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<東京怪談ノベル(シングル)>


水浴び

 長谷神社。そこに一人の子供が箒で庭を掃いていた。
 真夏の灼熱が自分を照らす。汗ばむ。さすがの彼もへばってくる気分だ。数百年前なら、これほど暑くなかったはずだと思いたくなる。
 彼は、大鎌の翁。魔器であるサイズの精神体が具現化したものである。事情により5歳ぐらいの子供になり、力すら使えないため、色々あって、長谷神社にやっかいになっている。そして、その主はというと、海水浴に行っているのだ。二泊三日らしい。
 それでも、自分の仕事はこなしていた。
 大社の屋根の上に、女性が座っている。しかし翁以外の他の人には見えていない。そう言う存在なのである。名前は静香、この神社で奉られる精霊である。
 なにか寂しそうな顔をしていると思った翁は、ああ、主が居ないから寂しいのだなと思った。
 とはいっても、彼女が人間的な喜び方はするものかと考えあぐねる。先日には人間体になっているのだから人間らしく、楽しむのも良いと彼女は言ってなかったか?
「むむ。」
 まだ考える翁。
 力はなくても、知識がある。あと、宿主から得た、愚かで、馬鹿でも、なにか、意味がありそうな無駄なことを。 彼は物置を調べてみた。物置や倉庫や倉、この神社には色々出てくる。子供会の出し物とか、なぜこんなものがというものもある。
「ここも結構異次元じゃな。」
 苦笑すると。あるビニールの物体を見た。
「これだ!」
 翁はひらめいた。


「何ですかこれは?」
 静香は屋根から降りてきて、翁に尋ねた。
 ピンクで丸いビニールの……、つまりは幼稚園ぐらいの子供が使うビニールプールである。まだ、平らのままだが、翁が必死に空気入れで空気を入れている。
「なに、少しでも涼をとれれば、いいかとおもっての。水浴びせぬか?」
「はあ?!」
 静香は目を丸くする。
 どんどん、ふくらんできた。そして、穴はないか確認すると、ホースから水を入れ始める。
「ま、わしらにはあまり関係はない事柄としても、こういうのもいいだろうて。」
 子供の笑みで翁は言った。
「……。」
 静香は呆然としているような、気もする。
「どうした?」
「いえ、翁様だけでお入りになってください。」
「なぜじゃ?」
「わたくしは、その、そう言うのは見ているだけで楽しいですから。」
「む。」
 彼女は困っていた。
 もしくは、機嫌を損ねてしまったみたいである。拗ねていると言うより、何らか抵抗を持っているのか?
「むむ、これならどうじゃ。」
 翁は、彼女に水かかけた。
「きゃ!」
 静香は冷たくて叫ぶ。
「なにをするのですか?!」
 静香は怒る。
「遠慮しないほうがいいとおもうがの?」
 翁は笑っていた。
「しりません!」
 と、静香はホースを持ち上げ、翁に水をぶっかけた。もちろんホースの真ん中あたりを抓んで、勢いよく飛ぶように。
「うわ! それは卑怯じゃ!」
 分が悪いと、逃げる翁。
 しかし、逃げる彼を静香は追いかけない。
「ははは。……はぁ。」
 ため息をついていた。
「おいおいおい。」
「なにゆえ、なにゆえ、こんな事を?」
 ションボリしている。
「む、なんじゃ、言葉でしか分からぬか?」
「いえ。そう言うことではないです。お気持ちは分かりますが、なぜわたしは、姿を見せないという意味を分かっていらっしゃらない。」
「む。」
「“見せない”ことは“居ないこと”です故。契約者が留守の間は居ないのです。」
「……。それはそれじゃとおもう。ワシが相手じゃ不服か?」
「そういうわけでは……。」
「ワシは楽しみたいのじゃが?」
「翁様の意地悪……。」
「どこがじゃ!」
 結局、静香は折れた。
 翁はすぐに水着に着替えていたが、静香はそのままの格好だ。
「その格好じゃ、無理がある。水着に着替える方が良いじゃろう。」
「え? あの薄手のき、きものですか?!」
 ものすごいスピードで後ずさった。
 いや、翁もびっくり。100mを9秒。しかもバックで。
 静香は精霊らしくなく、木の裏でびくびく震えている。
「ああ、なんか、メイド服を着るぐらい嫌みたいじゃな……。」
「そ、そうです! あんな、薄切れでは! それに“すくみず”なるものを……。」
「ワシはそっちに趣味はない! 宿主もないはずだ! ……たぶんな……。」
 今度は翁がつっこむ。あとで、遠い目をしてみた。
――なにを知って居るんだ。なにを!(翁の声)
 このときほど、翁は契約者達の経歴とか愉快な仲間達を呪った事はないだろう。

 翁は、ここの主のモバイルパソコンを持ってきて、水着ショップのサイトを見せた。
「まあ、これで、自分のあうものがあれば、それをコピーすればいいじゃろう。」
「まあ、一応、服を変身できる事は出来ますが……。」
 まだ怖がっている。
「?」
「この衣装を書き換えると。ちょっと……こまるのです。」
「そ、それはしかたないな。」
 それ以上、深く関われないニュアンスが伝わり、翁は諦めた。
「それに、わたくしは根本が樹の精霊です。水に濡れてもあまり差し支えありません……が。」
 と、姿を消した。
「静香?」
「見ないでください。」
 着物脱ぎ始める音がする。
「脱ぐ動作はいるのか……。便利ではないの。」
 何となく意味が分かった。と思う。
 静香は水着ではなく、巻き布でこしらえた水着のようなもので現れた。
 そっちの方が刺激的ではないかと、翁は思う。ちなみにその論理、倫理、感性の諸々は、周りの知っている人物から拝借している。
「さて、遊びましょうか?」
「そうじゃの。」
 翁は準備体操もし、勢いよくこのビニールプールに飛び込んだ。静香もゆっくりとプールに入る。
 子供のプールといっても、結構大きく、静香ぐらいの大人でも足は広げられるほどだった。
 水の掛け合いをしたり、浮かんでみたり、と色々水浴びを楽しんだ。

 そして、時間は過ぎ……。
 その戯れは終わる。

 
 翁は全部を片づけては、疲れはてて寝入ってしまった。静香は、元の姿に戻って彼に膝枕をしていた。
「楽しかったです。ありがとうございます。」
 彼のまだ濡れている髪を手で梳く。そこには感謝の笑みがこぼれていた。
 もう、虫の鳴き声が聞こえてくる。これは、夏から秋に移る合図なのだろうと、静香は思った。
 夕焼けは、ゆっくりと地に隠れていった。

END