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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワールズエンド〜髪は女の命です








「暇ねー」
 毎度のごとく、ぼけーっと店のカウンターに顎を預けている私。自分でもだらしがないとは思うけれど、こんなお客も用事もない晴れた日の午後って、どうしてもやる気が抜けていくのよねー…。
「そう暇だ暇だと連呼しないでください。空しくなってきます」
 そんな私をあきれたように見下ろす銀埜の目。長身の彼には普段から見下ろされることが多いのだけど、何故かここ最近は明らかに軽んじられている気がするわ。一応これでも私は魔女で、彼は私の使い魔なのに。
「そういわれても…。暇なものは暇なのよ」
「じゃあ掃除でもなさっては如何ですか。倉庫の中のものを虫干しするとか」
「虫干しねー」
 うちの店では接客担当である銀埜も、私と同じく暇を持て余しているはずなんだけど、そこはさすがというべきか、彼は彼なりに仕事を見つけて忙しくしている。今なら、埃を被っている店の売り物に丁寧に叩きをかけたり、だとか。
 銀埜の提案にも、私はやる気を出すことが出来なかった。だって虫干しって大仕事なのよ。倉庫にしっちゃかめっちゃかに入ってる魔法の道具たちを全部きれいに外に並べて、磨いて、また倉庫に戻るのはいやだって駄々をこねる道具を宥めて…。想像するだけでげんなりしちゃうわ。
「うーん…虫干しかぁ…。そろそろそんな季節よねー」
 だけど真っ向からそんなことを言うと、また銀埜に睨まれる。なので私は否定も肯定もせず、うだうだと怠けていることにした。こういうときにお客様が来てくれたら張り切れるんだけど。…虫干しもしなくてよくなるし。
「…ルーリィ。そんな風に怠けていると、そのうちリネアにも愛想をつかされますよ」
「あ、それは嫌ねえ。あの子が銀埜みたいに私を睨むようになったら、もう立ち直れないかも」
「…別に私は睨んでいるつもりはありませんが…」
 銀埜は憮然とした顔でそう答えた。心外だ、とその顔には書いてある。
 彼のそんな表情がおかしくって、私がくすっと笑ったとき、ふいに玄関の方から軽やかな鐘の音がした。来訪者の合図だ。
「きっとお客様だわっ。ラッキー!」
 私はがたん、と立ち上がり、玄関にかけよる。思ったとおり、玄関には見知らぬ女性が立っていた。歳は20歳前後ほどか、全方向につばがある帽子を目深に被り、表情はあまり伺えない。すらりと背は高く、軽やかに広がるスカートから伸びた足はモデルのように細い。
「いらっしゃいませ、ようこそ”ワールズ・エンド”へ!」
 私の言葉に、彼女はくっと顔をあげ、警戒心のなさそうな無邪気な笑みを浮かべた。
「こんにちは。ちょっと仕事を頼みたいの…良いかしら?」












「藤田あやこさん? え、24歳なの!? 全然そうは見えないわ」
「あは…ありがと。ちょっと諸事情でね、身体が若いっていうか…うん、若く見えがちなの」
「へぇ…」
 私はなるほど、とうなづいた。

 女性は藤田あやこ、と名乗った。歳は24、職業は…とあるブランドの社長とか、芸能プロダクション経営だとか…よく分からないけれど、とりあえずすごい人らしい。まだ20歳ぐらいにしか見えないのに。うーん、世の中は広いものね…。
 でも彼女はそんな凄そうな肩書きを感じさせない、気さくな話し方をする人だった。女性らしく、華があり、そして日本では珍しい、ピンと横に張った長い耳…
「……耳?」
「あ、これ? 一応、エルフなの、わたし。だからあんまり気にしないで?」
 気にしないでと言われてもっ!
 一応私も魔女なんてしている身だから、彼女のような尖った耳のエルフには会ったこともある。でも…あやこのような、街でよく見かけるような現代風のお洒落をしているエルフ娘というのは珍しい。この街に溶け込んでいる証拠だ。
「すごいわね…ホント…。世の中って広いわ…」
「?」
 ちょっとしたジェネレーションギャップのようなものを感じてしまった私を、訝しげに見つめるあやこ。その視線を感じて、私は我に返った。
「そうそう、それであやこさん。今日はまた、どうして? お仕事の依頼だとか…」
「ああ、うん、それね。その前に…ここって魔女のお店よね?」
「ええ一応」
 やっぱり既に知っていたか。
 彼女がエルフだと聞いた時点で、その想像はついていたから、私は驚かなかった。どこで聞いたのかは知らないけれど…。
「その魔女さんに仕事を頼みたいの。何でも、どんな道具でも作ってくれるって」
「どんな…とまではいかないけれど、猫型ロボットみたいな便利性はあるわね」
「良かった! 実はね…」
 そういってあやこは、ゆっくりと腕を動かし、側頭部に手を当てた。…いや、正確にいうと、目深に被った帽子に。
 そしてそのまま、帽子をはずし、首を振るしぐさを見せる。てっきり、長い髪が現れるものと思っていた私はー…仰天した。
「あ…あやこさんっ? あの…それ」
 驚くのは礼儀知らずだー…そうは思っていても、やはり動揺を隠し切れない。
 帽子の下から現れたのはー…何もなかった。ただ、天井の灯りを反射する頭皮が…。
「あはは…話すと厄介なんだけどね。実はこの間、とある魔物を助けてあげたの」
 被っていた帽子をひざの上におき、あやこは淡々と話はじめた。実のところ、私は彼女のつるつるした頭が気になって仕方がなかったけれど、何とか彼女の話に集中を試みる。ああ、それにしても…まぶしい。
「でもソイツが放射能を持っててね。それを浴びたせいで、全身永久脱毛になっちゃったの。眉は書けるし、他の部分はエステ代が浮いたから逆にラッキーだけど…頭だけはね」
「は、はあ…」
 そこでラッキーと思える彼女はとてもすごいと思う。私には真似できない…。
「市販のウィッグを試してはみたんだけど、あんまり合うものがなくって。それに、市販のってやっぱり人工臭いじゃない? 私は天然モノがほしいの。こう、風にさらさらーって靡くようなっ」
 いつの間にか熱が入り、あやこはコブシを握り締めて熱説していた。私はこくこく小刻みに頷きながら、内心同意していた。そうよね、髪は女の命っていうもの。それがごっそり抜けたんじゃ…さぞショックでしょうに…。
 そう悲嘆に暮れかけた私とは裏腹に、何故かあやこは至って明るかった。はじめは強がっているのかと思っていたけれど、様子を見てみるとどうやらそうではなく、単に元からの性格らしい。
「でもこう考えると、逆にやっぱりラッキーだったな、って思うの。だってこんな機会でもなきゃ、魔女のウィッグなんてつけないもの。どんな機能があるのかしら。やっぱり髪型変幻自在、カラーもパーマも思い通り、一生ヘアサロンなんて行きません! みたいなもの出来る? 出来たらとーっても嬉しいし大助かりなんだけど!」
「え、えーっとぉ…」
 私はあやこの勢いに押され、たじたじとなった。確かにあやこの注文のようなものは出来るかもしれない…だが、彼女が望むものは、あくまで”本当の地毛のような””風になびくさらさらの”髪である。それに付け加えて、髪型髪色変化自在となると…。出来ないことはない、けれど。
「ええ、勿論可能ですとも」
 そう返答したのは私じゃない。私はすぐ脇から飛び出たその言葉に、驚いて振り返った。
 そこにはにこやかな顔をした銀埜が、紅茶のお盆を持って立っていた。普段よりも愛想が二倍増し、のような笑顔で。
「あやこさん、はじめまして。接客係の銀埜と申します。髪は女性の命と申しますから…世界中の女性の味方、当店主のルーリィは必ず貴女に見合うカツラをご用意します」
「ちょ…銀埜!」
 私を差し置いて勝手なことを述べる銀埜。私は彼のわき腹をつつき、
「何言ってるの! 人間の髪の毛を作るのって難しいのよ? しかも注文だって…」
「ルーリィこそ何を言っているのです。女性が髪の毛を失うつらさを思ってみなさい。無下に断ることなど出来ないはず」
「そりゃ、断るつもりはないけど…!」
 むぅ、と口を尖らせる私を見る銀埜の目は真剣だ。…あー…この子って、割とフェミニストだったのね…。
 はぁ、と内心ため息をつく私に、銀埜はこそっと囁いた。
「ルーリィが整理してない倉庫に、古いカツラがありましたよ。あなたの婆様が自分用に作られたもので、サイズが合わずに結局使用しなかったものが。あれをリサイクルしてはどうです?」
 銀埜の提案に、私は目を丸くする。そういえばそういうものがあったわね。私はウィッグなんて使わないから、すっかり忘れてた。なるほど、それならいけるかも。
 私はあやこに向き直り、
「お待たせしてごめんなさい。注文どおりのもの、作れると思うわ」
「ホントっ? きゃー、よかった! あとねあとね、もうひとつお願いがあるんだけど」
「うん?」
 首を傾げる私に、あやこは楽しそうに続ける。
「わたし、エルフでしょ。でもエルフっぽい服って持ってないの。魔女さんだから、そういうの詳しそうって思って。ね、エルフみたいな衣装、見繕ってくれない? 勿論お礼は払うわ」
「エルフっぽい服…?」
 うーん…ファンタジーに出てきそうな衣装、かしら。確かに彼女はスタイルもいいし、背も高い。顔も整ってる。倉庫に眠ってるいろんな服を着てもらうのも…いいかも。
「うん、分かった。色々見てくるわ」
「助かるっ。わたし、現代っ娘だから、そういうのさっぱりで」
「あやこさんは今着ていらっしゃるようなものもよくお似合いですよ?」
 さりげなく愛想を振りまく銀埜。…この子、もしかしてフェミニストじゃなくて、単なる女たらしなんじゃないの…?
 だがあやこはそんな銀埜の愛想にも嬉しそうだ。
「やだもー、銀埜さんってお世辞が上手なんだからっ」
 なんだか二人は賑やかにしている。このまま置いてっても大丈夫そうね…。
「じゃ、私は作業してくるわね。銀埜、あやこさんをよろしく」
 と言い残して、私は二階の自分の作業室へと向かった。













 そして、1,2二時間ほど経ったあと。
 私は両手に服をたくさん抱え、店へと戻った。
「お待たせ! 色々持ってきたから、好きなの選んでみてね」
 私は抱えた服を、どさっとテーブルの上に置いた。それらを見たあやこの顔は輝いている。どうやら、ファッションブランドを経営しているというのも伊達じゃなさそうだ。
「年代モノが多いけど、作りがしっかりしてて、今でも問題なく着れそうね。手入れも出来てるし」
「あはは…」
 その手入れをしてるのは、私じゃなくて銀埜なんだけど…。
 当の銀埜は、今はキッチンに引っ込んでいる。お茶のお代わりでも用意してるのかしら。
「で、ウィッグはどれ?」
「これこれ。一応あやこさんの雰囲気に合わせて、黒髪にしてみたんだけど」
 私は艶やかな黒髪のウィッグをあやこに差し出す。あやこは丁寧に、その髪を撫でた。
「…すごい、ホントの髪みたい。…かぶっていい?」
「勿論!」
 私は店の奥から全身が写る鏡を持ってきて、あやこの前に立てた。彼女はウィッグを被り、鏡の前に立ち、簡単なポーズを作る。
「うん、サイズはぴったり。で、どうやって髪型をかえるの?」
「まずね、自分のなりたいスタイルを思い描いて。強く、はっきりとよ」
 私の言葉に頷き、あやこは目を閉じ、手を胸の前に重ねる。数秒間そうしていたと思ったら、あやこがつけたウィッグが変化を始めた。艶やかな黒髪が、明るい茶色に。まっすぐだったストレートの長い髪は、一人でに優雅なウェーブを描いた。 変化が終わり、あやこが目を開けると、鏡の前には綺麗な栗毛のふんわりした一房が、あやこの肩にかかっていた。
「わっ…素敵! 確かにこれならサロン入らずね。経済的だわ!」
 あやこは手をあわせて飛び跳ね、鏡の前でくるくる回った。そのたびに、ウェーブのかかった長い髪が風に揺れる。うん、急ごしらえの魔法にしては、なかなか上出来だ。
「あやこさん、これには注意点があるの。いい?」
「なぁに?」
 あやこは回るのをやめ、首をかしげて私を見た。
「基本は黒髪のストレートなんだけど、意志力で他の髪型に変化するわ。でもあくまで意志力だから、あやこさんの集中がきれると、すぐ元に戻っちゃうの。だから髪型を変えているときは、ずっとそのスタイルを意識しててね。…ちょっと大変だと思うけど」
 私がそういって、あやこを伺うと、彼女はそんなのなんでもない、というように首を振った。
「大丈夫! わたし、精神力には自信があるから。それにお洒落してるときは、いつでも自分のなりたい姿を意識してるもの」
「…そうね、安心した」
 確かに、彼女なら大丈夫だろう。


 ウィッグを堪能したあと、あやこはテーブルの上の衣装を手当たり次第着始めた。女性らしいワンピース、古風なエプロンドレス。鎖骨が綺麗に見えるブラウスに、軽やかなシフォンスカート。
「さっすが、よく似合うわねえ…。あやこさん、モデルの仕事も始めたら?」
「あはは、それもいいかも。でもわたし、自分がデザインするのも好きだから」
「なるほどねー」
 才能が溢れている人は、自信も溢れているものらしい。
 あやこは今、彼女が思う”エルフらしい”服を身に着けていた。カーキ色の丈の短いタイプのチュニックに、活動的な短いスカート。そして足元には、皮製のショートブーツ。確かに、どことなくファンタジーっぽい。
「確かにエルフっぽいわね。そうやって合わせてみると」
「うん。でも、ちょっと物足りないかなー」
 鏡の前のあやこは、そういってうーん、と考えた。そして何かひらめいたように、ポン、と手を叩く。
「そーだ! これにあと、羽飾りのついた帽子に、弓とか。やっぱ小道具も必要よね! あと手もさびしいから、皮製の手袋なんてあってもいいかも。うんうん」
 あやこは鏡の前で”エルフっぽく”なってみると、アイディアがどんどん沸いてくるようで、あれもいい、これもいいとぺらぺら喋った。私は慌てる。
「ちょ、ちょっとまって。弓なんて…」
「ほら、魔女さんだから、弓ぐらいあるでしょ? 本物じゃなくていいよ、実際には撃たないから」
 撃たれても困るわよっ!
「あったかしら…」
 さすがのうちの倉庫でも、武器になるようなものは無かった気がする…。これは、ウィッグよりも難しい注文かも…。
「あ、そうだ」
 うーん、と悩む私は、あやこの言葉に顔をあげた。そんな私に、あやこは笑顔で何か布のようなものを差し出した。
「これ、お礼。忘れないうちにね」
「え? あ、ありがとう」
 私は目をぱちくりさせてそれを受け取った。綺麗に折りたたまれた布は、ハンカチのようだった。手触りのよい生地で出来ている。広げてみると、綺麗な蝶のような刺繍が描かれていた。黄色の地に、赤と黒の紋模様。こんな蝶、はじめてみる。
「綺麗…。これ、あやこさんがデザインしたの?」
「えへへ。まあ、そんなもんかな。その色、ルーリィの服に合うかな、と思って。綺麗でしょう? その蛾」
「蛾っ!?」
 私は驚いて目を丸くした。蝶とばかり思っていたけど…これ、蛾なの!?
「驚いた? そういう綺麗な蛾もいるのよ。うちの店のデザインモチーフにもよく使ってるし」
「へええ…」
 私は感嘆のため息をもらした。さすが、世界は広いわ…。









 その後、暫く服を堪能したあやこは、例の”エルフっぽい”チュニックとスカート、ショートブーツ、それに羽飾りの帽子を身に着けて、満足した様子で店をあとにした。
「ねえ銀埜」
「はい?」
 後片付けをしていた銀埜に、私は声をかけた。
「古着のリサイクルっていいものね。ホントに似合う人に身に着けてもらえるんだもの」
「ええ。ルーリィはあの服は似合いませんでしたからね」
 …一言多いわよ、もう。












        おわり。






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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【7061|藤田・あやこ|女性|24歳|IO2オカルティックサイエンティスト】


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▼ ライター通信
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はじめまして、ご依頼ありがとうございました。
そして非常に長い間お待たせしまして申し訳ありませんでした。
無事お届けできて本当に良かったです…。

今回はウィッグをお手元に送らせて頂きました。
また話のネタなりなんなりに使っていただけると幸いです!

それでは、またお会いできることを祈って。