですよ?」
「確かに。やたらに動いても見つかりそうに無いよなぁ?」
 ポツリポツリと出される言葉から、要するに面倒なのだと伺える。
「この状況、手分けして捜すにしても俺らがはぐれかねない…せめて二手に分かれる。とは言え、一人は囮で使うようなもんだ。後の二人は近くを歩く」
「囮って…それでどうにかなるのか?」
「それで簡単に相手が出てくれば……良いんですけどね」
 そして、考える気もそうは無いらしい。前向きな意見が出やしなかった。
「おいおい、戻りたいと思うならずっとこうしてても埒が明かないだろ? 厄介な力は持っているだろうが、相手は子供だぞ。捜せというからには、そう遠くには居ない筈だ」
 そんな紫苑の言葉に、洸がピクリと反応する。紫苑をぼんやりと見ていた柾葵の顔も一瞬だが、確かに引きつった。
「……なんか今の見た目が自分より子供の眞宮さんに、そういわれるのも癪ですね。良いですよ、協力します。今の状態も好きじゃないので」
 洸の言葉が紫苑の癇に障るが、それをいちいち表に出すことは無い。ただ、その後にやはり柾葵が続いた。
「あ、それあるな。ちびっ子に諭されてるみたいで……分かった、俺も話聞くから、早く戻れるようにしてくれよな?」
「いや、それは俺次第じゃないんだけどな」


    □□□


 結局最初は、偵察と囮を兼ねて洸が一人で行動することにする。
 洸はあまり気配を感じていないとは言ったものの、時折足を止めては何処かを見た。そんな様子を横目に見ながら、紫苑は柾葵の様子も伺う。どうもいつもと何かが違う。この頃の彼のせいなのかとも思ったが、二人になった途端柾葵は紫苑と目を合わせなくなった。
 初めて出会ったときのような嫌悪感は無い。ただ、何かを考えるようにジッと俯いている。
「黙ってるのも悪くは無いが、さっきからどうした?」
 何かあったのだろうかと切り出せば、言葉はすんなりと出てくるものだった。要するに、ただきっかけが無かっただけ。
「あー…のさ、さっき紫苑さん見たとき弟のこと思い出したんだ…背丈が結構似てた、それだけかもしれないけど」
「弟…あぁ……」
 いつか丘で話した時に出た、両親と共に殺されたと――それを思い返す。確か一度写真も見た気がする。
「この姿のせいもあるかもだけど、色々思い出してた。あの時の話の続き…なんだけどさ、どうせ今暇だし歩きながら聞いてくれる?」
 問われ、それを拒否する意味も無く、小さく「あぁ」と頷いた。
「俺の家族…能力者に殺されたって言ったけど、そいつ俺の叔父なんだ。父さんの妹の旦那…あんま家に来たことは無かったけど、すげぇ慕ってて。しょっちゅう遊んでたし、俺の持ってるシルバーもそいつに教わった」
 そして不意に右手に視線を落とす。そこには、前からあったシルバーアクセサリ。
「あ、紫苑さんに渡したのは、慣れた頃に俺一人で作りきった物だけど。この姿の頃の俺って人のこと信じきってた。だから、あいつが俺利用して父さんを殺しに家に来たと知った時はショックだったな。母さんも弟も、言い方悪いけど巻き添えで。あの光景が今でも目に焼きついて…だから、人殺しの能力者が嫌だった」
 思わず右手で顔を塞ぎ、それでも柾葵は言葉を続ける。
「あいつは……何故か俺だけを殺さず、去り際に一枚の紙を残していった。自分の居場所を書いた紙だ」
「それがあの捨てられない紙切れか」
「いや、何度も捨てようとしたんだ。でもその度に紙は手元に戻って、俺は少しずつあいつのことを忘れていった。その紙を残した筈のあいつを」
 柾葵の言い方に引っかかりを覚え、思わず問い返した。
「忘れ、た?」
「俺は、何度も死のうともしてた。全部失って絶望してたから。今は違うんだけど、実際何度も…自分の血を見たり独りで意識を失った。なのに、何故か死ねなくて……やっぱ、少しずつ忘れていった。見えない何かに生かされ続けて、その代わりに失い続けて…最後にはただ能力者全般を――…‥?」
 小さくなっていく言葉は無意識なのかもしれない。少し頭を捻り考える素振りを見せるが、いきなり顔を上げたかと思うと今度は「悪い、いきなりこんな変な話」と笑ってみせる。
「いや…俺も前に昔話はしたし――少し分かったこともあった」
「そっか…なら良かった。この話の半分以上…さっきまでは頭の中に無かったんだ。ずっと考えてた。子供の悪戯で出来た偽りの記憶かもしれないし、本当だとしても又忘れるかもしれない。ただ、折角思い出したし、紫苑さんには知っておいて欲しかったのかもしれない」
 そうして言葉を一区切りさせると、紫苑の返事も待たず言った。
「なぁ、こうして俺の声を聞いて…元に戻っても尚、まだ俺の声を聞きたいと、紫苑さんは思うのか?」
「ああ」
 即答だった。柾葵はここまで早く答えが返ってくるとは思ってなかったのか、口を開けるが言葉が出ず、そして紫苑は笑みを浮かべ続きを言う。
「確かに今の声だって過去のお前のものに変わりは無い。でも、俺が聞いてみたいと思ったのは、今の……俺が会った後のお前の声だ。こんな一時的に戻ったような声に、興味が無いと言えば嘘になるが…俺が言ったのとは違う」
「――――そっか…ありがとう、紫苑さん」
 そう、笑って見せた顔はやっぱり子供だな…と紫苑は思った。


    □□□


「にしても、コレだけ歩き続けて変化無しか……気配も鳥や小動物のものしかしないし、参ったな」
 結局一時間ほど歩き続けたところで、今度は紫苑と洸が行動を共にする。
 今は柾葵が一人で暗い森をウロウロと彷徨っていた。その行動に決まりは無く、真っ直ぐ歩くでもない。時折元の道に戻り横道を逸れてみたりと、追いかけるのが一苦労な羽目になる。
「それにしても、飽きもせずよく此処までついてきてますよね」
「なんだ?」
 突然の切り出しに問い返せば、洸は足を止めぬまま紫苑を見ては、笑みを浮かべ言った。
「あなたと初めて出会ったときの、そしてこうなる前に言った言葉『何処に行くのか、それに興味があるだけだ』ってのですよ」
「ああ、そんなことも言ったな」
「興味だけでここまで来て、いつの間にか柾葵は気を許してるし……全く不思議な人だって」
「そりゃどうも」
 今日の洸は良く喋る。ただ、それは全て前振りなだけだったのかもしれない。
「――紫苑さん、大分ヤバイ頃に戻ったんじゃないですか?」
 そう言われ、紫苑は動揺を表に出すことは無く、ただ静かに「それはどういう意味だ?」とだけ返す。否定が無いのは肯定に繋がるのかもしれない。ただ、洸がそう言う理由が分からなかった。
 洸は紫苑の言葉に笑みを浮かべながら言う。
「俺の力、落ちてないんですよ。それどころか力を全く制御できなくて酷い有様で……お陰で施設にいるのも苦痛になって、肉親探しなんて口実で施設を出て自由を得て――それが丁度この姿の頃かな。口実といっても、これは嘘じゃない…そのまま今の旅だけれど」
「お前っ…なぁ…………」
 告げられた言葉に、思わず紫苑は苦笑いを浮かべてしまった。
「身長だけじゃない、少し感じが変わってすぐ分かりましたよ。それは柾葵も同じだけれど。でも、柾葵の前で言うのも面倒だし、知られたくないかもと思ったらつい嘘を。すみませんね」
「いや、構わない……言うのどうこうじゃなくて、嘘を吐いていたことに関してだが」
 嘘にだって良いもの悪いものがある。洸が吐いた嘘は良い嘘だったと思う。
「それで、自分の制御が全く効きませんから、運が良ければさっきの子供すぐに見つかると思いますよ。一応、さっきから感知圏内に入っては消えてるんです。でも俺、どうも警戒されてるみたいで」
 それを最後に洸は紫苑への言葉を止めた。唐突に小さな独り言を言い始めたのは集中していると言うわけではなく、邪魔なものを頭の名から必死に追い出そうとしているように見える。彼が察知している気配がどれほどのものか、紫苑には想像も出来ないが、自分の感じられないものを数多く感じていることだけは確かだった。
 程なくすれば洸は足を止め、紫苑も歩みを止めると振り返る。子供の歩調だが洸に合わせていたため多少の距離が開いてしまった。ただ、それを気にかける間もなく洸が言う。
「……柾葵が子供と接触したみたいですよ」
「って、いつの間にか柾葵はどこ行った!?」
 さっきまで確かに視界の隅には入っていた柾葵だが、そういえば今はその姿が見えない。それほど洸とのことで気を取られていたのか、柾葵が紫苑より一枚上手だったのか、気配さえ感じやしない。
「ふらふらと、また何時かみたいな迷子ですよね。えっと、あっちの方角に真っ直ぐ2キロ位先で。立ち止まってるみたいなんで、急いでください、ね」
「って、おい洸…!?」
 言い終わるや否や、膝を折った洸を紫苑は咄嗟に抱え込もうとする。今の身長差から押し潰されかけるが、顔面から地面に落ちようとしていた彼の動きを止めることは出来た。
「まぁ、こうやって起きてるだけで四六時中神経使う羽目になって、凄い疲れるんですよ…言ったでしょ、体力無かったって。間に合ってよかったけど、此処で休むんで。元の場所戻る時はちゃんと連れてってくださいよ」
 そのまま紫苑の手を自分から離れると、洸は服や髪が汚れることも気にせず地べたに寝そべり、あっという間に寝息を立て始めた。
 そんな彼に「了解」と小さく声を落とすと紫苑は走り出す。


 洸に言われたとおりの道を走ると、確かにそこに柾葵と子供が向かい合っていた。最初に子供が、次に柾葵が気づき顔を向ける。
「あ、ようやくもう一人来た。ねね、お菓子持ってない?」
「紫苑さん!! コイツぶっ倒してもいいか!?」
 声は同時に紫苑へと向けられる。
「煙草なら有るが菓子はないな。後倒すな、元に戻れなくなるかもしれないだろう」
「むーっ!」
「うううーっ!」
 紫苑の答えに二人揃って唸り、そして睨み合う。
「僕を捜し出したのには感心するけど、タダで元に戻すわけにはいかないんだよ」
「なんだ、それでもしかして菓子を出せと?」
「ハロウィンだとか何とか言ってさっきからしつこいんだ、どうにかしてくれよ! コイツ可愛くねぇっ」
 頷く子供と、今は自分よりも大きいくせに縋り付いてくる柾葵。そんな二人を交互に見た後、紫苑はしっかりと自分にしがみ付いた柾葵を見上げポツリと声にする。
「……柾葵」
「?」
「お前、菓子持ってるんだろ?」
「……」
「こないだ寄った街で散々菓子を買っていたのがまだ残ってるはずだ。そんなに渡したくないのか?」
「………………モッテナイ」
 最後に視線が逸らされた。
「嘘のつけない子供の典型的姿だな……悪くは無いんだが。ほら、出せ。ポケットか?」
「っぁ、いくら紫苑さんだからってお菓子は渡さない!!」
 小さい身体も最大限に活かしポケットの中を探ろうとした紫苑に、彼は素早く反応すると、何を思ったのか反射的に手を掴み、次には胸倉をも掴み取った。ただ、それで紫苑を自分から引き離すだけだと思われたが、思いの他柾葵の力が異常だった。
「ばっか、お前!? どういう力の入れ方っ――」

 ビリィッ‥‥。

「……あ゛」
「あ゛じゃねぇ!」
「わ、わりぃ、うっかりした。加減が…な」
「お前はうっかりでシャツを破くのか!?」
 そう言い、ボタンが飛び無残にも破かれたシャツを見た。本当にとんだ馬鹿力というべきか。何より、紫苑のスリの手を止めたのが意外な力というべきか。よほど取られたくなかっただけなのか。
 しかし最初こそついうっかりを主張した柾葵だが、徐々に罪悪感が沸いたのかもしれない。やがて渋々ながらもポケットに手を入れると、紫苑にそれを渡す。
「わ、悪い…か、代わりに一つ。チョコレート、これでいいだろ?」
「おい、それとコレとは話が別だろ……取り敢えず貰うが。ほら、コレでどうだ」
「後もう二つ頂戴」
 しかし紫苑からチョコレートを受け取った子供は、柾葵を見てそう言った。
「なんでだ!!」
「三人居るでしょ? だから三つ。じゃないと全員揃って戻さないし帰さないよ」
「……せめてニ個」
「おい柾葵、ちょっとだけしゃがめ」
「?」
 大人しくしゃがんだ柾葵の頭をグーで殴ると、先ほどチョコレートを出してみせたポケットに素早く手を突っ込んだ。そこには確かに多くの感触。掴み取ると素早く後ろに下がり、柾葵と一気に距離をとる。
「いっってぇえ!!!? って、俺のお菓子!!」
「ほら、コレで俺達を元の姿と世界に戻せ」
「はいはい〜、確かに。でもその前にもう一人連れてきたほうがいいよ? 今のままだと元に戻った時はぐれてるからね」
 そう言うと、紫苑から渡された飴玉を一つ口に放り込む。
「っ、待ってろ。柾葵、お前も此処でジッとしてるんだ」
「……ふぁい…」
 背中に柾葵の気の無い声を受け洸を探しに戻れば、洸は少しだけ寒かったのか、丸まりながらも幸せそうな寝顔を浮かべていた。


    □□□


「っふぁ…よく寝た……って、何ですかコレ」
 すっかり夜も明け陽が真上に来た頃、ようやく起き上がった洸は現状を見てそう言った。
「柾葵は不貞腐れてるし、眞宮さんシャツ破れてるし…何コレ、俺の服汚れすぎだし……」
『煩い、今の俺に話しかけるな。』
「流石に疲れてんだ…悪いが出発は明日にしてくれ……」
「うわっ、二人とも不機嫌…まぁ、もうこんな時間だから出発は明朝でいいですけど。ちょっと頭痛いしな……」
 最後は独り言のように言いながら欠伸をかみ殺し、洸はゆっくり立ち上がる。そしてそのままフラフラとどこかへと行ってしまった。

 暗い森の中、昔の姿に戻り奔走状態だったことなど、今ではまるで夢のようだ。
 ただ、二人から聞いた話はしっかりと頭の中に残っている。最後に洸を迎えに行き、結局起きない彼をおんぶし引きずりながら戻ったことも、今では身体がしっかりと覚えていた。

『紫苑さん』
「ん、なんだ?」
 紫苑の向かいに少し離れ座っていた柾葵は、メモに太いペンで文字を書いては紫苑に見せる。
『今度菓子買って。』
 勿論覚えているのは紫苑だけではない。柾葵も、洸も起きていた時間に関しては同じことだ。
 少し考えた後、紫苑は一つ提案と柾葵に言う。
「まぁ、今度お前が酒に付き合ってくれるなら、買ってやらないでもないかもしれないな」
『分かった、付き合うから許す。』
「おいおい……許すじゃなくて、んなこというくらいなら俺の新しいシャツ選ぶのでも付き合え」
 思わず苦笑いを浮かべると、洸が戻ってきた。
「二人とも、昼にしますよ。後眞宮さん、少し行った所に街があるそうですから、そこで服どうにかしてください」
 そう言う手には、見慣れぬ鍋がある。何かと問えば、近くで見つけた民家で分けてもらったと、ケロッとした顔で洸は言った。中身は湯気を立てるシチュー。それを見た柾葵が勢いよく立ち上がり、洸の元へと駆け寄った。
 それは、昨日までと同じ光景。同じ三人。
 しかし紫苑は気づいていない。いつの間にか己を取り戻していた自分の変化。途中洸に言われて気づきはしたが、それが何のせいだったか……その答えには行き着かなかった。あんな状況だ、考えようとしなかったのかもしれないが。

 少し離れた場所で洸は少し起こり、柾葵が笑っている。
 そんな状況に自然と笑みが零れ、それを誤魔化すよう、紫苑は煙草に火を点け二人のもとへと歩いていった…‥。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
→PC
 [2661/眞宮紫苑/男性/26歳/殺し屋]

→NPC
 [ 柾葵・男性・21歳・大学生 ]
 [  洸・男性・16歳・放浪者 ]


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 こんにちは、ライターの李月です。この度は雪月花のさらに番外的お話にご参加ありがとうございました!
 時系列的にさまざまな矛盾が生じていますが、パラレル的に捕らえていただければ幸いです。又、この頃はまだ眞宮さん呼びの頃ですが、色々な要素で下呼びになってます。洸も、同じく。
 今回の柾葵の姿は、まさに家族が殺される直前の姿であり、それを振り返る形に。元に戻ると同時、やはり叔父である彼の存在はまたぼんやりとし、忘れています。ただ、対面という形ときっかけにより、思い出されるのが3話です。
 彼自身が知らないこと・知らされていないこと・隠された真実も多いため、これが全てではありませんが、この段階で柾葵から引き出せる彼の過去ほぼ全てとなります。
 今回やはり柾葵との話が多くなったものの、親密度といいますか好感度といいますか、その関係から洸も若干過去を自ら明かしてくれてます。
 洸は窮屈な施設を出て、まだ自由になったばかりの頃の姿。少しだけ悪戯心を残しながらも性格は割と穏やかだったりします。
 歳は小さくなった眞宮さんとそれほど変わらない所ですが…洸の方が少し背が高いというのは変わりないと思われます(笑)

 少しでもお楽しみいただけてれば幸いです。では、又のご縁がありましたら…‥。
 李月蒼