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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


結界崩し 1

 ――助けて――

 氷のように透明な空間で、泣きながら叫んでいる娘がいる。

 ――ここから出して――

 平安朝の十二単を着た娘だ。長い黒髪、頼りない細い体。
 泣きぬれた白い顔。
 まだ若い。十代半ばに達しているかどうか……

 ――おねえさまにだまされたの、ここから出して――

 鈴のような声が、耳に響いて離れない。離れない……

   ○○○ ○○○ ○○○

 夏炉[かろ]は目を覚ました。ぱっと目が開いて、ぱっと意識がはっきりして、次には起き上がることさえできた。
 そして、彼女の機嫌は――サイアクだった。
「……目覚めから仕事決定なわけ?」
 引きつった口元が、すわった目元が、布団を破りそうなほどに握る手があれこれ。
 夏炉は少しの間、今見た夢について考えた。
「……1人じゃ無理ね」
 そしてベッドから降り、すぐに朝支度を始めた。

   ○○○ ○○○ ○○○

「あのさ」
 喫茶「エピオテレス」にずかずかと入ってきた常連客の少女――夏炉は、眉にくっきりしわを刻んで店長エピオテレスの前にやってきた。
「頼みがあるんだけど」
「頼み……? どうしたの、夏炉ちゃん」
 エピオテレスはカウンターの中から返事をする。
 夏炉はがさがさっと地図をカウンターに広げた。
「何やってんのさ」
 ウエイトレスのクルールが頭の後ろで手を組みながら近づいてくる。
「人手がいるのよ」
 夏炉はふんと鼻を鳴らした。「仕方ないから帳でも連れていこうかと思ったけど、肝心な時に別の仕事でいないし」
「何をする気さ?」
 クルールの言葉に、夏炉は地図を見せた。
 5つのばってんがついている。
「これ五芒星。この中央に、霊が捕らわれててね、助けなきゃなんないの」
「捕らわれ? だったら悪霊じゃないの?」
「昔々の姫君ってやつだよ」
 はあ、とクルールは力の抜けた返事をし、
「で、具体的に何するって?」
「この5つのポイントを各個撃破」
「1つ潰せば五芒星じゃなくなるじゃないか」
「他のが残っている限り時間を置くと復活しちゃうのよ」
「しぶとい敵ってことね。んー……」
 エピオテレスは唇に手を当てた。「まずどこが目標?」
 夏炉は地図に指を滑らせ、五芒星のちょうど一番上の点に当たる場所を指差した。
「ここに、大きな木があるの。その木に宿ってる15人の悪霊退治」
「15……」
「全員結界を張れるくらいの強力な術者なのよ。とりあえず、悔しいけど私1人じゃ無理。手伝って」
 エピオテレスはクルールと目を合わせて、
「……誰が行こうかしらねえ」
「とりあえずテレスがいいんじゃない?」
 クルールは言った。「あとのメンバーは、様子を見てってことで」

   ○○○ ○○○ ○○○

「どうかなさったんですか?」
 と客席から声をかけてきたのは、さらさらの金髪をツインテールに結ったアリス・ルシファールだった。
 彼女はクルールの友人で、よくこの店に来る。今もエピオテレス特性のケーキセットに舌鼓を打っていたところだ。
「ああ、アリス。気にしなくていいよ」
「気になりますよ。だって捕らわれの……とか聞こえましたよ?」
 アリスは小首をかしげる。
 夏炉は振り向いて、
「あらアリス、来ていたの」
「こんにちは」
 常連同士、2人は顔見知りである。
 アリスはずかずかと入ってきた夏炉のことをぶしつけだとは思いながらも、そこは常連同士、何も言わなかった。その代わりカウンターでの話題が気になったのだ。
 夏炉はアリスを見た。
「そう言えばアリスも戦える人間だったわよね」
「え?」
「こっち来て話を聞きなさい」
 アリス、強制連行。
 元々気になっていたので、話を聞いたアリスは自分から「手伝います」と申し出た。
「1人ゲット。他はどうするー?」
 クルールはまだ他人事のような態度でいる。
 そこへちりんちりんと店の扉が開く音がして、黒髪の青年が入ってきた。
「―――。いらっしゃいませー」
 すぐに営業スマイルに切り替え、クルールが応対に出る。
 クルールと同い年ほどの青年だった。
 青年はクルールをじっと見た。
「……営業スマイルはやめろ、無理してるのが見え見えだ」
「―――」
 クルールはすとんと顔から力を抜いた。肩をすくめて、
「ま、お礼言っとくよ。……客?」
「最近の喫茶店って依頼を出して人を募ることってあるのか?」
 青年は腰に手を当てながら、カウンターまでやってきた。
「え? 何のことかしら……」
「今表に出てたぜ。“悪霊退治の人材急募”ってな」
「………?」
 エピオテレスとクルールが顔を見合わせると、
「あたしがここの看板にかけてきたのよ。入ってくる前に」
 夏炉が胸を張った。
「……相変わらずちゃっかりしてんね」
「無駄がないと言ってちょうだい」
「で、一応入ってきてみたぞ」
 青年は腕を組んでぶっきらぼうに言った。
「ありがとう、お客様」
 エピオテレスが微笑んだ。「わたくしはこの店の店長エピオテレス。お名前お聞きしてもいいかしら?」
「乃木坂蒼夜[のぎさか・そうや]だ」
「蒼夜くんね。話を聞いてくれる?」
「そのつもりで来た」
 むすっとしながら蒼夜は言った。
 ――話を聞いて、蒼夜は嘆息した。
「にしてもこの依頼……霊だろうと何だろうと、囚われの姫君を救い出すナイト、って感じの依頼はどうにもステイルが好きそうな」
「呼んだかっ!?」
 ばっと、蒼夜の後ろから赤い髪の青年が姿を現し、皆が仰天した。
「……って、お前いつの間に沸いて出て来やがった!?」
「ふふふ……俺ってば匂いを嗅ぎ付けちゃったぜ? 匂うぞ匂うぞ、何か匂うぞ」
「……何だか分からないけど、人材が集まってきてくれて嬉しいわ」
 夏炉は新しく現れた赤髪のステイル・クリスフォードに、話を改めて聞かせた。
 ステイルはおおいに張り切った。
「霊かどうかは関係ない! 囚われの姫君の救出なんて、これ程燃えるシチュエーションは他に無いじゃないか!!」
「お前の趣向を押し付けるな」
 ごん、と蒼夜はカウンターに置いてあったトレイでステイルの頭を殴った。
「店の備品壊したら弁償」
 クルールが冷たく言う。
「壊れてない。丈夫だなこのトレイ。この石頭を殴って無事なんて」
「蒼夜何気にひどいこと言ってないか!?」
「ん? 何気? 違う、あからさまにだよ」
 蒼夜は知らん顔。
 ひどいっとステイルがしなだれて泣いているのを全員で無視して、
「で、俺は……」
 と蒼夜が言いかけた時。
 ちりんちりんと鈴が鳴った。
 店内の人間全員が一斉に振り向いた。そこに、長い黒髪に黒尽くめの衣装、白い肌の中国系美人がいた。
「あら冥月さん……」
 エピオテレスがいらっしゃいませと笑顔で挨拶をする。
 黒冥月[ヘイ・ミンユェ]はカウンターの様子を見てどうやら今店は喫茶店をやっているどころではないらしいことを察し、
「約束の報酬一回分を貰いに来たんだが……それは又次にするか」
 と嘆息した。
「約束の報酬?」
 アリスが不思議そうに首をかしげる。
「ごめんなさいね、冥月さん」
 エピオテレスが困ったような笑みを見せる。
「……まあ表の看板を見ているのに入ってきた私もアレだ。今何がどうなっているって?」
 ――話を聞いた冥月は柳眉を寄せた。
「個人的には放っておけんな」
 彼女の頭の中には、生まれて以降家族と切り離され、ずっと別荘の敷地内に閉じ込められている、ある少女の姿が浮かんでいた。
「だがなぜその姫を助ける?」
 と見たのは夏炉。
 夏炉は腕を組んで、
「……見た姫様はどうやら私のご先祖の血筋の人らしくてね」
 うちの家族に確かめたのよ、とむっつりと。
「家系図をね、見たら平安時代に1人消息不明の女性が確かにいて。そしたら両親がその人の消息を知っているならすぐに行動してやりなさいって」
「はあん……」
 冥月はあごに手をかけた。
「消息不明ってのは珍しいな。こじつけて死亡にでもしていそうなものだが」
「――姉に」
 夏炉はつぶやいた。
「姉に、だまされたと言っていたわ……」
「………?」
 全員の視線が夏炉に集中した時。
 ちりんちりん……と店の扉が開いた。
「ごめんください……表の看板を見たものなんですが」
 と入ってきたのは二十代後半ほどの青年――

「なるほど、この五芒星の結界を破るため、木に宿ってる15人の悪霊退治をするとのことですが……」
 僕も同行して宜しいでしょうか? と青年は言った。
 2匹の猫を連れている。別にこの店はペット禁止ではないのでいいのだが、その猫たちも普通ではないようだった。
「失礼ですがお名前をお聞きしても?」
 エピオテレスが応対する。
「空木崎辰一[うつぎざき・しんいち]といいます。符術師の神主ですので、お手伝いはできます」
 それで――と辰一は続けた。
「結界を張れる者の意見ですが、そのような邪悪な結界は破壊すべきだと思います」
「理解があっていいわ」
 夏炉は偉そうな笑みで言った。あんたいちいち偉そうだよとクルールにべしっと頭を叩かれる。
「クルールだって偉そうでしょうが」
「あたしは無関心なだけさ」
 とクルールが吐息とともに言った時、再びちりんちりん……
「多少息苦しかったりするが、其れは其れ。扉を潜れば空調の効いた店内に美味い飯が待ってい……る?」
 上機嫌に足音高らかに入ってきた男が、カウンターに集まっている人々を見て、
「皆さん集まって……――ああ、言わないでくれ」
 すかさず構えた夏炉や辰一に、待ったをかける彼。
「言わないでくれって……あんたそれだけ邪気振りまいといてそんな言い草通ると思う!?」
「嬢ちゃんまだまだ子供――ってうわ、火を出そうとするな!」
「……あなたは何者ですか」
 辰一が信じられないといった様子で新たな客を見た。
 クルールが深く嘆息した。
「あー……ええと、こいつのことは気にしなくていいよ、皆」
 男の方へ行き、かばうように片手を伸ばして、
「あー、この男こんなんだけど、根はええと……悪くない? かもしれない。とりあえず怪魔じゃない」
「クルールそのフォローの仕方悲しい……」
 男がクルールの腕にすがってはらはらと泣いた。
 彼の名は宵守桜華[よいもり・おうか]。桜華は業を背負っていて、過去に禍いを撒き散らした男の転生者であるため、今でもその身に邪気が染み付いて離れないのだ。
 よって退魔師系統の人間にはすぐ狙われる。夏炉や辰一はすぐに反応するわけだ。
 桜華の事情と、今カウンターに人が集まっている事情。一通り説明すると、
「五芒の結界、陰陽関係?」
 平安だって言うし、と桜華はつぶやく。
「あー面倒、兎に角其の一角を叩き壊せば良いんだな了解」
「………」
 ずっと黙って成り行きを見守っていた蒼夜が、ふとクルールを見た。
「お前術者だろ?」
「あたし?……違うとは言わない」
「なら……ステイルのやる気は別として、クルールと同行するかな」
「はあ?」
「お、其れ俺もさんせーい」
 桜華が手を挙げた。「クルール、来いって」
「うお、蒼夜ナンパか!?」
 ステイルがのけぞる。それを無視して、
「ついでだから、駄話混じりに面識を持っておくってのも悪くないな。もしかするとまた何処かで、別の依頼で共闘出来る日が来るかもしれないし」
 ぽつりと蒼夜はつぶやく。そこまではクルールには聞こえていなかったが――
「ご指名よ、クルール」
 エプロンをはずしながら、くすくすとエピオテレスが妹分を見た。
「一緒に行きましょう」
「……はあ……」
「あんたと共闘するのって初めてじゃない」
 夏炉がふふんと笑った。「面白いわ。お互い力比べと行こうかしら」
「あんたねー夏炉」
「あの……競争はいいんですけど」
 アリスがはっきり通る声で言った。
「当初の目的を忘れちゃいけないと思います。そこだけは気をつけないと」
「……分かってるわよ」
 夏炉は歳下の少女を恨めしそうに見た。
 五芒星をじっと見ていた桜華が、
「店長さん」
 とエピオテレスを呼んだ。
「はい?」
「ちぃと、フォーク貸して」
「え? ええどうぞ……」
 カウンターにあるフォークを借りて、
「よっし準備完了!」
 桜華は気合を入れた。
「人数も問題なさそうだし、そろそろ行こうかしらね」
 夏炉は顔を上げた。
「案内するわ。――着いて来て」

   ○○○ ○○○ ○○○

「女性が多くて眼福眼福♪」
 ステイルが蒼夜の横を歩きながら満足そうにメンバーを見ていた。
 まず夏炉、エピオテレス、強制連行クルール。かわいらしいアリスに、文句なしの美女冥月。
「クルールは色々な意味で数年すれば光る原石だし、店長さんは美人さんだ☆ 夏炉はきつめだけどいい女になりそうだし、アリスはもう光り出している原石だし、冥月も美人さん!」
 こそこそと蒼夜にだけ聞こえるようにしゃべる。蒼夜はうるさそうだった。
「……けど、全員戦いに身を置く者である以上、俺が出張るのもアレだからな」
 ふとステイルは遠い目をする。
 彼は外見こそ――大学生ほどの青年だが、実年齢は高齢だった。
「叶うなら、今はこの思い出や時間を皆で共有したい……」
「勝手に共有してけ、勝手にどこかの世界にトぶな」
 ばきっと蒼夜の拳がステイルの後頭部を直撃。
 そして蒼夜は「おいクルール」とクルールに声をかけた。
「お前、種族なに。人間には見えない」
「……ぶしつけ。答えたくない」
「――さっきからそっちの男と微妙に距離開けてるな。ということは聖属性だろう」
 クルールの隣――しかしなぜか微妙な距離――にいる桜華を親指で指しながら蒼夜は言う。
「………」
 クルールは目をそらした。
「クルールにあまりちょっかいかけないで欲しいねえ?」
 桜華が蒼夜を威嚇した。
「うるさいのはあんただ桜華」
「何で! 俺何も言ってないし!」
 ――横目でそのやりとりを見ていたステイル、
「どうやらあの男の方が親しさで勝っているようだねえ……」
 にやにやと蒼夜を見る。
 蒼夜はむっとステイルをにらみやりながら、
「……別にいいさ。少しでも面識作っておけば今後どこかで会った時にいいかと思っただけだ」
「ふむふむ。老婆心ながら、アプローチは積極的に」
「黙ってろ爺い!」
 蹴りが飛んだ。
「後ろ! 何やってんのよ!」
 先頭にいた夏炉が振り向いて怒鳴った。
 エピオテレスが苦笑している。冥月が呆れてため息をつき、アリスが心配そうに見ている。
 辰一が、
「今は結界を第一に考えましょう。……その一環で仲良くもなれるでしょうし、終わってから喫茶店で休憩させてもらってもいいじゃないですか」
 と蒼夜たちやクルールたちをなだめた。
「うむ。さすが俺をのぞけば一番の年長だけある、あの青年。落ち着きがあるな」
 ステイルがうむうむとうなずいた。
「急ぎましょう夏炉さん」
 辰一が言った。
「……走るわよ!」
 グループは夏炉について、一斉に走りだした。

   ○○○ ○○○ ○○○

 広い草原だった。
 その中心に、不自然なまでにぽつんとある大きな樹。
「元々は森だったの」
 夏炉は説明した。
「火事で焼かれたんだけど、これだけは霊力のせいで残ったのね」
「これは……すごい……」
 辰一が腕で襲ってくる霊気から自分をかばうようにする。
「もう少し近づけば他の人たちにも見えるでしょう」
 恐れる者は1人としていなかった。彼らはその樹に近づいた。
 ――近づけば近づくほど、その樹に黒い煙のようなものがまとわりついているのが分かった。
 もっと近づけば、その中に人のような形の何かが漂っているのも――
「1、2、3、4――15人かい。確かにな」
 桜華がフォークを手でくるくる回しながら片唇を上げる。
「私は霊とは直接戦えんが」
 冥月は言った。「だが私なりの戦い方がある。……邪魔を、するなよ」
「サーヴァント『アンジェラ』」
 アリスがつぶやくと、ふっと彼女の隣に女性の駆動体が現れた。
「お、またいい女」
 ステイルが額に手をかざす。アリスが振り向いて、
「アンジェラは機械ですよ」
「機械でもなんでも、いい女はいい女だ」
 ステイルは断言した。
 アリスは笑った。そして、
「天使型サーヴァント6体、展開」
 ヴン、と空間がブレるような音がして、アリスの周りに6体の天使型の駆動体が現れた。
「皆、他の皆さんの補佐をするように」
 アリスは命じる。
 辰一はここに来る前に一度、自分の神社に戻っていた。店では2匹連れていた猫を1匹にし、また剣を帯剣して。
「甚五郎は普段は猫ですが、僕の命令ひとつで本来の姿の銀獅子に変化するので役に立つことと思います」
「銀獅子ねえ。兄ちゃんやるなあ」
 桜華があごに手をやってほうほうとうなずいた。辰一は肩から甚五郎を下ろした。
「蒼夜は?」
 クルールは蒼夜を見た。
 初めて名前を呼ばれたせいで一瞬呼ばれたことに気づかなかった蒼夜は、「え? あ、ああ」と慌てる。
「……蒼夜お前、案外冷静じゃないな」
「黙っとけっつーの!」
 ステイルに放った蹴りは避けられてしまった。憎々しげに舌打ちしてから、
「……俺の戦法は」
「体当たり戦法にサブウェポンを足したやつだよな」
 蒼夜はぐりっとステイルの足を踏みつけた。
「痛ぇ! 何だよ間違ってないだろうが!」
「……まあな」
「ステイルはどうなんだ?」
 桜華が尋ねる。
「どうせなら女性に尋ねられたかった……」
「そりゃ悪かったな。で?」
 ステイルはにやっと笑って、
「それは見てからのお楽しみ☆」
「あんたはどうなんだ、桜華」
 蒼夜は敵意むき出しで桜華を見やる。
「俺は肉弾戦ー」
 フォークをくるくる回しながら桜華は言った。
 そこで、夏炉のまったがかかる。
「のんきに能力を紹介しあってる場合じゃなくなったわよ」
 緊張気味の笑いを浮かべる少女に、全員は一斉に樹を見た。
 黒い煙。その中から――
『邪魔者は消す!』
 15体の術者の霊が、躍りかかってきた。

 真っ先に動いたのはステイルだった。
 ――独立時間軸――
 彼の周囲のみ時間の流れが変わり、周囲からみたら恐ろしいまでの速さを可能にする。
 一瞬にして1体の術師の前にたどり着き、
「はっ!」
 拳を叩き込んだ。
 当たる瞬間に爆発させたエネルギー。本来なら四方八方に広がるエネルギーだが、それを拡散させずに一点に集めると大ダメージになる。
 そして一瞬にして退いてきたステイル。
 どうだとばかりに術師を見たが――
「ありゃ?」
 術師は苦しがってはいるものの、消え去っていない。
「エネルギー足りなかった? もしかして」
「200年以上の念の塊をなめちゃだめよ!」
 夏炉が手をかざした。
 火が起こる。鬼火だ。飛び行って、ステイルが止めをさせなかった術師に燃え移った。
『ひいいいいい!』
 火は一気に大きな炎となった。
 夏炉はにっと笑った。
「“木生火”って知ってる? 陰陽師の五行相生よ」
 すなわち木は火を助ける。
「一番最初にこの場所を選んだのは――このためよ!」
 夏炉は次々と鬼火を繰り出す。あらゆる術師に燃え移った。
「おいおい、これじゃ夏炉だけでことが済んじまうじゃねえか」
 桜華がフォークを回しながらぼやく。
「無理よ。燃え尽きるまでに時間があるわ――その間に自力で脱出する術師がいるかもしれない」
「俺の一撃でも消えなかったしねえ」
 ステイルがぶつぶつと思考にふける。
「ちなみにあたしの炎、霊には効いても生身の人間には効かないからね」
「お、ラッキーじゃん」
 桜華は眼鏡を押し上げる。
「おい、もっと術師をこちらに向けろ」
 冥月が他の面々に言った。
「………?」
 辰一が動いた。
「甚五郎!」
 呼んだ瞬間に、甚五郎が猫の姿から美しい銀獅子へと姿を変える。
 辰一は甚五郎に符を貼り付けた。白虎の符――属性は、『金』。
「甚五郎、結界に体当たりしてくれ――僕は悪霊を祓うから。行きましょう皆さん!」
 甚五郎が走り始める。
 見えない結界に、思い切りタックルをしかける。
 木が揺れ、ばちばちっと電撃に似た何かが走り、結界を歪ます。
「甚五郎の属性は金か……」
 桜華はにやりと笑った。そして己の身体能力を爆発的に高めた。
「いいねえ! 考えることが俺と同じじゃないの!」
 五行相剋。金剋木。
 すなわち金は、木に勝つ。
 金気のあるフォークを手にした桜華は、夏炉の鬼火で焼かれる術師たちに飛びかかりフォークで突き刺した。
 ――この木に宿っていた術師たちは皆木気のはずだ――
 まるで肉体があるかのように、ぐさりと肉を刺す感触がした。ずん。桜華はすぐに抜き取り、再び急所へ。
 霊だけに急所を刺されるだけですぐに消えることはなかったが。もう一度抜き取り、冥月の言う通りに木から離れた方向へと蹴り飛ばしてやると、その衝撃で消え去った。
「風よ!」
 エピオテレスが高らかに叫んだ。空気が動いた。夏炉の炎を大きくしながら、一斉に術師たちをこちらへ引き込もうとする。
「でかした、テレス!」
 術師たちがいったん全員木から離れた瞬間、冥月は影で木を覆った。
 これで術師たちは元の場所に戻れまい。
 アリスが手を叩いた。
「素敵です! 霊は宿主がなければ力が削られていきます!」
 さあサーヴァントたち、とアリスは命じた。
「皆さんの力を増幅させなさい!」
 6体の天使型駆動体が、ブーストで全員の力を跳ね上げた。
 蒼夜が跳ねた。空中機動で縦横無尽に動きながら、燃えている敵をわし掴み遠心力で木を包んでいる冥月の影に叩き付けた。
 夏炉の炎で大分体力を削られている術師には、それだけで充分だった。
「よし、今度は俺もいけるな」
 ステイルが再び最初と同じ攻撃を繰り返す。
 辰一が符を取り出し白虎の風で夏炉の炎をさらに増幅する。
 アリスは謳術で術師たちを浄化していく。念の入った術師の霊だ、簡単には消えなかったがアリスは謳うことをやめなかった。
 謳も確実に術師たちの力を削っていく。夏炉は甚五郎が体当たりしている結界の様子を目を細めて見ようとし、エピオテレスは鋭い風の刃で弱った術師を両断する。
 アリスの護衛のアンジェラも、アリスの護りを最優先しながら術師を攻撃していた。
 しかし術師も負けてはいない。
 真言を唱え、式神を呼び出す。
「朱雀!」
 炎が巻き起こった。エピオテレスがすかさず風で跳ね返す。弱った式神にはこれで充分だったが――
 数が多かった。1人、2人と術師たちは次々式神を呼び始めた。
「くっ……1体1体は弱いですが、これほどたくさんとなると……っ!」
 辰一も式神を呼び跳ね返す。しかし炎や氷の攻撃は多少なりとも全員にダメージを与えた。
 アリスが謳を切り替えた。癒しの謳に。
「この往生際の悪いやつらが……っ!」
 桜華が飛びかかり、ステイルが瞬間移動に近い動きでかく乱させる。
 再び――
 術師が式神を呼んだ。勾陣。雷撃の式神。
 それは彼女を狙っていた。未だ、戦いの中に入っていなかった彼女に――
「―――!」
 クルールは腕を引かれ驚きのまま雷撃を避けていた。
「お前、何しにここまで来てんだ? ちっとは働けよ」
 クルールの腕を引いた蒼夜は、クルールをにらみつけた。
 クルールは白い目で彼を見た。
「あんたらが勝手にあたしに来いって言ったんだろ。もしあたしが何もできないただのウエイトレスだったらどうするつもりだったんだ」
「……ついてきたってことは、違うんだろ」
「――……まあ、及第点」
 クルールはようやく――
 亜空間から、2振りの剣を取り出し振り下ろした。
「助けてもらった礼ぐらいはしてやるよ」
「俺は助けてもらう必要はない」
「ふうん。それじゃあもっとお手並み拝見といこうかな」
「お前の方こそ」
 2人は駆け出した。辰一やエピオテレスによって強化された夏炉の炎に焼かれ、アリスの謳で弱っている悪霊たちに向かって――

 冥月が木を護り通し、辰一が符で悪霊を焼き消す。桜華がフォークを使った肉弾戦で直接敵にダメージを与えれば、ステイルのエネルギーが爆発する。
 アリスは浄化の謳を謳い続け、エピオテレスは風で炎の威力を増し、蒼夜は悪霊をわし掴みにして冥月の影に叩きつけ、クルールは――
 2刀流で華麗に霊を切り飛ばしていく――

 ひゅう、と桜華が口笛を鳴らす。
「相変わらず優美だね、クルールの剣術は」
 まるで翼がついてるようだ――とは口にしないけれど。
「………」
 蒼夜は無言でクルールの動きを見ていた。
「負けていられないぜ?」
 いきなり背後から耳元に声をかけてきたステイルを肘鉄でぶっ飛ばし、自分も悪霊退治に精を出す。
 敵は15人。強力な術者ばかりのはずだった。
 夏炉は集まったメンバーの動きを見て、
「ちょっと充分すぎるほどだったわね」
 と武者震いをしながら笑みを浮かべた。

 やがて15人目は。
 夏炉の炎から逃れた瞬間、蒼夜に捕まり冥月の影に叩きつけられた。
 しゅう……と音を立てて術師は消える。
「おー止め止め! 蒼夜かっこいいじゃん!」
「うるさい」
 げしっと最後に攻撃を受けたのはステイル……

 甚五郎が体当たりしていた結界にひびが入った。
 冥月は影を解き放った。
 アリスは炎の精霊に働きかけ、解放された木を燃やしてくれと頼んだ。
「ごめんなさい大樹さん……あなたに罪はないけれど」
 アリスは樹に額をつけて謝りながら、それが燃えていくのを感じていた。

 結界がパリンと割れる。

 瞬間、冥月は影を利用して結界内に入り込んだ。

 ――鏡の中のような、氷の中のような、透明な世界。
 その中央で、十二単を着て泣き暮れている少女がいる。
 冥月の気配に振り向いた彼女の顔は、どこか夏炉に似ていた。
「今結界を一つずつ解いている、暫く待っていろ」
 優しい声と微笑み。
 少女の顔が輝いた。冥月が涙を拭ってやると、背を伸ばし凛とした姿勢になる。
『わたくしは……自分の心に屈せぬよう、待っております……』
「いい子だ」
 そして冥月は結界内から出た。
 駆け寄ってきたクルールに、「中を見てきたのか!? どうだった!?」と聞かれ、
「ああ、あの子はまだ大丈夫だ」
 遠目に夏炉がほっと息をついたのが見えた。
「素晴らしいですね、皆さん素晴らしい……」
 辰一が甚五郎を猫に戻して拍手をした。
 アリスの呼んだ炎の精霊が、木を焼ききった。
「さよなら……またここに、生命が生まれますように」
 謳う姫の声。
 きっと叶うだろう願い。

   ○○○ ○○○ ○○○

「次は西へ」
 夏炉は言って、自嘲気味に笑った。
「西にあるのは、川よ」
「となると五行的には水――」
 辰一が口に手を当てる。
 水は五行上、火に強い。
「あたしが役立たずになるわ」
 夏炉は鋭い目つきで言った。「だからこそ、今度はみんなに任せることになる」
「あんただって最低限あがくつもりだろ、夏炉」
 クルールが肩をすくめる。
「当然。何もせず見てるだけなんて冗談じゃない」
 夏炉はそう言って、
「とりあえず一度エピオテレスの店へ帰りましょう。準備をしなおしてから出直しよ」
 西を見た。
 水の気配がする。遠く離れた場所のはずなのに。
「テレス」
 冥月がエピオテレスに言った。
「今度点心をご馳走になろう。材料用意しておいてくれ」
 いたずらっぽいその言葉が、その場の空気から力を抜いた。
「さあ行こうか」
 冥月が歩き出す。
 人々は微笑んで、それについて歩き出した。


 ―続く―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2029/空木崎・辰一/男/28歳/溜息坂神社宮司】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4663/宵守・桜華/男/25歳/フリーター/蝕師】
【5902/乃木坂・蒼夜/男/17歳/高校生】
【5941/ステイル・クリスフォード/男/19歳/大学生】
【6047/アリス・ルシファール/女/13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】

【NPC/夏炉/女/17歳/鬼火繰り(下し者)】
【NPC/クルール/女/17歳/2刀流剣士】
【NPC/エピオテレス/女/21歳/四元素魔術師】

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■         ライター通信          ■
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空木崎辰一様
大変お久しぶりです、笠城夢斗です。
依頼にご参加くださり、ありがとうございました!
さすが辰一さんは五芒星の意味をすぐ察してくださったようで。金。大当たりですねv
久しぶりに書かせていただけてとても嬉しかったです。
よろしければ続きでもお会いできますよう……