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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワンダフル・ライフ〜月光夜会〜







 東京に凍えるような北風が到来し、我が家でも寒さに耐え切れずこの冬初めて暖炉に火をくべた3日後。
 暖かそうなコートに身を包み、頬をほんのりとリンゴ色に染めた少女が来訪した。
「真帆さん、お久しぶり。元気にしてた? 風邪なんてひいてない?」
「ええ、もちろん。特別にブレンドしたハーブティを毎日飲んでますから。生姜にハチミツ、レモンを入れて。飲むと身体がポカポカしてくるんですよ」
「へえ、なるほど」
 私たちはそんな他愛もない雑談をしながら、久しぶりの再会を喜んだ。
 …紅茶に生姜とハチミツレモンか。また今度やってみよう。
「で、今日はどうしたの? あ、どうぞ座ってね」
「はい、ありがとう。…実は、お仕事を頼みに来たんです」
「仕事?」
 いつもの来客用テーブルの椅子を薦め、私もその向かいに腰掛ける。彼女の来訪を知った使い魔の銀埜が、今頃キッチンで紅茶を淹れてくれているだろう。その間に、私は早速彼女の仕事とやらを尋ねた。
「それはどういう?」
 すると真帆は、かばんの中から、古びた木箱を取り出し、大事そうにテーブルの上に置いた。
 彼女の細く華奢な手に比べると、少しばかり男性的な―…飾りっ気のない、素朴な小箱だった。だけどブナの木を思わせる木目は、不思議とやわらかい印象を与えてくれる。その大きさは両手で抱えられるぐらい。…宝石箱って言うわけでもなさそうね。
「これ、うちのお祖父ちゃんが若い頃に、お祖母ちゃんにプレゼントしたものなんです。中に、オルゴールが入ってるの」
「へえ…! ロマンチックねえ」
 私は彼女の言葉に、手を組んで目を輝かせた。そんな逸話って大好きよ。とっても素敵。
 真帆ははにかむように笑い、
「私も同感です。時計職人だったお祖父ちゃんが自分で作ったんですって。お祖父ちゃんが作ったオルゴールはこれっきりで…」
「ふんふん、それで?」
 私が先を促すと、真帆は頷いて、ゆっくりと木箱の蓋を開けた。開閉式になっているようで、蓋の裏を私に向ける形で、真帆はオルゴール本体を見せてくれた。
「…本当は蓋を開けると綺麗な音色を奏でてくれるんですけど。壊れてしまったみたいで、鳴らないんですよね。出来れば直してあげられないかな、って思って、お祖母ちゃんから借りてきたんです」
「オルゴールの修理、ねえ…」
 うーん、と私は唸る。時計をはじめ、ゼンマイ仕掛けの機械っていうのは世界各地に存在するけれど(日本のカラクリ人形もそのひとつね)、それらは大概、制作は勿論、修理にも細やかな作業を必要とするのよね。
 特にオルゴールなんて、櫛歯ひとつに錆がついただけでも、音色が変わってしまうほどデリケートなものだし…。
 …私にこの芸術品とも言える機械の修理が出来るのかしら? …まあ電化製品よりもよっぽど私に近いものだけれど。
「…そのお祖父さんは? もう修理できないのかしら」
 製作者が分かっているのなら、と私は提案してみる。だが真帆は苦笑を浮かべ、ゆっくり首を横に振った。
「…ええ。お祖父ちゃんは、もう数年前に亡くなってしまったんです。それで、それは形見だから…」
「………」
 私は深い息を吐いた。…そうね、そんな事情なら、尚更やらないわけにはいかないわ。
「…分かった。出来る限りやってみる」
 私がそう頷くと、真帆はぱぁっと顔を輝かせた。
「ホントですか!? ありがとうございます。お祖母ちゃんも喜びます。…それに」
「それに?」
 私が首をかしげると、真帆はニコッといつもの笑顔を見せてくれた。
「…私も聴いてみたいんです。お祖父ちゃんがお祖母ちゃんにプロポーズしたときのBGMを」













「…さぁーて、やりますか」
 私はオルゴールを前にして、むん、と腕まくりをした。
 場所は来客用テーブルから、二階の私の作業室へと移動している。
 オルゴールは預かって修理しておくと言ったのだけれど、真帆は後学のために、と見学を希望した。…こういう試行錯誤が必要な作業のときに、誰かに見られてるのって…悪い気分じゃないけど、ちょっと緊張するわね。
 …しかも、だ。
「すっごい。これ全部魔法の道具なんですか? これはなぁに?」
「それね、母さんがわたしに作ってくれたんだよ。それで絵を描くと、描いたものが紙の上で動き出すの!」
「へえ…。ねえねえリネアちゃん、これは?」
「ええとねえ…」
 …いつの間にか見物人が増えている。
 魔女の見習いである真帆が、私の作った魔法の道具に興味を示すのは当然としても。娘のリネアが得意になって解説して回っているのはちょっと…調子が崩れる。大体からして、リネアはあんまりこの作業室に来たことがないはずなのに。いつの間に…。
「はい、じゃあやるわよー。真帆さん、お勉強のため、じゃなかったっけ?」
「あっ、はい」
 私がパン、と手を叩いてそう言うと、真帆はハッと我に返り、とてとてと私のいるテーブルに近寄ってきた。同じくこちらにやってくるリネアを見て、私はこそっと囁く。
「…静かにしてないと、追い出しちゃうわよ」
「はぁーい」
 にこっと頷くリネア。分かってるのかしら、とため息をついたあと、私は作業にもどった。
「で、修理なんだけど。これにはまずブツの状態を把握することから始まるの。で、今回のオルゴールは、というと」
 私は机の上のオルゴールを掲げ、二人の前でネジを巻こうとした。でもネジはとってもきつくって、全然思ったように回らない。
「…それ、ネジ自体が回らないんですよね。ゼンマイが壊れちゃったんでしょうか?」
 少し悲しそうな声で真帆が言う。自宅で何度も試してみたのだろう。
「ネジが抵抗なく巻けて、しかも音が鳴らない、っていうときはゼンマイに問題があることが多いのよ。でも今回はネジ自体が巻けないんでしょう? ってことは、大概はゼンマイの巻きすぎなのよ」
 私はそう言って、ネジをゆっくり…オルゴールが再生されるときぐらいの速さで、反対方向にネジを巻いた。そして再度、実際の方向にネジを巻く。少し手ごたえあり。だけどまだ上手くは回らない。
 それを何度か繰り返すうち、ネジの反応が通常の状態に戻っていくのを感じていた。
「……それだけでいいんですか?」
 私の手の動きをじっと見つめていた真帆が、驚いたように言う。
 私はネジを巻きつつ、
「ゼンマイを巻きすぎてしまったら、こうやってじょじょに戻してあげるしかないのよね。時間をかけてゆっくりと。それでなくてもオルゴールって、すごいデリケートなものなのよ。気温や湿度、大気の変化に影響されるし、勿論直射日光も厳禁。櫛歯って知ってる? シリンダーに刻まれたピンでこの櫛歯をはじくことによって、音色を奏でるの。いわゆる音叉みたいなものね。これが一本でも折れてしまったり、錆ついてしまうと、それだけでもう全く違う音楽になっちゃうわ」
「へえ…」
 真帆は感心したように、何度か頷いた。
「もう、一個の芸術品ですね」
「ええ、その通り」
 …私の生まれた村に、とてもとても古い、大きなディスク式オルゴールがある。身の丈ほどもある大きな箱の中に、いくつもの複雑な歯車がかみ合い、天辺には無数の小さな穴が刻まれたディスクを掲げて。それをはじめて見たとき、星座が刻まれた小宇宙だと感じたことは、今でも忘れられない。
「…真帆さんのお祖父さんに、会ってみたかったわ」
 私はネジを巻く手を止めて、呟いた。
「…え?」
 真帆はきょとん、と首をかしげている。
「だって、ゼンマイを扱う職人は、アーティストだもの。私、尊敬してるの」
 …魔法は確かに便利だと思う。でも自分の手を使い、何かを作り出す人には、とても敵わない。…この小宇宙を作り出した人に、会ってみたかった。
「…さて、ネジは直ったけど…音は鳴らないわね」
 気を取り直して、私はオルゴールを再度調べてみた。…やっぱり内部を弄らないとダメみたい。本当はあまり内部に手は加えたくないんだけど。
 仕方なく、私はカバーのガラスをはずし、中を覗き込んだ。目に見えて櫛歯が痛んでいるということはないようだ。…じゃあ、ガバナーかしら。
「…ガバナー?」
 私が呟いた言葉を聞きつけたのか、真帆が呟いてきょとん、とした。
「何ですか? それ」
「ああ、シリンダーが回転するための力と、回転スピードを決める部品よ。この中にエンドレス・スクリューっていう部品があって、それがガバナーの心臓にあたる役目をしてるの。ネジを巻ききった状態でしばらく置いておくと、このあたりが腐敗したり、酸化したりしちゃうのよね」
「…直りますか?」
 心配そうに私を見上げる真帆。私はうん、と頷き、
「何とかやってみる。だって、私は魔女だもの」
 人の思いを紡ぐ手助けをするために、魔女としてやってきたんだから。失敗は出来ないわ。
「…それに、私も是非聴いてみたいの」
 …この小宇宙の音色を。

 腐敗を取り除く。ということは、本来の役目の邪魔をしない程度に、魔力でコーティングしてあげればいい。
 私はオルゴールを顔の前に掲げ、念を込めて、ふっと優しく息を吹きかけた。
 天井の灯りに照らされて、極小のラメのようなものが、私の吐く息に合わせて空気中に舞う。
 そのあと、1分ほどオルゴールを掲げたまま、私は目を閉じて念を送った。私の送った魔力がちゃんと定着するように。
 …そして。
「…真帆さん、巻いてくれる?」
 そう言って真帆にオルゴールを差し出し、真帆はゆっくりとネジを巻く。そして真帆が手を離すと、おそるおそる、戸惑うように、オルゴールが微かな音色を奏ではじめた。
「……! 直ってる。…ありがとうございます!」
 真帆は顔をくしゃっとして、今にも泣き出しそうな表情を浮かべて―…それでも嬉しそうに、オルゴールを耳にあてた。
「母さん、お疲れ様」
「ええ、お疲れさま」
 ああ、ホント神経の使う仕事だったわ。でも、やりがいはあった。
 だって懸命にオルゴールを耳にあてて聴き入っている真帆の脳裏には、とある職人と、その伴侶の姿が映し出されているだろうから。












 そしてその晩。
 私たち”ワールズエンド”の面々は、赤々と燃える暖炉の前で、思い思いに座っていた。窓からは、少し欠けた月が覗いている。
 テーブルの上には、ぴかぴかに磨かれて綺麗になった、例のオルゴールが置かれている。そしてその傍らには、栗色のセミロングヘアで、優しげな目元をした女の子の人形が、ちょこんと鎮座していた。
「へえー、音楽を奏でられる人形ね。すごいじゃない? あんたもこういう役に立つもの作ればいいのに」
「…いつもくだらないもの作ってるみたいに言わないでよ」
 リースの失礼な言い草に、私は頬を膨らませる。…確かにリースの言うことももっともだけど!
 つまり、この可愛らしい人形は、私が作ったものではない。この夜会の提案者、真帆が持参したものだ。
 ちなみに名前はベル。とあるお友達が作ってくれたものらしい。
「…ごめんなさい、お待たせしました」
 そういって、真帆がカウンターの裏から登場した。お人形の衣装と合わせて、白いブラウスに黒いふんわりしたスカート、襟元にはワンポイントに赤いリボンを巻いている。
 せっかくなので、ということでわざわざ着替えてもらったんだけど、これがなかなか清楚な彼女によく似合っている。…同じ魔女だとは思えないわ。
 と思ってちらりと我が家の男性陣を横目でみると、情けなくも少し緩んだ顔つきになっていた。…全くもう。

「…では、はじめますね」
 ぺこりと一例し、真帆は古いオルガンの前に座る。うちの倉庫の奥にあったものを引っ張り出してきたのだ。
 真帆と目線を交わし、私はオルゴールのネジを巻いた。きりきり、という音がなくなるまで巻き、ゆっくり手を離す。
 昼間作業室で奏でたものよりも、幾分しっかりした音色を奏ではじめるオルゴール。傍らの人形も、それにつられるように、半音下がった主旋律を歌い始めた。
 二つのメロディが綺麗にハモり、そこに真帆がそっと寄り添うように、オルガンで伴奏を弾き始めた。


 少し切なく、でも限りなく優しい音楽は、風に乗っていつか月に届くだろう。
 
 人の思いとは、そうして奏でられるものだから。










    おわり。






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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【6458|樋口・真帆|女性|17歳|高校生/見習い魔女】


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▼ ライター通信
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お久しぶりです。少しお待たせしてしまって申し訳ありません;

今回は雰囲気その他をお任せして頂いたので、こちらの思ったとおりに書かせて頂きました。
せっかくの思い出の品…ということなので、全体的にしっとりした雰囲気が出せるように、頑張ってみました。
…お気に召して頂けるととても嬉しいです。

それでは、またお会いできることを祈って。