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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


LOVEがあれば



□■■■■■オープニング■■■■■□

 ここは世界のどこかにあるという、ちょっと変わった中学校――その名も『そらまめ中学校』。どんな人でも校内に入れば生徒か先生になってしまうこの場所では、毎日何かしら騒動が起きているのだとか――

 どんなことにも首を突っ込む"野次馬部"。
 部員たちは自ら問題を起こしては騒いでいるが、中でも部長であるミルヒに至っては余計なコトをしない日がないのだ。
 という訳で、今日もミルヒはおバカな魔法をかけていた。

「えっへへん、完璧じゃん?」
 含み笑いをするミルヒの手元にあるのは、スリムなデザインのどこにでもある眼鏡である。色や数も豊富で、度の入っていない物もある。
「しかしてその実態は! これを掛けた人は目の前にいる相手に恋をしちゃうオシャレ眼鏡なのだ! 時には荒々しく、時には穏やかに、時にはまったりと、時には……ああもういいや、とにかくこの眼鏡をたくさん配れば学校中が愛でいっぱいに!」
 そう、ミルヒは常々不満に思っていた。この学校にはラブが足りないと。
 普通、中学生ともなれば廊下でいちゃつく生徒もいそうなものなのに、そらまめ中学校の生徒たちときたら「廊下はかけっこの場所」くらいにしか考えていないのだ。
 たまにはホレタハレタの空気を感じたい!
 ぶっちゃけ人の恋路を観察したい、からかいたい!
「名付けて『そら中ラブラブ大作戦〜みんな一緒にI(愛)され眼鏡〜』。さしずめ、あたしは可愛いキューピッドだね。えへ、良い響き」

 作戦名が痛々しいが、本日をもってそらまめ中学校は愛の楽園に生まれ変わる……のか?


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「さーてと。誰からこの眼鏡をかけてあげようかな?」
 ウシシ、と笑うミルヒ。これではキューピッドどころか子悪魔そのものであるが、本人はまるで気付いていないようだ。
 だがここに、この子悪魔、もとい小さなキュービッドに優しい手を差し伸べる人物がいた。

「ふふ、話は全て聞かせてもらいましたよ……」
「そ、その声は!」

 ミルヒの最も苦手とする先生が、廊下の中央でちゃっかりポーズまで決めて立っているではないか!
 美しいブロンド、知的そうな青い瞳、整った顔立ち、筋肉質な身体。
 しかし全身ピンク色、おまけに下は可愛いカボチャパンツ一丁である。せっかく穏やかな紳士口調で喋ったのに全てが台無し。そらまめ中学校きっての変人先生リュウイチ・ハットリ、その人だった。
「ラブ……。そう、あれもラブならこれもラブ、大事なのはやっぱりラブなのよォン!」
 彼とラブという言葉にはふか〜い繋がりがあった。先生兼『裸舞踏部(通称裸部《ラブ》)』の顧問というのがリュウイチの肩書きだったのだ。あまりに活動内容と彼自身が怪しすぎたために、未だ部員ゼロなのが寂しいところだが。

「もー、リュウイチ先生、邪魔しないでよね!」
「ノンノン、マドモワゼルミルヒ。ワタクシは大賛成よ! この世で一番すてきんぐなモノと言えば裸舞(ラブ)だもノン。中学生でそのことに気付くなんて、ミルヒたんったら恐ろしい子ッ」
「えー、そうかなあ?」
「裸舞(ラブ)……なんて美しい響きなの。天はラブの上にラブを作らず、ラブの下にラブを作らず。リュウたん、感動して涙ぬぐっちゃったワ」
「そー言われたらあたしって良い子な気がしてきた!」
 すっかりおだてられたミルヒ。LOVEと裸舞の“ラブ違い”なのだが、二人とも全く気付いていない。
「じゃ、ばら撒いてきまーす!」
 ミルヒを見送りつつ、リュウイチは怪しげな微笑を浮かべて一人ごちた。
「こうしちゃいられないワ。愛の伝道師であるワタクシの裸舞を見せて、部員を増やすチャンスは今しかない! リュウたん張り切っちゃうわよおおおお!」
 物言いは爽やかだが、内容は恐ろしいぞ?
 どうなるそらまめ中学校!


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「コンダラは?! 重いコンダラはどこよ?!」
 寒い季節だというのに、藤田あやこは体操服姿で校庭を走り回っていた。
 コンダラというのはグラウンド整備に使う整地ローラーのことで、普通中学生の女の子には関わりのないものであるが、今はムショーにコンダラを引きずりたかった。
 何でかと言うと、話は数分前に遡る。

「あやこちゃん、こにゃにゃちは〜。さっそくだけど眼鏡いらない?」
「私っていつも眼鏡かけてないよ?」
「違うよ〜。オシャレ眼鏡としてどう? 度が入ってないやつあるから!」
「これからバレー部の活動やんなきゃいけないからなあ。眼鏡あると邪魔なんだよねー」
「いいじゃん、ちょっとだけ! ね、ね?」
「どんなやつ?」
 思えば好奇心旺盛で元気なタイプのあやこが、同じく好奇心旺盛なミルヒの誘惑に打ち勝つことは難しかったのかもしれない。
 加えて手にした眼鏡は昔の人が連想するような牛乳瓶の蓋みたいなソレではなくて、セクシーな女性教師がつけていそうな物だった。
「へー、いいじゃん」
 じゃあちょっとだけ、とつい眼鏡をかけてしまったのがいけなかったらしい。
 そのせいであやこの胸には消せない情熱が燃え上がり、冬だというのに身体が熱いくらいである。そして熱っぽい視線で見上げたのは部活のコーチだった。

 そこでコンダラの登場である。
 つまり超重い物を運んで汗を流したいのだ。
 だって私は中学生だから。
 学生は汗や時に涙して青春する。スポ根してコーチの期待に応えてこその愛!

「あったあ! やっぱり体育倉庫ね。その辺のコドモは欺けても私の目はごまかせないんだから。あるのは分かっていたのよ!」
 びしい、と指までさしてコンダラを発見。
 眼鏡のせいで何でもかんでも大げさなリアクションになってしまったが、本人は全く気にしていない。
「さーてこれをはこ……重ッ。何これッ」
 そりゃそーだ。
 だが諦めては乙女の恥。困難を乗り越えてこその青春である。
 女の子だから泣いちゃうかもしれないけど、やってやるんだからね!
「ハチミツになっちゃうくらい、校庭を回ってやる!」
 方向性は妙だが、それもコーチ、ひいては青春へ向けた一つの愛であった。
 昂揚のあまり先ほどからグラウンドで踊る“怪しげなピンク”があやこの目に入らなかったのは幸運と言えるだろう……。


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 シュライン・エマ先生はいつもと違う雰囲気が校舎内に流れていることに疑問を感じていた。
 何と言ってもそらまめ中学校である。生徒たちはお気楽で、学校はすぐ壊れるし(そしてすぐ直っているし)、校長はそらまめだし(これはシュラインとしては和むことだから良し)、カバの先生もいるし、ミルヒという問題児の魔法使いもいるしで、ちょっとした変なこと”なら毎日起こっているのだが……今日は特別目立っている。

「愛しているよ……」
「ねえ、手を繋いでもいい?」
「君のためにヒップでホップな歌を作ったんだ。 ♪YOYO 林檎のほっぺ 君はまりっぺ 二人は浜っ子……」
「ほら、お日様が綺麗。まるであたしたちを祝福しているみたい……」
 昨日まで鬼ごっこに使われていた廊下が愛の巣になっていることにシュラインは目を丸くした。おまけに内容は安いメロドラマでも言わないような言葉で埋め尽くされているのだから尚更おかしい。
「日差しを浴びたお前の横顔……眩しくて直視出来ないよ……」
 ……直視出来ないのはこちらである。

(さりげなく注意しようにも、こんなに固まってラブラブ状態だと声もかけ辛いわねえ……)
 何となく気詰まりしながら生徒たちを眺めていくと、ある共通点が浮かび上がってきた。全員眼鏡をかけている。
 ……どう考えても変だ。
 昔に比べたら視力の低下した子供は多いだろうが、それにしたって廊下にいる生徒全員の視力が低いなんて。とにかく、一度生徒たちの眼鏡を外して……。

「シュライン先生、もう調理実習の後片付け終わったんですか?」
「あらカミイちゃん。……その手に持ってる眼鏡、どうしたの?」
「ミルヒがくれたんです」
「………………」
「どう思います? いやーな予感がして、私はまだかけてないんですけど」
「どうしてそう感じるの?」
「だって、ミルヒですから」
 シュラインは肩をすくめて微笑してみせた。
「さすが親友ね」

「いたいたー。シュラインせんせーい! 良い眼鏡があるんですよ〜!」
 現れたミルヒは、サンタを待っている子供のような表情をしていた。それだけキューピッドという役割は刺激的で、楽しいものなのかもしれないと想像出来るように。
 しかしその手から渡される眼鏡が恐ろしい物であることに変わりはない。
「だめですよ、受け取っちゃあ……」
 小声で忠告するカミイに対してシュラインは首を横に振って
「もらおうかしら」
 と自然な動作で受け取った。
 大丈夫だから、とカミイに目配せをして。

 シュラインには策があった。
 それはちょっとした企みである。この悪気はないのだが悪いことをしてしまうミルヒに小さな小さなお灸を据えるための――、

 ミルヒがよそを向いた隙に、ひょいと眼鏡をかけさせたのだ。
 窓から校庭を見ていたミルヒは身体を一瞬硬直させた。まんまるい目を見開いて、まっすぐと外を凝視している。
「嘘……やだ……これは、恋?」
 らしからぬ台詞を残してミルヒは廊下を走っていった。
「カミイちゃん、このビデオカメラを持って後を追って!」
 首尾良くカミイにカメラを渡すと、シュラインは廊下に並んだ偽りのカップルたちに目を向けた。
 ……さてと。


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 日差しは眩しく小鳥は囀り枯葉さえも美しい、恋に恋するミルヒの目には彼の全てが魅力的に映っていた。
 春を先取りしたピンク色、来年のハロウィンを先取りしたかのようなカボチャパンツ。これぞ流行の最先端。土の上で決めるターンも美しい……。

「って、ええええええええええ?!」
「何よカミイ。あたしの憧れの人にケチつける気?!」
「冷静になろう? 相手はあのリュウイチ先生なのよ? しかも今一人っきりで訳わかんない踊りを踊っているのよ?」
「失礼ね。あれはラ・ブ・っていうの! 幻の舞と言われた裸舞、その唯一の継承者が彼なんだから!」
「その設定はどこから来たのよ……」

「カミイ君もミルヒ君も、落ち着きたまえ」
 場を制したのはリュウイチであった。
 ――先生として、生徒たちと正面から向きあわなければならない。
 彼はいつになくシリアスな面持ちで言った。

「贔屓なんてしないで、ちゃんと二人共に裸舞を教えてあげるから安心しなさい」

「ちっがーう!」
 珍しくカミイは大声を出すと、シュラインに頼まれたビデオカメラを持ったまま校舎へ戻って行った。
「多感な時期だからね。彼女もきっと色々と葛藤があるのだろう」
 未だ真面目な表情を崩さないリュウイチに、ミルヒは裸舞の指導を請うのだった。
 それは微妙な腰の捻り方や手首のキレなど細かく高度なテクニックを必要としたが、ミルヒは諦めなかった。何故ならリュウイチを尊敬し、裸舞を愛しているから――。

 一方、調理実習で余ったクッキーを餌に生徒たちを並ばせて次々と眼鏡を取っていたシュラインの耳にもこの情報は入った。
 カミイから見せられた映像のために、シュラインは一瞬眩暈がした。
「そうだったわね……リュウイチ先生がいたのよね……」
 ミルヒは眼鏡を取れば元に戻るが、リュウイチは眼鏡をかけていない。つまり元々の性質故の行動なのである。しかも弟子がついてしまったために、今のリュウイチは大変テンションが高い。あの裸舞、そしてあふれ出る彼のオーラを落ち着かせる自信がなかった。今は生徒の眼鏡を取ることで手一杯でもある。
「仕方ないわね。いつもの手を使いましょう」
「例のオチですか?」
 少し笑いそうになるカミイに対して、シュラインは優し気に微笑んだ。
「ちょっと早いけどね」
 そう言いながら、電話のボタンを静かに押した。110と。


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 街中やテレビで見かけるような黒と白の車が止まると、二人の男が外から校庭に向かって呼びかけてきた。敷地内に入って来ないのは、勿論先生と生徒になってしまわないためである。
「この学校に不審者がいると聞いたんですが、名乗り出てくださーい!」
 すると先ほどまで手をクラゲのように動かしていたリュウイチが颯爽と歩み出た。
「おそらくそれはわたくしのことだと思います」
 丁寧なお辞儀つきで。

「あらあらどうも」
「いえどうも」
「前にもここに呼ばれて貴方とお会いしたような、」
「ご迷惑をおかけしまして、」
「いやいやそんな」
「いえそんな」
「礼儀正しい人じゃないですか」
「とてもそんなことはありません」
「どうです、近くに美味いラーメン屋が」
「警察の方とご一緒するなら、是非カツ丼を食べてみたいですね」
「はははは」
「あははは」
「貴方はユーモアもお有りのようだ。さあ、行きましょう」

 リュウイチがいなくなった後、シュラインはミルヒから眼鏡を外したのだった。
 我に返ったミルヒはカミイから恐怖の映像を見せられ、凍りつき、シュラインの言葉を素直に聞いた。つまり人を操って得る愛は本物の愛とは呼べないこと。それから、愛はからかうものではないことも。


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「レシーブ百本だ! 受けてみろ!」
「はいコーチ!」
 足の裏に力を込め、腰を落として正面からボールを受ける!
 手はジンジンと痛痒いし、体育館内でも気温は低く息が白い。
 時には身体を回転させながらレシーブを拾う。
「きゃあ!」
 コンダラのせいもあって限界を迎えたあやこは膝を擦りむいて倒れた。
 もう休ませてあげたい。部員の誰しもが思っていた。
 しかし上からかけられるコーチの言葉は、そんな温かいものではなかった――。

「馬鹿野郎! こんなモンも取れないのか!」

 コンダラなんかよりもずっと重く感じられる空気が流れていた。あやこの目には涙がうっすらと浮かび上がっている。
 ――元々私はバレー部に向いていなかったんだ。今「やめます」と言えば、この辛さから解放されるかもしれない。

「私……もう……」
「自分から逃げるな!」
「え……」
「お前なら出来る! 楽をしようとして、自分から、バレーから逃げるな!」
「今日藤田は俺に言ったばかりじゃないか! 『私を愛の鞭で打ってください』と! 今のお前には愛が足りないんだ! お前の気持ちはこんなに薄っぺらいモンだったのか?!」
 あやこはビクンと身を震わせた。
 そうだった。
 私はこんなところでくじけたりしない!
「いえコーチ! 私は……バレーを愛しています!」
 迷いのない言葉だった。

「ようし。今度はお前がレシーブを打つんだ」
「はい!」

 あやこの脳裏にはもう迷いなんてなかった。
 視界に入るボールだけをただひたすらに打つ。それだけだ。汗を拭うことも、溜め息をつくことも、掌を痛痒がることもしない。くぐもって邪魔になる眼鏡を取ることもしない。

 そう、眼鏡。

 ミルヒとシュライン、カミイの三人は困惑した表情であやこたちを眺めていた。
「みーんな眼鏡かけてる……」
「ここだけ雰囲気が違うわね……」
「あたしの眼鏡のせいだって言えないよぉ……」
「ミルヒが悪いんだからね。もう」
 光る汗。弾むボール。生徒たちの掛け声。コーチの熱血。
 ここは本当にそらまめ中学校かと問いたくなる程である。
 いつしか三人も巻き込まれ、練習試合を行うことになっていた。
「……程ほどに、ね」
 シュラインの呟きと共に軽い気持ちで三人は加わったものの、数分後には真剣にボールを追っていた――今まさに『そらまめ中学校・スポ根編』が幕を開けようとしている。

 ……全く持って愛は奥深いものである。


終。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 7061/藤田・あやこ/女/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト
 0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 4310/リュウイチ・ハットリ/男/36歳/『ネバーランド』総帥

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■         ライター通信          ■
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 そらまめ中学校〜野次馬部の人々〜『LOVEがあれば』にご参加下さり、誠にありがとうございます。佐野麻雪と申します。

 藤田あやこさま
 はじめまして。あやこさまのプレイングで「一口に愛といっても色んなものがあるんだな」と気付かされました。一応、オープニングで「目の前にいる相手に……」とミルヒが言っている手前、コーチに恋をして、そこからバレー(青春)にも恋をするという流れにさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
 前提条件が「最初からそら中の生徒か先生」なので、最初から生徒さんにさせていただきました。見た目も勿論幼くなっています。

 少しでも気に入っていただける箇所があれば幸いです。