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<東京怪談ノベル(シングル)>


ゆったりと、ゆっくりと。〜門屋将太郎の学園祭〜

 秋。
 それは食欲の秋と呼ばれたり、読書の秋とも呼ばれたりする。
 だが、まだ年若き学生にとっては、秋とはイベントの秋。
 神聖都学園高等部は放課後だというのに、昼間以上の活気に満ちていた。
 目前にまで迫った学園祭の準備のためだ。
 準備に取り掛かっている生徒達は、もう授業が終わって何時間も経つというのに、全く疲れを見せずに作業を行っている。
 そうやって一つ熱中できるというのは、それは若さというものの力だろうか。
 そんな事を思い浮かべ、また今は遥か昔となった過去の自分と当て嵌めながら、門屋・将太郎は部活棟を当ても無く歩いていた。
 各部活もまた、クラスとは異なった形でそれぞれの出し物の準備に勤しんでいた。
 生徒達をゆっくりと見て回る門屋の運命が動いたのは、軽音楽部の部室の中を覗いた時だった。
 テーブルを囲み、重い表情をしている部員達。なんだろうかと門屋が訝しむと、部長らしき少年と目が合った。
 彼は大きな音を立てて席を立つと、つかつかとこちらに歩いてくる。
 少年は勢いよくドアを開け放ち、鋭い目で門屋の顔を覗き込んだ。
 門屋が「すまんね」と謝罪の言葉を口にするよりも早く、生徒は彼に言った。
「作詞協力をしてください!」

 門屋には、作詩経験というものが全く無かった。やった事も無い事をやれ、と言われてはい、と応える人間はいない;
 しかし。
(こういう目で見られるとな)
 部長をはじめ、部員全員から期待に満ちた目で見られれば、無茶をしてみたくなるのは大人の性というものだろうか。
(こう悩める生徒達を救うのが俺の使命って事なのかね)
 そう頭の中で割り切って見せると、門屋は袖を捲くり、ペンを取った。

 作業は難航した。
 テーマは学園祭。
 学園祭らしさと、他には無い独自色の両方を備えた詩を作る。
 それが軽音楽部員達の目的だった。しかし年若い彼らには、知識と経験が圧倒的なまでに不足していた。
 それを埋めたのが門屋だ。門屋は彼らと相談し、語り合いながら時間を忘れて作詩に没頭した。
 夕日が眩しい時間に始めた作詩作業は、月が黄金色に輝き始めた頃になってようやく一応の完成の目を見た。
 完成した歌詞は以下である。

 年に一度のビッグイベント 皆待っていただろう
 首を長くしすぎて疲れたかい? 
 それならこれで癒せばいいさ
 学年性別関係ないさ 皆で手を繋いで楽しもうぜ
 Let'go!学園祭 
 ここは誰もが楽しめる遊園地さ

 歌で大事なのはインパクトである。曲調とインパクトが強ければ、歌詞は二の次となる。
 詩が完成し、これで自分の役目は終わりと部室を去ろうとした門屋だったが、生徒の一人に呼び止められた。
「あの、ボーカルをやってもらえませんか」
「どういう事だ?」
「それが」
 彼は語った。ボーカル担当が風邪を引き、咳によって喉を痛めてしまった。
 風邪自体は当日までには完治しそうだが、喉はそうもいかない。
 だが、この部活に彼以外に歌える人間はいない
 だから、歌えそうな門屋に白羽の矢を立てたのだ。
「けど俺、音痴だぜ?」
 しかし生徒は食い下がる。どうしても、どうしてもボーカルをやって欲しいと頼み込んでくる。
 その熱意に、門屋は折れた。
「わかったよ。とりあえず歌ってみるけどさ、耳が壊れても知らないぜ?」
 ン、と呼吸を整え、適当な曲を一番だけ歌ってみる。
「ほら、音痴だろ」
 歌い終えると門屋は生徒達を見渡した。返答は沈黙。門屋がやっぱりな、と肩を竦めた直後、拍手の嵐が部室中に轟いた。
 何事かと目を白黒させる門屋に、部長が詰め寄った。
「凄いですよ」
「な、みんな」
 おお、と部員全員が湧いた。
「これならいけるよ!」
「後は振りを考えれば完成だよ!」
 まぁ、いいか。
 盛り上がる部員達に苦笑を浮かべ、門屋はボーカルの件を了承する事を決めていた。やっと希望を見つけた彼らを再び絶望のどん底に叩き落す趣味は、門屋にはないのだ。
 とはいえ、問題はまだ山積みだ。
 彼らの言うとおり、舞台上で行う振りを考え、練習をしなければならない。また、細かい曲の調整も必要だろう。
 門屋自身にも難題が突きつけられている。
 そう、ボーカルたる彼は、振りだけでなく歌詞も全て覚えなければならないのだ。