コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


傀儡の糸“side=B”―不夜城奇談―



 ■

 その日、草間興信所を訪れた依頼人は十七歳の少年だった。
「ここの探偵さんは怪奇現象に強いって聞いて…」
 暗い表情で話す少年に、入り口の張り紙が見えなかったのかと言い返してやりたい衝動に駆られつつも、正面に座る子供の思い詰めた顔を見ていると、このまま帰すのも躊躇われる。
「…で、何を依頼したいんだ?」
 嫌な予感がしながら先を促せば、少年は「自分にも良く判らない」と前置きし、自らに降り掛かった奇妙な現象を話し始めた。
 聞いてみると、それはここ最近、世間を騒がせている総合電波塔の爆発事故に関わっており、少年は爆発と同時刻に塔の真下で発見された、とある騒動で失踪したと言われていた人物だった。
「自分の部屋で寝ていたはずなのに…気付いたら真っ暗な世界にいて……、ずっと…変な声が聞こえてた」
「声?」
「俺なんか存在する価値はない、って…」
 それは、思春期の少年にとってどれほど重い言葉であり、その心を傷つけるものだったかと、草間は声の主に対して怒りを感じた。
 しかし少年は思い掛けないことを言う。
「…俺…ずっと…クラスの奴に酷いことしていて…酷いって判ってるんだけど…そいつの顔見たら、なんか、殴らずにいられないって言うか…」
「――」
「だから…存在する価値ないって言われたら、そうなのかな…って」
 草間は瞠目する。
 彼が語った内容もそうだが、それが事実だと言うなら、いま目の前に座り、自分のこれまでの行為を語っている少年と、話の中の少年は同一人物であるはずなのに違和感を禁じえない。
 その正体は何だろう。
 気付いたら闇の中にいたと言う。
 変な声が、していたとも。
「…で、何を依頼したいんだ?」
 草間は繰り返す、違和感の正体を知りたくて。
「俺…病院で目が覚めた時…自分がどうなっているのか良く判らなかった…覚えていたのは…暗闇の中で何度も同じ言葉を聞いていたことと…“十二宮”って名前だけなんだ…」
「十二宮?」
 確認するように聞き返すと、少年は頷いた。
「お願いです…十二宮って何なのか、調べてください…それが何か判らないと…、判らないと…何か、怖い事が起きそうで…」
 少年の言葉は、次第に独り言のように声量を落とし、瞳が虚ろになっていく。
 草間は息を呑んだ。
 只事ではない、――それは怪奇探偵と称される彼の直感だった。


 ***

「依頼に来た少年の名前は山本健太(やまもと・けんた)、十七歳。都内の高校に通う二年生で、あの失踪事件で行方不明になっていた被害者の一人だ」
 先刻の少年の身元を説明する草間の周囲では、彼から「どうしても力を借りたいんだが」という連絡を受けて興信所を訪ねた撫子の他にも、事務所の一員であるシュライン・エマ、自分と同じく連絡を受けたという蒼王海浬、そして闇狩一族の影見河夕、緑光の四人がそれぞれの体勢で話を聞いていた。
「失踪していた間のことは、闇の中で聞いた十二宮という名前の他は何も覚えていないらしい。誰がどう十二宮に関わっているのか、俺にはまだ飲み込めていないんだが」
 草間が一人一人の顔を順に見ながら説明を求める。
「何やら傍観しているわけにもいかなさそうな雰囲気だ…、差し支えない範囲で事情を話してもらえると、俺にも動きようがある」
 その言葉に、自然と一同の視線は河夕に向かった。
 彼は息を吐く。
 それは迷うようでもあり、諦めているようでもあり。
「……正直、俺達にも分からない事が多すぎる。この間の飛び降りようとした女の一件以来、一族でも失踪者の追跡調査を始めはしたが、全員が精神的な汚染を自覚しているわけじゃないし、全てを知っていそうな奴はすぐ傍にいるが核心に迫ろうとすれば適当な理由をつけてはぐらかす…」
「それって水主のことかしら?」
 シュラインが問うと、彼は頷く。
 同時に、撫子や海浬の脳裏にも同じ人物の顔が思い浮かんだ。
 闇狩一族の始祖と呼ばれている里界神、そのうちの水を司る彼は、一般に水主と呼ばれており、彼ならば、十二宮の何たるかを確実に知っているだろう。
 同時に、それをはぐらかすという水主の態度も、彼と一度ならず接している面々は容易に想像がついた。
「確かな情報といえば、十二宮が過去にも存在していて、それを始祖が壊滅させたという歴史があることと、この時代の十二宮が俺達の敵、闇の魔物を制御し、攫った人間の感情に植えつけていること…」
「十二宮は、水主が治められる世界の、地球に転生された民が結成されたもの、ということも判っておりますわ」
「里族(りぞく)と言ったか」
 撫子、海浬の補足に光が続く。
「失踪者の心に魔物を巣食わせて何かを企んでいること。あとは…、まぁ、彼らの目的が人類の滅亡だと言うなら、あるいは精神操作で先日と同じ集団投身を目論んでいる…とも考えられますね」
「人類滅亡?」
 草間が驚いて聞き返す。
「地球を救うのだと仰ってましたわ…、このままでは人類が地球を殺すのだと」
 撫子が言うことに狩人達は頷くが、一方でそれに疑問を持つ素振りを見せる者もいた。
 その違いを彼らもまた自覚する。
 この場には、たった六人。
 だが、されど六人。
 個々が持つ情報には明らかな差があった。
「…何か知っているのか」
 河夕が問えば、先に口を切ったのは以前から話すべきか迷っていたシュラインだ。
「その水主のことだけれど…、十二宮の目的について、人類の滅亡だけではない何かを知っていると思うの」
「滅亡以外…?」
「それが何かは断言出来ないけれど、少なくとも彼が重大な何かを隠していることは断言して良いと思うわ」
 彼女の言葉に、狩人は顔を歪める。
 秘密主義な始祖よりも、共に戦ったこともある彼女の言葉の方が彼らには重みがあったのだろう。
「…っ…悪いが俺は行く」
「河夕さん?」
 立ち上がった彼を、光が制した。
 だが。
「いい加減、始祖の命令だけで動くのも限界だ。今から行って口を割らせる」
「…そう簡単に話してくれる人とは思えないけれど」
「でしたら」
 懸念するシュラインに笑みを向けた光が提案した内容は、本人以外には伝わらないものだったが、少なくとも微かな突破口が開こうとしていることは理解出来た。
「あぁ…あまり気乗りはしないが、やってみる」
「お願いします」
 二人の遣り取り。
 そうして河夕が去った後で、撫子は問いかけた。
「いまのお名前…、白夜(びゃくや)様とはお二人と同じ、闇狩一族の方ですの?」
「いいえ」
 光は否定すると同時に意味深に笑む。
「詳しくはまだ…、ですが、現代で水主の唯一の弱点と成り得る方、とだけ申し上げておきましょう」
 それは効果が期待出来そうだと思うものの、果たして河夕が有効的に活用出来るかと言うと、疑問に思わないでもない。
 何はともあれ、河夕が水主自身を問い詰めるのであれば、こちらには、こちらにある情報網から調査を進めていけばいい。
「私は麗香さんに連絡を取ってみるわ」
「…碇様がお持ちの、ご祖父君の日記ですわね」
 過去の十二宮に繋がる重要な資料を持つと宣言した彼女は、必要があればその資料を開示すると約束してくれている。
「そう。貴女も一緒に行く?」
 シュラインに問われて、…だが撫子は首を振った。
「いいえ…私は、まずは依頼人の方にお会いしたく思います」
「山本君に?」
 彼女から、少年には現在、物騒なことを考えて行動を起こさないよう監視する意味も含めて、草間の義妹、零が付き添っていることは聞いて知っていた。
 急がずとも最悪の事態は免れるだろう。
 しかし撫子は心を痛めていた。
 次々と知らされる、苦しんでいる人々の現状に、彼女もまた言い表しようのない苦しみを抱えていたのだ。
「先日の…自殺されようとした女性のこともありますし…精神に憑いているのが魔物であれば、私にも何かしら解放のお手伝いが出来ると思うのです」
 手首に輝く白銀の腕輪を、もう片方の手で包みながら告げれば、誰も異を唱えない。
 一度、光が何かを言うべく口を開きかけたが、それが言葉になるより早く。
「では、俺はそれに付き合おう」
 不意に、それまで静かに話を聞いていた海浬が声を上げた。
「資料を調べるよりは楽そうだ」
 表現は一方的だったが、その真意は判る。
 自分を案じてくれているのだろう。
「ありがとうございます」
 こういった人との触れ合いこそが、人には必要だと、魔物に侵され苦しんでいる人々にも伝えたい。
「宜しくお願いします」
 頭を下げたのは狩人。
「河夕に脅迫めいたことは無理そうだからな…、君はシュラインに同行し、過去の情報を集めてくる方が後々の為になるだろう」
「ご尤もです」
「確かに」
「ええ」
 広がる笑いには、優しさが滲む。
「さて…そうと決まれば俺も依頼人のところに行くか。引き受けた責任てものがあるからな」
 草間がそれに続く。
 全員が今後の予定を決め、早速行動に移ろうと立ち上がった。
 最初に扉を空けたのは草間。
 そこに絶妙なタイミングで現れたのは、外跳ねの長い金髪に、まるでロック歌手が舞台上で着るような煌びやかな衣装を纏った男だった。
「おぅ、ちょっと聞きたいことがあって訪ねたんだが…、取り込み中かい?」
 全員が出ようとしていた矢先だったのだ、不自然に向き合う彼らの間には奇妙な空気が流れ。
「…美嶋様…?」
 撫子は、見覚えのある姿に、その名を呼ぶ。
「あ、本当に美嶋さん」
「え?」
 シュラインが続き、光が驚きの声を上げる。
 一方で興信所を訪ねた美嶋紅牙は、見知った顔が並んでいるのを見て、自分の勘の良さに感心するのだった。




 ■

 依頼主となった少年、山本健太の自宅に向かった撫子、海浬、草間。
 そして流れでこちらに同行することとなった紅牙は、自分と狩人達との関わりを簡単に説明し、敵ではないことを明言した。
「探偵さんなら何か十二宮の情報を持ってやしないかと思ったんだが、まさかお嬢さん達が勢揃いしているとはな」
 撫子を見て笑う彼に、彼女も笑みを浮かべる。
「またお逢い出来て嬉しく思いますわ」
「お嬢さんは優しいねぇ」
 陽気な口調で話す紅牙につられるように、撫子の表情からは先ほどまでの思い詰めた強張りは失せ、今は彼女らしい曇りのない笑みが零れていた。
 これは、彼の力だろうか。
 話しているだけで心が和むのを彼女は自覚する。
(不思議な方…)
 けれど、おかげで落ち着いた気持ちで魔物との戦いに臨めるだろう。
 一方、背後で隣を歩く海浬に向けて重々しい声を上げたのは草間である。
「さっきの…リゾクって言ったか。それはどういう連中なんだ」
 十二宮の件について遅れを取ったことに複雑なものを感じているのだろうか。
 自分は断じて怪奇探偵ではないと頑なに言い張っているが、さすがにこれからは逃れられまいと腹を括ったらしい。
「異界の民だ」
「異界の民が何だって人類滅亡なんて計画するんだ? しかも転生ってのは何だ、生まれ変わった理由が人類滅亡だとでも?」
「さぁな」
「さぁって…」
 淡々とした返答に草間は困惑する。
「河夕が水主から話を聞いて来ると言うんだ、今しばらくは待つのもいいだろう」
 言ってやると、草間はまだ不満を残しつつも今は待つことに決めたようだった。


 ***

「お兄さん?」
「おぉ、ご苦労さん」
 山本健太が物騒な事を考えないよう傍で見守っているという任務を遂行中だった草間零は、彼らが訪れたことに驚きつつも笑顔で迎えた。
「健太君は?」
「今はお部屋に」
 来客を知った少年の母親が玄関に顔を見せ、彼らに深々とお辞儀した。
「失礼します」
 草間に続いて撫子、紅牙、最後に海浬が屋内に上がり、少年の部屋に向かう。
「大丈夫ですよ、あちらの方々にお任せすれば必ず健太君は元気になりますから」
 母親を元気付ける少女の声が、その背を後押しする。
「入るよ」
 そう声を掛けて扉を開ければ、大人数の来客に健太も目を瞬かせた。
「探偵さん…。何か判ったんですか…?」
「ああ、それはもう完璧だ」
 多少は大袈裟な返事をし、撫子を前に促す。
 彼女はコクンと頷き、勉強机の椅子に座る彼の前に膝をついた。
「あの…」
 動揺する少年の手を取り、撫子はそっと微笑む。
「いまから、貴方の内側に残る十二宮の影を祓います」
「ぇ…」
「ゆっくりと目を閉じてください。そうして自分自身にお尋ね下さい。…あなたは、ご自分がしてきた事を悔いてらっしゃるのですか?」
 少年は瞠目し。
 …だが、言われた通りに目を閉じて、頷いた。
「後悔してる…、何で殴る必要があったのか、とか…どんなに考えても判らないんだ…」
 判らないのに。
 理由なんか無かったのに、殴らずにいられなかった。
 脅した。
 傷つけた。
「悪いことだって判ってるのに…、判っていたのに止められなかった……っ」
 少年の言葉を、海浬は冷静に受け止めていた。
 無意識は、意識よりも従順で素直だ。
 その分だけ意識に掛かる罪悪感は重みを増す。
 ゆっくりと会話することで暗示を解いてゆこうとする手法は、海浬も賛同出来た。
「悪いことだと判って、…それから貴方は、その傷つけて来たお友達に謝られたのでしょうか」
「…謝る…?」
 少年の声が震える。
「でも…っ…でもあいつ、俺のこと消えろと思ってて…っ、だから俺は十二宮の…会いたいわけないっ、会いたくないって…顔も見たくないって、あいつ、そう……!」
 動揺し、言葉が乱れる。
 呼吸が荒くなる。
 それでも撫子は穏やかに、…穏やかに語りかける。
「それでも、悪い事をしたとお思いならば、その方に謝らなければなりません」
「でも…!」
「勇気を出しましょう」
 ゆっくりと。
 一文字一文字を、その心に浸透させるように。
 握った手に、腕輪の帯びた輝きが伝わる。
 白銀の。
 真冬の月のように、冷たくも見守るような光り。
「その方が許して下さるかは判りませんが、それでも、変わるためには、ご自分から歩み出す事が大切なのです」
「…ぁ…っ…」
「変わりましょう」
 もう、誰も傷つけないために――。
「あぁ…っぁ…」
 落ちる涙が、黒く染まる。
「化粧…、な訳がないか」
 紅牙が気付く。
 河夕達が狩っていた靄状の黒い物体。
 人の心に巣食う魔物。
「お嬢さん」
 固い声を投げ掛けて来るのは紅牙。
「大丈夫ですわ」
 撫子はきっぱりと応えた。
 黒い涙が撫子の手に落ちた。
 同時に蒸発する。
 まるで高度の鉄に触れた水滴のように一瞬で消失したのだ。
 その手首には白銀に輝く腕輪。
 狩人の力の欠片。
「これは驚いたな…」
 紅牙が呟く。
 零れ落ちる涙は次々と蒸発する。
 撫子から放たれる神気に、耐え切れず。
「俺が悪かったんだ…っ…悪いのは俺で……俺が…ごめん……っ」
 吐き出される言葉が。
「ごめんなさい……っ!!」
 その、言葉が。
「! これは…っ」
 草間が驚愕の声を上げたのは少年が前屈みになると同時、吐き出した物体がその場に盛り上がったから。
「山本様!」
 撫子が少年を案じたのは、それが魔物の本来の姿だと知っていたからだ。
「それは俺が引き受けよう」
 海浬が言う。
 薄い笑みと共に。
「失せろ」
 翳した手が放つのは、狩人の力ではない。
 彼らとは異なる。
 だが、異界の太陽神たる陽の力の前で負の魔物はあまりにも無力だった。
「!!」
 その強さゆえに、魔物では消化し切れなかった力の波動が部屋全体を、家屋そのものを揺らした。
 ガタガタと強い地震に襲われたのに似た部屋は棚から物が落ち、床に散らばり、草間は立っていられなくなりその場に膝をつく。
「見事だな…」
 紅牙が感心したように呟いた。
 それが最後。

「…少し加減を誤ったか」
 様々な物が散らばる床に佇み、低く呟く海浬の前には、もう何もない。
 気を失った少年は、少年以外の何者でもなかった。


 ***

「存在する価値や理由なんて、自分で作り出せるものだ。十二宮の暗示も既に解けた、ここからは君自身の戦いだ」
 告げる海浬に、少年は頷く。
「気に入らねぇ事、腹の立つ事は、まず口から吐き出しちゃみねぇかい。手ぇ出すのと違って誰にも迷惑を掛けずに済むんだからよ」
「いつでも話しにいらして下さい。悩みや、困ったことがあれば、一緒に考えて答えを探しましょう」
 紅牙と撫子の言葉には、共に並び立つ母親が深々と頭を下げた。
 この少年は、もう大丈夫だろう。

 あとは、河夕が水主からどれだけの情報を持って帰られるかだが――……。




 ■

 最初に興信所に戻ったのはシュラインと光、そして途中から彼女達に合流した矢鏡慶一郎だ。
 碇麗香から、彼女の祖父が書き綴ってきた三〇冊余りのノートを借り、水主から情報を仕入れて来るであろう河夕の帰りを待っていた。
 だが、ただ待つのも時間が勿体無いからとそれぞれにノートを読み始めれば、止まらなくなる。
 思いも寄らない事実が次々と出る一方で、それ以上の疑問が湧く。
「こんな事ってあるかしら……」
 数分前に送られてきたFAXを見ながらシュラインが呟いた。
 送り先は、慶一郎の勤務先。
 過去の失踪者名が明記されていたノートの一部分を、試験的にそちらに送ってあったのだ。
 今回のラジオによる失踪事件に限らず、ここ一月に失踪し、家族から捜索願が出されている人々のリストと照合した結果、過去と現在、長いタイム・ラグを経た二つの事件には血縁者、もしくは本人による失踪が七割を占めていたのだ。
 中には既に他界している者もいる。
 とすれば、一致率は百パーセントに近い。
「こんなの…本人の意思とはとても思えないわ…」
「まるで何か…、見えない糸に操られているようですな」
 シュラインと慶一郎が言い合う最中、光は近付いて来る複数の声に気付く。

「あの年頃の子供に存在する価値が無いだのと…、ンなこと聞かされちゃ堪んねぇよ。まったく…、一つ間違えばあの嬢ちゃんの二の舞だ」
「お助け出来て、本当に良かったと思います」

 紅牙と撫子の声。
 その後ろからは海浬と草間。
 だが足音は五つだ。
 少年に付いていたという草間零も共に帰って来られたのは、少年の解放が無事に済んだ証。
(良かった…)
 後は河夕だ。
 そう思った矢先、近付いてくる気配を敏感に感じ取る。
「……どうやら河夕さんは、水主本人を連れて来られたようですね」
「え?」
「それに…、この気配は阿佐人君でしょうか」
 彼らはこの時点で、やはり脅しは無理だったらしいと悟るのだった。


 ***

 河夕と、その後、彼と同行したという阿佐人悠輔に連れられて興信所に姿を現した水主は、一人一人の顔を順に見遣って意味深な笑みを浮かべる。
「全員、十二宮と戦う意志を固めたのだと、そう思っていいのかな」
 悠輔が頷く。
 紅牙も。
「人間から見りゃ、俺も褒められたことはしていないがな……。奴等のやり方は気に入らねぇよ」
 人間の心に魔を巣食わせ、死に追いやろうなどと決して許せる行為ではない。
「私も同じ。いろいろとやり方が、ね」
 シュラインが続く。
「言えない事情も込みで、…本当に地球を救う気なら好き嫌いで判断するなんて危険でしょうに、それを自然だと思ってる。その偏った思考はどうにかしないと」
 それには慶一郎も同意を示した。
「まぁ…、水主殿のお話し次第ではありますがね」
 彼が微笑めば、水主も笑みを強めてそれに応える。
「地球を巡っての事ですもの、狩人の皆様に甘えてはいられません」
 真っ直ぐに水主を見つめて言い切るのは、撫子。
「わたくしは、自ら十二宮と向き合いたいと思います」
「俺も乗りかかった船というやつかね」
 興信所所長の草間が言い、隣で「はい」と頷くのは義妹の零。
「――海浬殿は」
 最後に、彼は海浬に視線を移す。
 地球を救うことになど興味はない、異界の太陽神。
「人類の滅亡を願う者がいて、それを止めようとする者がいること自体は殊更珍しい話ではないだろう。今までにも繰り返されてきた話だ、――そして今のところは存続しているというだけのこと」
「まったく同意見だ」
 海浬に水主が返す。
 ただ、違うのは。
「少なくとも、友人に死なれるのは寝覚めが悪い」
 なるほど、と。
「承知した」
 それが答え。
「ならば話そう、十二宮の目的を」
 水主は言う。
 伏せていた事実。
「――その組織を率いる者の名は、大鳥遊介(おおとり・ゆうすけ)」
 遊介と聞き、目を細めたのは海浬。
 そして。
「ゆうすけ…?」
 悠輔が聞き返す。
「それって、もしかして遊ぶに介助の介って書く“遊介”?」
「知っているのか」
 河夕に問われて、彼は頷く。
「さっきネットの掲示板で書き込みを見つけたんだ。確か…【LEO、獅子の遊介、約束の場所で待つ】と…、それを見たときから、ひどく気になっていて…」
「約束の場所?」
「獅子って…」
 次々と上がる疑問の声に、対して楽しげな反応を示す水主。
「そうか…、ネットで呼び掛けるとは現世への順応が早いと見える」
 くすくすと笑い、彼は悠輔に正解だと応える。
「LEO、つまり獅子座のことだよ。十二宮は黄道十二星座の宮、連中はそれを自分達のコードネームにして使っていた。十二有れば干支でも良かったそうだが、雰囲気が恰好良いという理由で星座を選んだらしい」
 ふざけた理由だと思う。
 だが、それ以上にふざけているのは。
「彼らは人類を滅ぼすつもりだが、それは本来の目的を達成させる“ついで”のようなものだろうね」
「ついで…っ…、ついでで人を殺すのか!」
 声を荒げる悠輔に、水主は言う。
「彼らにとってはそうなんだよ。何せ本来の目的は、閉じようとしている宇宙空間から地球を逃がすことだ」
「――」

 ――一瞬にして、落ちる静寂。
 空気すら止まるような沈黙。

「…閉じ…、何だって……?」
 草間が聞き返す。
 水主は、微笑む。
「閉じようとしている宇宙空間から、地球を逃すこと、と言ったんだ」
 繰り返されても、理解出来ない。
 意味が判らない。
「そんな無茶をすれば、人間どころか、動物も植物も、あらゆる命が死滅する。わざわざ十二宮が手を出さなくても人間は滅びる。それでも手を出し、命を弄ぶのは、その時までの時間潰しだ。悪い言い方をするなら、十二人のうち、誰が何人殺せるかというゲームなんだよ」
「……っ」
 息を呑む。
 言葉が、詰まる。
「彼らの目的は、地球と呼ばれている、この惑星の存続」
 そのための策を彼らは握っていて。
 その彼らを止めようとする自分達は。
「待ってくれ…それは…、なら、地球人の未来は……」
「さぁ」
 水主は正直だ、残酷なほど。
「だから知らせたくはなかったんだよ。――せめてその答えを手に入れるまではね」

 せめて、その答えを。
 有るか否かも判らぬ“答え”を――……。




 ―了―

=====================================
【登場人物:参加順】
・5973/阿佐人悠輔様/高校生
・4345/蒼王海浬様/マネージャー 来訪者/
・0328/天薙撫子様/大学生(巫女):天位覚醒者/
・0086/シュライン・エマ様/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/
・6739/矢鏡慶一郎様/防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉/
・7223/美嶋紅牙様/お祭り男&竜神族の刺客/


【ライター通信】
この度は「傀儡の糸」にご参加下さいましてありがとうございます。
撫子さんには精神汚染の解除に力をお借りしましたが、如何でしたでしょうか。
回を追うごとに彼女には胸を痛めさせてしまっているな…と感じていたのですが、今回のことで少しでも気持ちが軽くなって頂ければと…。
最後に何とも後味の悪い事を水主が言っているんですが…。(_ _;)
願わくば次回「十二宮の長」でもお逢い出来ます事を祈っています。

いよいよ冬の到来ですね。
北海道では早速インフルエンザの兆しも見え始めているとか…、撫子さんも、PL様も、どうぞ体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さい。


月原みなみ拝

=====================================